101 お祭り開始 7
ナルスさんの声やカルシーンの嘲笑を気にせずファードさんは勢いを弱めることなく拳を振り抜いた。カルシーンの拳にぶつけるように。
最初から拳狙いだったのだろう。拳と拳がぶつかり、裂帛の気合を吐いたファードさんが押し勝った。
弾かれた腕に引っ張られるようにカルシーンはほんのわずかに体をのけぞらせる。
ファードさんはさらに動く。カルシーンの片足を払い、大きく体勢を崩したのだ。
カルシーンは転ばぬように踏ん張る。
その間にファードさんは再度正拳突きの体勢をとっていた。俺でもわかるくらいに大量の魔力が拳に集中し、これが本命だとわかる。これが決まらなければ、俺たちの負けだ。
皆もそれがわかったようで、各々が「いけっ」と声を出していた。
音を置き去りにした拳が放たれる。それを受けるカルシーンは体勢を立て直せないまま、とっさに腕を交差させて防御体勢をとる。俺が挑発したときと同じだ。防御しかできなかったのだろう。
拳が交差した腕に当たる。
「があああああっ」
悲鳴を上げるカルシーンが、正拳突きの威力に押されて後方へと盛大に滑っていく。ガードした左腕が肉と骨ごと押し潰され、右腕も拳型にへこんでいた。両腕は使い物にならなくなったのかだらりと下げられている。
両腕は潰したが、カルシーンは健在だ。
それを見てロッデスとフリクトが動いた。今が最大のチャンスだと突っ込んでいった。動きに精彩を欠いているが、あれが今できる全力なんだろう。
その二人の攻撃が届く前に、空から誰かが落ちてきて着地する。
両腕が翼の女だ。白く長い髪に、澄んだ黄色の目を持っている。
「双方ともここまでとしてもらいましょう」
そう言って突っ込んできていた二人を蹴り飛ばす。
「新手だと!?」
蹴り飛ばされたがすぐに起き上がったロッデスが、顔を顰めて言う。
ほかの冒険者たちの顔色も悪い。ここに来て万全の状態の魔物はきついと誰もが思ったのだ。
「こちらは人間の戦力を探るという目的を果たしました。これで引くつもりですが、まだ戦うというのならお相手しますよ?」
こちらがなにか言う前にカルシーンが怒鳴る。
「ホーラー! 今更なにしにきやがった!」
「迎えにきたんですよ。さっさと帰ってください。私も帰りますから」
「これだけやられて逃げろと!? そもそもお前が一緒に戦えばこの怪我はしなかったんだぞ!」
「レオダーク様から戦えと命じられていません。私は余計なことはしない主義なので。ですが戦いを続行するというのなら仕方ありません。私だけで帰ります。その腕でどれだけ戦えるのかわかりませんが頑張ってください。かの竜もやってくるかもしれませんよ」
カルシーンはホーラーを睨みつけるが、ホーラーは涼しげな顔で見返す。
カルシーンは舌打ちして、俺たちを見てくる。
「この傷の借りは必ず返すぞ!」
そう言うと俺たちに背を向けて、客席へと飛んでいき、その後は会場外へと飛んでいく。
あの方向は町中ではなく、街道方面だ。そのまままっすぐ進むなら一般人に被害はでないだろう。
「では私もこれにて」
「待てっなぜこっちの戦力を探った!?」
ロッデスが問う。
「答える必要などありませんね」
ロッデスへと見向きもせずあっさりと返したホーラーは両翼を大きく動かし、上空へと飛んでいった。
あっという間にホーラーの姿は小さくなり、空の彼方へ消えた。
二体の魔物がいなくなり、戦いの気配が消え去った。
戦いが終わったと俺は安堵したけど、ほかの人たちは沈んでいたり、険しい表情でホーラーが去っていった方角を見たりしている。
「終わったことを外に知らせないといけません。俺は動きたくないんで、ほかの人にお願いしたいんですが」
俺がそう言うとグルウさんが行くと言って小走りで会場の外へ向かう。
それを合図にほかの人たちも動き出す。
ミナがファードさんのところへ走り、ロッデスも同じくファードさんに近寄っている。
「魔物が二体。さらにレオダークというあれらの上らしき存在。組織だって動いているというのか」
空を見ながらナルスさんが言う。
「レオダークが俺の知っている魔物なら組織というのは外れじゃないですね」
「知っておるのか?」
「英雄の時代にいた魔物です。魔王の側近で英雄たちともぶつかったと思いますよ。でも名前を聞くのは不思議です。さすがに寿命で死んでいると思うんですが」
魔物は不老長寿ではなく、寿命がある。ファルマジスのような魔力に依存する例外を除けば五百年も生きたら長寿だとゲームに出てきた魔物が言っていた。
レオダークは確実に五百歳を超えてきているはずで、死んでいる可能性の方が高いと思うのだ。それなのにここで名前が出てくるということは生きているということなのだろうか。魔物に襲名の文化があるとは思えないから、本人なんだと思うけど。
「魔王ときたか。魔王が復活しているかもしれないのか」
「復活したにしては魔物の動きがおとなしくないですかね。もっと派手に動きそうなんですが」
「そうなのか?」
「俺が知るかぎりだと魔王がいた時代はあちこちの町が襲われ、魔物たちと人間たちの戦いが頻繁に起こっていたと聞いています」
「昔話で聞いたことがあるのう。だとすると復活はしておらず、独自の判断で動いているということかのう」
「ホーラーって魔物がもっと情報を落としてくれたらよかったんですけどね。ファードさんたちが戦いながらカルシーンからなにか情報を得ていないですかね」
舞台を見るとファードさんはミナに支えられながら、ロッデスと話している。正拳突きをした右手はだらりと力なく伸ばされている。
俺が見ていることに気付いたのか、ファードさんが手招きしてきた。
「なにか用事かな」
一歩進むたびにピリッと小さな痛みが生じる。
一晩寝て治るといいなぁ、これ。治らなかったら医者に診てもらおうか。
「呼びました?」
「デッサも疲れているところすまないな。まずは礼を。時間稼ぎ助かった。次に詫びを。準備が遅れたせいで怪我を増やしてしまった」
確実に制御するため普段よりじっくりと魔力循環を使ったそうだ。制御に失敗したらカルシーンに勝てないし、仕方ないことだって納得できる。
「滅茶苦茶痛かったけど、こうして生きているんでめでたしめでたしといったことにしましょう」
「そうか。デッサも魔力循環を使ったのだな? でなければカルシーンの攻撃に耐え切れない」
「使いましたね。三往復してなんとか生き延びました」
「一往復では強化しても確実に足りないからな。今の体調はどうだ?」
「動くと体全体にちょっとした痛みがはしります。浸食のせいで怠さもあります」
「それだけなのか? いまだ気分が悪いとかはないのか?」
「痛みだけでそういったことはないですね。ファードさんはあるんです?」
「ああ、使い続けるほどに体調が少しずつ悪化していった。今も吐き気が治まらんし、軽くふらつく。体質の違いなのだろうか」
「わかりませんね」
開発したばかりの技術だしわからない部分が多い。浸食に似ているとか予測したけど、しょせんは予測だし根拠は薄い。
シールの使い手が緩和してくれるといいんだけど。
「魔力循環を使った直後はどうだった」
「吐き気がしてました。ですが動いて魔力を消費するたびに吐き気は治まっていったように思えます」
でないと腹を殴られたとき吐いてたと思う。
頷いたファードさんはロッデスに顔を向ける。
「ロッデス。使用した感想はこんなところだ。強さは与えてくれるが、使いこなせなければ不利を強いてくる」
「使いこなせばいいだけだろう。再び魔物と相対することになるかもしれん。そのときは魔力循環がなければいいようにやられるだけだ」
「それには同意だ」
ロッデスが魔力循環に関しての情報を求めていて、使用可能な者からの話を聞かせたかったんだな。
「教えることに否はないが、すぐに使えるものでもない。魔力活性の熟練が必要だ。そこは理解しておいてくれ」
「あんたが言うなら嘘ではないんだろうが、それが正しいのならそいつが使えているのはおかしいんじゃないのか」
俺は若いし、熟練しているようには見えないだろうからその疑問も無理もない。
「デッサは体質だな。そう言うしかない。普通は魔力活性を鍛えて負担を抑えるものだと考えている。ほかには普段からシールなしでモンスターと戦い浸食に耐性を得るとかだな」
魔力循環の負担と浸食のダメージが似たものじゃないかと言い、シールなしで戦うことに慣れれば魔力循環を扱いやすくなるのではとファードさんは説明する。
それを聞いたロッデスの表情は疑わしいといったものだ。
「シールなしとかそれはさすがに嘘だろう」
「デッサがやっていることだ」
「本当なのか?」
本当だと返す。
「だとするとさっきあれだけ攻撃を受けたが、浸食の影響はないのか? そもそもシールなしで浸食は防げるのか?」
「さすがに影響はありますけど、大騒ぎするほどのものじゃないです。俺にとってシールなしが当たり前なんで、ほかの人が浸食を忌避する感情がよくわかりません。だからシールなしでの感覚をどう表現すればいいのか迷うところです」
「シールなしが当たり前……理解できん」
おかしな人物を見るような目を向けられる。そんな視線にもだいぶ慣れてきたな。
話が一区切りついたところで、今度はフリクトが話しかけてくる。
「お疲れさまでした」
「そちらも。怪我は大丈夫ですか」
「ええ、治療してもらいました。休めば問題ないでしょう」
「俺も休んで治るといいんですけど」
「まだ体が痛いとか。あれだけ攻撃されればハイポーションの治癒力では足りないかもしれませんね。こちらをどうぞ」
五ミリほどの丸薬を渡される。
しげしげと手のひらにのったそれを見る。
「体の治癒力を強化してくれる薬です。夜に飲めば一晩で痛みはだいぶましになっているでしょう」
うーん、フェムといった若い冒険者やディフェリアの件があるし、飲むのは躊躇われる。
そんな思いが顔に出てしまったようで、どうしたのかと聞いてくる。
「知らない人から薬をもらってひどい目にあった子を知っているので、飲むのが躊躇われるんですよ」
「なるほど。私の名前はフリクト。カッヘルンという宿に泊まっています。三日間は浸食によるダメージを抜くためこの町に滞在します。薬で問題がでたらその間に尋ねてきてくださってかまいません。詫びや治療費を出しますので」
「わかりました」
飲むかどうかはわからないけど、とりあえずもらっておこう。
「こちらも名乗っておきます。デッサ。ただの冒険者ですね」
「ただのではないと思いますが。一般的な冒険者は怒ったカルシーンの前に立ち、挑発する発言はできません」
まあそうだね。グルウさんやミナでさえ動けなかったし、ただのというには頑張りすぎたか。
「あなたは強くなるでしょうね。身体能力だけではなく胆力もある」
「毎回あんな真似をする気はありませんよ? 今日はそうしないとカルシーンに蹂躙されると思ったからやっただけです」
「必要なときに頑張れるのは、それだけですごいことですよ」
微笑んで言ってくる。
フリクトは宿に帰るのか離れて、外に繋がる通路へと向かう。
感想と誤字脱字指摘ありがとうございます