105 祭り終わって 2
人に聞きながら病院を探すこと一時間ほどで到着する。
玄関から入り、待合室にちらほらと客がいるのを見たあと受付の奥に声をかける。
「はーい、お待たせしました」
三十代の女の人が出てくる。
「初めて見ますね、お急ぎですか?」
「診察を受けに来たのではなく、ここのお医者さんに伝言を頼みたいのですが」
「わかりました。どんな伝言でしょうか」
「昨日、大会会場で騒動が起きたあと診察を受けた冒険者なんですが、朝起きたら薬が効いたようで痛みはなくなったと伝えてください。なにか症状が出たら来るように言われていたので、現状では健康だと伝えておこうと思いまして」
「ああ、夫がそういったことを言ってましたね。わかりました、ちゃんと伝えておきます」
「お願いします」
その場を離れようとしたら玄関から人が飛び込んできた。
「急患だ! 骨が折れていると思う! あと刺し傷!」
その人のあとに怪我人が複数人に支えられて入ってくる。
怪我をしたのは少年で見覚えがあった。ロバンと一緒にミストーレに来た子だ。痛みを耐えるようにギュッと目を閉じている。刺し傷は足のようでズボンの上から止血のため布で縛られている。
名前はたしかジョシュアだったはず。ロバンは一緒にいないようだ。
怪我人の運搬を邪魔しないように端に避けていると、急患という呼び声を聞いたお医者さんが出てきた。
「一度下ろしてくれ!」
お医者さんの指示に従って、床に下ろされる。
お医者さんは運んできた人たちにどこでどのように怪我をしたのか聞きながら、ズボンを脱がせていく。
祭りの片付け依頼を受けて、屋根の飾りつけを外しているときバランスを崩して屋根から落ちたそうだ。
運悪く落下したところのそばに尖ったものがあったらしく、足がひっかかり貫くことになった。その後肩から落ちる形になり、強打して骨折という流れらしい。
「足を貫いたものは錆びていたり、汚れたりしていたか?」
「錆びていたはず」
「錆びに対する薬が必要だな」
肩以外の骨折、特に頭も打ちつけていないか確認もしたあと、裏庭に運ぶように指示を出す。
そこで刺し傷を洗うようだ。
患者と一緒にお医者さんも裏庭に向かっていった。
一連の出来事を見ていた客たちは「大丈夫かしらね」「驚いたわね」などと話している。
奥さんが急患のため少し診察が遅れますと告げて、箒を持って出てくる。患者を下ろしたときに少しばかり土などが落ちたのでそれを掃くのだろう。
用事を終わらせた俺がいつまでもここにいても邪魔でしかないので外に出る。
「デッサさん!」
「ロバンか。ジョシュアが運ばれてきたぞ」
「ジョシュアはどんな感じだった!?」
「意識はあって、痛がっていた。骨折と刺し傷だそうだ。医者がちゃんと対応していたから治ると思うぞ」
「そっか、よかった」
心底ほっとしたように、安堵の笑みを浮かべた。
「屋根から落ちたんだって?」
「そうらしいね。俺は少し離れた通りの方で掃除していて、一緒にいなかったんだ。誰か落ちたって聞いて、掃除していた場所と特徴がジョシュアと一致して、慌ててこっちに来た」
「驚いただろうな」
「驚いたってもんじゃないよ! ぐったりしていて血も流れたとか聞いたし、最悪の事態も想像していたよ。鍛えられた冒険者なら高所から落ちても死にはしないって聞いたけどさ、まだ俺たちは弱いからな。そういやデッサさんはどうしてここに?」
「ちょっとした用事だよ。昨日診察してもらって、体調がおかしくなったらまた来てくれと言われていたんだ」
「来たってことはどこか悪くなったのか?」
「いや逆だ。なんともないからそれを伝えに来た。いつか診察に来るかもと思っているかもしれないし、伝えておいた方がいいだろうと思ったんだよ」
「ああ、そういうこと。昨日といえば、すごかったな。俺は遠目だけど魔物を初めて見た」
「会場にいたんだな」
「うん。誰が優勝するのか気になったし。周りの人たちが逃げようとするからそれに流される形で会場から追い出された。そしたら少ししてなんかすごい気配がして驚いたよ」
「ああ、カルシーンが怒ったときか」
あれほどの怒気なら会場の周辺に届いていてもおかしくないわな。
「怒ったからか。なんで原因を知ってんの?」
「あの場にいたからな。激怒した姿はすごかったよ。熟練の冒険者でも間近であれを受けたせいで腰抜かしていたし」
「それほどだったのか」
「一般人だったら気絶していた。下手すればあの威圧だけで死んでいたかもな」
「なんでそんなに怒ったんだよ、その魔物」
「いやー、なんでだろうな」
俺が挑発したって言っても信じてもらえるかわからないし、誤魔化しておこう。
そんなことを思っていたら、ジョシュアを運び込んだ人たちが出てきた。
「治療終わったんですか?」
「ん? ああ、終わったよ。念のため一日ここで入院させるそうだ」
そう言って男たちは帰っていく。
「ジョシュアの様子を見てきたらどうだ?」
「そうする。じゃあまたいつか」
「おう、ロバンも怪我に気を付けてな」
「村に帰れなくなるのは嫌だから十分に気を付けるさ」
そう言ってロバンは診療所に入っていった。
俺は用事も終わったし、どうするかな。町をうろついてタナトスの家に行くか。
片付けが続いている町をのんびりと歩く。魔物たちが町を荒らしたということはなく、どこかが壊れた様子はない。
いつも見る光景へと戻っていく町は、祭りが終わったと感じさせる。
あとは集まった人たちが帰れば、完全にいつもの町に戻るのだろう。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
シーミンの母親に挨拶して、シーミンがいるのか尋ねる。
まだ帰ってきていないが、そう時間をかけずに帰ってくるだろうということで待たせてもらう。
ダンジョン内の調査をいつもより時間かけてやってくれと町から依頼がきたそうだ。魔物の影響がダンジョンに出ていないか調べたいということらしい。
祭りの間、なにをしていたのかということを話しつつ、そろそろ一時間という頃合いでシーミンが帰ってきた。
「ただいま。デッサ、来ていたのね」
「「おかえり」」
シーミンは鎌を壁にたてかけて、椅子に座る。
母親はお茶を準備するために立ち上がった。
「母さんとなにを話していたの?」
「祭りの間なにをしていたのかってことだよ。タナトスの人たちは楽しめたみたいでよかったよ」
「ええ、皆楽しそうだったわ。ただ昨日の午後は町の雰囲気がおかしくなって、さっさと引き上げたけど」
「魔物が出て、楽しい雰囲気から不安な雰囲気に変わったせいだろうね」
「魔物はどうだった?」
「どうだったって?」
「あなたのことだから現場にいたんだろうと思ったんだけど」
「いや、うん、いたけど」
やっぱりと呆れたように言ってくる。
「それでどんな無茶をしたのかしら」
「無茶したのは決定事項なのか」
「これまでを考えると、してる可能性の方が大きいからねぇ」
お茶を入れてきた母親が言う。
「たしかに無茶もしたけどね。最初から話すよ」
パルジームさんとカルシーンの戦い、カルシーンが正体を現したこと、弱体化狙いの劇物使用、ファードさんに全力で戦ってもらうために時間稼ぎ、ファードさん優勢、ホーラー出現までを話す。
「一人で時間稼ぎなんかして死んだらどうするの!」
カップがテーブルに勢いよく置かれて、中身が零れる。
それをシーミンたちは気にした様子なく、睨むように俺を見てくる。いや睨むというよりは強く心配したことで睨むような目つきになったんだろうな。
「死ぬ気はなかったんだよ。三往復した状態で少しだけ時間を稼げば、致命傷まではいかない大怪我ですむと思ったんだ。力量を読み違えたこととファードさんが思ったよりも制御に時間かけたことが想定外だった」
「あなたの実力で魔物と戦うのは早すぎるの。二度とそんなことしてほしくない。でもするんでしょうね」
「俺もしたくないよ」
本音だ。リューミアイオールの課題で死ぬかもしれないのに、魔物と積極的に関わって死因を増やそうとは思わない。
本当かしらと親子が疑いの目で見てくる。
「本当なんだけど。今回だってファードさんが勝てるのならそのまま離れたところで見物していたし」
「普通は勝利をたぐりよせるために、魔物相手に時間稼ぎしようとは思わないわよ」
「そうしないとファードさんが負けて好き勝手やられていたと思う」
「それでもほかの人にも協力を求めなさい。被害が分散したはずよ」
今ならそうした方がよかったと思うけど、あのときは一人でやって当然って感じだったんだよな。
子供を助けるのと同じ感じだし、久々に誘導が起きていた?
「次はないといいけど、次があったら一人ではやらないよ。そもそも以前の魔物のときも協力していたし」
「ああ、そうだったわね」
協力していた事実を思い出し、安堵したように表情を和らげる。
「あ、母さんごめん。零しちゃった」
「仕方ないわよ」
そう言って母親はふくものを取りに行く。
「今回の魔物はどういった奴だったの?」
「猫のモンスターが元になった魔物で、肉弾戦を得意としているみたいだった。身体能力でごり押していたと思う。挑発がきいたし感情的なのかな」
「最後に出てきた方は?」
「そっちはよくわからない。鳥のモンスターが元になっていそう。あとはカルシーンと仲良くやっているわけじゃなさそうと思えた」
レオダークという上司がいることも話す。
「カルシーンよりも強いのかしら」
「俺が知っている通りなら強いはず。英雄の時代にいた魔物だから。でも寿命で死んでいてもおかしくないんだ」
「魔物って寿命あるの?」
「あるって聞いたよ。竜ですら寿命があるんだから、魔物にあってもおかしくないだろ?」
「竜にあるって言われれば納得できる、かな」
ふくものをとってきた母親がテーブルをふきながら、カルシーンの狙いについて聞いてくる。
「戦力を探ると言っていた。魔物がただ暴れるんじゃなくそんな動きを見せるってことは、この先に厄介事が待っているってことじゃないかな」
「なにかしらの考えがなければ、そんなことはしないでしょうしね」
「たぶん魔王関連なんだと思う。レオダークは魔王の側近だったからね」
魔王と聞いた親子の反応は微妙なものだ。恐怖はなく戸惑いの感情が見て取れた。二人にとっては物語に出てくる存在であり、馴染みのないものだ。だからそんな反応になるのだろう。ほかの人たちも似たような反応なんだろうね。
「言い伝えだと封印されたって話だし、復活が近いのかしら」
自信なさげにシーミンは言う。
「可能性はあるんじゃないかな。封印なんていつまでも続くものじゃないだろうし」
「そうなんだろうけど、現実味がないわ」
「これまでずっと平和でそれが突然終わるって言われても信じられないわ」
母親もシーミンに同意する。
「俺の考えすぎかもしれないし、そんな可能性もあるとだけ言っておきますよ」
俺だって魔王に復活してほしいわけじゃないし。
魔物の活動が活発になっているのは、魔王関連じゃなくて別の理由の可能性もある、かもしれない。
正直俺としては魔王関連の方がしっくりくる。ゲームだと魔物の活動は魔王のためだったせいだろう。
「魔王うんぬんは置いといて話を戻すよ。カルシーンは逃げて、ホーラーもそれを見て去っていった。これが昨日あったことだ。そのあとは重傷者を治療して、死者を教会に運んでいった。俺はそれらを手伝わずに治療を受けて宿に帰った」
「体の調子はどうなの?」
「フリクトっていう以前話したツインブレードを使う人から薬をもらって、それのおかげで今のところはなんの異常もない」
「なんでフリクトって人はデッサに薬を?」
「さあ? 頑張ったことへの褒美とかそんな感じじゃないか」
「魔物と実際に戦ったから一人で時間稼ぎしたことの負担の大きさもわかるだろうし、怪我の心配をして薬をあげてもおかしくはないのかな」
完全には納得していないけど、そういうこともあるだろうとシーミンは頷いた。
「素直に飲むのは怖かったけどね。ディフェリアの話を知っていたし」
「そういえばそうね。でも飲んだよね」
「診察してくれた医者にその薬を見せて、飲んでも大丈夫か確認してもらったから」
そこまでしたのなら大丈夫かとシーミンは納得する。
「昨日の話はこんなところ。ああ、そうだ。魔力活性の得意分野がわかったよ」
「わかったんだ。なんだった?」
「頑丈だった。午前中にダンジョンで魔力活性を使ったときいつもと違った感じがしたんだ。それを薬の副作用かと思ってフリクトさんに聞いたら、得意分野じゃないのって指摘された」
「うん、ちょっと待って。ハイポーションでも治りきらない怪我をした翌日にダンジョンに行っちゃ駄目でしょ」
「体の調子がよかったら、どれくらい動くのか確認したかったんだよ」
「町の外で体を動かすだけでいいじゃない」
「体を動かすならダンジョンでっていう考えが染みついているから」
「私もわからなくはないけど。絶対ハスファに怒られるわよ」
「……黙ってようかなって思ったけど見抜いてきそう」
何ヶ月も俺を見てきているから、少しの変化でも気付くんだよなぁ。
素直に叱られよう。俺が隠してもシーミンが話すだろうし。
「隠しているとばれたときにもっと怒ると思うわ」
「だろうね。今日か明日に来るだろうし、そのときに叱られるとするよ」
そうしなさいとシーミンが笑いながら言う。
話を終えてタナトスの家からまっすぐ宿に帰る。
感想ありがとうございます