116 取材 後
モーリスは聖堂に入り、そこにいたシスターにハスファと会えるか尋ねる。
シスターはハスファを呼びに行き、少し待つとハスファがやってきた。
不思議そうにモーリスを見たハスファは首を傾げたあと、話しかける。
「私がハスファですが、あなたは? 会ったことありませんよね」
「はい、初対面です。私はモーリスと言います」
ファードにした説明と同じものを話して、取材をしたいのだと伝える。
「まだ仕事がありますから長時間は無理ですが、それでいいのなら」
「はい。それで大丈夫です。それとお願いがあるのですが」
ハスファはとりあえず聞いてみようとどんな願いなのか促す。
「タナトスの一族にも友人がいると聞いています。その友人にも話を聞きたいのですが、同行してもらえないでしょうか。タナトスの一族と会うのはどうもその」
「同行するとなると、こちらの都合に合わせてもらうことになります。さすがに取材を受けたあと同行するのは無理です。教会の仕事がありますから」
「そちらの都合で問題ありません。無理を言っているのはこちらですから」
「だったら取材は彼女と一緒に受けるようにしましょう。それでいいですか?」
「はい。それでお願いします」
「夕方には仕事が終わるので、そのときに来てください」
頷いたモーリスは一度宿に戻り、取材したことをまとめて、日が傾いてから教会に向かう。
教会入口でハスファが待っていて、一緒にタナトスの家に向かう。
特に緊張などすることなく敷地内に入るハスファと違い、モーリスは表情を強張らせている。
「こんばんは」
ハスファが庭で遊んでいる子供たちに声をかける。
「シーミンを呼んでもらえるかしら」
頷いた子供たちはモーリスをちらりと見たあと家の中に入っていった。
「気を悪くさせたら申し訳ないのですが、タナトスの一族を前にしてなんともないんですか?」
「平気ではありませんよ。ですが必要以上に恐れたりはしません」
「一般的には不気味がられる存在だと思うのですが」
「その印象を否定はしません。ですが雰囲気以外では普通の人たちですからできるだけ態度に表さないようにしてくださいね。傷つきますから」
「皆から不気味がられていて慣れているのでは?」
「そうそう慣れるようなものではありませんよ。思い込みで平気だろうと押し付けるのは駄目ですからね」
もしそういった態度で取材するのなら、すぐに中止させてもらいますとハスファに強めに言われて、モーリスはこくこくと頷いた。
「ハスファ? こんな時間に来るなんて珍しい」
「こんばんは。デッサさんと約束したし、こちらの人が用事があるそうだからね」
「約束?」
シーミンが首を傾げた。
モーリスのことは気になるらしいが、デッサとの約束の方が優先されたようで聞きたそうにしている。
「最近見回りよりも鍛錬を優先しているのでしょう? それで無理をしていないか見てやってと言ってたのよ」
「本人が無茶するのに」
そう言いつつも心配されて嬉しそうだ。
「それでそっちの人は?」
「デッサさんについて私たちに聞きたいんだって」
本を作るための取材なのだとハスファが説明し、そうなのとシーミンは関心が薄そうに頷く。
「中で話す? それとも外の方がいいかしら」
モーリスは中だと落ち着かないだろうと思って提案し、モーリスの先ほどの様子からハスファが外の方がいいだろうと言う。
外で話すことにしたシーミンはランタンを持ち出して、近くに座れる場所があるからと案内する。
三人は壊れた家の瓦礫に座る。
日が傾いているためさらに寒くなっているが、家に入れない自分のせいなので文句など言えないモーリスは寒さに耐えつつ口を開く。
「本日は取材を受けていただきありがとうございます」
「うん、それでデッサのなにを聞きたいの」
「まずはそれぞれの最初の出会いなんかをお願いします」
ハスファは教会で質問に答えたこと、シーミンはダンジョンで助けたことを話す。
「私はダンジョンで助ける前に教会ですれ違ったそうだけど、きちんとコミュニケーションをとったという意味での初対面ならダンジョンよ」
「ダンジョンでモンスターに殺されかけたというのは本当なのですか? 今の評価を聞くとどうもイメージしづらいのですけど」
凡才とは聞いていたが、それでも今は同年代ではトップという評価なので苦戦らしい苦戦はなく駆け抜けてきたと思っていた。
「あの頃は駆け出しで弱かったから。戦闘経験もほとんどなく、才能もそこまでじゃない。そんなデッサが一人でダンジョンに挑めば死ぬ可能性は低くないわ」
「最初からうまくいっていたイメージでした」
「そんなことない。むしろピンチの連続だった。跳ね鳥に負けて、先輩冒険者に負けて、アーマータイガーに負けて、思い出してみるといろいろと負けているわね」
「それだけ負けてよく死ななかったものです。ほんとに心配をかける人ですよ」
仕方のない人だとハスファは苦笑する。
「多くの負けを経験すれば心折れそうなものなんですが。モンスターに大怪我を負わされて引退するという人の話はよく聞きます」
「そうですね。そういった経験をして教会に苦しみや悩みを吐露しに来る元冒険者はいます」
「デッサは心折れるということはないのでしょうか。その心の強さの源泉はなんなのでしょうか」
その質問にシーミンとハスファは顔を見合わせ、首を振る。
「わからないわ」
「そうね。聞いたことないから。痛みが歩みを止める要因にならないということは、なにか芯になるものがあるのだとは思うけど」
「ほかの人も知りませんでした。誰にも話していないのでしょうね。では次にどのような印象を持っているのかお聞かせください」
二人はどっちから先に話すかと決めて、シーミンが話し出す。
「最初は驚かされた。タナトスということを気にせず接してくるのだから。助けた恩があるからそう振舞っているのかと思ったけど、本当に気にしていないのだとわかってさらに驚かされた。その後もいろいろと驚かされて、飽きさせなかったわね。私だけじゃなく、家族ともなんの拘りもなく接してくれて嬉しい。今では大事な友達。今後もそうでありたいわ。あとは隣に立てる存在でありたい。どんどん強くなっていくから置いていかれるのは寂しいわね」
大切な思いを抱えるように両手が胸に当てられる。大事な宝物だと表情も語っている。
なるほどと頷いたモーリスはハスファに顔を向ける。
「私にとってはいつまでも心配してしまう人ですね。世話になっている人で感謝もありますが、無茶ばかりで本当に困ってしまいます。目が離せません。いつか安心させてもらいたいです」
そう語るハスファの表情には困ったものだという感情はたしかに表れていた。だが笑みも浮かんでいるのでそれだけではないのだろうとわかる。
今はハスファにとってデッサは手のかかる存在だが、安心できるようになったとき、どのように気持ちが変化するのかハスファ本人もまだよくわかっていない。
二人の評価をメモに書き込み、モーリスは最後の質問をする。
「ほかの人の評価から危ういところがあると私は感じました。彼はどうしてそのような生き方をしているのでしょうか。知っていれば聞かせてください」
「聞けば逆に止められなくなるとは聞いたことはある」
「ああ、そんな話を聞いたっけ」
ハスファも思い出したと頷く。
「止められなくなる、ですか。お二人から聞かないのですか?」
「気にならないと言えば嘘になります。ですが過去よりも現在未来と言えばいいのでしょうか。まずはなにより無事でいてほしいという思いの方が大きい。事情を聞いて遠慮するようになってしまうと困るかな」
ハスファの返答に頷きながらシーミンも続く。
「聞いて本当に止められなくなると困る、かな。それなら聞かないまま、いざというときに止めたい。無理かもしれないけど」
聞いてしまえば止められなくなるということが本当なのだろうと二人は信じている。話せないことはあるだろうけれども、あのときに嘘を吐いていないと信じている。
だから聞けないのだ。いざというときに止められなくなるのは友として嫌なのだ。
聞いてなお止められればいいのだが、その自信はない。無茶を重ねてあの早さで強くなっていくということは、その強さが必要ということ。一時的な、一度だけの無茶なら誰でも可能だろう。しかし無茶を続けることは、そうするだけの事情があるはず。その無茶を必要とするなにかを自分たちが解決できればいいのだが、相談もされないということは相当に難しいことなのだろう。
それならば事情を知らないまま止めようとする方が、まだ止められる可能性があるかもしれない。無知ゆえの行動が助けになることを期待しているのだ。
「お二人にとって彼は大事な存在なのですね」
二人の考え全てを見抜くことはできなかったが、大事に思っていることは理解できた。
これは将来三角関係になるのではと興味がむくむくと湧き出てきたが、表には出さず手帳に走り書きで残す。
そして書き込んだことを読み直して手帳を閉じる。
「本日はありがとうございました。またいつか訪れるかもしれません。そのときはよろしくお願いします」
「また来るんですか?」
「デッサ本人にも話を聞いてみたいので。今回はちょうど留守にしているということで残念でした」
「基本的に遠出しないのに、タイミングが悪かったわね」
「本当です」
残念そうに言い立ち上がる。
再度取材の礼に頭を下げたモーリスは宿へと帰っていく。シーミンには申し訳ないが、タナトスから離れたいと足早になってしまう。
しかしタナトスの一族もその雰囲気以外は普通だったなというのが、この取材の一番の感想だった。
ミストーレでの取材を終えたモーリスは馬車に乗って王都に帰る。
そうして自宅で今回取材したことをまとめていく。デッサのことが中心だったが、ほかに若手冒険者の活動も取材したのだ。ミストーレに行くならと上司からついでに若手の調査も頼まれていたのだ。
机で作業をしていると玄関の鐘が鳴らされる。デッサのことを話した友人がやってきたのだ。
取材についてやミストーレの状況などに聞かれて、お土産の焼き菓子を食べながらモーリスは隠さずに答えていく。
「デッサという少年には会えなかったのか」
「ええ、ちょうど遠出しているようで、数ヶ月ほど帰ってこないらしいわ。さすがに帰ってくるまで待つのは無理だったから本人に取材はせず帰ってきた」
「それは仕方ないな」
「春を過ぎて時間ができたら、また行ってみようと思う。やっぱり本人に話を聞いてみたいし」
王都にも有望な若者はいるのだが、冒険者志望と条件をつけると数はぐっと減る。
冒険者志望の若者は大ダンジョンのあるミストーレに集まりやすいのだ。王都にいる戦える若者は兵を志望していたり、店の警備見習いだったりとモーリスの求める条件には合わない者たちが多い。
「本人から話を聞けたら、俺にもその内容を聞かせてくれ。興味がある」
「いいけど当分先になりそうよ」
だろうなと頷いた男は話を切り上げて、モーリスの家から出る。
そのまま王城にいる上司へと聞いたことを伝えるため歩いていった。
その上司から王へと情報が流れていくのだが、モーリスには知り得ないことだった。
感想と誤字指摘ありがとうございます