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女学生ヘンリー

時系列は第三章51話で、蝶子さんが人間の姿で料理人を務めることになった以降のお話です。

蝶子さんが一度『美少女ヘンリー』に変化した後、アリスに内緒で外出して不特定多数に目撃されていた、『100話記念:転生者のお茶会』のその後のお話です。

 勇猛果敢なフォード辺境伯を父に持ちながらも、外見は可憐で儚げな美少女であるヘンリー(10歳)は、最近、妙な質問に悩まされていた。


 大抵訊いて来るのは上級生の女子生徒なのだが、躊躇いがちに声を掛けられる。


「あの……フォード様って、双子のお姉さまか妹さんはいらっしゃるかしら?」


 一番多い質問だけど、あいにく3歳下の妹はいるけれど、双子ではない。

 ただまぁ、この内容なら、他人の空似の誰かのことを言われているんだろうな? という解釈でまだ納得出来た。


「……ねえ、ヘンリー様って、女装はお好きかしら?」


 …………この質問の意味が分からない。

 女装は好きじゃないし、したこともない。

 なんでこんなことを訊かれたんだろう。


 極めつけは、頬を上気させたオリビア嬢が満面の笑顔で、


「夏季休暇の前、女子の制服で庭園を歩いていたでしょう!? とってもお似合いで、とっても可愛らしかったわ! 今度その格好でお茶会に参加して頂けませんこと!?」


「――お断りします」


 なんなの!?

 何が起きてるの!?


 最終的にはピエール様に、


「まさかと思うけどヘンリー、女装に目覚めたか?」


 と訊かれて、これは放置しておけない案件だと悟ったよ!


「ご存じでしょうけれど! 僕には双子の姉妹はいないし! 女装癖もないし!! 女子の制服で庭園も歩いてないよ!!!」


「……おお。だな」


 僕の怒りにピエール様が及び腰になる。


 ピエール様はミンツ侯爵の次男で、僕の母上とは年の離れた従姉弟にあたる。

 王都で暮らし始めて、王宮の騎士団訓練場に行った時、たまたまミンツ侯爵と一緒にいて紹介された。それ以来、僕とわりと年が近いという事もあって、何かと面倒を見てくれる兄のような人だ。

 腹違いの兄たちとは年が離れすぎてて、あまり交流がないから余計だろう。


「ただな、俺も一度ちらっとだけど、茶髪のおまえに似た女子生徒を見かけたことがあるんだ。その時は見間違いだと思ったんだけどな、オリビアがおまえの女装姿を見たって言ってきたからさ」


 オリビア嬢はピエール様の妹で、僕より2歳年上。

 オーディン高等学園に入学するまで、まったく面識がなかったし、親しくもない。なのにあのセリフだ。

 以前、初対面にも関わらず、アリスに突撃訪問した事もあったな。

 自分の思い込みで猪突猛進するタイプらしい。


「おまえに似た女子生徒に俺は心当たりがない。もしかしたら不審者なんじゃないかと思ってな。ちょっと調べてみないか?」


 ピエール様の申し出に、一も二もなく頷いたよ!




 ◆◇◆




 調査した内容は、『いつ』『どこで』『誰が』目撃したのか、というもの。

 目撃者は女子生徒ばかりではなく、男子生徒にもいた。


「フォード君、キミって、もしかして、やっぱり、本当は女の子じゃ……」


 ()()()()ってなんだよ!

 頬を赤らめて訊いてきた男子の妄想を覚ますのに、鉄拳をお見舞いしようとしてピエール様に止められたり。

 数日かけて少しずつ情報を集めたんだ。


 目撃期間は、夏服に変わった『育成の季節:前期』で夏季休暇前まで。

 場所の多くは庭園に向かう小路で、中には女子寮のエントランスで見たという生徒もいた。

 その中で、外見の特徴が僕とは少し違うという情報を得られた。

 顔立ちと髪型は僕にそっくりだけれど、髪色は茶色で金色の瞳だったんだって。


「……金色の瞳って……アリス以外いないよな?」


「それが聖女の証でもあるから……でも……」


 ピエール様と二人で首を傾げてしまった。

 夏なのに通常の制服で、リボンは黄色だから1年生で間違いない。

 ただ、アリスと僕は全く似ていない。


「あー、一度アリスに訊いてみるか」


 うん、一応ね。




 ◆◇◆




「僕とそっくりな1年女子生徒の目撃情報が相次いでいるんだけど、何か知らない?」


 そう訊いたら、アリスと、一緒にいたビアンカ嬢も視線を逸らした。

 何か知ってるよね? その反応。


「……相次いでいるって……どれぐらいの人達が目撃しているんでしょうか」


 若干顔色の悪くなったアリスが訊き返してきた。


「今の所16人」


「そんなに!?」


「アリス、何か知ってるよね。ビアンカ嬢も」


 確信して再び訊ねたら、アリスは視線を彷徨わせた。

 ビアンカ嬢は扇で顔を隠した。

 僕は更に追い打ちをかける。


「夏服期間に、女子の通常の制服で歩いてたんだって。茶髪に金色の瞳の僕もどき、知らない?」


「あああ、あのぉ、その、ちょっと待ってください! 心当たりがあると言えばあるんですけどぉ……」


 アリスが変な汗をかいている。


「蝶子さーん!!」


「はぁい♡ 呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん! やだ、アリス様ったらぁ、まだお肉の下ごしらえ中よぉ」


 ポンと空中に姿を現した、茶髪に金色の瞳の成人女性のメイド。

 このシナクネしたセリフ回しには聞き覚えがある。


「お肉!? はい、手を洗って洗って」


 洗浄魔法を使ってメイドの手を洗うアリスは、じとっと彼女の顔を見上げた。


「調理中にゴメンネ。蝶子さんに訊きたいことがあったの」


 メイドは『蝶子』と呼ばれた。という事は、いつもはヌコ姿のあの使い魔なのか!?

 人型を取れたっていう事!?

 ――ということは……


 メイドは僕らを視界に収め、更に主の目付きに何かしら察したようだ。


「あらぁ? な~にか~しら~?」


「ねぇ、わたしの通常の制服を着て、ヘンリー様の姿で外を歩き回ってたり……してないわよね?」


 メイドは目を逸らした。


「どうやら()()()らしいな」


 ピエール様がニヤリと笑う。


 金目の使い魔が人型を取れるというなら、僕に化けてアリスの制服を拝借してたんだろう。

 不審者ではあるけれど、外部からの侵入者ではないことに僅かにホッとした。


「蝶子さん!! なんであの姿で外に出たの!?」


「だってぇ、せっかく人間の姿になれたのにぃ、あれっきりって悲しいじゃないのぉ」


「目撃者がたくさんいるんですよ!! ヘンリー様に迷惑をかけているんですよ!!」


「あら、ごめんなさ~い。でもぉ、髪色も目の色も性別も違うからぁ、誤魔化せると思ったんだけどぉ」


 誤魔化せるどころか――


「僕に女装癖疑惑が浮上しているんだ!」


 メイドを睨みつけたら、どこ吹く風。


「あらやだステキ♡」


「なんでそうなるの!!」


 会話がかみ合わなくて脱力する。


「そもそも、なんでヘンリーに化けたんだ?」


 もっともな事をピエール様が訊いてくれた。

 そうしたらアリスとビアンカ嬢が、また視線を逸らした。


「えーと、たまたまというか、何というか……蝶子さんが人間の生まれ変わりだという事はお話しましたよね? それで人間の姿に変化できないか、という実験をしましてね? ただ漠然と人型化しようとしても出来なかったので、誰かをモデルにしようとして……」


「それでヘンリー?」


 顔を真っ赤にしたアリスが、あわあわと両手を胸の前で激しく振る。


「本当にたまたま、ついうっかり想像してしまったんです!!」


「なんで女子なの?」


 男子のままなら、いらぬ疑惑を持たれなかったのに!


「だってぇ、間違って男の子に生まれただけで、心は乙女なのよぉ」


「――という本人の強い願望に沿って、女性化しました」


 主従の言い訳に、むくむくと怒りが湧いた。


「二度と僕に化けないで!!」


「本当に申し訳ございませんでしたー!!」


 主従揃って深々と頭を下げてきた。

 事の顛末は分かった。あとは妙な噂が時間と共に薄れていくのを願うばかりだけど。


「待て待てヘンリー。おまえが最も嫌なのって、『女装癖』を疑われたり、『本当は女の子』だと疑われることだよな? うやむやにして噂が消えるのを待つよりも、一つやってみたいことがあるんだが」


 ニヤリとしたピエール様に、なんだか嫌な予感がしたよ。




 ◆◇◆




 数日後、僕は庭園の東屋でお茶会を開いた。

 わざわざ平日の昼休憩時に。


「今日はお招きいただきありがとう存じます」


 招いたのはピエール様と妹のオリビア嬢、その友人令嬢だ。

 挨拶をそれぞれ終えると、嫌が応にも僕の後ろに立つ、小さなメイドに注目が集まる。

 肩の上の長さの真っすぐな茶髪。金茶の瞳。年の頃は10歳程度。

 瞳を金茶色に調整するのに少々苦労したらしい。

 同席しているアリスの表情が若干引きつっているのはご愛敬だ。


 オリビア嬢が興味津々に早速尋ねてきた。相変わらず物おじしないね。


「あの、ヘンリー様? 後ろの貴方そっくりなメイドはもしかして?」


「彼女はアリス様のメイド見習いなんだよ。ね?」


「ええ、そうなんです」


 張り付けたような笑みを浮かべて、アリスは同意した。


 説明はこうだ。

 少し前、ヘンリーに似た女子生徒の目撃情報があったと聞いて、もしかしたらと彼女に訊いてみたら、魔が差して、アリスの制服を借りて少しだけ学園を歩いてみた事があると白状したと。

 平日の授業中を見計らってたので、人目に付かないと思ったと。


「学園に通えない彼女は、制服に憧れを持っていたのですって。たまたま彼女がヘンリー様に()()似ていたことから、お騒がせしてしまって申し訳ありませんでした」


 後ろのメイド見習いは無言で頭を深々と下げた。


「まあ! 主人の制服を勝手に着用するメイドなど、クビにするべきですわ!」


 オリビア嬢は憤慨して見せたけれど、アリスはゆるゆると首を振る。


「致命的な失敗ならいざ知らず、一度や二度の失敗ですぐにクビにするつもりはございません。厳重注意しましたし、本人も心底反省しております」


「僕は性別男だし、女装もしていないっていう事がこれで分かったでしょ?」


 アリスに続き、僕からも念を押されると、オリビア嬢と友人令嬢は「残念」と言わんばかりに眉尻を下げて苦笑した。


「そういう訳だ、オリビア。あんまり変な噂を広めないでやってくれよ」


 ピエール様がポンポンとオリビア嬢の頭を撫でると、「髪が乱れますわ!」と頬をぷくりと膨らませて怒った。仲がいい。


 僕の妹は少し体が弱くて、あまり表情が変わらない。オリビア嬢の10分の1でもその元気を分けて欲しいくらいだ。


 その後、微妙に『僕もどき』から話題を逸らし、どうにか無事にお茶会を終了した。

 ピエール様が、きっとオリビア嬢とご友人がこの話を広めてくれるよと笑っていた通り、妙な質問を受ける事がなくなった。

 代わりに、アリスがずっと恐縮している。だから僕は一つ提案したんだ。


「アリス、今回の件は一つ貸し。代わりに僕のお願いを一つ叶えてくれる?」


「はいっ、喜んで! 何なりと!」


 物凄く良い返事が来たことで、早速お願いをしたよ。



 ところで、僕のお茶会には、例の件には全く無関係だったシリウス様をお呼びしなかった。

 そうしたら後日、


「仲間外れにされてすねてるんだよ、あいつ」


 と、ピエール様が教えてくれた。

 意外と子供っぽいところがあるんだな。

 でもたぶん、僕とピエール様の企画したお茶会だからというより、アリスが参加しているのにご自分が呼ばれなかった事が問題なんだろう。


 うん、次はちゃんとお呼びするから安心して欲しい。

 僕がお願いした『アリスのお茶会』には、ビアンカ嬢とシリウス様も招待されるからね。



どこかで聞いたことのあるような言い回しがあります(;^ω^)


次回は「アリスのお茶会」になる予定です。

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