メシアの過去 2
つづきです
涙を拭き、顔を洗い、顔の火照りが治まったことを確認して教室に戻る、時間としてはギリギリだった
お弁当は食べ損ねてしまったが、食欲は沸いてこないし、空腹は感じていない
教室に入ると数人の舌打ちが聞こえ、二人が駆け寄ってきた、変わらず敵な二人、誰だ
「ねぇーどぉーしてドロシーちゃんと組むことになったのぉー?おかねー?平民なのにー?」
「ドロシーちゃんの弱み握ってんだろ?そういうのやめろよ」
「…え?」
訳が分からず、ドロシーを見る
周りの目線は私かドロシーに集まっている
「ぇと、まだ決まってない人…でさっきの授業で強かったの…メシアかなぁって…」
先程の圧が嘘みたいに喋るドロシー、猫を被っているのかと考えてしまう
「なら!なら俺がなるって!」
「は?お前俺とだろ?だったら俺がなるって!」
やんややんやと騒ぎ出すクラス
ペアに私をと
それで弱みとか金とかか
席に座るとクラス委員の二人がやってきた
「ドロシーちゃん、それならクラス全員で組み直すことも出来る、やはり強いひとと組みたいだろ?」
「そうね、私も組みたいもの、明日先生に時間とって貰ってもいいわよ」
授業の予定を変えようとしてまで組ませたくないようだ
「えと、じゃあ……うん、明日、簡単に一撃方式でたたかお?」
一瞬の間に、私はゾッとした、先程の圧を思い出すような、いや、それ以上か
周りは更に盛り上がってその様子に気付いた人はいなさそうだ
◇
その日は特に呼ばれることも無く、家にそそくさと帰った
夜ご飯のときに、両親がいつも以上に深刻そうな顔をしているのに気がつく
「…どうかしま、した?」
「…メシア、こんな手紙が届いてな」
ちらりと見せられたのは長々とした手紙、そのまま手渡されたので読んでみろということだろう
文字を読む前に気がつくことは、かつての帝が使えた特殊な魔法、印がうっすらと見えること
差出人も帝なのだろう
…元帝、天帝への手紙で成人を迎えている、つまりは両親だけなら今よりも良い、周りの目を気にすることの無い土地で受け入れることが可能という手紙だ
両親は私を置いていくことと、忘れ去られていようが、今までまとめてきたこの領地に思い入れが、と断ろうと考えているらしい
その考えを聞いた時、どうしてかドロシーの言葉を思い出した
「…根っこから負け犬」
「「え?」」
「わたし、わたくし、今日聞かれたのですわ、わたくしを天帝と知っている留学生の子に、わたくしは根っこから負け犬なのか、と
いいえ、ですわ、そんな事ないですわ、お父様、お母様、わたくしなら大丈夫です、自分の道くらい自分で切り開きますわ、まだ学生で卒業が控えておりますもの、チャンスはいくらでも転がっておりますわ!お父様こそ、このチャンスを棒に振らないでくださいまし…よっぽどの事がないとその思考は呪いのように付きまといますわ」
「メシア…本当にいいのか?」
「もちろんですわ」
心配事は尽きないし、まだ未来は真っ暗なはずなのに、自信をもって大丈夫だと思えた
まるでココロに火がついたように
「お二人にとって、と考えてくださいまし」
その日は久しぶりにぐっすりと眠ることが出来た
憑き物が落ちたように心が軽かった
◇
教室に入ると、いや、来る途中でチラチラと見えていた
最初の授業が始まる前に一撃方式のやつをやろうと言うのだろう
黒板には運動場へ集合と書かれておりクラスの人は誰もいない
気合いを入れようとした訳では無い、ただこうするべきだと、胸を張り、優雅に運動場へと向かった、髪は元々の透明感のある金髪
天の名に相応しい、自慢の髪ですわ
周りの目線が鋭い
中心にいたドロシーもにっこりと微笑む
「メシア…さんが来ました、これで全員ですね」
先生がそう声を上げる
あら、遅刻でしたわね
「ぇと、じゃぁ、全体攻撃の魔法を…するからさ、とりあえず耐えて…話はそれから…かな」
みんなの顔が緩む、全体攻撃は範囲が広がる分威力が分散されるのが常識だからだ
「距離もできるだけ…とっていいよ?」
ドロシーが更に言葉を重ねる、クラスの女はくすくすと笑う始末だ
わたくしは周りが少しでもと距離をとるのに対してドロシーさんに近づきました
「…メシア、手加減しないから、ね?」
「もちろんですわ」
笑顔で返し、私の返答にニコッとするドロシー
「じゃあ、サクッと…ドールメイク…闇…犬…黒曜丸」
どこから出したのか、瞬きの間に、ドロシーは黒いローブを身にまとっていた、うちの学校の制服に黒いローブ、その横にドスっと現れるドロシーの身長よりも高い…真っ黒な犬
ゾクリと背筋が凍るようだ
「…シールド」
遠くで、他のクラスの人達がざわめき出す、まさに見世物だが
…まぁ関係ないですわね
「いい?…じゃあ、吠えろ」
ワォォオオンと黒い犬が吠える
地面にヒビがはいりバキィと音がする
これはまるで嵐の中に身を投げ出したようだ
全力で踏ん張り、耐えるメシア
気を抜けば吹き飛ばされるレベルだ
実際吹き飛ばされている人もいる
「…メシア、見える?
こう…さ、全部吹き飛ばすのっていいよね」
術者には効かないのか吹き荒れる嵐のような中、ドロシーがメシアの前に立つ
振り向いて、スカッとした笑顔をみせる
のほほんとした内容に思わず笑みが浮かぶ
わたくしの盾は受け続けるほどに耐えるのが楽になっていた
順応…でしょうか
「メシアは強いね、立ち上がってくれて嬉しいよ、こんな所で腐らせるのは勿体ない、貰ってもいいよね?」
そんなことをいいながら、クラスの人たちを吹き飛ばし、教室で見ていた人たちすら気絶させるドロシー
メシアは強いのはどちらか…と思うが
「…えぇ、ぜひ貰ってくださいまし」
「じゃあ行こっか、こく…黒丸だっけ?」
黒い嵐が止む
ガウッとドロシーの横に伏せる黒い犬
ドロシーは跨り、メシアに手を伸ばす
「ほら、乗って、もう行っちゃうよ」
「はいっ」
引っ張られ、黒い犬に跨る二人
黒い犬はそのまま走り去ってしまったという
◇
「ドロシーかっこいいなぁ」
夕日が沈む様子を眺めるメリッサとメシア
「ちなみに後日談として聞いた話が長々とこの紙にまとめられてますわ」
「えっとなになに?」
元から授業もテストも興味なく、遊撃隊のメンバー勧誘だった
部隊長セーラが一枚かんでる
黒いワンちゃんのせいでその日は休校、校舎にヒビ、数日に及ぶ影響を与えた
両親は部隊長セーラが手回しした(らしい?
ドロシー、ワンちゃんのドールメイク制限
学生服は残ってる
「おー…裏もあるのか、そのうち読むよ…」
「今となればいい思い出ですわ、結果としてここにいられるからですけれど」
「…ドロシー、そんなにしゃっきりしてるイメージ無いんだけど」
メリッサがふと思ったことを口に出す
「そうですわね、なんでも、魔力の循環機能がどうにかしてると本人は言っておりましたけれど…」
日が沈みオレンジの光が完全に消える
あたりが急に暗くなったように感じられる
「…それって病気なんじゃ」
「わたくしもそう思いましたわ、元天帝として回復魔法も専門ですもの、治療は未熟でも簡単に見ることは出来ますわ…
分かったのは常に体の魔力が不足していること、ドールメイクをする、魔力を使う時だけ満たされる、しゃっきりしてるのも頷けますわね
そして、直ぐに寝てしまうのにも繋がりますわ」
「…聞いた事あるよ、おとぎ話だけど、耳の聞こえない魔力欠乏の英雄の話、最後は、ちょっとしたダメージで、自然回復することなく死んだって」
「わたくしもそれと同じものを考えていますわ」
窓から見える街が賑わい始める
あかりが灯り
遠くの喧騒が聞こえる
二人は静かに紅茶を飲む
「ふあー」
そんな気の抜けるような声を出しながらドロシーがお風呂場から出てくる、タオル一枚で体からまだ湯気が出ている
先程まで部屋で何かしらしていただろう結果
カラフルな薬品を頭から被りながら寝ていたのをメリッサに発見された
メリッサの部屋に風呂場、シャワーを浴びる機能はないのでメシアの部屋に運ばれたのだ
「いきかえったぁ」
爽やかな笑顔を二人にみせるドロシー
どうにも子供のような仕草が抜けないその様子に二人が近寄る
「体を拭きながら歩かないでくださいまし」
「髪乾かしてないじゃん、ほら戻って戻って」
「おぁ、おおぅ…なんかやさしー」
メリッサとメシアが顔を合わせる
「ふふっ」
「そりゃ仲間だもん」
グイグイと戻されるドロシーはどうしてか機嫌のいい二人に流されるまま風呂場の横の洗面台に戻っていく
遊撃隊の三人は今日も平和な一日を過ごしたようです
次回26日