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ユリアの日記(後編)

 シルヴァ家には次男のマディソン様という少年がいる。

 わたしはこの時まで顔を合わせていなかったのだけど、わたしより年上のひょろりとした、銀髪を長く伸ばした少年だ。


 たまたま、母親のレティシア様に捕まって、有無を言わせず髪を肩の上の長さに切られてしまった現場に遭遇したの。

 鋏を持って息子を抑え込むレティシア様にも驚いたけれど、文句をわめき散らし暴れる少年にも驚いてしまった。

 わたしの周りはいつも静かだったので、こんなに騒々しい場面に出くわした事がなかったから。


 驚き過ぎてふらりと倒れ込むと、切った銀髪を片手に持っていたレティシア様が、鋏も放り出して介抱して下さった。


「マディ! ユリア様をベッドに運んであげて!」


「ええ!?」


 不満たらたらのマディソン様に迷惑はかけたくないと、ふらふらしながら立ち上がりかけたのだけど、


「ちょっと、そんな状態で立たないでくれる?」


 不機嫌そうに言って、わたしの脇の下から背中に腕を回し、両膝裏にも腕で抱え上げて抱っこしてしまった。


「軽っ!!」


 男の子に抱え上げられるなんて初めての事で、びっくりし過ぎて何も言えないわたしに、マディソン様も驚いた眼を向けた。


「いま何歳だっけ? ちゃんとご飯食べてるの?」


 不揃いに短くなった髪から覗いた顔は、少しシリウス様に似ていた。


「……すみません、その、数日前まで瀕死だったから……」


「瀕死!? あ! そうか……」


 わたしの事情を聞いていたのか、気まずげに目を逸らす。

 なんというか、シリウス様と違って、気持ちが顔に出やすい少年だ。

 レティシア様と同じ明るい緑の瞳も、冷たい印象はない。

 そっと客室のベッドにわたしを降ろすと、さっさと部屋を出て行こうとする。


「あの! ありがとうございます」


 ちらりと振り返ったけれど、微かに頷いて出て行った。


「ごめんなさいねぇ、言動が乱暴で。だけどあれで繊細なのよ」


 レティシア様が教えてくれたのだけど、マディソン様は父親からのプレッシャーと、いつもシリウス様と比べられ、何もかも嫌になって1年もの間引き籠っていたのだそうだ。

 数日前にやっと部屋から出てきたばかりで、レティシア様も気を揉んでいるのだとか。


 マディソン様はシリウス様の1歳年下だけど、1年休学していたから、4年生下半期から復学する予定なのですって。

 だけど復学に抵抗しているそうだ。


 レティシア様の発案で、わたしの散歩の補助をマディソン様がしてくれている事になった。

 マディソン様の腕に掴まり歩くわたしの歩幅は狭く、ゆっくりなのに、歩調を合わせてくれた。

 何か話す訳でもなく、庭を10メートルほど進んだだけで息が上がる。

 するとマディソン様から溜め息が漏れた。

 こんな痩せっぽちの子供の相手をさせられて、嫌だけど母君に命令されて、仕方なく付き合ってくれているんだろうな。


「ごめんなさい」


「何が?」


 まさか聞き返されるとは思わなかった。


「あ、あの……ご迷惑でしょう?」


 マディソン様はむうっと顔を顰めると、庭のベンチにわたしを座らせて、また溜息を吐いた。


「迷惑か迷惑じゃないかと訊かれれば迷惑だけど、別に嫌って訳じゃないから。それに僕も体を動かさなきゃならないし、ついでだよ」


 そう言うと、ベンチの脇で軽く屈伸運動をし始める。

 気詰りで、わたしはぼうっと庭を眺めていた。

 一通り運動が終わると、マディソン様はわたしに手を差し出した。


「もう動ける?」


 わたしを休憩させてくれていたのだと、やっと気づいた。


「は、はい」


 ぶっきらぼうだけど、思いやりのある方なんだわ。

 手を取ると、軽く引いて立ち上がらせてくれる。

 そしてまた、ゆっくりと歩調を合わせて邸に戻った。


 この僅かな散歩は毎日続き、少しづつ話す言葉も増えていった。


「マディソン様は来週から学園に復帰されるんですよね?」


「……別に、決めた訳じゃないし」


「行きたくないんですか? 勿体ないですね」


「何が?」


「わたしはこんな状態だし、家庭教師からも満足に教えてもらえなかったし、これからもどうなるか分からないし。でも、機会が貰えるなら学園で勉強してみたいです。同じ年頃の友人も出来たら嬉しいですし」


「……途中入学なんてしたら悪目立ちしてイジメの標的になるんじゃない? 特にユリア嬢は弱々しくて虐めやすいよね」


 ショックだった。わたし、虐められてしまうの?

 わたしが寝込みがちだからか、みんな優しく接してくれていた。

 きつい言葉を投げかけられる事が今までなかったので、じくりと胸が痛む。

 俯いたら、目から涙が零れた。


「ちょっ、何泣いて……」


 慌てているらしいマディソン様が、はっと息をのむ気配がした。


「マ~ディソォ~ン!」


 様子を見に来たらしい、レティシア様の低い声がして、ごつっと重い音が聞こえた。


「暴力反対!」


 どうやら殴られてしまったらしい。


「レディを泣かせるからです! 守るべき女性を虐める子に育てた覚えはありませんよ!!」


 叱られて機嫌を損ねたマディソン様は、それでも次の日にはまた散歩に付き合ってくれた。


「明日、精霊祭に行きたいんだって?」


 初めてマディソン様から声を掛けられた。


「はい! せっかく王都にいるのですから観てみたいんです」


 ハノーヴァ侯爵領でも祭りはあるけれど、わたしは一度も見たことがない。


「こんな狭い庭の往復だけで音を上げているんじゃ無理じゃない?」


 そう言われると反論の余地がない。


「でも、聖女様が初めて参列するんですもの、きっと素晴らしい精霊祭になるだろうって、メイドさんたちも話していたし、帰る前にぜひ観ておきたいんです」


「倒れられたら迷惑なんだけど」


「……そうですよね。申し訳ございません」


 返す言葉もなくて俯いたら、顔を両手で挟まれて上向かされてしまった。


「……泣いてなかったか……あー、だからさ、明日は付いて行ってあげるよ、心配だから」


 びっくりした。

 顔を両手で包まれていることにも、心配された事にも。


 結局、精霊祭にはお父様とレティシア様、そしてマディソン様と一緒に行くことになった。

 嬉しい気持ちのまま日記を書いていて、ふと前日、そのまた前日のページをめくる。

 この数日、マディソン様のことばかり書いていた。



 精霊祭当日、パレードの見学はさすがに無理だという事で、神殿内で精霊王たちが戻るのを待つことになった。

 それはとても――言葉にすれば幻想的な光景で、呆気に取られてしまった。

 光がきらきらと、舞い上がる4色の花びらと一緒に頭上から降ってくる。

 聖女のアリス様は、淡い金色の光を纏っていて、神殿内を明るく照らし出した。

 そして、その後ろを歩くシリウス様がとても美しくて、ついうっとり見つめてしまう。


 神に捧げる歌が、4人の精霊王と聖女様から奉納される。

 聖女様が1人で歌い始めるとそれは起こった。

 アリス様の祝福の光に応えるように、アストラス神のシンボルから虹色の光があふれ出してきたのだ。

 虹色の光は祭壇の間全体に広がり、その後ぱっと弾けて花の形で人々に降り注ぐ。


 ある金髪の女の子にたくさん降り注いだみたいで、それでざわついていたようだけど、わたしからはよく見えなかった。

 とにかく神秘的で幻想的な出来事に恍惚として、その中心にいるアリス様を見つめた。

 シリウス様から大事にされている女の子は、”特別な女の子“というより、”特別な存在“だったのだ。

 もう妬む気持ちはどこかへ行ってしまった。


「――なんだったの」


 マディソン様がぼそりと呟くと、


「神の祝福でしょう」


 レティシア様が当然とばかりに答えた。

 虹色の光の花は、人々に触れるとすっと吸い込まれるように消えていた。

 わたしもなんだか暖かいものに包み込まれている気がしたわ。


 フワフワとした気持ちのまま、倒れる事もなく無事にシルヴァ家に帰り付いたけれど、やっぱり体力的に厳しかったらしく、食事もしないまま眠ってしまった。

 翌日、遅く起き出した時には、マディソン様の姿は既になく、学園に復帰されたと教えられた。

 お礼もご挨拶も出来なくてしょんぼりしていたら、レティシア様がにこりと微笑んだ。


「週末に帰るよう言ってますので。ユリア様がはっぱを掛けてくれたので、マディは復学する気になったようです。ありがとうございました」


「え? わたしが?」


 何か特別な事を言った覚えがない。


「あなたとの会話で、自分が恵まれているのだと自覚したようです。とにかく、切っ掛けが必要だったのですよ」


 それから、レティシア様のご厚意で、わたしはしばらくシルヴァ家で療養することになった。

 お父様はもう少ししたら、領地へ戻るという。

 そして、今度はメイドに付き合ってもらって散歩を続け、週末は帰ってきたマディソン様と散歩する。


 日記のページを戻ると、その週末を楽しみにしている言葉が毎日綴られていて、我ながら少し呆れ、笑った。


お読みいただきありがとうございます!((w´ω`w))


ネガティブ@ユリア、少し前向きになりました。

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