人が人を喰う時代に 01
2022/10/10 加筆修正しました。
雨が降っている。
それを広々とした一階のリビングであろう一室の大きな窓からただ眺めている。
窓の外から見える大通り、二車線道路のアスファルトに打ちつけられた雨音を聞きながら。
やけに広すぎるその部屋には、対面式に置かれた白いソファ、壁に取り付けられた大きなテレビが鎮座しているのが窓の反射で見てとれる。
そして、目の前の屋外には青々とした芝生の生えた小さな庭。
庭を貫通するように作られた、玄関と道路とを繋ぐ石畳の道が視界の端に見える。
まさに道路に差し掛かろうとしている石畳の上に、片付けを忘れられた一台の三輪車が寂しく濡れている。
同じく庭の木にくくられた一つだけの木製ブランコが、一人でに揺れている。
風でも吹いているのだろうか。
そんな事を静かに思う間も、雨は止むことを知らない。
それを何もせずにただそれを眺め続ける。
いや、何もしないのではない、できないのだ。
そこで気づく。
俺はここを知っている。ここは俺の『家』だ。
これは……夢だ。明晰夢だ。
何度も繰り返し見させられている悪夢だ。
すると、その気づきを待っていたかのように、嫌に雨の音が遠のく。
そして、大通りの奥から暗い人影が滲むように現れる。それも大勢。
一人二人と増えていくその光景は、まさしく何度も見た夢の内容のワンシーン。
その光景自体には慣れたものであるはず。
しかし、理由のわからない恐怖が未だに心を侵食する。
人影は次第に距離を詰めてくる。
ゆっくりと、しかし突然狂ったような速さで動き出す。
それを繰り返す。
その間、俺はただ眺めることしかできない。
目を閉じることも、そらすことも、ましてや体を動かすことさえも。
それらはいつもと同じように、この窓目掛けて一直線に向かってくる。
俺の元に近づけば近づくほどに雨音は掻き消され、奴らの呪詛のような呻き声がそれにとって変わる。
それらが放つ一言一言はなんてことないものだ。
通勤時のサラリーマンの独り言、学生の話し声、明日の予定を確認する若い女性、おばちゃんの世間話。
だが、それが余計に恐怖心を煽る。
やがてその声たちも混ざり雑音となる。その頃には、人だかりは目と鼻の先まで来ていた。
目があった。
目があった。目があった。
目があった。目があった。目があった。
何人もの目が俺を見る。窓にへばり付き、ガラスに手を付き、顔を押し付け、目を開き、血走った目で見る。
逃げようと体を捻るが、それに体は応えることはない。
いつの間にか、俺がいたリビングなど影も形も無く。
そこには、一面の暗い虚空と、奴らが埋め尽くす大きな窓があるのみだった。
雑音が耳をつんざく。
耳に激痛が走るが手が動かず、塞ぐことはできない。
血でも流れているかの様に耳が熱い。
目だけ俺の方を見ながら、奴らはただ一様に口を動かし続けている。
通勤時のサラリーマンの独り言、学生の話し声、明日の予定を確認する若い女性、おばちゃんの世間話。
鼓動が早くなる。
ドクドクと脈打つ音が耳のすぐそばで聞こえるようだ。
それすらもかき消すかの様に、奴らの声が大きくなる。
奴らが、さらに己の体を窓ガラスに押しつけ、もはや個々の輪郭など無い物であるかのような姿へと変わっていく。
ガラス一面に張り付いた奴らの口が、一様に言葉を、雑音を発する。
うるさい。やめろ。やめてくれ。違う、俺は違う。やめろ。黙れ。黙ってくれ。
そうじゃない、違う。
「俺はッ」
俺が叫ぶその瞬間、雑音が合わさり一つの声となり、俺の声すらかき消される。
「お前は」
人間じゃない。