「チェックメイト、だね」と姫は言った
「『開かずの間』?」
「うん。ただの物置だけどね。子供たちはそう呼んでるの」
ここは児童クラブの廊下。僕の前に立つのは、うちのサークルの姫。
彼女は時々、この大きな一軒家みたいな建物で、施設の運営を手伝っている。
僕も、最近は、彼女に引っ張られる形で、ここに出入りするようになっていた。
「ちょっと探し物。手が空いてるなら、一緒に来てほしいの」
仰せのままに。そのために僕はここにいる。
「こっちだよ」
二階。その上。屋根裏部屋。
なんの変哲もない扉。
開けてみるまで、中の状態は————
「それって量子力学の……猫の例え話でしょ。いいから、早く入るよ」
中は暗かった。
姫が電気のスイッチを入れた。
荷物が置かれている、床や棚。
「どこだったかなー」
背の低い本棚。
絵本やアルバム、子供の描いた絵もある。
『さんまいのおふだ』。
「あっ、その絵本。懐かしいなー」
アルバムを手に取って、開く。
体育祭。夏祭り。
「昔の写真だね。私たちがランドセル背負ってた頃の」
ざらざらとした画用紙。
大きな黄色い花の、真ん中に広がる夏の星座。
タイトルは『ひまわり』。
子供は天才……って感じの絵だ。
「あっ、それ私の絵……」
そっ、そうなんだ。さすがは姫だ。
「もうっ、こっちは真面目に探してるんですけど!」
ポーカーフェイスからの膨れっ面。
かわいいけど、そう言われても、だ。
何を探しているのかすら、まだ聞いてない。
「うん……多分、この辺にあると思うんだけど。この段ボール寄せてみてくれる?」
姫の指示で段ボール箱を移動させる。
隠れていた場所を姫が調べる。
「ないなー」
お目当ての物は見付からないようだ。
これはチェックメイトかな?
打つ手なし、という意味で。
「そうだねー……これがここで……それが……確か……」
諦める気はないようだ。
姫は、いつになく真剣な顔で。
僕は、そんな彼女を見ているだけで。
「うん」
顔を上げて、笑みを浮かべる。
「チェックメイト、だね」
諦めた? 場所が分かった?
姫が、段ボール箱の一つに手を伸ばす。
「あったー! 『いろえんぴつ』」
小さなケースの『12色』セット。
それが箱の中から幾つも現れた。
「段ボールごと持ってこ。お願いね」
一階に戻って、色鉛筆セットを出して並べる。
終わったところで、職員さんが缶コーヒーをおごってくれた。
「これさ、干し柿とよく合うんだよね」
急にそんなことを言い出す彼女だけれど。
僕は、苦いコーヒーも、甘い姫も、どちらも好きだと思ったのだ。