メシアの過去
言い伝えで帝なる者が存在していたという
しかし書物には残っておらずほとんどの人の記憶にも消えていた
しかし、その直接の家系の人物は記憶に残っていて、その声は
「元領主達は帝という位を与えられていた」と記録されるに至った
メシアの経験はその記憶から消えるというものを色濃く受けた経験だった
裕福な家庭や貴族のような人しか通うことの出来ない学校にメシアも通っていた
肩書きも強く、帝の名を冠する天帝、領主の娘というのは周りから注目されるほどの名前だった
しかし…
それは唐突だった
朝、目が覚めた時に、違和感があったという
今まで自然に使っていた魔法が無意識に使えない
それは周りもそうだったらしいが
自身も、メシアの家族ですら
「天帝アーク=メシア」という名前を口に出せなかったという
頭の中では分かるのに、わかっているのに、字に残すことも出来たというのに、口に出すことは出来なかったという
まるで呪いのように
その日も違和感を覚えながらも学校に通った
そして、やはり誰もメシアの肩書きを覚えていなかった
それは浮き彫りとなり、周りは不信の目を向けた
そこからはメシアにとって地獄のような学校生活となっていた
周りからは陰湿な嫌がらせを受け、物がなくなることも少なくない
積極的な仲間はずれをされ何かあれば疑いの目を向けてくる
成績という結果を出しても努力は不正と疑われ
先生たちは形式上でしか取り扱ってくれなかった
口調から好みまで否定され続ける日々
それでもあと半年で卒業と、それだけをココロの支えに
気を抜けば押しつぶされそうな日々を過ごしていた
転機が訪れたのはそんな日々を過ごしていた日
卒業後にも影響が出るといわれている対人形式の実力テストがもう少しと迫った日だった
今朝も、いつも通りに水をかけられ、教室につく
どうせ椅子と机の距離を物理的に離されているのだろうと気を重くしながら扉を開ける
周りから一瞬注目を浴びる、いつもなら悪口の一つや二つとんでくるが、今日は何も言われなかった
教室の中心で人だかりが出来ている
メシアは遠目に見ながら自分の席に向かう、見たところ何もされていない
とするとまた、花瓶を割ったのはメシアと言いがかりを付けられるのだろうか
などと考えていたが中心はキャイキャイと盛り上がっていた
離れて聞く感じ留学生が来たらしい
去年もいたが、実力テストの目的だけに来たようだ
数日前から学校に通い、クラスからテストの日のパートナーを探すらしい
テストは二人組の為、息の合う人が大事なのだ
メシアは人数的にあまりの人と組めるだろうと思っていた為に留学生は大きな誤算となった
一人の時は先生と組むという形式上、一人でテストに望まなければならない
「…サボれないかな」
髪色すら否定され
嫌がらせのせいでくすんだ元金髪をいじりながらホームルームまで過ごす
「ぁ…えと…ドロシー…です、よろしく…ね」
くせっ毛なねずみ色の髪をいじりながら自己紹介をする留学生
身長が低く、さっきの人だかりでは見えないわけだ、なんて思っていた
「という訳でみんなも聞いたかもしれないが、今日から実力テストまでの数日、留学生としてみんなと過ごすことになりました、仲良くしてあげてくださいね」
はーい、やらかわいい、やらが飛び交う
「えっとさっきは真ん中に座ってたけどそこは他の子の席だから…」
先生と目が合い、先生すら言葉が詰まる
あぁ、私の隣か、まるで助けを呼べないように隣がいない席に配置した先生…というかクラス委員のせいだよ…
「そこ…ね、机はこれで、いい?」
留学生が前で余っている、チョークの粉のかかった机を魔法で浮かせる
「…あ、ああ」
周りの生徒も何も言わない
クラス委員の二人が物凄く睨んでくるのに腹が立つ
ガタンと机を置き、椅子に座る留学生…ドロシー
ちっちゃ…
「えと、よろしくね」
私に話しかけたのだろう、正直なところ家族以外に話しかけられたのすら久しぶり、だなんて感想が先に出てしまった
「よっろしくね!ドロシーちゃん!俺、前の席の…」
え?あ、うん…とドロシーが前の男子に持ってかれる
…いや、さすがに戸惑って反応できなかった私が悪いか
はぁ…
授業でもドロシーが教科書を見せてと言う度に前の男子が俺のを貸すよ!と割り込み、最後には私の席に割り込んで机を引っ張ってくる始末だった
…別に、私のボロボロの教科書を見るよりかマシだろうけどさ
その日の授業も終わり、私はクラス委員の二人に呼ばれた
今日はみんないいとこ見せようと私に嫌がらせが少なかったからいい日だったのに…なぁ…
ちなみに明日からは先生が教科書を用意してくるらしい
明日からは陰湿なゴミとばしを覚悟しよう…
「で?俺になんか言うことないわけ?」
クラス委員の二人と一緒にいるのは前の席の男子
…たぶん、クラスは総じて敵としか見ていない
「…えっと?ありがとう?」
「ごーざーいーまーすーでしょ?なんなのその態度?調子乗ってんの?」
クラス委員の片方の女が割り込んできた
やっぱりそういう事か
「まぁ?お前のおかげでドロシーちゃんと喋れたし肩とかぶつかっちゃったりしちゃったから?許してあげなくてもいいけど?」
「ドロシーと喋らなかったのだけは褒めてやるよ、喋ったら平民がうつるからな」
もう片方の男のクラス委員が意味不明な原理を言い出す
「やー!ドロシーちゃんと組むのは俺かなー!そんで息を合わせるためにあんなことやそんなこと…」
なんだコイツキモイぞ…
「それはねーから」
「ないわ、今日はグッジョブだったけど」
クラス委員の二人がツッコミをいれる
「…カモフラージュ」
三人の目線が逸れた瞬間に光魔法の姿を消す、隠す魔法を唱える
ディスペルされる前に逃げないと
全力で扉まで走る
ガラッと大きな音が立ち廊下を走り出す
「あっ!?あいつ逃げやがった!」
「追うぞ!」
「私はディスペルの準備するわ」
三人の声が聞こえる
クラス委員の女の直線上の廊下はカモフラージュがディスペルされるから早く角を曲がりたいところだ…
角を曲がると先生から渡されたであろう教科書を持ったドロシーがいた
「わっ!?」
「むぁ?」
避けきれずにドロシーにぶつかる
「リファインシールド」
咄嗟に魔法を展開する
リファインシールド、リファインをつけた魔法は予め決めておいた魔法を一言で出すための限定的な魔法だ
今は対象だけを保護するシールドにしている
普段は水がかかる時に服にかけることで濡れるのを防いだりしている
普通はファイヤボールを回転させたりする用途なので気付くひとは少ないが、リファインシールドなどの対象を決めるやつだと、多少好きなように動かせる
舞った教科書をリファインシールドで選ぶことで私の操作下に置く、ドロシーが怪我しないように私が下になり、教科書も無事に床に置く
「あいっつぅ…」
「へぶ……お?」
私は思いっきり頭を壁にぶつけたがドロシーは何とも無さそうだ、目をしっかり瞑る様子はどこか可愛かった
「ごめん、ちょっと急いでるから」
カモフラージュを解いていれば、もしかしたらペアに選んでくれる候補になれたかもしれなかったのに
なんて考えながら走っていく
「…おー」
座り込んだドロシーは後からやってきた三人と会うことになってたり
◇
家に帰る、家族も周りからの視線が厳しく家の空気はあまり良くない
私は直ぐに部屋にこもり、光魔法、シールドの制度を高めることにする
最近は授業中に投げてくるゴミを小さいシールドを展開することで勢いをころす…為の練習だ
光魔法のシールドは嫌がらせの被害を減らす過程で練度と制度が物凄く上がっている
かつての光帝が光魔法の攻撃なら、天帝は守りだ、元から適性が高かったのだろう
…この思考を巡らすといつも思うのは私と似たような境遇に落ちたであろう元帝達だ
…食事の時間だ、時間通りに顔を合わせて家族で食事をとる、雰囲気は最悪だが、顔を合わせないといよいよ何かあったのでは、と母が引きこもった時に暗黙の了解でそうなった
会話が弾むことはなく、部屋に戻る
この時期は留学生の関係上授業も遅くなる
「はぁ…つらい…」
気持ちが滅入り寝ることにする、考え直しはしたが家出も引きこもるのも一度消えた肩書きが戻らない以上問題の先送りにしかならない
停滞するくらいなら寝て時間を過ごす
どうしようもない涙が今日も溢れた
学校に向かう
また知らない人が前方を歩いている
そのおかげか水をかけられなくて済んだ
外聞良くしようと必死なのだろう、ご苦労さまなこった
教室に入るといくつか舌打ちが聞こえる
私の机は何もされていない、ドロシーは机に突っ伏してすやすやと寝ていた
小声で聞く限り時間が分からず早くに来て一人で寝ていたらしい
そこも可愛いんだとか
私の机は何人かに居座られているので教室の隅で時間が来るのを待つことにする
起こさない程度の声量で近くに来てわざわざ喋っているようだ
ペアに選ばれるためにアピールした方がいいのだろうか
…いや、昨日の時点で喋りかけようとはせずに自分の机、ドロシーの近くに行っただけで急な話題転換が起きて視線が私から遠ざかっていた気がする
あからさますぎる、露骨だ…
今日は実技の授業がある
運動と魔法
魔法有の球技かつ、今日はチーム戦
魔力と力を込めた球が私に真っ直ぐにとんでくる
それを私のチームが魔法で調整する連携だ、逃れるすべはない
もはやいつも通りだが、シールドを受ける瞬間だけ展開する
シールドがバレのは生意気と後からうるさいのだ
衝撃までは抑えることが出来ずに弾かれ、後ろにとばされる
私が床に転がるのをみて周りは楽しんでいるようだ
昨日からの憂さ晴らしか今日は一段と球が鋭かった
…打撲レベルとは、いっつぅ…
実技が終わりお昼となった、いつも通り中庭の木の影の壊れたベンチに着く、購買に近寄ることも出来ず、いつもお弁当を作っている
今日は先客がいた
「…ドロシー?」
私は人通りが少ないところを通るため真っ直ぐ来れるドロシーが先にいるのは不思議ではない…じゃなくて
「どうしてこんな所に?」
周りから見られる場所ではないが…
「…メシア、こそ、どうしてこんな所に?」
何か音をつけるならホニャンというような柔らかい雰囲気
ドロシーが偶然ここに来るとは思えない、人目を気にする手紙などはそういう用の個室があるのだ
なら、つまり
私はひとつの結論をだす
「…笑いに来たの?」
その結論にたどり着いてしまった時、私の目から涙が溢れてきた
たったの一日と半日、初めて出会った人にすら、私はバカにされないといけないのかと、卒業すればまだやり直せる、肩書きの関係ないところでなら大丈夫とは私の妄想だったのかと
「私はこんな苦しい思いをこれからずっとしないといけないの!?なんでっ!なんで!?」
ドロシーに言ってもしょうがないのに
自分の感情を叩きつけるだけの叫び
答えなんて返ってこない、どうしようも無い問い
「それ、本気?」
その声は怒っていた、背筋が凍るような声だった、膝が笑い、気を抜けば倒れてしまうような、そんな声だった
ドロシーを見るのが怖くて俯く
たった一日と半日で見たイメージとは全く違う、想像もできない、なぜ怒っているの?なにが悪かったのか、直せば許してくれるのか、膝をつき、体が、震える
「私たちは何十年も耐えてきたのに…」
小さな呟きが聞こえる
何を言ってるのか分からなかった
地面をみているはずなのに
ただ、まるで動いたら殺されるような雰囲気…
だった、急に、そう、例えるなら
まるで私になんて興味が無くなったかのような
「天帝は、根っこから負け犬なの?」
その言葉は私の何かが壊された言葉だった
呆然とする、ドロシーはそう言うと私の横を通り過ぎていく、何か言わないと、怖くても
前を向かないと
「そ…そんなこと、ありませんわ」
単なる強がりに聞こえてしまっただろうか、無理やりに張り上げた声で、震えたままの声
体制は変わらないまま、体は震えたまま、涙を流したまま
それでもかつての口調でスっと出た
「そ、よかった、あなたを待ってる」
そう言うとドロシーは中庭から立ち去った
待ってるとはどういう事か、どうして帝の、天帝のことを知っているのか、否、覚えているのか
負け犬とは、やはり、私の答えが怒らせたというのだろうか、よかったとは…
私は答えの返ってこない問を投げるだけでお昼の時間を過ごしてしまった
続きます
次回22日