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106 祭り終わって 3

 宿の部屋で武具を外していると扉がノックされた。扉を開けると廊下にハスファがいて、中に入ってもらう。

 俺をじっと見て、少しだけ目を細めた。これは早速ばれたか?


「今日は帰りが早かったんですね」

「様子見で終わらせたしね。そっちは片付けで忙しくて今日もこれないと思っていたんだけど」

「冒険者も雇って日中ずっと片付けていましたし、ここにこれないほど忙しかったわけでもないですよ。デッサさんは今日なにをしていたんですか?」


 ダンジョンに行って、フリクトやシーミンに会いに行ってきたことを話す。


「ダンジョンですか。勘違いかもしれませんけど、いつもより体調が良くなさそうに見えたんですよね。いえ良くないというより、治ったばかりとかそんな感じでしょうか」


 ファルマジスのときも思ったけど、本当にしっかりと俺を見ているな。これは誤魔化して無駄だ。


「俺自身は、体調は良く思えていた。でも昨日は悪かったのも事実」

「なにがあったんです?」


 魔物にぼこぼこにされてハイポーションでも完全には治らなかったこと、その後薬をもらって、それを飲んだ朝には違和感がなかったことを話す。

 ハスファが大きく溜息を吐いた。


「つっこみどころが多すぎてなにから言えばいいのか。でもまずはこれだけは言っておきましょう」


 安堵したような緩い笑みを浮かべた。


「無事でよかったです。ハイポーションでも治らないなんてかなりひどい状態だったはずです。もしかすると死んでいてもおかしくなかったと思います」


 本当にこうして無事に会えてよかったとほっとした様子だ。

 その表情もすぐに引き締まって、危ないことをしては駄目だろうと説教が始まった。

 俺を思ってのことなので黙って聞く。


「まったくいつまでたっても目が離せません」

「面倒をかけるね」

「面倒とは思いません。ですが心配はさせないでくれると助かります。心配するよりは楽しく話したいのですよ」

「俺もちょっとした無茶ですませたいんだけどね」

「無茶をするのはいつものことですけど、私は常に無茶をしてはいけませんと言い続けますよ。なにがあって死ぬかわからないのですから。実際、昨日魔物と戦って死者も出ています。私はあなたの葬式をしたくないんですからね」

「俺も葬式はまだ早いと思っているし、善処するとしかいえないな」


 善処してくれるといいんですけどねと言ってハスファは溜息を吐いた。

 ハスファは首を振って気分を切り替えて、シーミンの様子を聞いてくる。

 それに答えていると、また扉がノックされた。


「はいはーい」


 扉を開けると従業員がいた。


「手紙です。どうぞ」

「ありがとう」


 手紙を出してくる相手なんていないはず。誰だろうか。

 首を傾げつつ、ベッドに座る。


「いい紙を使ってますね」

「そうだね」


 宿とかギルドで見る紙と比べると手触りが良い。こんなものを使うのはニルくらいかな。

 封を開けて中身を取り出す。手紙を広げて、ちょっと困った。いきなり習ってない単語が出てきて、読めなかった。

 読める部分だけで判断すると町長の屋敷にご飯を食べにきませんかという誘いみたいだった。


「ちょっと確認してほしい。俺は部分的にしか読めなくてさ」

「わかりました」


 差し出した手紙を受け取ったハスファは内容に目を通していく。


「夕食会のお誘いですね。大会の上位陣の表彰と魔物撃退の労をねぎらいたいので、明日の夕方に町長の屋敷に来てほしいと。武装は不許可で、服装はいつも通りで大丈夫だそうです。この手紙を門番に見せたら通してくれるそうですよ」

「ありがとう。美味しい夕食を食べられるなら行こうかな」

「では明日は来ないことにしますね」

「うん、わかった」


 その後は服の汚れを落として夕食会に参加するようにと注意を受けたり、町の様子について話してハスファは帰っていった。

 夕食会があるなら明日もダンジョンは早めに切り上げて、風呂に入ってから屋敷に行こうと決めて、今日の夕食のため宿の食堂に向かう。

 翌朝、昼食を買ってからダンジョンに入り、ブラックマンティスと戦ってからいつもより早めにダンジョンを出る。

 魔晶の欠片は明日売ることにして、宿に帰りタオルとかを持って銭湯に向かう。

 汚れを落としてさっぱりしてから宿に帰って、準備していた汚れのない服に着替える。洗ったばかりというだけで質はそこらの服と一緒だ。

 手紙と財布だけを持って宿を出て、町長の屋敷に向かう。

 大通りは祭りで集まっていた人がいなくなり、確実に騒がしさが減っている。まだ少し冒険者の数が多いけど、それもじきに元の数まで戻るんだろう。

 屋敷の前に来て、門番に挨拶して手紙を見せる。同時に危険物の持ち込みの検査もされる。


「確認しました。中へどうぞ。庭が会場となっていますので屋内には入らないようお願いします」

「わかりました」


 何度も見かけた庭に足を踏み入れる。魔法の明かりがそこかしこに灯っていて、少人数の楽団が楽器を響かせている。

 すでに冒険者たちが集まっていて、バイキング形式で出されている食べ物や飲み物を手にしていた。

 包帯を巻いた人や顔色がやや悪い人もいるけど、ここにいるということは深刻な状態ではないんだろう。

 あ、ロッデスが冒険者に囲まれてる。聞こえてくる会話の内容は優勝できていたかといったもので、無理だろうと言い切っていた。魔力循環に対抗しきれないと認めていた。

 敗北宣言に戸惑っている冒険者たちに、次回の大会ではさらに力をつけて優勝すると宣言した。それに冒険者たちはやんやと激励の声を送っている。

 

「顔見知りでも探すかな」


 ロッデスから視線を外し、ジュースをもらって庭を歩く。視線が集まっているような気がする。視線を感じてそちらを見ると、目が合うことが何度かあり、会釈して視線を外す。

 派手に殴られていた奴だぜとか思われているんだろうか。

 歩いていると右手に包帯が巻かれたファードさんを見つけたけど、人に囲まれているから近づきがたいなと思っていたら、背後から名前を呼ばれる。

 

「デッサ」


 声のした方を見ると、デーレンさんがいた。その表情は決して明るいものではない。周りの人たちは夕食会を楽しもうと笑顔が浮かんでいるが、デーレンさんは一応合わせてはいるものの作った表情だとわかる。

 そのデーレンさんの手には紙がある。


「こんばんは」

「こんばんは。早速なんだがフェムについてなにか情報はないか」

「申し訳ありませんが、こっちにはまったく情報は入ってきていません。まだ見つかっていなかったんですね」

「ああ、情報がぱったり途絶えてどこにいるのか、生きているのかさえわからん」


 生死不明なら、そりゃ作り笑いしないと暗い表情にしかならんわな。


「兵たちもあの事件の関係者を探しているわけですし、この町だと活動しづらくてよそに行ったかもしれませんね」

「ああ、それは俺たちも考えた。だから賞金をかけてあちこちから情報を集めるつもりだ。お前もなにかわかれば頼む」

「なにかわかってもどこに情報を送ればいいのかわからないんですが」

「ミストーレなら町長に伝えてくれればいい」

「わかりました。あ、そうだ。少し聞きにくいことを聞いても?」

「答えられることなら」

「あなたの婚約話があったじゃないですか、こんなことになっているからそれってどうなるんだろうって」

「あれか。上手く話が進めばフェムとあの子が婚約していたのだろうけど……向こうに話して婚約はなかったことになる。いつ見つかるかわからないし、その間待たせる形になるのは悪いから」

「ほかの誰かと婚約することになるかもしれませんね」

「二年くらいなら大丈夫だろう。なんだかんだ向こうもフェムを気に入っていたから」

「気に入っていたんですか」


 フェムはダメ人間の類だと思うんだけど。


「手のかかる駄目な子ほどかわいいという感覚なのだろうね」

「恋愛感情じゃなくて親目線かペット感覚?」

「ペットは言い過ぎだけど、家族の目線に近いものはあるかもね」

「答えにくいことをありがとうございました」


 頷いたデーレンさんは離れていく。

 そして近くにいた冒険者に声をかけて、手に持っていた紙を見せる。フェムの似顔絵が書かれていた。

 フェムについてなにか知っていたら教えてほしいと頼んでいた。話を終えるとまた別の冒険者に声をかける。

 デーレンさんは各地から来た冒険者たちに情報を広めるため、夕食会に参加したのだろう。

 フェムは本当にどこに連れていかれたのか。デーレンさんたちの苦労が報われるといいのだけど。

 顔見知り探しを続行していると、会場で増幅道具を借りた人を見つけた。あれはナルスさんに預けたままだったしちゃんと返っているだろうか。心配になって聞くことにした。手元に返ってなければ謝らないと。

 話しかけてワンドについてきくと、あの日のうちに返っていたそうだ。

 返却されたことにほっとしていると体の心配をされる。ぼこぼこにされるところを見ていたんだろうし、心配されてもおかしくない。

 しっかりとした治療を受けたおかげでなんともないと話すとよかったと無事を喜んでくれた。

 その人に別れを告げて、また会場を歩く。

 グルウさんとミナがファードさんから少し離れたところにいたので、話しかける。


「こんばんは」

「こんばんは。体調はどうだい?」

「異常はなしです。昨日今日と少し怠いだけで元気にダンジョン行ってきました」

「あんなことがあって休まずにダンジョンに行ったの?」


 驚き呆れたようにミナが言う。グルウさんも似た表情だ。


「どこも異常がなかったからね。体の調子を確かめるため軽めに戦ってみたんだよ」

「そういったところが魔力循環を使いこなせる理由なのかしら」

「さあ、わからんね。ファードさんは体調どうなの? 包帯を巻いているってことはまだ不調っぽいけど」

「ダメージが残っている。浸食もだけど、無理をした右手もな」

「無理?」

「最後らへんでカルシーンに正拳突きを連発したろ? あれがダメージを残した」

「大量の魔力を拳に集めた反動だったりするのか」

「いやそっちじゃなく最初の方だな」


 二度目の正拳突きのために一発目はあまり魔力を込めなかったそうだ。その状態で力押ししたから、拳が壊れかけた。そして二度目の正拳突きで骨が砕けた。

 骨が砕けるだけならハイポーションでどうにでもなるが、浸食ダメージが悪さして治療が遅れているらしい。

 俺が異常なしといったときに驚いたのは、ぼこぼこにされて物理ダメージと浸食ダメージがひどかったはずなのに、ファードさんと違いあとを引いていないと驚いたのだそうだ。


「ダメージがひどいといえば、パルジームさんだっけ、あの人は? 俺みたいにぼこぼこにされていたけど」

「パルジームさんは入院しているよ。生きてはいるけど、医者の見立てでは冒険者としてはやっていけないだろうって。パルジームさんは引退を考えていたからちょうどいいと言っていた。魔物と戦って生きているだけめっけものだと」

「ご家族も生きていたことには安堵していたわ。でも引退するにしてももっと良い終わり方があったはずよ」


 死者も出ているし、パルジームさんが言うように死ななかっただけ幸運ではあるんだよな。

 

「一度だけじゃなく二度も魔物が現れたわ。三度目がないとは言い切れない。本格的にシールなしでの鍛錬を開始した方がいいのかもしれないわね」

「シールなしでの鍛錬が正解かわからないよ。だから無理のない範囲でやって」

「そうだぞ。焦って深刻な怪我をしたら問題しかない。少しずつやっていこう」

「……わかった」


 本当に納得してる? グルウさんも同じように思ったようで、ミナの頭をがしがしと撫でて焦るなよと声をかけている。

 ミナは「兄さんこそ」と言い返す。俺にはわからなかったけど、グルウさんにも焦りはあったみたいだ。


「二人は体調どうなの」

「俺たちはこの二日で治った。もともとあの場にいただけでなにかできたわけじゃない」

「魔物があんなに強いとは想像していなかった。倒すことは無理でも、戦うことはできると思っていたのに。魔物を倒すにはもっと強くならないと」

「言っておくけど、魔物が皆あれと同じくらいじゃないからね。俺が前戦った奴も強くはあったけど、カルシーンよりは下だった。カルシーンを基準にしたら駄目だぞ」


 全盛期はカルシーンを超えていたんだろうけどね。

 コーンと鐘が響く。町長やニルたちが姿を見せたので、それを知らせるために鳴ったのだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] シールなしでの鍛錬が魔力循環に効果があればいいんですがねー それでもシールが当たり前だった人からすればまともな鍛錬ではないですが
[一言] フェムに話した通りに婚約して結婚すればいいのに。今までもこういう感じでなんだかんだ甘い対応していたのだろうな……。 色々な人がシールなしでやってみて、本当に浸食耐性みたいなモノを得られたら…
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