少年。覚悟を決める。
怖い。
死ぬのが怖い。
昨日の"ホーンラビット"とは違う。異質な存在。
先の攻撃は確実にアースを狩る一撃だった。目の前の無数の杭が突きつける"現実"。
目の前にはモンスターがいるにも関わらず、僕の身体は恐怖に、目の前の死により硬直してしまう。
”ホーンラビット亜種"はその隙を見逃さない。
再度角を突き立て、骨を突き出す。
その骨が左肩を掠めた。血が顔に付着。改めて自覚する。己の死。
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死の恐怖が僕を容赦なく襲う。鍛錬と実践の違いが、骨の杭となり容赦なく襲いかかる。
逃げるのに精一杯で、亜種を狩るという考えはなかった。
いや考えることができない。許されなかった。そんな余力などない。
亜種を倒すには力が足りない。英雄のような力が僕にはない。
次々に繰り出される骨が、僕の右肩、脇腹を抉る。その一撃で、僕の剣は根元から折れてしまった。
僕は運が悪かった。幸運値は高いのに。いや、幸運値が高いから急所を免れているのかもしれない。
目の前の敵に冷静さを欠いていると、森に声が響いた。
「お前の夢を、憧れを思い出すのじゃ。」
その声は、僕の時間を引き伸ばす。爺の声の意味を考える。僕の夢。それは英雄になること。
英雄はーーーーー僕の憧れた英雄は死なない。
僕は後ろを振り返った。
エリーが泣きながらこちらに何か言っている。でも僕にその声は届かない。聞いていないのではなく、聞こえないのだ。頭が上手く回らない状態だからなのか、死が迫っているからかは定かではない。
爺は余裕を見せているものの、汗の量から心配しているのが分かる。
僕が死ねば、2人はどうなるだろうか。
爺の攻撃が通用しない今、爺とエリーは死ぬ。
ダメだ。そんなのダメだ。失いたくない。
英雄なら、どんな悲惨な運命だってその剣で斬り捨てるだろう。僕の憧れはこんなところで朽ちたりしない。現実に屈したりしない。
覚悟を決めろ。どんな無様な格好を晒してでも僕は亜種を殺す。
かっこいい英雄じゃなくていい。誰かを守れる無様な英雄でいい。
2人を……大切な人を守れるなら。どんな姿でも構わない。
僕から死の恐怖は消えていた。
死を恐れる本能を、心が上回る。亜種を倒せ。
数秒前の僕とは別人の顔だろう。覚悟を決めた漢の顔。
圧倒的プレッシャーの中、僕を淡い光が包み込んだ。そして、また甘美な声が脳に響く。
<ミナスの祝福ーー称号を授与>
称号ーー英雄王之兆
獲得条件ーー資格を持つものが、家族を守るために覚悟を決める。
効能
精神耐性上昇
人間限界突破
英傑之魂
運命改変
英剣召喚
思想共鳴
この声は今の自分に何を与えるのか。アースには考えている時間はない。
幸運。そうとしか言えないタイミングで、称号を手に入れた。
覚悟を決めた英雄に憧れる少年と亜種との戦いが始まろうとしている。