108 祭り終わって 5
「魔力循環の説明に関してはここまでにしようか。次はこれをどう扱うか」
「教えるなら一人前以上の実力者にしておいた方がよろしいかと。未熟者が好奇心で使えば、モンスターの良い的になりかねませんし、動けないところを悪人に狙われることにもなりかねません」
ニルの言葉に、ファードさんがすぐに注意すべきことを話す。
「そうしようか。まずは騎士団や大きなギルドにこういうものがあると教えようと思っている。他国には検証がすんだあとだ。確認するが広めることに反対するかね」
首を横に振る。俺はどうでもいい。大切なのは俺自身が強くなることだから。
「私ももとから広めるつもりはありましたから、反対しません」
「兄様。他国にも伝えるのですか? この国で生まれた有用な技術ですし、独占するのもありではないかと」
ペクテア様が疑問を口に出す。
「魔王や魔物関連の問題がなければそうした。だが今は皆に力を持ってもらう必要がある。今の俺たちでは魔物にも届かない。それがこの大会でよくわかったからな。出し惜しみして他国に被害が出て、その難民がこちらに来て困るなんてことも起こり得る。無論、魔力循環について教える際にはこちらに有利な取引もさせてもらうが」
「そういうことですか」
納得したとペクテア様は口を閉じる。
「魔力循環を騎士団などに教えるにあたって、ファードには王都に来てほしい。言葉で伝えても大丈夫だとは思うのだが、使える者が実演してみせてくれた方が、騎士たちも理解しやすいと思う」
「承知いたしました、と言いたいところなのですが、先日の戦いの影響で安静にする必要があるのです。安全ではあっても旅は難しいかと」
「そうか。今回の功労者に無理を言うのはどうかと思う。となるとデッサ、いやなにかを教えるには向いていないだろうし」
指導に向いていなさそうだという本音と以前の王族とかに近づかないという発言を考慮して、連れて行かない方向で考えてくれているのかな。
その方向性は助かるのでのっかろう。
「指導となるとさすがに俺では若すぎて、騎士たちも戸惑うのではないでしょうか」
「そうだな。カルシーンとの戦いを見ていればまだ納得もできたかもしれない。あと若者ができることなのだからと魔力循環を軽んじるかもしれないな」
ナルスさんが口を開く。
「ニルドーフ様。わしが残ってファード殿から魔力循環の指導を受けましょう。そしてそれを騎士団へと伝えるという形でいかがですかな」
「道場の方は大丈夫かい」
「大丈夫です。一年留守にするわけでもありません。少しの間であれば、わしがおらずとも回せましょう」
「ファード、そういうことで頼めるかな」
「承知いたしました」
うんうんとニルは頷いて、最後にと続ける。
「魔力循環はとてもすごいものだ。恩恵を受ける者は多いだろう。それについて隠さず教えてくれて、指導もしてくれる。せひとも報酬を渡さなければならない。ファードとデッサ、望みがあれば言ってほしい。国にできる範囲ならば、わりと無茶なことでも叶えてみせるよ」
「そういったことは国王に了解を得なければならないのでは?」
俺が聞くと、ニルが頷く。
「もちろん王に了解を得る必要はある。だが許可は確実にでるだろうね。それだけ役立つ技術だよ」
「では希少な物資の購入優先権を」
すぐにファードさんが願いを口に出す。良質な武具作成に必要なものを買いたいってことかな。
「それだけかい」
「はい」
「だったら割引もできるように手配しよう」
ありがとうございますとファードが頭を下げる。
ニルは俺に視線を向けた。
「そうですね……お金」
お金だけですませようと思ったとき、ふと欲しいものが頭に浮かんだ。
「良質で指輪みたいに持ち運びが便利な魔力増幅道具がほしいです」
カルシーンみたいのが動いているとなると、いざってときに力が必要になる。調子にのって魔力循環を往復しないように質が悪いものを所持していたけど、それだけだと困るときがあるかもしれない。
「良質か、どれくらいの質か具体的にいえるかな」
「ファードさん、三往復して問題のない質のものってどれくらいなんでしょう」
俺にはどれくらいのものが必要なのかわからない。だからファードさんに教えてもらう。
ファードさんは具体的にわかっているようで、購入に必要な値段をニルへと伝える。
金貨十枚だせば十分足りるそうだ。
俺からしてみれば高価だけど、ニルにとってはそうでもないようだ。
「そのくらいか。それにプラスしてお金だな。先に増幅道具の分だけ渡しておこう。ほかは俺が王都に帰ってからこっちに送ることになる。ギデスから受け取ってくれ」
それでいいかなと聞かれたんで頷く。
ニルは近くにいたメイドに声をかけてお金を準備してくれと頼む。用事を頼まれたメイドは一礼しこの場から離れていった。
あとで送られてくるものって、いくらなんだろうな。金貨十枚をまったく負担に思ってないし五倍くらい? 届いたら、いずれ質の良い武具を買うときの貯金にしておこう。
魔力循環について話が終わり、カルシーンと戦ったことの感想を求められた。
「俺は耐えることしかできませんでした。動きが純粋に速くて、反応できなかった」
「私としては粗削りという印象でしたね。カルシーンにかぎっては技術をほとんど用いず、身体能力を頼りに戦っていました」
「わしもファード殿の同意見ですな。魔物とはああいった者ばかりなのでしょうか?」
カルシーン以外の魔物と戦った経験がないためわからないらしい。
「デッサ、君が以前戦った魔物はどうだった?」
町長が目を丸くしている。町長は俺がファルマジスと戦った話を知らないからな。二度も戦っていることに驚いたようだ。
「俺が戦ったスケルトンの魔物は、剣の技術が卓越していました。だから全ての魔物が身体能力でごり押ししてくるわけではないと思います」
ゲームには魔法を使ってくる魔物もいたし、肉塊にする魔法のように人間の士気をくじくという搦め手を使う魔物もいた。
「以前この町に現れた魔物はなにをしたかったのかわからないままですね。皆が皆力押しではないという証拠の一つになるでしょう」
町長も付け加えるように言う。
あれは本当になにをしたかったのやら。
ファードさんはどれくらいの強さの冒険者ならば、カルシーンの攻撃に耐えられるかといったことも話していく。
それを聞いたニルは、魔力循環がなければどのようにすればカルシーンを倒せるのか聞く。
それに対してファードは熟練の冒険者や兵などを多く用意し、過剰活性を使わせて命を捨てる覚悟で戦わせれば、多くの犠牲を出して倒せるだろうと答えた。
今回カルシーンが退かなければ、似たような結果になったかもしれないと付け加える。
「大昔の人間ならば違った結果になったのだろうな」
ニルが思ったことを口に出した。
「大昔の人間ですか?」
何の話だろうとファードさんが首を傾げる。
「ナルスとも話したのだが、英雄の時代の人間は魔物と戦えていたようだ。当時の人間と比べて、我らは弱くなっているのだろうなと」
「魔王がいた時代ですか。たしかに当時の人間は魔王や魔物に抵抗するため必死に鍛えたのでしょうね」
「魔王が復活したと断定されれば、私たちも似たようなことになるのだろうか」
「死にたくないと努力する者は確実にでてきますね」
俺と似た感じか。
「努力すれば強くなれる。それを我らは知っていますし、先達として示すことができます。そして彼らに負けないよう一層の努力が必要かもしれません」
「その努力の第一歩が魔力循環習得ですな」
ナルスさんが言い、ニルは頷いた。
「一歩一歩を大事にしていかないとね」
話はこれで終わりになった。
ゲームとか漫画だとこの話し合いが魔物への反抗の狼煙だったとか吹き出しで書かれるのかな。
現実にはどうなるのか。人間側に良い影響を与えるといいのだけど。
この大会を見た貴族たちがいる国は魔物出現を信じるだろうけど、関係者が来ていない国は魔王復活とか魔物出現とかなにを言っているのかと疑うかもな。
そこらへんの説得にかけた時間によって、魔物への抵抗に各国で差が生じる?
各国に説明のために向かう外交官とか大変そうだ。
あと一品デザートでも食べようかなと考えていると、ニルから増幅道具のお金を渡される。
それを財布に入れて、席を立つ。
ブルーベリーのミニサイズパイを一つもらい、食べようとしたところグルウさんとミナが近づいてきた。
「話し合いは終わったのか?」
「終わりましたよ」
ミナはそれを聞いてファードさんの方を見る。
ファードさんはまだニルたちと話しているので近づけない。
「どんなこと話したのか聞いても大丈夫?」
「魔力循環を広めることとか、カルシーンと戦った感想とかでしたよ。あとはナルスさんという王都で道場をやっている人が、魔力循環をファードさんに教わることになっている」
「その人だけ?」
「ファードさんを王都に連れて行きたかったみたいだけど、怪我の治療でミストーレから動けないから、ナルスさんが教わって、向こうの騎士とかに教えることになったんだ」
「そういうことか」
「爺ちゃんが無理をしないでよかった」
ほっとしたようにミナが言い、グルウさんも頷く。
「そういえばデッサが王都に行くという話はでなかったのか?」
「俺は扱えるけど、指導面で不安があるからね。最初から除外されていた。ファードさんならこれまでギルドメンバーに指導してきた実績があるから、どちらを選ぶかなんてわかりきっているよね」
俺の返答に二人は納得した様子だ。とりあえず聞きたいことは聞けたようなので、俺はパイにかじりつく。
甘さ控えめですっきりとした酸味が美味い。くどい甘さがないため、ささっと食べられて最後の一品にぴったりだった。
あとは茶を受け取り、のんびりと飲みながら周囲を眺める。
「デッサは今後の予定どうなっているんだ?」
「これまでと変わりませんよ。ダンジョンに潜って進む。町の外に出る用事もありません。そろそろアーマータイガーがいる階なんでリベンジが楽しみですね」
正直カルシーンのインパクトで、アーマータイガーへの緊張が薄れている。さすがに魔物より強くはないだろうし、魔力循環で戦えばなんとかなるだろうと思う。油断して隙だらけで突っ込んだらさすがに負けると思うけど。
「そっちはどういった予定になってます?」
「先に進むのは一度やめて、魔力循環の訓練に集中かな。せめて一往復だけでももっと安定して扱えるようにならないと。先のことを考えると習得しておかないと駄目だと思うし」
「言い忘れてましたけど、魔力循環の負担軽減についても話題にでましたよ。それについて王子も動いてくれるそうで、すぐには解決しないと思いますがなんらかの軽減方法が生まれるかもしれません」
「それは朗報だね」
「自分で軽減できるのも大事だから、魔力活性の鍛錬とかは続けるけどね」
軽減についてはミナも興味があるようで、口を出してきた。
どういったものになりそうなのか話しているうちに、ファードさんも話を切り上げたようでテーブルから離れる。
それを見て、二人はファードさんのところへと歩いていった。
ニルや町長たちも席から立つ。
町長が踏み台に上がり、閉会の宣言をする。終わるといってもあと一時間は場を提供するので、のんびりとしてほしいということだった。
参加者たちもすぐに帰るようなものはおらず、飲み食いしながら別れの挨拶をしていた。
「デッサ、こんばんは」
フリクトさんが声をかけてきた。
「そろそろ帰るから挨拶しておこうと思ったの。ミストーレからも離れるからその挨拶もね」
「帰るんですね。お世話になりました。無事帰れることを祈っています」
「ありがとう。帰るといっても一つ寄り道するんだけどね」
またいつかどこかでと言ってフリクトさんは離れていった。
デーレンさんとも挨拶し、ロッデスにも声をかけられた。
ロッデスとはほとんど接点がなかったから、声をかけられたときは少し驚いた。
「なんで驚く」
「あなたとはほぼ接点がなかったでしょう? 無名の俺に挨拶なんて必要ないと思ったからですよ」
ロッデスの取り巻きたちの中には、俺の言葉に頷いている者もいた。
「共に魔物と戦った仲だ。挨拶の一つくらいはするさ。この先、また共に戦う機会があるかもしれないし、多少なりとも繋がりは持っておいた方がいいと考えた」
「実力差があるあなたと共に戦う事態とかあまり考えたくないんですが」
「世の中平穏無事が続くならそれでいいんだがな。まあ、挨拶の一つくらい損があるわけでもない。というわけで元気にしてろよ」
「そちらもお元気で。来年こそは優勝ですか?」
「当然だ。そしていずれはカルシーンもぶちのめして、俺の名声の糧にしてくれるわ」
言い切って取り巻きたちと一緒に離れていった。
ファードさんの魔力循環を見て、勝てると言い切れるのはすごいわ。来年までに魔力循環を習得するつもりなのか、地力を上げるつもりなのか。どちらにせよロッデス自身が勝つと信じていることが口調から感じ取れた。なんとなくだけど、過信とは思えない。それだけ自分の可能性を信じているのだろう。
「いつだったかファードさんも言っていたっけ。自分を信じてあげなさいと。それをロッデスは実行しているんだな」
ロッデスの在り方が強くなることの参考になるのかもな。
さて挨拶は終えたし、帰ろうかな。俺のように挨拶を終えて帰る人に混ざって屋敷から出る。
祭りの夜にあった騒がしさはどこにもなく、いつも通りの道を歩いて宿に戻る。
感想と誤字指摘ありがとうございます