109 フリクトの寄り道と帰還
夕食会の翌朝、荷物をまとめたフリクトが宿から出て、買い物をすませて町の外を目指す。買ったものは日常品ばかりだ。
馬車には乗らず、街道を歩き出した。
少し進むと街道から外れて、野原を進む。そして周囲から人が完全にいなくなると腕輪をピンと指ではじく。それに反応し腕輪に白い光が走った。
フリクトは腕輪に魔力を流し、その魔力が腕輪の中をぐるぐると回っていく。最初は十秒で一周だったが、回るほどに速度を増していく。一分で十五周すると腕輪全体が緑に染まる。
次にフリクトは腕輪を通して速度上昇の魔法を使うと走り出した。かなりの速度で、昼ならともかく夜ならば風が吹き抜けたと勘違いする者もいるかもしれない。
走るフリクトの姿がぶれる。次の瞬間には狐耳といった獣人の特徴は消えて、草人の姿となった。
緑の髪、琥珀の目、髪に混ざる蔦と花。プラーラと同じ特徴だが、一つだけ違う部分がある。それは花の色だ。透き通る青の花なのだ。
その花を通常の草人は持っていない。バス森林の草人だけが持つ特徴だった。秘境に隠れ、鍛錬を欠かさず、様々な技術を磨いた末にほかの草人とは違った特徴を持つに至った者たちだ。
とある目的を持って森を出た彼女が目指すのはリューミアイオールがいる山。
ミストーレを出た翌日の昼過ぎには山の麓に到着していた。
そこまで来れば走ることなく、歩いて山を登る。
そこになにがいて、今もいることをわかっていて進むことを止めない。顔にも歩みにも恐れは感じられず、普通の散歩といった感じでどんどん進んでいく。
そうして山頂にたどりつく。
頭を下げて眠るように目を閉じていたリューミアイオールがその目を開く。近づくフリクトに敵意は見せず止めることもしない。
呪いを介してフリクトの存在は知っているので、警戒する必要はないのだ。どこから来て、なんの目的を持っているのかも知っている。
「初めまして、バスの森のフリクトです」
年上に対する言葉遣いで挨拶し、一礼する。
リューミアイオールも歓迎の雰囲気を放ち、口を開く。
「ああ、よく来た。お前の目で見て納得できたか」
「はい。この目で確かに」
バスの森に住む草人たちはデッサがどのような人物か確かめたかった。その役目をフリクトが負っていたのだ。
リューミアイオールから連絡が来て、彼らはすぐに代表を決める話し合いを行った。
外に出て帰ってこられる実力を持つ者、出入りを悟られない隠密能力を持つ者、森の者とわからないように変装の術を心得ている者、そういった条件に当てはまったのがフリクトだ。
魔物が近くにいるのにリューミアイオールがデッサになにも言わなかったのは、フリクトの存在があったからだ。
カルシーンの勝利が確実のものとなったとき、フリクトがなにを見捨ててもデッサだけは連れて逃げるとわかっていた。故に警告などは一切せず見ていただけだ。
フリクトは正体を隠すため自力のみの全力しかだしていなかったが、手持ち全てを使った本気ならば一人で勝つのは無理でも逃げ切ることは可能だった。
「強さはまだまだですが、その性根というのでしょうか。行動に納得いくものはありました。我らの中にもすでに彼を直接知る者はいませんが、それでも記録には残されています。それと一致する部分があると私は思いました。念のため聞きますが、以前の記憶はないんですよね」
「うむ。思い出した様子はない」
「それであの行動ならば、意識せずに行ったということなのでしょう。記憶はなくても、影響は出ているのでしょうね。強さもあの若さなので、今後に十分期待できます。魔王にぶつけるつもりはないのですよね?」
「ない」
断言した。リューミアイオールがデッサを鍛えるのは、魔王に負けないくらいに強くなってほしいという思いからなのだが、魔王と戦ってほしいとは思っていない。
その断言にフリクトも異論を見せない。彼女たちの中で、デッサと魔王が戦う予定はないということで一致しているのだ。
「記憶は戻るのでしょうか」
「わからない。今のところその予兆もない。記憶が戻ってほしいが最悪戻らなくてもいい。今度こそまともに生をまっとうしてくれれば」
「そうですね。ところで今後の育成予定はどうなっているのでしょうか」
「引き続きダンジョンに向かってもらうつもりだが、一度遠出させるのもありかと思う」
「どこに、そしてなぜですか?」
「どこに向かわせるかはまだ決めていない。なぜという方には答えられる。魔物や強敵との戦いで、デッサが確実に勝ったことがない。負けたところを助けられたり、今回のように時間稼ぎやフォローとして動くことがほとんどだ。このままでは負け癖がつくかもしれないから、一度はしっかりと勝たせた方がいいと思っている」
「このまま育てば、格上に苦手意識を持つ可能性がありえるということですか」
「今のデッサが勝てるくらいの強さの魔物もいる。そういったやつを探して、ぶつけたいと思っている」
生まれたての魔物相手でも、さすがに素の状態では勝てないが、護符と魔力循環込みならばなんとかなりそうなのだ。
「私たちでも探してみましょう」
フリクトたちが探すとなると、地元のゼスノート国になる。ミストーレとは距離が離れていて、移動だけでも時間がかかるがそこを気にした様子はない。なぜならリューミアイオールが転移させられるからだ。
フリクトがここに寄ったのも、バス森林に送ってもらえることになっているからだった。
「こちらで知名度が上がってきているから、しばらくゼスノートで活動させて人々の記憶から薄れさせるのもありだな」
「有名になってきているのですか?」
「王族や町の有力者と面識を得ているからな。そういった存在とのめぐり合わせの良さは昔と変わらん」
強くなることだけに集中してくれればいいが、なぜかトラブルに巻き込まれて伝手を得る。それが懐かしくもあり、呆れる思いもある。
「書物にもさまざまな人物と出会って伝手を得たと書かれていましたね」
「そのせいで最後はああいった道を選んだ。同じ結末はごめんだ」
フリクトはリューミアイオールの気持ちがわかるとは言えない。先祖ならばわかると言えるのだろう。でなければリューミアイオールと協力し同族たちとは違った独自の路線をとることはなかっただろう。
「魔物を探すにしても大都市は避けた方がいいのでしょうか」
「そこでもまたなにかしらの繋がりを得るだろうからな。タイミングよく小さめの町で暴れている魔物でもいればいいが」
「時間はかかるでしょうけど、なんとか探してみましょう。見つかる可能性は低そうですけど」
「無理を言っているのは承知。見つからずとも無理はない」
デッサの話はここまでにして、フリクトは魔力循環について尋ねる。
あれはフリクトたちの祖先も発見して使用しているのだが、生身で使うことはしていない。体への負担から早々と肉体での利用方向から方針を切り替えたのだ。
今では魔法道具として使えるように研究し実現して、形になっている。
走ったときに使った腕輪がそれだ。
そういった魔法道具や技術は、英雄が予言した魔王復活に備えたものだ。それを用いて魔王討伐をするつもりはなく、対抗する術として開発していた。襲いかかられることがなければ、魔王に関わるつもりはない。
「マナジルクイト。デッサたちは魔力循環と呼んでいましたが、あれはあなたが助言して実現したものなのですか?」
強くするための手段の一つとして教えたのかなと思ったのだ。
「あれはデッサが自力で思いついたものだ。私はなにも言っていない」
「なにかしらのヒントはあったんでしょうかね」
「単なる思いつきのようだな」
「ひらめきは大切と聞きますが、その通りですね。ですが負担の解消はどうなっているのでしょう」
「体質となっているが、正直わからん。だから体質で負担を軽減しているという説明で合っているのではないか」
シールなしでの戦闘以外に、リューミアイオールが与えた威圧感やデッサ自身の死の記憶などが合わさって浸食への耐性を得たとはわからなかった。
偶然の産物なので、長生きしていてもこれだと明確に答えを示せなかった。
「そんな体質の人もいるんですね」
「体質はどうにもならんが、しっかりと鍛錬したお前たちの上位陣ならばほとんど負担なく使えるのではないか」
「かもしれませんが、マナジルクイトの方が安全ですし、使い慣れています」
故郷の仲間とマナジルクイトを使って戦えば、カルシーンも倒せるという確信がある。
そのため負担の発生する魔力循環には関心が湧かないのだ。
もう少し会話を続け、これ以上聞きたいことがなくなってからフリクトはバス森林へと転移してもらう。
出現した森の中で、フリクトは周囲を見渡し、おおよその現在地を割り出す。
目印などないように思えるが、長年暮らした故郷なのでここがどこなのかあたりをつけることができた。
村のある方向へと歩き出し、三十分ほどで石壁に囲まれた村に到着する。
石壁は岩を積んだだけではなく、綺麗に切り出されたものを隙間なく積んでいて、遠くから見ればコンクリートの壁のようにも見えるかもしれない。作られてそれなりに時間が経過しているようで、汚れがあるもののひびなどはない。
壁の上には見張り台があり、フリクトは顔なじみの見張りに挨拶して村に入る。
村は町とまでは言わないが、それなりの大きさだ。
ログハウスが多く、石造りの建物もある。ログハウスは住民の住居で、大きな建物は石造りだ。石造りの建物は倉庫だったり、工房として使われているようだった。
村の外には農園もある。そこでは魔法道具を使って農作業が行われていた。デッサだとメカだと判断しそうなウシ型ゴーレムが馬鍬を引っ張り土おこしをしていたり、水球が空中に浮かんでシャワーのように水をまいている。森の外では見かけない光景だ。
住民のほとんどは草人だが、少ないながらも獣人や人間もいる。先祖帰りだったり、森で倒れていたところを助けてそのままいついたといった者たちだ。
森で助けた者の中には帰還を望む者もいる。それらには滞在期間中の記憶を消す薬を飲ませて、森の外に送っている。
村になにか変化があったか見ながら歩く。顔なじみばかりなので、フリクトは気楽に挨拶し村長の家を目指す。
玄関に刻まれた魔法陣に触れると、来客を知らせる音が屋内に響いて、玄関が開く。
出てきたのは村長の奥さんだ。フリクトを見て笑みを浮かべた。
「おかえりなさい」
「ただいま帰りました」
奥さんに旅を労わられながら屋内へと通される。
リビングには村長がいて、奥さんと同じように笑みを浮かべる。
「よく帰ってきた。お疲れ様」
「フリクト、使命を終えて帰還しました」
「無事で喜ばしい」
椅子を勧められフリクトが座り、奥さんはお茶の準備で席を外す。
「では早速、デッサという者の話から聞こうか」
頷いたフリクトはミストーレで見聞きしたもの、リューミアイオールとの会話を詳細に話していく。
「記憶は戻ってはいないが、その行動の節々にかつてのものが見受けられる。なるほど、順調に回復していっているのだな」
「おそらく」
「一回目はまったくの別人だったようだから、影響が出ているということは朗報なのだろう。今回が駄目でも次回、次々回には望みが叶うかもしれないな」
現状に満足といった様子で村長は頷く。
「続いてリューミアイオール様から依頼です。成功はしなくてもいいという前提のものです」
弱い魔物を探してほしいという話に、村長は承諾する。
「すぐに会議を開いて、人を派遣しよう。ちょうどよい魔物が見つかった場合、こちらから同行者を出す必要があるのだろうか」
「弱い魔物ならばなんとかなると思います。だから必要なのは同行者ではなく、殺されそうになったらすぐに助けられるように、遠くから護衛する者をつけた方がいいと思います」
「隠密と遠距離攻撃に長けた者を選出するとしよう」
わざわざ隠れて護衛せずともモンスター相手はそばで守って、魔物と戦うときはなにか理由をつけて離れればいいかもしれないが、そうするとデッサに頼れる人がそばにいると甘えが出るかもしれないという考えで、離れて護衛することを選択する。
「気配に鋭いということはありませんから、隠密技術はそこまで高くなくてもいいかもしれません」
「そうなのかい」
「強くなることを優先して、そこらへんの技術はまだまだとリューミアイオール様が言っていました。鍛錬を始めて半年だそうですし、無理もないですね」
「強くなることだけに集中したのなら無理もない。そこらへんをフォローできる道具を渡したいが、リューミアイオール様は許してくださるだろうか」
「それに頼り切りになってしまわないでしょうか」
「その可能性はあるな。護符とかを作って、気配を察するという感覚を学ぶという方向ならどうだ?」
「それなら大丈夫かと。ちなみに作成できるのですかね。私はそういった護符を聞いたことないのですけど」
「大丈夫だろう。昔の資料にそういった方向のものが書かれていた。それを再現すればいい」
「そうでしたか。渡す方法はどうします?」
「依頼を偽装して渡すという感じでいこうと思う」
まだ時間はあるので、それまでの詳細を詰めればいいだろうと村長は言う。
「デッサについてはここまでだ。外に出て、気になったことがあったか聞きたい」
「わかりました」
外に出ていた二ヶ月間で、見てきたものについてフリクトは話す。
フリクトが見たのは主に技術だ。村と外との差や違いについて重点的に見て、村の技術発展に役立てばと思っていた。
だが違いはあったが、差に関しては役立つものはなかった。
フリクト自身が技術者ではないので見つけられなかったということもあるが、この村の方が進んでいると思ったのだ。
技術者であれば生まれたばかりの技術でも、その先を予測することができたかもしれない。だがフリクトには無理なので、収穫は少なかったのだ。
デッサを見るということが一番の目的なので、収穫が少なくとも村長は残念に思うことはなかった。
「気になる出来事だと、魔法道具を配っている者たちがいるらしいということでしょうか」
「作りすぎたものを安売りしているということかね?」
「違いますね。噂でしか聞いていませんが、無料で渡していたようです。ただしそれを受け取った人がどこかに消えたとかなんとか」
「怪しいな。どういった魔法道具を渡していたのだろう。村の外だとそれなりに高価な品だから、そうぽんぽんと渡せないと思うのだが」
「護符といったありきたりのものではないようですね。強さを補える武器だったり、薬だったりと聞いています」
「そうか。どこの誰がそんなことをしているのだろうなぁ」
「うちと同じくらい発展したものを作っていたりするのでしょうか」
「それはないだろう。外の品を見ても我らの方が先に進んでいる。シャルモス国が滅ばなければうちと同等のものを作っていただろうな」
シャルモス国は英雄の仲間が高官として所属し、魔王へと対策をしっかりとやっていた。それは英雄の仲間が寿命をまっとうしたあとも続いたのだ。
国を挙げて魔法や道具の研究が活発であり、かつてはバス森林の草人たちもわずかながら交流があったのだ。
しかしシャルモスが滅びたことで、バス森林の草人たちは外との交流を閉ざし独自研究を行うようになった。
ちなみにシャルモスが滅びた際、安住の地を求めて少数のシャルモスの民がやってきて、受け入れたということがある。
彼らによるとシャルモスが滅びた原因は王族の豹変だと話していたという記録も残っている。
受け入れられたシャルモスの民たちは森で生きて死んだ。そのためこの森には、血は薄くなっているがシャルモスに関連した住民もいる。当人たちはバス森林が故郷という認識なので、いまさらシャルモスに帰るといった考えはない。
「滅んだといっても国民が全滅したわけではないですから、生き残りが研究を続けていてもおかしくないのでは?」
「その可能性はあるな。彼らが間違った道を進んでいたとしたら、なんとかしてやりたいと思うが。彼らだと確定しているわけでもない。魔法道具が手に入って解析できれば、なんらかの情報はわかりそうだが」
シャルモスの技術も取り入れているので、魔法道具を調べればそれがシャルモスに由来するものかどうかわかるのだ。
「難しそうですね。そうそう出会うこともなさそうですし」
「そうか」
積極的には探さないが、気にかけようという話で終わる。
報告を終えたフリクトは家に帰る。
村長はすぐに人を集めるために動き出した。
感想ありがとうございます