人が人を喰う時代に 07
今回は、少々長いかも知れません。ご容赦ください。
「昨夜。塔の見回りを行なっていた“シェルタータウン”のチームの一人が遺体で発見された」
その言葉とともに、プロジェクターが起動する。
急に着いた明かりに、俺は目を細める。
ゆっくりと目を開け、情報を読み取ろうとする。
思わず目を見開いた。
眩しい光など意にも返さず。
そこには、無惨に食い荒らされた死体の画像。
加えて、現場の地図と照らし合わされた座標。
それらは塔付近であることを克明に示していた。
室内がざわめく。
犠牲はとうに出ていた。
災厄は既に始まっていた。
そのどよめきを制すことはせず、彼は続ける。
「チームメンバーは5人。しかし、その内4人の存在は確認できていない」
画面が切り替わり、顔写真が映し出される。
行方不明の4人だ。
「作戦概要として現時点では、塔周辺の詳細な調査、及び行方不明4人の捜索を最優先とする」
4人の顔写真と共に、塔の周辺地図に調査範囲を示す円が敷かれた画像が映し出される。
半径は約10kmという表示がなされている。
この広さを見るに、今回も街共同作戦なのだろう。
しかし−−
「現段階でインホムを発見した場合、速やかにその場を離れ、できるだけ詳細な情報を報告してくれ」
俺の思っていたことを見透かしたかのように、彼は一層声を大にして言う。
一人でも身勝手な行動を取れば、チーム全体を危険に晒す。
それだけではない。
作戦そのものを崩しかねない。
「無茶をし、情報を得ようとしなくて構わない」
彼は語気を柔らかに、しかし、響く声で言葉を発する。
「また、この作戦自体今回も強制参加ではない。参加する意志のあるものは、ここに残って欲しい」
その言葉に、ざわめきが静かなヒソヒソとした声に変わる。
下を向き、黙りこくる者も見受けられる。
室内は、これまでにないじっとりとした緊張感に包まれた。
夜鷹さんは静かにその場の様子を伺っているようだった。
その中で、誰かが唐突に言葉でその静寂を切った。
「俺!や、やめる。俺は、やめる」
その言葉とともに男が立ち上がった。
その途端、男の近くで仲間と思しき人たちの抗議の声が上がる。
仲間の一人が「どう言うことだッ!」と声を荒げ、男に掴みかかる。
その間にも、部屋の各地で辞退の声が上がる。
その度に言い合い、もはや乱闘が始まりそうな勢いだ。
ただプロジェクターの明かりが、その光景を照らし出す。
そして、生み出された影たちが会議室を恐怖や怒りで満たしていた。
その場にいる誰もが恐怖を抱いていることに間違いはなかった。
俺だって、前回を知っているからこそ心は恐怖している。
しかし、誰かがやらなくてはいけないことがあるなら。
「人が人を喰う時代にあって、マトモでいるのは難しい」
鋭い声が会議室を震わせた。
夜鷹さんの声がその場にいる人々の動きを止めた。
彼は、息を吸い、それを全て言葉に変えて投げかける。
「でも、私は、君たちに命を捨てる様な真似はさせたくない。この作戦には、大きな覚悟が伴う。君たちは、この世界を戦い抜いてきた猛者だ。だからこそ、マトモであってくれ」
やがて切実な響きを孕んだ声は、先ほどとは打って変わって静寂の中に溶けていった。
多くの人が席を立ち、呆然としていた。
彼は、この場の誰も死なせたくはないのだ。
「私には、全うすべき責任がある。だが、……もう一度言う、君たちは強制参加ではない。意志のある者は、この場に、この会議室に、残って欲しい」
彼は、その言葉の後、壇上脇の椅子に座り、静かに口を結び人々の動きを待った。
呆然としていた人々は、やがて動きを取り戻すと、ある者は座り、ある者はこの部屋を後にした。
席から立ち上がっていた者のみならず、半分がこの部屋を離れていった。
先ほどよりも明らかに空席が目立つ会議室には、今のところ俺らのチームに加え、数十人しか残っていなかった。
「前、詰めるか」
未だ充満する緊張感をものともせず、エイトが空席となった前方を指差す。
軽く伸びをしながら「あいよ」とヨシトウが言ったのをキッカケに、いそいそと未だ暗い会議室の中を移動する。
「ホント、今回大丈夫なの?心配になってきたけど」
空席を視線で見渡しながら、頬杖ついたミズキが言う。
「どーだかなぁ。ま、よねちゃんも残ってくれたしイケるさ。それに何より、俺ら“は”やれる事をやるだけだ。だろ?トモキ」
若干青ざめているよねちゃんを気にしながら、ヨシトウは俺に親指を立てる。
ヨシトウめ。
間違っちゃいないが、コイツ……反応に困るぜ。
「ったりめぇだろうが」
ヨシトウの後ろの席にどかっと座りながら、同じく親指を立て言ってみせる。
やがて、会議室を出ていく足音も止んだ頃には、元いた人数の3割程度しか残るに至らなかったようだ。
そのまま数分沈黙が訪れた後、椅子に座っていた夜鷹さんは、腰を上げると再び壇上の中央へと歩いていった。
そして、若干の微笑みをたたえながら彼は口を開く。
「まず、この場に残る決断をした君たちに感謝の意を示したい。……本当に、ありがとう」
彼は、その場で目を瞑り、上体を下げ、礼をする。
そして、数泊置き、上体を上げた彼は、顔を真剣な表情に変え、再び口を開いた。
「それでは、只今から作戦の詳細を説明する。質問は最後に受け付けよう」