健康な男の精子は少し甘いらしい
健康な男の精子は少し甘いらしい。
詩帆は食器を洗い終えると、ポットで湯を沸かした。
そろそろと注ぎ、珈琲の滴りを眺む。頬杖をつき、気怠さを満喫しながら、瞼を下ろした。
自殺したくなる夜は、やっぱり良い、好きだ。心地の悪さが心地良くて好きだ。誰も分かってはくれないのだけど、ね。
詩帆は頬杖を解き、立ち上がり、部屋の電気を消した。
真っ暗な部屋で、イヤホンから雨音を流し、珈琲に浮く氷が溶ける様を眺み、九〇円の宇治金時を頬張る。柔く噛み、飲み、扇風機の前で口を開けた。
「うわわぁ〜、んっ……」
少し溢れた甘水を一瞥だけして、唇を舐めた。食べ終えると、天井の木目を観て、嘆息を繰り返した。
不安は心地良い。望んで求めるのだけど、蓄積されていって耐えられなくなる時がある。それでも、不安を消す不安もあるから、泣いても自分を否定し卑下する。偶におかしくなりそうになる。全部どうでも良くなって、可笑しくなる。そういう日だけは、美味しい物を食べ、格好良くなくても良いから男の胸で泣かせて欲しくなる。
珈琲を啜り、嘲笑した。
幸せはいらない。与えてこない方が良くて、偶に泣かせてくれて、ぎゅっと手を握って眠らせてくれる。そんな人がいつも側にいるわけじゃない。もっと顔が良かったら、それもあったかもしれないけど、そんなのは夢物語だし、それはそれで幸せが集まりそうで怖い。
詩帆は、鉛筆を研ぎ尖らせ、見つめた。長い黒髪を耳に掛け、淡い笑みを浮かべ、画用紙に触れた。
描き終えた絵に爪を立てた。珈琲を口に含み、紙に吐き垂らす。丁寧に描いた絵を破り、ゴミ箱に捨てた。
どうしても叶わない日がある。そんな日は、少しの優越感と満足感に浸って、それを惨めに壊して、いつもの自分に戻る。そうやって、今を生きていられて、明日を生きていける。
「誰か理解してくれないかな……いらない、か」
詩帆は、ベッドで布団を被らず、やっと眠った。




