1 締め切りありのスタート 前
初めての方ははじめまして
また読んでくださる方はお久しぶりです
新しく書き始めました
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前世のパッパとマッマ。お元気でしょうか。息子は絶賛ピンチです。
前世の記憶を取り戻したら、山中にいて、そこらへんに朽ちた剣とか鎧とか骨とか落ちていて、目の前にとても大きな生物がいて、俺をじっと見てます。
ゲームとかで見たことのあるドラゴンですね。
黒く艶のある鱗が綺麗で、黄金よりも輝く瞳も綺麗です。背なかには大きな羽が折りたたまれて、手足には立派な爪も。
本物はすごい迫力です。ですが現物を見た感想としてはゲームとかで満足しておくべきだと思います。
俺なんか一瞬で肉片になりそうな強さとすごい存在感をひしひしと感じます。強いということは綺麗ということでもあるのでしょうか。そんなことを思う今日この頃です。
なんでこんなことになったのか? その理由を探るため、記憶を取り戻す前の自分について考えてみます。
そんなことする余裕があるのかと思うかもしれませんが、向こうがなにも言ってこないので現実逃避もかねてやってみようかと。ロープで足を縛られて、上手く動くことができませんし。ロープがなくても動けなかったと思うけど。
ええと名前はデッサ。年齢は十四歳。
貧乏な家に生まれて、父方の祖父母も含めた七人家族。その次男。十七歳の兄と十五歳の姉がいる。
それで年中腹減ったなんて言いながら十四年を生きてきて……そっかぁ生贄かー。
村すぐ近くの山がこのドラゴンの支配地で、山の麓に入って恵みをわけでもらうために何年かに一度生贄を差し出していると。
その生贄に今回選ばれたのが俺か。
前世を思い出す前の俺は納得いかなくて家族に文句を言っていたようだ。そりゃそうだ、誰だって死にたくない。
でも俺が生贄になれば、村中から援助してもらえて人並の暮らしができると怖い顔で詰め寄られた。
兄の結婚もそろそろ決めないといけないし、今のままだと余裕がなくて援助はどうしても必要だった。
だからといって納得するわけはない。
逃げ出そうとしたけど捕まって縛られて、山の中腹手前の広場であるここまで運ばれてきた。
運んできた村人はさっさと帰っていき、逃げ出そうとロープを外そうとしていたら周囲が少し暗くなって、見上げたらドラゴンがいた。
ド迫力のドラゴンが真っすぐ自分を見つめてくる人生最大の衝撃に、前世の記憶が零れ落ちて、それを幸いとして現世の俺は心だか魂だかの奥底に引っ込んだらしい。なんの意思も感じないから、なにもかも放り出して縮こまっているのかもしれない。
そして代わりに体を動かすことになったのが、前世の俺というわけだな。
いや、なにもかも放り出したくなる気持ちはわかるけど、逃げんな!
記憶を取り戻してすぐ起きることが、食べられて死ぬってのはひどすぎだろう。
ど、どうにかして生き延びる方法を考えないと! そんな方法あるかわからないけど、どうにかして唸れ俺の頭脳!
ふっと脳裏に浮かぶものがある。
学校に行くため、いつも使う駅に行ったこと。下り階段のそばにいるとき、すぐ近くで誰かこけたこと。それを周囲の人が避けて、そのときに押される形になったこと。階段を踏み外して転がり落ちて、運悪く打ちどころが悪かったこと。誰かの悲鳴が遠く聞こえたこと。
首を中心に激痛のはしる体、遠のく意識。どうにか意識を繋ぎとめたくとも、どうにもならなかったこと。最後の最後まで痛く、暗く染まる意識が怖かったこと。
そして自分を構成する大事ななにかが失われ、意識がなくなった。
うおおおっ思い出したくないこと思い出したあああぁぁぁ!?
死の記憶を事細かに覚えてなくてもいいだろう俺!?
あんな痛みと恐怖は二度とごめんだ! これまでの人生にこの危機を乗り越えられるヒントがないか!? なんでもいいっ。
叫びたいけど、ドラゴンの不興を買いたくないから心の中だけで吠えるぜっ。
ってあれ? お? 心に引っかかるものがある。もしかして?
まさかこの世界って、俺が遊んだことのあるゲームの世界なのか? アクションRPGのあれ。
昔、麓の村に来た吟遊詩人の話がゲームの内容と酷似している。
違う部分もあるから、まったく同じではないと思う。ゲームだと主人公は勇者だったけど、吟遊詩人は英雄って言っていた。
結末も違う。勇者が魔王を倒して終わりというのがゲームで、英雄が魔王を封じて終わりというのが吟遊詩人の締めくくりだった。
でもって目の前のドラゴンも見覚えがある。死黒竜リューミアイオールと呼ばれていたドラゴンに似てるような気が。違いといったらゲームのドラゴンよりずっと大きいことか。
ゲームだと素材目当てで何度か戦い、勝ったんだよな。
ゲームの主人公ってすごいな、これに立ち向かって倒したんだもんな。俺のような凡人だと見られるだけで金縛りになる。現になってる。
この世界がゲームだとして、現状でなにか役に立つのかというとそんなことはない。
レベル1の村人がラスボスクラスのドラゴンを前にして、どうにかできるわけがない。
でも諦めたら食われて終わりなんだよ。どうにかしないといけない。
……食われるんだよな。なんで食うのか。人間の肉が好きなんだろうか。でも貧相な俺なんぞを食っても美味いわけない。
食うことで力になる? それでも一般人の俺を食うより、もっと強い人間やモンスターを食べた方が力になるだろう。強くなってから食った方がいいって言ってみるか?
ここに賭けてみるのもありかもしれん。倒すのなんて無理だし、少しでも生き延びることができる可能性にかけた方がいいかもしれない。
いい考えも浮かばないし、いつまでも考える時間があるとも思えない。
やってみるか!
いまだこっちをじっと見ているリューミアイオールになんとか視線を合わせる。これでだけですっごく疲れるんだけど!?
「……」
動け、俺の口。なにかを喋ることがこれほど辛いのは前世も含めて初めてだ。
目を見ながら話すのは難しい。ならば!
その場に土下座する。土下座の意味が通じるかわからないが、どうでもいい。情けなくても関係ない。命第一だ。
「まだ死にたくないので食うのは待ってもらえないでしょうか! 強くなった俺を食った方がいいと思うんです!」
途中で止まらないようにいっきにこちらの考えを口に出す。
「顔を上げよ」
思いのほか綺麗な声音が耳に届いた。
威厳のある重く低い感じかなと思っていたけど、威厳はあるけど涼やかな女の声だ。
声に従い顔を上げる。さっきと同じくこちらを見下ろしてきている。
「強くなった自分を食えとはどういうことだ」
「え、その、生贄を必要としているのは食べて力にするためかなと思ったわけで」
「ほう……そのようなことを言い出した者は初めてだ。よかろう、待ってやる」
「ほ、本当ですか!?」
やったぞ! 助かった! なんとか命を拾えた!
大きな安堵から力が抜けて、その場に横倒しになりかけたのを必死で耐える。
「ただし条件をつける。こちらの指定する期間で一定の実力をつけていけ。こちらの求める実力に届かない場合は、我が呪いがその身を砕く」
ぎゃーっ!? 首輪がついた!
無条件で見逃してくれるほど甘くはないわな。そ、それでもここで死なずにすむんだから儲けもんよ。
「指定する期間とはどれくらいのペースなんでしょうか」
「そうだな……一年で我に怪我を負わせられるくらいか」
「無理を言いなさるっ。これまで戦ったことのない村人が一年でドラゴンに怪我を負わせられるわけないでやんす!」
求められる条件の難易度に口調がおもわずおかしくなったわ。
「そうか?」
「そうですわよ!? ここらへんに骨が落ちてるけど、たぶんあなたに挑んできた冒険者の骨でしょ!?」
そこらに散らばる骨はどれも人骨ばかりだ。生贄の骨もあるんだろうけど、ドラゴン退治に来た冒険者のものもある。
昔はそういった冒険者が村で一泊して山に入っていったと、前世を思い出す前に聞いたことがある。
「そうだな。何度も我に挑んで、殺されていった者たちだ」
「それらに俺と同じ年齢はいなかったはず」
「ふむ……言われてみればそうだな。我に挑むとなるとある程度の時間は必要になるか」
「ですよね!? だからもう少し条件を緩めてください、お願いします」
「わかった。ある程度は緩めよう。しかし長く待つ気もない。通常の人間が鍛える倍以上の速度を求めるとする」
それも無茶だと思うけど、一度譲歩してもらってさらに譲歩を求めると機嫌を損ねるだろうし、感謝を示すしかない。
一度でも譲歩してくれたことが奇跡のようなものだろう。
「ワカリマシタ。ガンバリマス」
「では呪いをかけるじっとしていろ」
リューミアイオールが右前足を上げて、爪の一本を俺に向ける。
爪から黒い蛍のような光がふわふわと飛んでくる。そして心臓の位置に触れて消えた。
痛みとか衝撃とかそういったものはなかった。
「指定された時間が迫っても実力が足りていない場合は、胸に刻まれた刻印が熱を帯びる。そのまま熱が広がり殺されぬよう死にものぐるいで鍛えるのだな」
「指定した期間が最初にくるのはいつ頃なんでしょう?」
「三ヶ月後くらいだな」
「三ヶ月後に今のままだと死にますか?」
「死ぬ。死にたくないのなら今の倍は強くなることだ」
「ちなみにこの強さというのは、どれくらいのものを言うのでしょう? 体力と魔力と身体能力と技術と経験。それらの統合なのか、技術や経験は別なのか」
条件はしっかりと確認しておこう。一部を鍛えていないから死ぬとか嫌だし。
「呪いが感知するのは、体力と魔力と身体能力だな」
その三つだけならまだなんとか……なるといいな。
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