勘弁して!
「ごめん。本当にすまない。」
目の前で頭を下げる彼の後ろ、してやったりと笑う女がいた。
最前まで、彼の背に隠れて済まなさそうに身を縮めていた女は彼の視線が下がった途端、まるで見せつけるように嘲笑った。
その表情を見て一気に頭に登っていた血が冷えた。
「………それで、どうするの?」
思わず彼に聞いた。
「明日の結婚式」
彼は弾かれたように顔を上げた。
「………………!」
出席予定のお互いの両親や親戚、友達、会社の同僚や先輩にこれから逐一連絡するのかと思ったら気が遠くなった。
驚きより悲しみより、そのことにうんざりした。
だいたい、明日の結婚式の準備として私達二人は結婚式を挙げるホテルにこれから宿泊予定だ。
彼が先にチェックインした部屋には会社の後輩の女がいた。
「環………。済まない。俺たちは………」
「先輩、ごめんなさい。私のせいなんです」
彼女は今年入社の新人で小柄な身体に愛嬌のある可愛らしい顔立ちの素直で元気と評判の子だった。
仕事も出来て、気遣いも出来て可愛い。
何を注意しても真摯に受け止めて、頑張る彼女を私も応援していた。まさか、こんなことになっているとは知らずに。
「………帰るわ」
ここにはどうにも泊まれる訳が無い。
「とにかく皆んなに連絡して。その後のことはまた………」
「………環!」
荷物を置いたままふらふらと部屋の外へ出る。
少しでも早くここから離れたかった。
気がつけばいつもの帰り道を無意識で辿り最寄り駅に向かう電車のホーム、隣の女子高生達が携帯片手にキャッキャと盛り上がっている。
「やーん、ユリアベール様そうくるの〜」
「わかりにくいよね〜。愛情表現」
「でも素敵だから許す〜」
(あぁ、「光の乙女と薔薇の騎士団」………)
ぼんやりと聞くともなしに耳に入ってきた単語は今流行りの乙女ゲーム「光の乙女と薔薇の騎士団」だった。
結婚が決まってからはすっかり遠ざかっていたが、結構好きでハマっていたゲームだった。
(今考えるととんでもないわよね。主人公の「光の乙女」って攻略対象の婚約者を片っ端から破滅させてたよね。それも悪意なんてありませんって顔で)
主人公のスチールが先ほどの後輩の顔にダブって見えた。
急な吐き気が迫り上がってきて思わず前のめりに身体を折った。
「キャアァ」「危ない!」
迫る光と耳障りなブレーキ音
記憶はそこで途切れた。