107 祭り終わって 4
注目を浴びながら町長が踏み台に上がる。
「少しの間、耳を傾けてほしい」
皆静かになり、町長に注目している。
「祭りは終わったが、大会は無事に終わったとはいえない。魔物が暴れ、怪我ではすまなかった者もいる。まずは彼らの安息を祈ってもらいたい」
町長は部下に合図を出し、合図を受けた部下は黙祷をお願いしますと言って先ほどとは別の鐘を叩く。
庭に鎮魂の鐘が響く。澄んだ音色に耳を傾けて、誰もが目を閉じた。楽団たちも演奏を止めて、庭が一時的に静かになる。
一分ほど鐘がゆっくりと叩かれて、町長が話を再開する。
「ありがとう。私たちにできることはもう祈ることのみ。死んだ彼らが死後も苦しむことなどないことを願う。さて死者についてはここまでにしよう。悼むためだけに君たちを招いたわけではないのだから。ここからはニルドーフ王子にお願いします」
町長が王子って呼んだなー。大会のときも思ったけど王族確定か……知らんぷりしとこ。これまでと同じ対応でいいだろう。特に文句言われなかったし。
町長が下がり、ニルが踏み台に上がる。
「初めましてニルドーフだ。大会の終わりはあのようなことになったが、それまでは素晴らしいものだった。私も剣を扱う者として君たちの技量はわかるつもりだ。どの試合も見応えがあり、観客たちも同じ思いだっただろう。あの続きを見たいと願う者は多いと思う。今年は被害が多く、参加者でいまだ治療に専念している者もいて、続行は不可能だと私たちは判断した。ぜひ来年の大会で今年の分も力を振るってほしい。今大会のことに関して話しておかなければならないことがある。魔物についてだ。その出現に関して伝えておきたいことがある。確定はしていないが、魔王に関わる話かもしれない」
魔王とニルが口にしたことで会場がざわめく。
誰もがシーミンたちのようにおとぎ話の存在だと認識していたようで、脅威ではなく戸惑いといった感情が表情や声に現れていた。
その反応にニルは頷きを返す。
「魔王と聞いてその実在を疑うのは無理もない。私もその存在を疑っていた。だが伝承に残るように討伐されたのではなく封印された存在なのだ。封印はいつか解ける。それを英雄は言い残していた。魔王の封印を解くためか、もしくは別の目的のためか、魔物たちは今後も動く可能性が高い。君たちもそのつもりでいてくれ。そして遭遇したとき一方的にやられることのないように日々の鍛練を怠ることのないように。最後に連絡だ、ファードとデッサはすまないが、食事をとったあとこちらに来てほしい。話すことがある」
挨拶を終えてニルが下がる。
名指しか。俺たちを呼ぶということは魔力循環が目的だな。
そんなことを考え入るとデッサって誰だという呟きが何度か聞こえてきた。
そんな中、ゴーアヘッドを利用していて俺を知っている人がいたのか、カルシーン相手に時間稼ぎした奴だと教える声も聞こえた。
少しざわめく庭に、鐘が響く。
「これで挨拶を終える。食事や音楽や雑談を楽しみ、戦いの疲れを癒してくれ」
町長が夕食会開始を宣言し、楽団が演奏を再開する。
「さて呼ばれたことだし、さっさとご飯を食べくるよ」
「急ぎ過ぎて喉に詰まらせるなよ」
わかってると返して、食事が並ぶテーブルに向かう。
給仕が待機していて、ほしいものを告げると皿に載せてくれる。
肉料理、魚料理、野菜料理、麺料理、デザートが並び、どれも一定の味が期待できそうなので深く考えずに選んでいく。
鹿肉のソテー、白見魚の香草フライ、野菜だけのバーベキュー、スライスされたパンを受け取って少し離れたところのテーブルに置く。
味はそこらの食堂以上、高級料理店以下というもので俺には十分満足できるものだった。
次は麺料理と煮物、そのあとにデザートのプリンと冷えたカットフルーツを食べて、ほぼ満腹となったのでニルのところに行く。
ニルたちは専用のラウンドテーブルで食べていて、護衛の兵が冒険者たちを近づけさせないように立っていた
テーブルに近づくと護衛に名前を告げる前に、ニルが俺に気付いて手招きする。
「通りますね」
「うむ」
一応護衛に断りを入れて、テーブルに近づく。
そのテーブルにはニルとペクテア様と町長とナルスさんとファードさんがいる。
「空いている席に座ってくれ」
ファードさんとペクテア様の間が空いているので、そこに座る。
すぐに給仕がお茶を置いてくれた。
「さて人が揃ったので始めようか。話題は魔力循環についてだ。詳細はまだ聞いていない、それが今後魔物と相対するときに役立つものだと思うので聞いておきたいのだよ。ファードとデッサ、どちらでもよいので説明を頼めるかな」
ファードさんと顔を見合わせる。
「指導とかで説明になれているでしょうから、ファードさんお願いします」
「わかった。説明が足りていないところがあれば補足を頼む」
俺が頷くとファードさんは説明を始める。
「最初から説明させていただきます。魔力循環とは魔力活性の先にあるものだと私たちは考えています。デッサが発端となって、この世に誕生しました」
「いきなり遮るようで申し訳ありませんが、補足を。もともとは魔法使いたちが考えていたようです。ですが彼らでは扱えない技術であり、忘れ去られたと思われます」
公式の場なので、丁寧な言葉使いを心がける。
「私はそのことを知らず、話を聞いて実現に動きました。そして活性化した魔力を増幅道具に流して、増やしたものを体内に戻すというものができあがりました。これは一往復だけではなく、何往復もして魔力を増やすことが可能です」
「それだけ聞くと簡単に思えるのだが、どうして魔法使いたちは実現化できなかったのだろう」
「増やした魔力を体内に戻すと負担が生じるのです。往復するほど負担は大きくなります。そういった負担に耐え切れなかったのかと。私たちも負担は感じますが、魔力活性で強化した肉体が負担を押さえてくれるようなのです」
「魔法使いは魔力活性を使えないから、負担が軽減されず増やした魔力を扱いきれなかったと。増やした魔力を無理矢理使う者がいそうなのだが」
「推測なのですが、魔力循環の反動で、浸食と似たダメージを負っている可能性があります。そのダメージだと魔法使いたちも無理に扱うのは難しかったのではないかと思われます」
「浸食と同系統のものか。それならたしかに過去の魔法使いたちも無理はできなかったのだろうな」
ニルは頷いて先を促す。
「この魔力循環ですが、負担のせいで簡単に行うことはできても使いこなすことは難しいものとなっています。現状、戦闘中に問題なく扱えるのは私とデッサくらいでしょう。二十年以上魔力活性を鍛えた者でも、戦闘中に使うとなると隙をさらしてしまいます。まして駆け出しや一人前くらいの冒険者では戦闘に使うことすら難しいです」
「駆け出したちはどうやっても使えないのか?」
「はい。魔力を一往復させるだけで立ち眩みなどが起こり、動くことすら難しい体調不良を起こすでしょう」
「そんな欠点が」
「これはまさしく魔力活性の先にあるもの。魔力活性をしっかりと鍛えなければ使いこなすことは不可能なのでしょうね」
「ふむ、疑問が一つ」
ナルスさんが質問の許可を求めて、ニルが頷く。
「ファード殿が扱えるのは納得できる。長年の鍛練のおかげなのだろう。しかしデッサが扱えるのはどうしてだ」
「それに関して詳細はわかっていませんが、私は体質と日々の行動のおかげだと考えます。デッサは常日頃シールなしでモンスターと戦い、浸食に耐性を得ているようです。そのおかげで魔力循環の負担を気にしていないようです」
「シールなし!?」
ニルとナルスさんと会話が聞こえていたらしい護衛が驚く。すぐに口をはさんだことを詫びて周囲の警戒に戻る。モンスターと戦う人たちだからそれがどういったことが理解できるようだ。
というかニルにシールなしで戦っているって話したことなかったか。色々な人に話しているから、ニルにも話していたと思った。
どうしてシールなしで戦っているのか聞かれ、最初シールというものを知らず、そのまま戦い続けたと素直に話す。
「いや知らないにしても、情報を集めたらわかるものだろう。それに君は……いやなんでもない」
ニルは小さく首を振った。いろんな情報を知っている設定の秘の一族だから、知らない方が意外だって言いたかったのかな。
でも知らないこともあると伝えてあるし、シールについてもその一つだと思ってほしい。
「体質ということは参考にはできないな。誰かに教えるときはファードのやり方がいいのか」
「おそらくそうだと思われます。開発したばかりのものですから、今後反動をしっかりと抑えられる方法がみつかるかもしれませんが」
そういやフェムの誘拐とかあってシールを有効利用できないかって伝えてなかった気がする。
「できるかどうかわかりませんが、シールを使って魔力循環による負担を減らせないかって、タナトスの一族と話したことがありましたね」
「シールを? どんなふうにだ」
ファードさんだけではなく、ニルたちも興味深いと表情に現れている。
実現可能かどうかわからないと前置きして、シーミンたちと話したことを伝える。
「浸食に似たものと聞いたし、シールを参考に新たに魔法を作るというのは納得できる話だ」
「頂点会なら俺がシールを使える魔法使いに話を持っていくより、まともに取り合ってくれるんじゃないかって話したんですよ」
「わかった。一度話してみよう。実現するなら魔力活性頼りの俺たちにこそ、有効なものだろうしな」
「俺も王都に戻ったとき、研究してもらえるよう話してみる」
王族が動くならなんとかなるか?
「お願いします。あとは魔力循環と過剰活性の比較もついでに話しておきましょう。魔力循環を一往復と過剰活性では、過剰活性の方が上です。二往復すれば魔力循環の方が上になりますね。ですが使いなせるようになると魔力循環一往復の安定性は過剰活性を超えます。過剰活性に少し劣るけれども、魔力活性より強いという魔力循環一往復も十分戦力になります」
「過剰活性は魔力循環が扱えない者の奥の手になりそうだな。魔力循環そのものについてはわかった。次は指導するときの注意点などがあれば聞かせてもらいたい」
「先ほどから話していますように負担が大きなものですから、まずは魔力活性をしっかりと鍛えることです。いきなり魔力循環を使おうとしても使い物になりません。体調を崩して鍛錬の時間が無駄に削れるだけですね」
「段階を踏む必要があるということだな。魔力活性の先にあるのなら当然といえるのかもしれん」
「私たちが行っている鍛錬は、魔力活性の熟練は当然として、鍛錬のときに魔力循環を使い負担に少しでもなれること。自身と対等の強さのモンスターよりも下のモンスターとシールなしで戦うことです」
「正攻法とデッサの方式を取り入れた感じか」
「はい、その通りです」
「少しでも成果は出たのだろうか」
ファードさんは首を横に振る。
「魔力循環を開発して三ヶ月も経過していません。その短期間ではこれといった成果は出ていません」
「そうか。まあ仕方ない。ファードが使って、身体強化以外に応用できる部分は見つかったかね」
「習得してまずは基礎固めと考えていましたので、応用には手をつけていません。今でもまだ制御が甘い部分があるため、応用へとステップアップするにはいましばらく時間が必要になります」
一往復なら制御はほぼ完璧らしい。でも三往復もすると増えた魔力に振り回され、動作にもブレが生じてしまうそうだ。そのせいで攻撃の衝撃が分散したり、回避や受け流しのタイミングにミスが生じたとファードさんは言う。
「ということは未完成の技術でカルシーンを撃退したということになるな」
ファードさんは頷いた。完成していればあの場でカルシーンを倒すことが可能だったってことなのかな。
ニルも同じことをファードさんに尋ねる。
「倒せたかどうかは不明です。しかし確実に大きなダメージを負わせることはできました」
「心強い返答だ。ちなみにデッサは応用に関して言えることはあるかい」
「ないですね。俺は魔力活性ですらまだまだ鍛錬不足ですから、魔力活性も魔力循環もただ魔力をまとって戦っているだけです」
この返答にニルは納得したように頷く。
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