112 休日 後
「増やした魔力が尽きました」
空振りに終わり、戦闘態勢を解く。
「そうらしいな。ありがとう。ちなみにだが今行った攻撃の数々はどこかで見たものを真似たのか?」
漫画とかを参考にしたのだけど、ナルスさんはこの世界で見たのではと聞いているんだよな? だったら違うと答えないと駄目かな。
「思いつくままに振っていただけですよ」
「本当に?」
「はい。なにかあったんですか」
念を押して確かめるようなことじゃないだろうに。
「どうもうちの流派に動きが重なる。洗練されてはいないが、偶然というには似た部分が多い。おかげで避けやすかった」
経験と技術のほかにも既視感もあって、あれだけ避けていたのか。
「そう言われても本当に思うがまま武器を振っていたんですけどね」
「そういうこともある、か?」
「今大事なのは魔力循環の方ですし、そっちを重視してはどうですかね」
俺も見当がつかないし、考えてもどうしようもない。
「まあ、後回しでいいか」
「そうしましょ。それよりもナルスさんから見て、魔力循環についてわかったことはあります?」
「そうだのう。習得で精一杯だったから、そういったことはないな。だがお主たちが予測した浸食に似た負担といったものが、そうなのだろうなと同意できた。だからシールを応用した負担軽減は有効なのだろうと思えた」
そして負担軽減の術が実現するには、そこそこ時間がかかりそうだと付け加えた。
「時間がかかりますか」
「国から要請を受ければすぐに研究を開始するだろう。しかしほぼゼロからの出発になると思われるからのう。試行錯誤を繰り返し形となるのはいつのことやら」
「しばらくは自力で負担に耐えるしかありませんね」
「そうなるじゃろうな」
「デッサ」
話がひと段落したところで、ファードさんに呼ばれる。
「あの動きだが、以前から技として考えていたものなのか? それが頭に浮かんでこの場で出たとか」
「そういったことはありませんね。この場で思い浮かんだ動きをしていただけですよ。あれだけ避けられるなら、どんな動きをしても当たらないだろうと好き勝手やらせてもらいました」
「自分に合うものがあったら、練習してみるものいいんじゃないか? 戦いに幅が出る」
合うものか。合わないと思ったものならあるんだけどな。居合と真下からのスイングとか回転斬りとか。ぶつかる突きもそれほどやりやすくはなかった。
合うというかやりやすいと思ったのはジャンプ斬りとか最後の唐竹割りかな。これは上段からの攻撃が俺の性に合っているということか?
それを口に出すと、ナルスさんが型を指導してくれるという流れになる。
「うちの流派に動きが似ているなら、うちのやり方が合うかもしれん。礼の一つとして受け取ってくれ」
「道場を構えているという話だ。指導もしっかりとしているだろうから、受けておいて損はないぞ」
ファードさんに勧められ、お願いしますと頭を下げる。
「まずは手本としてうちの唐竹割りを見せる」
指導が始まり、ファードさんもギルドメンバーに指導のため声をかけていく。
昼前まで指導してもらい、あとは反復練習でものにしてくれと言われて終わった。
とりあえずこれを集中して鍛えて、技と呼べるくらいに昇華することを目的にしようかな。
これならばどんなモンスターも倒せるっていう自信を持てる技は獲得したい。今は剣を振るだけでこれぞってものはないし。
謝礼よりも技のきっかけを得られたことの方が収穫と思いつつ頂点会から出て、昼食を食べる。
タナトスの家に行くとシーミンは鍛錬のため帰りがいつもより遅くなるということだった。
いつも相手してくれる母親も新しく引き取ったタナトスの子の世話で忙しいということなので、邪魔にならないようにタナトスの家から出る。
「暇ができたな。なにしよう」
大通りまで出て、ベンチに座り人の行き来を見る。
「ギルドに特に用事はないし、買いたいものがあるわけでもない。今からダンジョンに行って唐竹割りの練習を、いや休日にしているんだから行くのはなしだな」
宿でごろごろしているのも暇だから、美味しそうな店を探して町をぶらつくかと立ち上がる。
祭りの飾りつけはとっくになくなっていて、祭りであちこちに落ちていたゴミは片付けられた。見える分には祭りの影響は消えている。
あとは怪我人たちが完治すれば、完全に祭りの影響はなくなる。
今年もあと二ヶ月くらい。年末には怪我人たちも治っていそうだ。
年末まで何事もなく、鍛錬だけできるかな。できるといいな。
◇
祭りが終わりミストーレから王都へと無事に帰り着いたニルドーフとペクテアは、一日の休暇で旅の疲れをとったあと、ミストーレであったことの報告のため王の執務室に来ていた。
ニルドーフは祭りの終わりから王都に帰ってくるまでに作った報告書を王に差し出す。
ニルドーフだけではなく、ペクテアも報告書を作っていた。初めての作業でニルドーフの助けを得ながら四苦八苦して作り上げ、緊張した様子で王に手渡す。
王は受け取った二つの報告書の概要が書かれた部分に目を通す。日付順になにがあったのか、大きな騒ぎ、目立った人物の紹介。そういったものが書かれていた。
内容は昨日受け取ったギデスたちからの報告書と同じだ。
驚かされるものが書かれていて、思わず何度も目をこするはめになった。
「ずいぶんと色々なことがあったようだな」
「はい。出発前は魔物が出るとは予想もしていませんでした」
「今年で二度目か。一度だけなら偶然と思えるのだがな」
「相対した者たちからの話だと、組織的な行動をとっている可能性もあります。各国にこのことは知らせた方がいいでしょうね」
「祭りを見物した貴族たちから報告がいっているだろうが、我が国からも報告しておいた方がいいな」
ニルドーフとペクテアの報告書に加えて、護衛たちの報告書とギデスからの報告書を参考にして各国へと送る書類を作るつもりだ。
「魔物とは別に、誘拐や若い冒険者の暴走、殺人事件。よくまあこれだけ一度に起きたものだ」
「ミストーレになにかあるのでしょうか」
「大ダンジョン以外に特別ななにかがミストーレにあるとは聞いておらんな。ダンジョンの奥底でなにかが起きているとしたら把握できないのだが」
「調査隊から新しい報告はありましたか」
ないと王は首を振る。
王は書類を一つにまとめてから机に置く。
「魔物の撃退をできたことは喜ばしいが、大会上位陣でも倒せなかった。我らの力不足は否めないか、だが魔力循環という新技術が生まれたのは朗報だな」
「はい。扱いは難しそうですが、必ず力になるでしょう。ですのでシールの魔法を使う者たちへの要請をよろしくお願いします」
「うむ。必要なことだろう。すぐに話し合いの場を設けると約束する。ところでニルドーフもペクテアも魔力循環を使っているところは見なかったのだな?」
「はい。戦闘の際は避難を優先しましたし、その後はミストーレから帰る貴族への挨拶を優先して実演してもらう暇はありませんでした。先生が習得して戻ってくるまでおあずけですね」
「本当に発案者二人を連れ帰るわけにはいなかったのか?」
書類に理由は書いてあったが、ニルドーフの口から聞こうと尋ねる。
「無理ですね。ファードは戦闘のダメージの関係で長旅は辛そうでした。もう一人も健康そうではありましたが、重傷を負ったと聞いています。向こうで大人しくさせておいた方がいいでしょう。無理に連れてきて、治りかけのところを悪化させたり、再発させたりしては功労者に申し訳ない」
「そうか。残念だ。では別のことを聞こう。その二人の人となりはどういったものだ」
「ファードは老いても強さを求める者です。家族がいるので、それだけを求めたわけじゃないようですね。強くなるためならば未熟者の意見も取り入れる貪欲さもあります。デッサも強さを求めています。強さへの思いというならデッサの方が大きいかもしれません。強くなることを優先して、ほかのことは後回しな感じです。そういったことから、怪我がなくて王都に誘ってもダンジョンに通えなくなるから断られていたと思います」
「お前が直接誘ったとしてもかね」
「はい。指導のため王都に来ないか実際聞いてみましたが、断られました。若いということもあって、指導を受ける側も戸惑うだろうとも言っていましたね」
「十四歳らしいからな。本来は教えを乞う年齢だ。さすがにその若さでは騎士や兵たちも戸惑うか」
納得したように王は頷く。
「しかし魔物が動いている以上緊急を要する用件でもあると思う。一度は同行してもらってもよさそうだと思うが」
「本人にその気がありませんでしたし、無理に連れて来ても期待する働きはしてもらえないかと」
そうかと言ったあと王はペクテアに顔を向ける。
「今回の仕事は予想外のことが多かったようだが、ペクテアはどう感じた?」
「いろいろと驚くことばかりでした。その中で印象に残ったのが、初めて見る魔物とデッサ様です」
王の表情が意外なことを聞いたと変化する。
「魔物は当然として、デッサも? 貴族たちへの挨拶の方が印象に残りそうだが」
「似た年齢なのに考え方がずいぶんと違って、魔物とも直に相対した。そんな人ですから、城で見かける人たちとそう変わらない貴族より、印象に残りました」
「そうか……気になるな。魔物に負けたとはいえ、ペクテアとそう変わらない年齢で生き残ったのだから上々だろう。まだまだ成長していくだろうし、確実に有望株だ」
ほしいなという王の呟きに、ペクテアが首を横に振った。
「仕えることはないと思います」
「そうか?」
「はい。なにかはわかりませんが、目的を持っていてそれを第一に動いています。それが果たされるまではどんな好条件でも誘いに頷くことはないと見ています」
「俺もペクテアに同意見です」
なるほどと頷きつつ王は調べてみるかと、人を動かすことを決めた。
「デッサについてはここまでとしておこう。次はペクテアについてだ。ニルドーフから見て、今回の働きはどうだった?」
ペクテアは自身についての話にビクンと体を震わせる。
その緊張を和らげるようにニルドーフはペクテアの肩にポンと手を置く。
「大きなミスもなく、しっかりと挨拶をしていましたし、初回としては合格だと思えます。ですがペクテアメインで動くにはまだ経験不足ですね。もう少し誰かの付き添いで仕事をした方がいいかと」
「大きなミスはないということは小さなミスはあったということか」
「はい。緊張して表情が硬かったり、挨拶のタイミングが少し早かったり遅かったり。そういった経験不足の面でミスがありました」
うんうんと頷いた王は、ペクテアを手招きする。
どういった評価を下されるのか緊張しているペクテアは表情を強張らせて、王に近寄る。
そのペクテアの頭に王の手が置かれる。
「よくやった。初仕事をやり遂げたな。今回のことを糧にして今後も頑張っていくがいい」
どの子供たちも初仕事はミスがあったのだ。付き添った家族からの評価もペクテアとそう変わらなかった。王自身の初仕事も似たようなものだ。大きなミスはなく、顔を売るという目的は果たした。ならば成功とみていいだろうと娘を褒める。
大きな手で撫でられる感触にペクテアはほっとして、力みがなくなった安堵の笑みを浮かべる。
「はいっ次も上手くいくように頑張ります」
「次は国外に出る用事があれば、それに同行という形にしようか。まあ当分先の話だ。それまで今回の反省すべき点を教育係に話して、学び直すといい」
「そうします」
「俺はなにか仕事ありますか? なければ書類仕事を終わらせて、また国内を回ろうかと思います」
「ああ、お前はそれでいいだろう。魔物が出てきたのだから、お前の役割の重要性は増した。魔王復活も遠い未来の出来事ではないのかもしれない」
魔力循環というものが生まれたのも、時代が欲したのかもしれんなと王は考える。
「ああ、そうだ。忘れているわけではないだろうが、一応言っておこう。神託の件、気にするように」
ペクテアは神託について初耳のようで不思議そうにしている。
「竜の庇護を受けた者ですか。我が国にはいないのではと思いますね。死黒竜が庇護などするでしょうか、呪いも疑問ですね。呪うくらいならさっさと殺しそうです」
「そうだな。同意見だ。だが万が一ということもあるからな」
「そうですね、承知しました」
頷きつつもニルドーフは竜に呪いを受けた者をどうやって探せばいいのだろうかと内心首を傾げる。
一度神殿に話を聞きに行った方がいいのだろうかと思いつつ、ペクテアとともに執務室から出る。
二人が出ていって、王は報告を端に寄せて、仕事に戻る。報告書は仕事が終わってから目を通すつもりだ。
感想と誤字指摘ありがとうございます