人が人を喰う時代に 03
汗ばんだ寝巻きを着替え、身支度を済ませる。
敷布団やら蹴飛ばした掛け布団やらを片付け、ショルダーバッグを掴み、俺は自分の部屋のドアに手をかける。
目の前にあるドアは、ノブを回せば開くようなものではない。引き戸だ。
一般の家庭にあるような木目調のものではなく、プラスチック感のあるそれは明らかに学舎にあるものだ。
それが何を意味するのか。
生き残った人間たちは生き残るために結託し、インホムやその他の脅威の侵入を許さない安全圏を作らなければならなかった。
それが、現在世界各地にある「街」と呼ばれる脅威のない安全圏だ。
そして、俺の住んでいる「街」は通称、「大学街」。
名前の通り土地面積の広い大学を改装して作られた大型の「街」だ。
この街の居住区画棟に俺の家もとい部屋はある。
ここは農業、及び酪農系の大学であったこともあり、広い農地を活かし野菜を作り、酪農施設で家畜を育てることで食糧の大幅確保を可能にしていた。
それに加え、この街は最高水準の安全性を保っている。大学街への侵入は限りなく不可能に近い。いや、不可能と言っても過言ではない。
これら恵まれた環境のおかげか、この街の人口は周辺の街を遥かに凌駕する。
個人の部屋が用意できるのも、ひとえに個々の土地が広いからだろう。
とは言え、俺の部屋は小さい物置部屋ではあるが。
ドアを開け、外に出ると左手には長い廊下が広がっている。
ドアを閉めると、下げ札が扉に当たってカタカタ音を立てる。
下げ札には、「鴉雲智輝」と書かれている。俺の名前だ。
俺の部屋はいわゆる角部屋だが、それは俺の目覚まし時計の爆音に由来する。
廊下では数人の人々が行き交い、朝食や仕事に向かっている。
「朝なのにもう疲れ切った顔してる」
声に驚き振り向くと、右の突き当たりの壁に女性がよりかかって腕を組んでいた。
赤みがかった髪をツインテールに結っているつり目の女性。
彼女はミズキ。宇野 瑞稀。
俺の友人であり、仕事仲間でもある。ついでに同い年。
普段なら真っ先に気付くが、今日は気付けなかった。はは、本当に疲れてるのかもな。
「おはよ、トモキ。相変わらずひどい音」
ミズキは、組んでいる腕を解いて、片手を軽く上げる。
「おはよう。いや、ホントすまん」
頭を掻きながら苦笑いする。
あの変な夢を見始めるようになってからというもの、ずっとこんな調子だ。
ああでもしないと、夢から戻ってくることが出来ない。
単に朝起きることが出来ないだけなら、こんな迷惑なことはない。
「あ、いや。そんな顔すんなよ。あんたの隣の矢島さん生活習慣整ったって嬉しそうにしてたし」
そういえば、先日矢島さんに急にお礼言われたのはそういうことだったのか?
しかし、にわかに腑に落ちない。疑うわけではないが……どうもなぁ。
と、ふと視線を変えると、ちょうど部屋から出てきた矢島さんと目があった。
矢島さんは、何も言わずにこやかな顔でグッと親指を立てると仕事に出かけていった。
俺が気を取られていると、ミズキが顔を覗き込んできた。
「言ったでしょ。じゃあほら、早く食堂行くよ」
そう言うとミズキは俺の前をスタスタと歩いていく。
だんだん距離がひらいていていくなか、一拍遅れで俺は慌てながら後を追う。