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オーディンで休日を

第二章、マーリンの授業でアリスが光属性持ちだと皆にバレた後の、初めて学園で休日を過ごす日のお話。

 6の曜日は、日本風に言えば日曜日。

 1から5の曜日が平日で、6の曜日が休日、これで1週間。


 色々あったこの2週間、初めてオーディンで休日を過ごす。

 でも予定が詰まってますよ、ビアンカ様発案で。

 本当は朝食後にビアンカ様のお部屋の厨房で、お菓子作りを始めるはずが、どうせならと朝食に誘われご一緒してます。

 早くね?


 どうしてこんなに早くから張り切っているかというと、ヘンリー様と一緒に昼食を取る約束を取り付けていたからで、その時に手作りのお菓子を食べてもらおうという乙女がいてね。

 わたしじゃないですよ、ビアンカ様ですよ。

 伝書鳥で連絡したら、ピエール様もご一緒することになったとか。

 午前中、ヘンリー様はピエール様と剣術の稽古をするそうです。


「五人ですか?」


「ええ、シリウス様にもお声をかけておきましたの」


「ええ!?」


 聞いてないです。


「あ、それで場所が生徒会サロンに変更になったんですね?」


「そういうことですわ。休日は誰も来ないので、気兼ねしなくても良いそうよ。ヘンリー様の人見知りもありますし。せっかくあなたの素顔を、みんなに見てもらおうと画策しましたのに」


 わたしはちょっと引きつった笑みを浮かべた。

 昨日は食堂で、という話だったけど、校舎側の食堂は6の曜日はお休みなんですよ。寮の食堂だと男女別だから、ビアンカ様の思惑にそぐわない。

 眼鏡なしで不特定多数の人と顔を合わせるのには抵抗があったし、執行部のメンバーと一緒じゃなくてほっとしたわ。

 でも、休日までシリウス様と顔を合わせるとは。


「さあ、それではお嬢様方、本日は何をお作りするのですか?」


 ビアンカ様の料理人さんは、やはり女性でハンナさんという、30代半ばくらいの腕っぷしの強そうな方です。

 本格的に料理を極めるには体力・腕力が必要……だからなのかも。


「ビアンカ様のリクエストのクッキーと、フルーツケーキを作ります」


 ロイド家でいつも作っている、生地を細長くしたあと輪切りにして焼いたクッキーとは別に、好きな形を型抜きするものも作ります。

 材料を量り混ぜたあと、生地をこねるのはハンナさんが手伝ってくれました。

 今回はプレーンとチョコの他、ハーブの茶葉を混ぜ込んだものとで3種類。

 型抜きクッキー用は、生地を平らにする必要があるんだけど、説明したらそれもハンナさんがやってくれました。楽出来たわぁ。

 それをビアンカ様が熱心に形成しています。丸い顔に長い耳。


「……ピコ?」


「ええ、ぜひ、ヘンリー様に食べて頂きたいの」


 キラキラとした笑みを浮かべているけど、何か魂胆があるように見えるのは気のせいですかね?

 わたしはその間にフルーツケーキを仕込んでいる。

 ここの食材に果物の蜂蜜漬けがあったし、長方形の型もあったので作ることにしたケーキ。レシピは覚えてるけど、アリスとしては初挑戦。


 この世界、砂糖は高価なのに、ここにはあるんですよ。さすが公爵家!

 でも今回は我が家レシピで。

 砂糖よりは蜂蜜の方が手に入りやすいから、我が家では蜂蜜か、それより安価な、植物から採れる甘味シロップを使ってます。

 果物の蜂蜜漬けにチェリーがあったので、ピコクッキーの目も飾ってます。


 先に型に蓋をしたフルーツケーキと輪切りクッキーをオーブンに入れ、途中でピコクッキーと入れ替えて焼き上げる。

 蓋を外したフルーツケーキの焼き上がりまでの間に、今度は昼食作り。ケーキの中まで火が通ってるか、焦げないように様子見しながらで、なかなか忙しいわ。


「はてさて、今度は何を作っているんですか、こちらのお嬢様は」


 ハンナさんが興味深そうにわたしの手元を見つめている。

 卵黄・植物油・酢を泡だて器で必至に混ぜ合わせるわたしの形相が可笑しかったらしい。

 ビアンカ様は材料をみて、ピンとくるものがあったみたい。


「もしかして【マヨネーズ】かしら」


「当たりです!」


 酸っぱい物を食べ慣れてない人たちのために、酸味は控えめ。更にゆで卵を刻んで入れて、更にマイルド仕様。塩で味を調えて、タルタルソースの完成。

 ハンナさんには、塩・胡椒で味付けしたミンチ肉を丸く平らにして焼いてもらい、葉物野菜、スライストマトを横半分に切ってバターを塗った雑穀入りパンの上に載せる。焼いたお肉、タルタルソース、葉野菜、パンの順で載せて出来上がり。


「【ハンバーガー】ですわ!」


「もどき、ですね。あと白パンで、ハムと卵のサンドイッチも作ります」


 上流階級ではお目にかかったことがないだろう料理に、ハンナさんは最初眉を顰めていた。でも味見をして目を瞠り、お仕えするお嬢様が嬉しそうにしている事で、ハンバーガーもどきを受け入れてくれたようだ。


「あとでレシピを教えてくださいな」とも言ってくれた。


「ハンバーガーとサンドイッチ、わたしたちの分だけでよいのでしょうか」


「わたくしたちの昼食は要らないとお伝えしましたわ。あの方たちの食事は用意されているはずよ。……でも……」


 わたしたちは顔を見合わせた。


「念のため、多く作っておきますか?」


「そうね、念のためにね」


 ということで、五人分作りましたよ。余ったら保存の魔法を掛けて、翌日に食べるから問題ないです。

 こういう時、冷蔵庫とか電子レンジがあればなーと、つい思っちゃうわ。



 さて、寮から校舎の生徒会室までは結構な距離があります。どうやって運びましょうか。

 なんてわたしが考えていたら、ビアンカ様が何もない空間を開いて、出来たお菓子や料理に保存魔法を掛け、載せたワゴンごと収納していたわ。

 四次元ポケット……いやいや、収納魔法ですか。もしかして、扇の出し入れもコレだったんですね。


「収納魔法が使えたんですね。どれくらい入るんですか?」


「限界まで物を入れたことがありませんわ。でもこれくらいなら余裕でしてよ」


 亜空間に保存場所を確保する魔法は、空間が広いほど魔力を消費するというから、高い魔力を誇るビアンカ様ならではなのかもしれない。

 ちょっと呆気に取られている間に、また眼鏡を奪われてしまった。しかも収納されて手が届かない。

 ホント、わたし、隙だらけだな。


「せめてここから生徒会室までは素顔でいらして」


「ううう……」


 休日だから私服だし、髪型も少し変えて、耳の下で二つに括り白いリボンを結んでる。三つ編みでくるりんじゃなく、自然にゆるい巻き髪風です。くせっ毛だからね。

 誰かとすれ違っても、“眼鏡の特待生”だとわからないんじゃなかな、と期待してます。


 ビアンカ様もいつもよりゆるめにサイドの髪を編んで、自然に流している。

 今日の方が雰囲気が柔らかいし、親しみやすい綺麗な女の子って感じで、個人的に好きですがね。


 時々学生たちとすれ違っても、特別妙な目で見られたりすることもなく、生徒会室に辿り着いた時は、大きく安堵の息を吐いてしまったわ。ビアンカ様はちょっと残念そうだけど。


 ドアを守るのは昨日とは違う……騎士さん?

 メイドさんに案内されたサロンにはまだ誰もいなかった。移動中に正午の鐘が鳴ったので、そろそろやって来るだろうと、食事のワゴンを取り出してセッティングを始める。ビアンカ様の侍女さんとエイダさんがね!


「お茶はどれにしますか? 各種持ってきましたけど」


 商品として茶筒に入っているハーブ茶を、籠から取り出して並べて見せる。


「アイリス印のハーブ茶ですわね」


 母さまの『アイリス』という名は、お花から取ったものです。なので商品にはアイリスの花が描かれている。

 持ってきたお茶は、お得意さん向けの少し値が張る方で、茶筒にアイリスの白い花が金粉混じりで描かれている。

 こちらは我が家で育てた薬草を、母さまがブレンドしたものだ。

 廉価版はアイリスの花が水色で、他から取り寄せた薬草を、母さまのレシピに添ってブレンドしたものだ。

 よっぽど味に鈍感な人じゃない限り、味わいも香りも違うことが分かるだろう。

 お茶を選んでいるうちに、いつも通りのピエール様と、ぐったりしているヘンリー様がやって来た。


「あれ? シリウスは?」


 挨拶もそこそこ、サロンを見回して尋ねるピエール様に、メイドさんが答える。


「まだ執務室でございます」


 いたんだ。

 それを聞いて、ピエール様が執務室のドアをノックすると、くぐもった声が聞こえた。

 ドアを開けて室内に踏み込むピエール様と、シリウス様のやり取りが少し漏れ聞こえる。

 シリウス様、休日なのに仕事してたんですね。しかし仕事って、何やってるんでしょうか。


「ヘンリー様はどのお茶がお好み?」


 ちょっと疲れた顔をしている美少年は、いつもより無口で、お茶ではなくぼーっとわたしを見ている。

 そういえば、わたしの瞳の色がお気に入りでしたね。


「ビアンカ嬢が選んだものでいいよ」


 とだけやっと言ったと思ったら、そぅっとわたしの髪に手を伸ばしてきた。


「みだりに婦女子に触れてはなりません」


 ビアンカ様にぴしゃりと手を叩かれている。


「癒しが必要なんだ」と、ちょっと危ない言い訳をしているわ。


 あ、妄想のケモ耳がぺたんと垂れている。


「ヘンリー様には、特別にこちらを差し上げますわ」


 小さな籠に入っている例のクッキーを、ナプキンを開いて差し出すビアンカ様は、とってもいい笑顔です。

 ヘンリー様の疲れた顔が、どこかに吹っ飛んで行ったみたい。目を見開き、まじまじとピコクッキーを見つめるヘンリー様は、段々頬を上気させていく。

 ふるふる震える手でプレーンピコクッキーを持ち、潤んできらっきらのアメジストの瞳で眺めている。

 持ち上げ、角度を変え、更にチョコ味の方も手に取り頬を染めているその後ろに、妄想の尻尾がぶんぶん揺れているのが見えるわ。めっちゃ嬉しそう!


「おなかが空いているでしょう? お食事前だけれど、さあ、召し上がれ!」


 にっこり勧めてくるビアンカ様に対し、ヘンリー様は斜め上の反応を示した。


「半永久保存魔法を掛けて僕の部屋に飾っておく!」


「ヘンリー様、クッキーですのよ!? 食べてもらうために作ったのに、飾ってどうするのですか!」


「ビアンカ嬢が僕のためにピコを作ってくれたんだから記念に」


 奪い返されないようにか、さっと2匹のピコクッキーを胸に抱き、部屋の隅で保存魔法加工を施す後ろ姿に、ビアンカ様は呆気にとられ、次いで悔しそうに唇を噛む。

 でも彼女は負けない。


「ふふふ、ヘンリー様、ピコクッキーはそれだけではありませんわ」


 そう、ヘンリー様用に掌より大きいサイズのクッキーの他に、半分の小さなピコクッキーも作っていたのよね。鉄板に並んでいる様子が可愛かったわ。


「さあアリス、お口あーん」


 …………何が始まった?


「味見なら……むぐっ!」


 喋ろうと口を開いたら、すかさずクッキーを詰め込まれたわ。そこに駆け寄るヘンリー様。


「ああ、共食いになるからダメ!」


 手を伸ばして止めようとする美少年よ、今なんつった? 共食い?

 意味が分からず、ついついヘンリー様を見つめたまま、口に入ってしまったクッキーをサクッと噛む。

 モグモグ、サクサクとわたしの口にピコの耳が消えてしまうと、ヘンリー様は悲し気に瞳をウルウルさせて、ずるずるとその場にしゃがみ込む。


「共食いって?」


 訊いたのはわたしじゃなくてピエール様です。そして答えたのはビアンカ様。


「ヘンリー様がピコを愛でているのはご存じでして?」


「ああ、屋敷にいるね、白いやつ」


「そのピコにアリスがに……」


「あああ! ビアンカ嬢ーーー!」


 びよぉんとヘンリー様が立ち上がった。顔が真っ赤ですよ。

 皆まで言わせないようにしたんだろうけど、そこまで聞けばだいたい分かるというもの。

 ピエール様はわたしを見、ヘンリー様を見、うんうんと頷く。そしてヘンリー様をにやにやと見つめながら、わたしの頭を撫で回した。

 パクパクと口を開いても、もはや言葉が出ないらしいヘンリー様が可愛らしい。

 控えている侍女さんや従僕さんらの顔が緩んでいる。


「――君たちは楽しそうだな」


 まるで徹夜明けしたかのような声が聞こえて振り向くと、本当に徹夜したんだろうかと思えるやつれたシリウス様が、ドアにもたれかかっていた。

 いつもきちんとしている彼の私服の白いシャツが着崩れていて、更にぼぉーっとしている。


「一人でしょい込み過ぎなんだよ。寝落ちしてたんだぜ、こいつ」


 ピエール様が暴露すると、シリウス様は不機嫌に眉根を寄せた。


「まあ、お誘いして申し訳ございません」とビアンカ嬢が謝罪すると、「了承したのはこちらだ」と返す。


 ピエール様は仕方なさそうにため息をついて、シリウス様の肩を叩いて席に促す。


「とにかく食べよう」


 着席しても頬杖をついて、けだるげにしている。

 たぶん、とっても珍しいんでしょうね。メイドさんが昼食の載ったトレーを置くかどうか迷っているわ。

 わたしははたと思い付き、茶葉が入っていた籠から小瓶を取り出し、シリウス様の隣から差し出す。


「よろしければ、こちらの回復薬をどうぞ」


 体勢はそのまま、ちらりと視線だけをわたしに向ける。


「……眼鏡はどうした」


 そこからかい!


「ビアンカ様に奪われました。あ、この回復薬は味を改善しようとして、下級のものが中級クラスになって、商品に出来ないと言われた物ですが、効果はありますので」


「……それは失敗作、というのではないか?」


「値段設定出来ないから商品に出来ないというだけで、効能は失敗してません! そうですね、まずは毒見を」


 エイダさんに銀のスプーンをもらって、回復薬を少し取り、目の前で飲んで見せる。

 うーん、やはり理想の美味しさまでは到達していないな。まだ改良の余地があるわ。


「味は爽やか系です。どうぞ」


 にっこりと小瓶を渡すと、渋々手に取り、自分の銀のスプーンに少量出して眺めることしばし。

 やっと口に含むと、ぱっと目を見開いた。確認するようにもう一匙飲む。


「中級……か?」


 いぶかしむシリウス様が、グラスに回復薬を注ぐ。淡いイエローグリーンの液体が、日差しを受けてキラキラ光る。

 そのグラスを見ていた全員が、なぜかわたしを振り向いた。


「何を入れた?」


 そんなじっとり見られるほどの素材は入ってないですよ。定番の素材に甘味シロップ一匙、ミントを追加して爽やか風味にしたくらい。


「そうですね、あとは『美味しくなあれ』と念じました」


「それね」


 どれが?

 首を傾げているわたしに、ビアンカ様が小声で耳打ちする。


「おまじないでしょう? それで金色の魔力が注入されたのですわ」


「え!?」


「確かにこれは売り物に出来ないだろう」


 呆れたような顔でグラスを眺めているシリウス様ですが、顔色良くなってます。ちゃんと効いてるんだからいいじゃないですか。

 皆興味があるのか、グラスから一匙ずつもらって飲んでみている。


「美味しいわ」


「でも飲みすぎ注意だな」


「ヘンリー、残りをもらっておけ」


「アリス、ありがとう」


 最終的に肉体疲労が目に見えるヘンリー様が全部飲んだ。ぱっと明るくなったわ、体を包む魔力の色が。

 元気になった皆さんに笑顔を向けたら、何だか呆れるやら、困ったような微妙な顔をされたのよね。解せぬ。


 これでようやく食事へと移ったんだけど、わたしたちがナイフとフォークで食べるハンバーガーもどきを、男性陣が興味深そうに覗いてくる。

 ビアンカ様とアイコンタクトして、余分に作っておいた分を提供しましたよ。


「本来は片手に持って食べる庶民的な軽食です。マナーに適わないということで、こうして別けて食べてますけど」


「へぇ? 遠征に行った時には良さそうだなぁ」


 わたしの説明にピエール様がたいそう興味を示し、そのままかぶりつく。あんまり貴族的なルールに縛られない人みたいね。


「このソース、初めて食べる味だな。なんだろう?」


 それでも美味しそうに食べ続けている傍ら、ヘンリー様も同様にかぶりついていた。さすがにまだ手が小さいので両手持ちだ。やだ、可愛い。

 対してシリウス様は、ちゃんと皿の上で取り分けている。タルタルソースを一口食べて目を瞠った。


「何を入れた?」


 研究者肌なんですかね。仕組みを知りたがり、分解するタイプ?


「卵、植物油、お酢、塩です」


「酸味が良いアクセントになっている。滑らかでコクがあって野菜と肉を一緒に食べると、また違う味わいだな」


 食レポどーも。もうね、食事は楽しく美味しくいただきましょうよ。

 もしかしてお菓子でも質問されるのかしら、とドキドキして、お茶と共に食べてもらったら、本当に質問来たよ!

 美味しければいいじゃない、じゃダメですか? シリウス様!


 ちなみにレシピは全員に提供することになりました。



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