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女王様の苦難

作者: stenn

前半と後半のテンション差+ぶつ切りでお送りしてます。


気晴らしで書いているため、これ以上私の頭が持ちませんでした。


 すべてが嫌いだった。すべて壊れればいいのに。そう思っていた。あの子も僕と一緒で壊れてしまえばいいのに。そう思っていたのに。そう願っていたのに。


 心は残酷だった。




 冷え冷えとした月が空で輝いている。




「……で? 何か弁明はありますか?」


 粗末な街の宿屋。かび臭い小さな部屋で私はソファに浅く腰を掛けていた。もちろん背中をまっすぐに伸ばし、足は抜かりなくピタッと閉じている。目の前にいる青年の圧を感じながらどうにかして逃げられないかと考えていた。


 あ。空に鳶が……と考えたところで鈍い音があたりに響いて私は小さく悲鳴を上げる。


 何も――剣を床にぶっ刺さなくてもいいと思うのだけれど。とは言えず『はいっ』と威勢よく姿勢を正す自身が悲しい。


 青年は美貌の人だ。人々――特に女性はその容姿と立ち振る舞いにあこがれて彼と添い遂げることを希望するらしいが本人は浮いた噂一つだってなかった。堅物というやつらしい。


 名をザクレン。年齢は私より三つ年下。二十歳になったばかりだろうか。職業は近衛兵。誰の――と問われれば私のなのだけれど……。


 溜息一つ。じろりと青年は私を睨んだ。思わず目をそらしてしまう。


 怖いというものがあったけれど負い目のほうが多かった。


「あなた、自身の立場はわかってるんですか? 仮にもこの国の女王でしょうが! それを補佐をはじめ何も言わず城を出られるなど……前代未聞です。私が見つけられたからいいものの――というか。なぜ魔物退治などというものをしておられたのですか? 理由をお聞かせ願えませんかね?」


 別に投げ出したわけではなく、本当に、本当にちょっと息抜きのつもりだったのだ。齢十五で両親がはやり病で亡くなりそこから数年。必死でこの国を動かしてきたのだ。別にそのくらい良くないだろうか。現に一か月も経っていないのだし。大体その女王に剣を突きつけているのはどこのどいつなのだろう。


 それに。私は現実から目をそらしつつ口を開いた。


「い、息抜き?」


「だと、してもです。家出同然はどうかと。というか魔物退治なんて目も――」


 ザクレンは何かに思い当たったように目を見開いた。パクパクと何かを言いたそうな唇は声をなさない。それがとても気持ち悪かった。


 病気かなにかか?


「な、なに?」


「まさかどこかの馬の骨に――私たちが大切に育て上げた姫様を」


 あなたに育てられた覚えは――。


 私とザクソンは幼馴染だ。私の遊び相手として彼と彼の妹は育てられた。であるので基本的な呼び名は『姫様』である。そういえば名前で呼ばれたことはないなぁとうわの空で思った。それが寂しいなんてことはもはや忘れてしまっていたけれど。


「誰ですか? そいつ。殺してきます。あ、一緒にいた仲間の一人ですか? 何なら全員殺しますか」


 ポツリ。言葉が重く暗い。目が座っているのは気のせいだろうか。まじだ。やる気だ。ザクレンなら私がいたパーティーくらいなら潰せる。だてに首位で近衛試験に受かったわけではない。


 あふれ出る殺気におびえつつ私は手を上げる。その様子にザクセンは眉を軽くはねた。


「まって、いや。ないからね」


「本当ですか?」


「そ、そんな自由なんてないの知ってるでしょ? 私の身は国のために。未来のためにある。いくら私でもそのへんの覚悟はある」


 えへんと胸を張って見せる。大体外見には自信がないんだよね。悲しいことに。まぁそのほうがやりやすいことはやりやすいんだけれど。


 え。その生温かい目はなに。何が言いたいのだろうか。数年の治世だけど私すごく頑張らなかっただろうか。みんなの期待に応えて最近では『賢王』とか呼ばれてるんですけど。南の鎮圧だって、東の治水だってうまくいったでしょう。


 この世界まれにみる絶世の美人ってほめてくても構わなくてよ。


 むなしい。


「……であればここにいたりはしませんよね?」


「ぐっ」


 痛いところを。


「まぁ。そうですね。そういうことにしておきましょうか? 迎えを呼びます」


 迎え。あの無駄に予算を使った馬車とか。豪華な騎馬隊とか連れてくるの。イヤだって言っているのに聞いてもくれなかったなぁ。うんざりする。私がまだ小娘だからだろう。


 大体国庫だってぎりぎりなのに。


 溜息一つ。私は小さく頭を抱えていた。


「……いや。歩いて帰るわ。そんな仰々しいの嫌だもの」


「そんなわけには」


「歩いてきたのよ。ここまで」


 まぁ。そんなに遠くはない。一週間ほど歩けばたどり着く距離だしザクレンだって馬に乗っているからいざとなったらもう少し早く帰ることができるだろう。


 それに。


 私は美貌の青年に目を向けた。ザクレンは驚いたように眉を跳ねる。


「昔みたいにいろいろな話を聞かせてくれると嬉しいわ」




 花の種類。鳥の声。巷での噂やいろいろな人の恋の話。私が即位する前、ザクレンはいろいろなことを聞かせてくれた。時には絵にかいて。時には現物をもって。


 お守りに持っている栞はザクレンが私にくれたもの。多分本人すら忘れているだろうけれど。


 ――あの頃はかわいかったなぁ。


「なんですか? 話。聞いてますか?」


 雨が降っていたので大木の下で雨宿り。くすくすと笑っていたのが異様に思ったのだろう。変な目で見られた。


「いや。聞いてます。聞いてるって。隣国の近状でしょう? というかそんなことを聞きたかったわけじゃないんだけど」


 何が悲しくてむ仕事の話。なぜ近衛なのにそんなに詳しいんだ。……昔から頭だけはよかったね。うん。私よりも優秀だった。何もかも。いっそのことザクレンが王様になればいいじゃんなんて父上にむくれたこともあった気がする。身分が違うのでそれは無理なんだけど。


「はぁ。なら何が聞きたいんです? 知っている話なら何でも答えますよ。例えばベロア様のこととか。あの人の趣味って――」


 ベロア――国王補佐。国二番目トップの個人情報暴露してるんだ。そしてどこから入手してくるのか疑問だ。よく考えれば私を探し出したことといい、ザクレンの情報網が怖い。


 私は頭を抱えた。


「ちよっ、とまった。もしかして私の情報も握っていたりする?」


「何言ってるんですか。昔から筒抜けでしたでしょうに。最近ですと侍女に頼んでクマのぬいぐるみを――」


「なぜ知ってるのっ」


 いや、こっそりカバンに忍ばせてあるけどね。侍女が自慢するから。これが最近のはやりなんですって。だから私も欲しかったんです。かわいいでしょ。かわいいよね。ふわふわだし。首にリボンとかついてるし。つぶらな目なんだよ。


 ……。


 大丈夫。自費で買ったから。


 でも。こんなことがばれると威信にかかわるからこっそりと買ってきてもらったのに。ついでに口封じのために侍女全員に配ったわ。ニヨニヨして何か言いたそうだったけれど。


 誰だぁ。言ったやつ。泣くからね。泣くぞ。


「いや。噂ですけど? というか姫様はかわいいものがお好きというのは周知の事実で――え。何。クールな姫様目指してたんですか?」


 少し小ばかにしてるよね。それ。


 ちくしょう。私はクールなイメージを目指してたんだ。そちらのほうが万人に愛されるでしょ。強いリーダーって感じで。実際隣のターノ王国の王妃なんてそんな感じなんだよ。それを目指してたのに。なにそれ。


 泣きたい。


「大丈夫ですって。姫様は『かわいらしい』でも有名ですよ」


「……」


 いけない。思わず言葉を失ってしまった。少しだけ頬が赤くなる顔。梅雨をぬぐう仕草で隠す。


 うれしいなんて思ってはいけないと、咳払い一つ。実際はきれいと言われるほうが好きだけれどそれでもうれしかった。それがたとえ城内の噂であっても、ザクレンから直接言われるのは本当にうれしい。そんな言葉一つで満たされるなんて――子供のころから続くこの感情はいまだ燻っているのだと気づかされる。


 泣きたいくらい声になんて出せないけれど。形になんて絶対にできない。


 ああ。もう。頭が痛い。


「どうしたんです。寒いですか? 姫様が歩いて帰るなんて言うから野宿に――ってなんで何気に離れていくんです?」


 いや。急激に密着しているのを思い出してですね。不満そうに眉を顰められましても。なぜ睨むんですか。


 溜息一つ。私かするりと抜け落ちた毛布を手に掴むとザクレンは私の横に座りなおして頭から毛布をかぶせた。


 肩が密着する。息の音が聞こえそうだ。


 この雨はいつ止むのかなぁ。しとしと降る雨音に耳を傾ける。それが心の平静を保つことにつながった。


「まぁ、ま。私のことは置いておいて。――なんでも聞いていいって言ったわよね?」


 どうぞ。と不審げな目で返す。よし。何を行けば狼狽えるだろうか。普段怒ってばかりだし顔色一つ変えないから狼狽した顔を見てみたい。


 そんな希望。


「ザクレンは好きな人いるのかしら?」


 あ。


 -―墓穴を掘った気がする。


 ザクレンはあからさまに顔を歪めた。狼狽えてる。もしかして狼狽えてる?


 私が狼狽えてるわ。バカなのか。私は。ザクレンがそんな人いてもいなくてもいいけど――聞きたくないわ。なんで聞いたし。


 なんて盛大に自分を罵っているがそんなこと微塵に顔に出すわけにはいかないと頑張って表情筋を笑顔で固定した。


 女王モードとかあるけれどあれは『素』では使えないから困る。それに好きではないし。


「姫様はどうなんですか? よもややはりあの男――」


 なぜ蒸し返す。そして質問に質問で返さない。


「だから違うから……何度も言うようだけれど私にはそういうことが許されてないのよ。口にすることももう無理だわ」


「もう?」


 私は軽く苦笑を浮かべた。


 昔は言ったなあ。素直に。『ザクレンのお嫁さんになる』って。ザクレンはきっと覚えていないけれど。あの時は顔を真っ赤にして逃げたんだっけ。ザクレンは。あの時何を彼が思っていたのか知るすべがあったらな。


「縁談がたくさん来てるわ。私は今年中に選ばないとね」


 重苦しい沈黙が落ちる。


 これは義務だ。私に課された。せめて兄弟でもいれば違ったんだろうけれど。今は国外は安定しているから近くて遠い一族の中から選ぶということになるだろう。尚且つ国民も納得しなければどうしようもない。


「迎えに来ないほうが良かったですか?」


 私は頭を振った。


「ありがとう。心配してくれたんでしよ?」


 怒り方はあれだけど。それでも私を心配してくれたのは分かる。本当は歩いて帰らなくていいのにこうして付き合ってくれるのが本当にうれしかったし有難かった。


 まっすぐな双眸が私を覗き込んで思わず目をそらす。どことなく勘違いしそうな視線に流されそうになってしまった自分を殴りたくなった。


 こんな感情には意味がいのだと。


 何を考えているのか気にはなったけれどザクレンに問うことはやめにして空を見る。雲の間から晴れ間が広がっていた。



 やはり馬をお使いください――と懇願されてあれから三日で城につきました。ほぼ野宿だったために浴槽に放り込まれてつま先から髪の毛一本まで磨かれました。拒否権なし。それから執務室に連れていかれ大量の決済やら報告やらを聞かなければいけない始末で眠る暇などなく。その間には補佐の小言まで。


 私が悪いけど。帰ってきてからほとんど眠らせてもらってない……。死ぬ。いや。私が悪いけど。付き合ってくれている官僚の報酬は上げるから許してください。お願いします。


 そんなこんなで三日の強行軍が過ぎたころ。


「で――エウリカ様」


 ベロアが私の前に神妙な面持ちで立っていた。ベロアにも付き合わせているため少し痩せた気がする。


 何も持てないよね。持ってない。書類の束とか見えない。よし。


「何かしら」


 気付けのコーヒーをがぶ飲みしつつ私はベロアを見た。


「ザクレン殿とはどこまでお行きになりましたか?」


 さらっと言われる言葉に私は盛大にコーヒーを噴き出していた。無表情で何言ってんの。この人。というかこの国の役人は鉄面皮がなぜ多いの。


 軽く咽ながら書類に染みがつかなくて安堵する。


 とりあえず聞いてみようか。


「なにが――行くってどこに?」


 布巾でテーブルを拭う。


「何もないんですか? せっかく私どもが気を利かせて二人っきりに」


「あ――」


 やっぱり見張っていたんだと思った。だよね。二人きりにするはずはないだろう。基本。


 何もなくてよかった。うんうんと納得する。何かあったらザクレンが処刑――。


 って。『気を利かせて』って何。


 間抜けずらでベロアを見ると軽く口角を上げて見せた。え。悪魔かな。嫌な予感しかしないんだけど。


「いやいや。せめてエウリカ様の本懐は遂げさせてあげたいと思いまして」


「本懐?」


「だってエウリカ様があれを好きなのは周知の事実じゃないですか。ので今回のことは都合がいいと思った次第ではございますが?」


 しれっというベロアに私は頭を抱え込んでいた。コーヒーをもう一杯頼まないと。そして寝たい。これはきっと何かの夢だ。うん。


 顔が引きつるのを感じる。


「ち、ちなみに聞くけど周知の事実?」


「はい」


 なんでさ。私の個人情報駄々洩れ。というより心の声までただ漏れってどういうことなの。この城は。消えたい。


 ちょっと死んでくる。生まれ変わってくる。ジワリと嫌な汗が背中を流れていた。


「いや――あの。仮にそうだとしても。仮にね」


「本人も知ってますけど?」


 しれっというなぁ。どういうことなんだよ。本当に。この城はっ。本人が知っているって一体どんな状況。


 いや。あくまでも冷静に――王なのだから。私。優雅に。優雅にね。もしかしたら裏に何かあるかもしれないと私は大きく息を吸って心を落ち着かせた。


「だ、だから。仮にねそうだとしても。私とザクレンがそうなることはないわ。……大量に来てた縁談はどうなったの?」


「燃やしました」


 真顔で何言ってんのこの人。


 なんで? どうしたの。ついに壊れたのこの国――。大丈夫? 大丈夫なの。私がいない間に何があったの? 助けて。


 というか。私の苦労。


「血をね。残さないといけないのだけど――」


「何言ってるんですか。向こうのほうが古くて血統ある血ですが」

 は? ごめん何言ってるんだか分からない。商家の長男だよ。ザクセンは。たまたま父上とおじさんが仲良かっただけ。それで私の遊び相手に兄妹もろとも。(レイア)なんて――。


「お姉さまっ――!!!」


 執務室の扉。それが勢いよく開いて一人の少女が転がり込んできた。飴色の髪。同色の瞳。ふわふわした美人。おかしい。二十歳にもなっていないのに。色香が私よりあるのはどうしてだろうか。と思わず悩む。


 ともかく右手に黒髪の鬘を鷲掴みにしている少女は大股に歩いて机の前に立つ。


 ほぼ過労気味で小汚い私ときれいな衣服を纏った少女。一体どちらが『女王』なのだろうか。とふと思うけれど、まぁ影武者をしてもらっているのでどちらもが正解なんだろう。


 ……てか。無理あるだろう。


 だから大した混乱もなく国が運営できてたわけだけど。今でも表の業務こなしてもらっているけど――さすがに死ぬ。


 遠目にしたら分からないない。とか言ったやつ誰だ。明らかにオーラが……。胸を見ると切なくなるわ。


 じゃなくて。


 兄は『姫様』だけど妹は『お姉さま』なんだよね。昔は名前だったのに。名前で呼ぶことを希望すると、エウリカお姉さまになった。


 雰囲気的に怒ってらっしゃる? 怒っている顔が兄妹そろって無表情だから怖いんだって。……。あ。


ベロア。無視して作業に戻るのやめて。


「な。何かしら。レイア」


「お兄様が婚約者を。婚約者を――。どういうことなんですか」


「え?」


 そんな間抜けな声を出したのは私だけではなくここにいる一同だった。


 こんやくしゃってなんだっけ。思考停止のまま考える。


「こんにゃく」


「家に連れてきましたの。紹介したい人がいるって。どういうことなんです?」


 当然のように無視された。


 詰め寄られても――。いや。だって。そもそも私には……関係ないし。痛くなんてないし。苦しくなんてないし。


 私を見てレイアはかわいらしい眉を跳ねた。柔らかく笑う。


「――こうなったら。実力行使です。婚約者様には泣いていただくとして」


 いやいやいや。何言ってるの。悪魔かな?


「裸でお姉さまを部屋に放てばいいかしら?」


 何言ってるの? イヤだよ。そんな痴女みたいなこと――女王にしろと? というか。私の意思決定権はないの? いやむしろザクレンの。


「それでは興奮しないと思われますが」


 いや、乗るなベロア。何言ってるの。そこの官僚手を上げるな。楽しそうにするなぁ。私の涙目を見ると引っ込めて見ないふりに徹している。


「あ。あのね。私のことはともかく――ザクレンはよくないと思うよ? 婚約者さんも困るし放っておいたほうがいいと……」


 鬼のように二人で睨むのやめて。ほんと。脅すように机をたたかない。


「政治的なことと感情的なこととどっちがよろしいか?」


「え?」




 廊下をとぼとぼと歩きながら私は鼻をすすっていた。話を聞けば聞くほど絶望が増すした。こんなことなら聞くのではなかったと気が重い。


 その上で『落としてこい』とか鬼か。私は女王だよ。すごいんだぞ。と言ってみても通じない。ガキが。と鼻で嘲笑された。


 そのうえで。


 父上。覚えていろ。と呪いがましい事を言ってみる。死んでるけど。


「姫様。ここにいましたか」


「……」


 まるで幽霊のようだったのか顔を上げた私に驚いたような顔をする。


「あー。最近詰めすぎって言ってたからなぁ。なんか飲みます? とってきますが」


 仕方ないね。言うしかないのかな。とため息一つ。休憩用かなんなのか等間隔に置いてあるベンチに腰を掛けると廊下から見える中庭に目を向けた。


 夜の庭。美しく花が咲き誇り、それを淡い月が照らす姿は幻想的だ。


 私は軽く瞑目する。


「まず。一つ。結婚するんだね。言ってくれればいいのに」


「-―は?」


 驚いたような顔は身内にしか知らせていないことを物語る。少し考えた後で何かを言おうと口を開いたが私は『気にするな』という様に軽く手を振った。


「おめでとう」


 私は笑えているだろうか。ちゃんと祝福しているだろうか。相手がどんな人で誰か知りたくもない。知ってしまえば――呪い殺しそうだ。


 でも。本当に呪い殺したいのは自分かもしれない。


「もう一つ。知らなくてごめん」


 不機嫌が降り積もったような顔。それに私は苦笑を浮かべた。


「何が?」


「東の出身と聞いたわ」


 養子だったことも。


 東。それはこの国でちょくちょく反乱が起きる地方を示していた。そこはわずか二十年ほど前、一つの国が存在し無くなった。


 私たちのせいで。


 古い。古い小さな国家。一説によると人類が初めて作った国家だと言われている。連綿と王家は続き、二十年前――滅んだ。


 別に攻め入る必要なんてなかったとは言われているのだけれどあの時は『必要』だった。別にうちの国が戦闘狂――世界制覇なんて求めていたわけではない。


「……そうか。あの野郎」


 苦々しくザクレンは呟いた。


「だからってこの国をどうにかするっていう思考は持ち合わせてないですよ」


「――そうね。でも。この国を出たほうがいいよ」


 きゅうと私は服の裾を握りこんだ。言いたくなかった。消えないでほしかった。見ていていたかった。泣きそうになるのをぐっとこらえる。


「……」


 暗い沈黙。そのあとで聞こえるような大きな溜息一つ。


「何言ってるんです? さっきから。死にそうな顔して。寝てないからそんなことになってるんです」


「え」


 グイっと荷物よろしく抱えあげられているんですが。いや。荷物じゃないよ。上司だよ。じゃなくて。


 コツコツとザクレンの足音が規則的に響く。通り過ぎるものはいない。というか無言がすごく怖いんですが。


「あの――放して」


「はいはい」


 適当。返事が。


 近くの扉を開けると部屋があった。使われていない客間。そんなものがいくつもあるのでほとんどは鍵は閉めてるんだけど。


 なぜ空いたし。


 ポイっとベッドの上に捨てられる。


「寝てください。戯言忘れますよ?」


「戯言って――」


「俺は結婚もしませんし、出ていきませんけど? というか。そんなウソ誰から――レイアか」


 どうしてくれようか。と付け加える。ウソなのだろうか。……なんで? と私は首を傾げるしかなかったがそれ以上にホッとした。


「でも東は」


「それは合っている。別に隠しているつもりもなかったし。そんなものだ」


 胸が締め付けられる。滅んだときに王族はみな自害した。赤子であったザクレンを除いて。呪われてもおかしくはないだろう。そのうち内乱に発展するかもしれない。


 それを防ぐための婚姻です。そうベロアに言い聞かされた。


「……私は」


「言われたんですね? 結婚しておけと」


 なんでわかるの。超能力者かといいだけに見ると『顔に出てる』と返された。私は素でいるとどうも隠し事はできないらしい。


 会議とかうまく立ち回れるんだけど。


「いや。でも――」


「おまけに誘惑でもなんでもして来いと」


 なんか媚薬まで渡されたとは言えない。さすがに恥ずかしすぎる。顔を真っ赤にして思わずうつむいてしまった。


「まったく。悪い癖だ。姫様をからかって遊ぶのは」


「ごめ」


 ぎしりとベッドがたわんだと思ったらザクレンが腰を掛けていた。その視線はどこを見るでもなく宙を漂っている。


 いわば『無』って感じがした。


「うん。そうだな。結婚しましょうか」


「……そうですね。仕方ないですよ――ね?」


 あはははははは。


 は?


 なんて言った? 妄想が具現化したか。ついに。私怖い。ちょっとまた家出してくる。ずるずると無言で立ち上がるとペタペタとドアに向かって歩く。


「……どこに行くんです?」


 低い声音に身体をピクリと震わせた。


「え。ああ。ちょっと魔物退治に。なんか変な魔術にかかってそうなので」


「寝てないからでしょうが」


 言いながら腕を引っ張られベッドに再び転がされた。


 少し切れてるよね。いや、寝てなくて頭がぼんやりしてるけども。これは夢とか少し思ってるけども。


「どうせその辺で見てるやつがいるから言いますけど、言いましたから。結婚を承諾しますと言っているなんです」


 ジワリと心の中が熱くなる。嬉しくて。嬉ししくて――涙があふれてくる。


 ダメだと思ってた。この恋は叶わない。絶対に言ってはいけないものだと。でも。


「……でも――ザクレンはそれでいいの?」


 これは政略結婚だ。私はともかくザクレンは好きな人と結婚だってできる。これは私の都合。私の国の都合。そんなものは無視だってできるのに。


「いいと言ってます」


 優しく伸ばされた手はゆるりと私の頬を撫でた。温かい。とても。嬉しかったけれどつらかった。


「ごめんね。ごめんなさい」


 人生を壊して――ごめん。


 ザクレンは私が眠るまで優しく手を握っていてくれた。

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