110 注文とリベンジ
夕食会が終わり、九日の時間が経過した。
その間にマッドヌーバとアカガネアリクイがいる階層は越えてきた。
強いモンスターではあったんだけど、ただ強いのみで威圧感もすごかったカルシーンを相手したあとだと余裕を持って戦うことができた。
正直次の階にいるアーマータイガーにも似たような感想を持ちそうだけど、油断はしないようにしておこう。
どんな強者でも油断すれば痛い目に合うってのはカルシーンが証明したし。
この十日の間に、質の良い増幅道具は手に入れてある。指輪型を購入したけど、サイズが合わないから革紐に通して首に下げている。
アーマータイガーに挑むためどんな準備が必要かなと考え、剣の買い直しを決めた。
三十階からずっと同じ剣を使っていたし、さすがに買え時は過ぎているだろう。
この剣を買った店に入って、店員に話しかける。
「これ以上の剣が欲しいんだ」
「拝見させてもらいますよ」
剣を眺めた店員は俺に返してくる。
「これ以上となると鋼鉄製のものになりますね。在庫が少ないので、気に入ったものがなければほかの店に行くか、作ってもらうことになります」
「最近買う人が多かったのか?」
「いえ、鋼鉄製のランクまでくると、既製品より自身に合うように作ってもらう方がいいとおっしゃる方が多いのですよ」
質問に答えた店員は奥へと入っていき、片手剣を持って戻ってくる。
「この二本が見せてもらった剣に近いものです」
持たせてもらって構える。なんとなくだけど手に馴染まない気がする。
「その様子だと購入はしないようですね。作ってもらいます? 仲介料はもらいますが、紹介しますよ」
「どうしようか……ひとまず会うだけってできます? 職人と気が合わないと作ってもらう剣もいい加減なものを作られないか心配になりますし」
「ええ、大丈夫です。住所を教えますので行ってみてください。作ってもらうことになったら、仲介料をもらいますね」
「わかった」
住所を教えてもらって、そこへ向かう。片手剣専門の小さな工房だそうだ。
クーデルタという名前の看板を探し、見つける。
玄関そばの小さな鐘を鳴らして、ごめんくださいと声をかける。
すぐに足音が聞こえてきた。
出てきたのは二十代前半の青年だ。
「はい、どちらさまでしょう」
「剣を打ってもらいたくて、店から紹介してもらいました。とりあえず顔を合わせてから打ってもらうか決めたいと思っています」
「……わかりました。師匠のところに案内します」
少しだけ間を置いて青年は頷き、工房へと案内してくれる。
玄関横の通路を通って、そこまで大きくはない別棟に入る。
「師匠、お客です」
休憩中だったのか四十歳ほどの男が煙管をふかしていた。彼が工房の主なんだろう。
「おう、こっちに来てくれ」
工房の主は木製の丸椅子を自身の近くに置いて、手招きしている。
青年は水を持ってくると言って離れていき、俺は手招きに応じて椅子に座る。
「こんにちは。今日は剣を打ってもらうに当たって職人さんの人となりを知りたくて紹介してもらいました」
「人となり? なんでわざわざそんなことを」
「相性が悪いと手を抜かれたりしないか心配になったんですよ」
「そうかい。まあ、かまわんが。なにをどう知りたいんだ」
「別に特別なにかを探ろうってわけじゃないですよ。打ってもらいたい剣について話しながら合う合わないを判断するので。それに相性がいい人しか認めないというつもりもありませんし、極端に合わない人じゃなければ文句は言いません」
「それでいいならいいが。どんな剣を打てばいい」
持っていた剣を渡す。
「これに近いものを」
「ほう、これはあいつが打ったもんだな」
「あいつ、ですか?」
「お前さんを案内してきた男だよ。フレヤって名前だ」
「そうだったんですね」
一目でわかるもんなんだな。
「これに近いものをというが、形状のことか? それとも質のことか?」
「形状と重心ですね。質はこれ以上。あとは頑丈さを優先してほしい。これはだいたい金貨二枚でしたから、その倍くらいの金額を予算として考えています」
「鋭さではなく、頑丈さでいいんだな?」
「はい」
鋭さを生かす技術がまだまだ未熟だから、土壇場で壊れない頑丈さの方が俺には嬉しい。
フレヤがカートを押して戻ってくる。
「水をどうぞ」
差し出されたコップを受け取る。
工房の主も差し出されたコップを受け取り、飲む前に俺の剣がフレヤが作ったものだと教える。
「俺が打った剣ですか?」
「おう、見せてもらえ。自分の剣がどう使われているのかまだ見たことがなかっただろう?」
頷いたフレヤは俺に許可を求めてくる。
どうぞと剣を抜いて渡す。
フレヤさんは受け取った剣を隅から隅まで眺めていく。
「ずいぶんと使い込まれている。実は剣を打ってもらいに来たと聞いて、少し疑う思いがあったんですよ。まだ十五歳にもなっていない少年には早いんじゃないかって。既製品で十分だろうと思った。でもこれを見たら見栄とかじゃなく、本当に必要としてここに来たのだなとわかりました。才能がある人だったんですね」
どこか暗めの口調になっている気がする。
そして俺が才に関して否定する前に、工房の主が口を開く。
「いや、それは違うぞ。どちらかというと凡人だぞ、この少年は」
「そうなのですか? でもこの若さでこれだけの戦いの跡を残せるということは、それだけの戦いをやれる高い才があるからだと思いますが」
「才がある奴らはもっと剣を綺麗に使う。そこまで全体に傷を残すことはない。剣を十全に扱えていない証拠だ。そんな奴の才が高いわけがない。お前の悪いところだぞ。少しでも自分より上の奴がいたら、才のせいにして目をそらすのは」
フレヤさんは言葉を詰まらせる。何度か説教されている雰囲気だなぁ。
もしかするとさっきの暗い口調は才能があって羨ましいと思われたんだろうな。
「この小僧は努力して今ここにいる。戦いと鍛冶は別物だが、それでも努力でなんとかなるという共通点はある。この若さでここまでやるにはかなりの鍛練を積む必要があっただろう。しかしやり抜いた。凡人でもやれると示したわけだ。ならばお前もやれないことはない」
「……」
話の流れで俺がフレヤさんの教材にされてない? まあいいんだけどさ。
「もう一押しといったところか。お前さん、名前は?」
「デッサ」
「デッサよ、許可を得たい。注文の剣はフレヤに打っていいという許可を」
うーん、はいそうですかとは言えないな。フレヤさんの腕がどれくらいなのかわからないし。
「まずは理由を。それを聞いて決めます。あと打ってもらうとして出来上がった剣が求める質に届かない場合はどうすれば?」
「質に関してはそこまで心配せんでもよい。求めるものを打つだけの腕はある。それでも失敗かもしくは質が届かなければ、俺が打とう」
「質に関してはわかりました。理由は?」
「単純に経験を積ませることが一つ。才能ある者が使うわけではなく、フレヤと同じ凡人が求めているということで甘えや逃げ道を塞ぐことが一つ。フレヤの得意分野に注文が合っているというのが一つ」
「二番目が本命ですかね」
「そうだな。これまでは剣を持つ者の姿が見えなかった。だが今回ははっきりと見えている。しかもフレヤと同じ凡人だ。いい加減な仕事をすれば、どうなることか容易く想像できる。それだけ身が引き締まるというものだ。そういった思いの果てに、鍛冶の成功を持って自信をつけさせたい」
「了承する前にこちらから言うことが一つ。思いを込めて打った剣を使い潰すことになる可能性があるんですけど、そういった扱いをされてフレヤさんは壊れた剣を見て潰れませんかね」
完成した剣はフレヤにとって大事なものになるかもしれない。思い入れのあるそれが壊れたら、心に傷が入りそうだ。
「どれだけ思いを込めても丁寧に作っても、使うのなら壊れて当然。それを理解していないわけではないさ。十年以上修行してきて、それすら理解していないのならとっくにここから追い出している」
フレヤを見ると、頷きを返してくる。
「大丈夫そうですね。ではお願いしましょうか」
「デッサは俺でいいのか?」
「ここであなたの作った剣がいいのですとか言ったら感動的なんだろうけど、会ったばかりの人間にそんなことを言われても不気味なだけでしょ。俺のなにを知っていると言いたくもなるだろうし。だからその質問には意味はない。俺から言えることはどういった剣がいいのかということ以外に、お願いしますってことくらい」
「わかったよ。頑張って良い剣を打つ」
「気合入れすぎると空回りしそうだし、そこらへんは気を付けて」
フレヤは苦笑して頷いた。
手や腕のサイズなどを測り、求める剣の形状を詳しく話す。作る剣は鉄と別の鉱石の合金製になるので、使う鉱石の説明なんかも受ける。
二時間に渡って、説明を受けた。その間、フレヤの師匠は面倒事を受けてくれた礼と言って、これまで使っていた剣の手入れをしてくれていた。
説明が終わり、代金を半分先払いする。仲介料もここから払ってくれるということなので、先払いのお金と一緒にして渡す。
「完成は十日をみておいてほしい」
「わかりました。急かすつもりはないので、予定が伸びそうでも焦る必要はありませんから」
「助かる」
フレヤに見送られ、玄関前まで送られる。
しっかし完成まで十日かー。アーマータイガー戦で使う剣を求めたわけけど、結局は今の剣で戦うことになったな。
今の剣も役立たずってわけじゃないし、なんとか頑張るかな。
翌日、護符やポーションなどを再確認してから宿を出る。転送屋に四十五階へと送ってもらいアーマータイガーのいる階を目指す。
マッドヌーバとアカガネアリクイを無視して早足で進み、四十七階に到着する。
どこかで誰かが戦っているようで、戦闘音が聞こえてくる。そちらとは逆に通路を歩く。
(以前アーマータイガーと戦ったときとは大違いだな)
歩きながら以前との違いをなんとなく考える。
武器は青銅の剣、防具は鎧がなくて特製服だけだったか。今にして思えば、よくその防具で死ななかったものだ。本当に運良く生き残れたわ。
一つ手前のアカガネアリクイの攻撃を受けてみても、かけだしがまともに受けたら死にかねないとわかる。
あのときはいいようにされたけど、今ならどこまでやれるか。少し楽しみでもあるな。
そんなことを思いつつさらに十五分ほど経過して、発見した。
ちょっとした広さの部屋の中に一体のアーマータイガーがいる。以前見たものとほとんど同じ姿だ。違うのは少しだけ小さいってことくらいだろう。
俺の気配に気付いているようで、こちらに視線を向けてきた。
護符をいつでも使えるように左手に持ち、魔力活性を使用する。
部屋に足を踏み入れると、圧のある視線が向けられる。
「その程度か」
以前感じたような怖さはなかった。俺も成長しているし、カルシーンの方が怖かったから当然なんだろう。
馬鹿にするような発言に、アーマータイガーは低く唸る。
言葉を理解できているかわからないけど、軽く見られたと理解できたのかもしれない。
グオンッと一吠えしたアーマータイガーが接近してくる。力強く地面を蹴り、飛び跳ねて爪を叩きつけようとしてくる。
「見えているぞっ」
今の俺なら動きについていける。
下がりながら剣を真横に振り抜くと、甲殻に弾かれる。でも小さな傷はついている。
ダメージも入るってことを確認できた。
気圧されることなく、動きも見えて、ダメージを与えられる。
「やれる。あのときのリベンジ果たさせてもらうぞ!」
護符を破り、筋力を増す。
今度はこちらから攻める。力強く前に踏み出し、顔めがけて剣を振り下ろす。
アーマータイガーもまともに受けることなく、身を引いて避ける。
さらに一歩踏み出しながら、剣を振り上げると刃が届き、顔を斜めに切り裂いた。
「ガアアアアッ!」
受けた痛みに怒りの咆哮がダンジョンに響く。
即座に前足が振られたけど、ちゃんと見えている。
余裕を持って一歩下がって避けた。それをアーマータイガーは予測していたのか、それとも偶然なのか、腕を振った勢いをもってその場で回転し、下半身をそして尾を振り回してきた。
また下がって避けるか、跳ねて避けるか、瞬間的な判断で迷ってしまった。その間に尾が迫り、横腹に命中する。
「ぐうっ」
重い衝撃を受けて足が床を滑る。
少しだけ横滑りしたけど、転ぶことなく耐えきれた。
ダメージも大きなものじゃない。魔力活性の得意分野が判明し頑丈さが上がったおかげだろう。
それにしても尻尾を使った攻撃はほかのモンスターもやってきた。予測できて当然だったはずだ。
(今反省している場合じゃない。あとでやれ。油断すれば負けると戦う前に考えただろっ)
自分自身を叱って、アーマータイガーに意識を集中する。
機動力を奪うつもりで、足へと攻撃を集中する。
足ばかり狙うのをアーマータイガーが嫌がって警戒したときは、胴体の甲殻のない部分を斬りつける。
そうして小さくダメージを積み重ねていくと、次第にアーマータイガーの動きが鈍る。
こっちも無傷ではないけど、動きが鈍るような攻撃はあの一撃以外に受けていない。慎重に戦えば、バイオレントキャットでの練習が役立つ部分があったのだ。
緊張していないつもりだったけど、頭のどこかで以前の戦いを意識していたのかもしれない。
「オオオオンッ」
傷だらけのアーマータイガーが大きく吠える。
怒りではなく、威圧でもなく、気合を入れるものでもない。
なんだと思ったら、通路の向こうに別のアーマータイガーの姿が見えた。
「おまっそれは卑怯じゃないか!?」
近いところに仲間がいるのを察して、救援の声を出したのか!?
「今はまだ距離がある。一体でいるうちにさっさと倒す!」
倒したら魔力循環でどうにかする。魔力循環ならなんとでもなるとここまでの戦いでわかっている。
護符を使い直して、一撃くらいは重い攻撃をくらうことを覚悟して、接近する。
アーマータイガーも確実に一撃を入れられると思ったのか、大きく口を開いて突進してきた。
その口めがけて剣を突き出す。口の中へ、喉を貫き、刃が突き刺さる。
アーマータイガーの噛みつきは俺の手に届かず、剣の刃を噛んだだけで終わる。
ただし噛んだまま倒れて、武器を奪われた。
「あいつが来る前に消えそうにないな」
予備の棒を右手で抜いて、首に下げた増幅道具を左手で掴む。
魔力循環を二往復はする時間はなさそうで、一往復だけして短期決戦のつもりで立ち向かう。
「おらああっ!」
刃筋など考えず、ただ力を込めて棒を振り下ろす。
アーマータイガーの頭部を守る甲殻に命中し、ガツンッとたしかな手応えがあった。
その威力にアーマータイガーは怯んだのか、勢いが弱まる。
攻め時だと判断して、力の限り棒を振り回す。
アーマータイガーも殴られっぱなしではない。回避行動をとるアーマータイガーを棒を振り回しながら追って、攻撃を当てていく。
圧倒というほどではないけれども、さっきよりは戦いやすく大きなダメージを受けることもなく倒すことができた。
甲殻を気にせず叩けたのもよかったのかもしれない。最終的には甲殻はどこもへこんだ跡がついていた。
「今の俺は綺麗に戦うより難しいことを考えず武器を振り回す方が合っているのかもしれないな」
でもいまさら戦い方を変える気はないから、メインウェポンは剣のままだ。しっくりくるのは棒より片手剣だし。
ポーションを飲んでから、落ちている魔晶の欠片と剣を回収して四十六階への坂を目指す。
あと一回くらいはアーマータイガーと戦えそうだけど、無理せずアカガネアリクイとかと戦うことにしよう。そして早めに切り上げて、アーマータイガーの戦い方を復習して明日から本格的に戦っていこう。
感想ありがとうございます