人が人を喰う時代に 05
約4ヶ月前のことだ。
街付近のインホムの出現も落ち着いてきた時期だった。
そんな時期を狙うかの様にしてそれは現れた。
いや“生えてきた”と言った方が正しいかもしれない。
すっかり日常になってしまった日々、その夜半。
騒ぐ夜遊び達の声すら飲み込む轟音。
他の建造物を押し退け、徐々に天へと伸びていく巨影。
瓦礫が落ちる音の中で、それを人々は呆然と眺めるしかなかった。
その轟音鳴り止んだ後、そこには雲にも届くかという程の気味悪い塔があった。
いや、正直なところ塔と言えるのかどうかも定かではなかった。
ねじれた円錐、さらにそこから複数枝分かれしている。
その表面には仮面の様なものが埋め込まれていたり、木のうろの様なものがあったりと、どこか不安を煽るような装飾がところどころに施されている。
そんな物体が一夜と言わずわずか数分で出現したためか、当然の様に街は騒ぎとなった。
5年前の惨劇がまた繰り返されるのかと怯える者たちさえいた。
案の定、すぐに俺ら探索班全員が招集され、付近の街との共同で偵察に向かう運びとなった。
危険な夜を避け、朝日を待ち、日の出と共に出発した。
鈍い朝日に半壊の建造物たちが照らされていた。
その中で付近まで辿り着いた俺らは、そこで地獄のような光景を見た。
塔や近辺の瓦礫に群がる数えきれないほどのインホムの群れ。
もはや一体一体の境目すらわからない程に密集していた。
まるで、その塔の一部だと見間違える程に。
確かに、インホムは群れる。
それも少数から、“連動体”と呼ばれるほどの大群に至るまで。
しかし、あのインホム達の様子は違った。
一心不乱な様子で塔に近づこうとしていた。
誰かが言った。
塔がインホム共を引き寄せている、と。
誰の目から見てもあの塔がインホムを引きつけているであろうと考えるには十分すぎる光景だった。
その後、偵察結果をもとに大規模なインホム掃討共同作戦が立案された。
そこでインホムは全て殲滅したはずだ。
塔にも爆薬を仕掛けて起爆し損傷を与えた。
その時の耳をつん裂く悲鳴にも似た音と生物のような損傷の気味悪さはもう探索班を辞退するものまで現れるほどだった。
作戦は実に凄惨なものだった。
多くの血が流れた。
だが、その甲斐あってか、その後数週間の経過観察でインホムを寄せ付けていないこと、呪いや怪奇現象の類が起きてないことは確認済みだ。
これが塔に関する一連の出来事だ。
後に、塔の出現はここのみならず、日本中、いや世界中で確認されていることを知ったが。
それに、塔のせいで壊滅してしまった街もあると聞く。
俺らは、この街は、ある意味幸運か。
ここ最近でも、常に塔の周りには見張りが巡回している。
何か異常があればすぐさま共同作戦を行った街全てに報告がなされる手筈になっている。
今回、可能性としてはまたインホムを引き寄せ始めたのだろう。
きっと、夜鷹さんのもとに報告が入ったに違いない。
きっと今日はあの日みたいな凄惨な日になるだろう。
探索班専用カウンターからブリトーを受け取りながらそんなことを考える。
ミズキが「ありがとうございます」と礼を言った後に、続けて俺もおばちゃんに礼を言う。
まだ詳しいことはミズキも聞かされていないのだろうか。
ミズキの後に続いて食堂から出る。
廊下で、やや早歩きになりながら夜鷹さんの待つ会議室に向かう。
道中、貰ったブリトーを包み紙から出し、口に運ぶ。
普段なら、落ち着いて味わいたいそれも、今はただ出来立ての暖かさが口の中に充満するだけに感じる。
妙な胸騒ぎがする。
朝の湿気が生み出した汗が背中を伝い、シャツに吸われた。
気づけば俺は自然に速度を上げ、ミズキを越していた。
俺とあの塔には縁の様なものがある。
普段の仕事では、あの塔周辺は探索ルートから除外されている。
他の街の監視係のみが塔に近づくことができる。
これをチャンスと捉えていいのか分からないが、少なくとも何か知ることができる、そんな気がしてならなかった。
そうだ。不可解なあの夢を見始めたのは、討伐作戦の日の夜。
文句の一つでも言いたくなる。