メリッサ
流れ星が好きだった
一瞬しか姿を見せない光が、周りの子には見られなかった光が、私だけの特別のように思えた
そんな光が好きだった
孤児院の2階の崩れた屋根から見える星空からいつも流れ星を探していた
私だけの特別を探して
◇
「ごめんね…ごめんね、メリッサ」
「ううん、いいの、マザー、私ももう10歳だよ、お姉さんだから」
この孤児院はとてもとても貧乏だ
屋根は崩れたまんまだし、食事も食べれない日の方が多い
それでも読み書きを教えてくれたし、魔法の勉強もさせてくれた
9歳になった時に、全部「売り物」として売れるようにだって教えて貰った
この孤児院は10歳になった子を売って運営しているんだ
それを知ってもマザーを恨むことは無かった
孤児院がなければとうに私は死んでいたから
「マザー…」
マザーの泣き顔は見たくなかった、いつも微笑んで、優しくしてくれたマザー
いつもと違う物に気がついた
「…?マザーのそのネックレス綺麗だね」
まるで星空のよう
「…?あぁ、これ?うん…そうね、祝福を与えないとね」
そう言ってネックレスを握ってお祈りしてくれるマザー
やっぱり、泣いていた
祝福の宝石らしい、孤児院に幸せが、と願いの込められた特別なネックレスらしい
「じゃあ、行ってくるね」
胡散臭い男の人が孤児院に来た、その人に連れられて、馬車に乗せられる
「孤児院には良くしてもらってるからな、さっさと出るぞ」
バタンと扉が閉じた
そして、すぐ気づく
「…さいあくだ」
馬車が動き出す
外から鍵がかかって扉はあかなかった
覗き穴から見える外、孤児院が遠くなっていった
売られるとは知っていたけど、教えられてたのよりさいあくだ
奴隷までは知っていたけど
いい所の下働きと聞かされていた
そんなうまい話、あるわけないか…
他の乗り合わせの奴隷たちは目が死んでる
どう良く見積っても、そういう相手か死んでもいい駒か、なんにせよ、絶望か
他の場所で止まったのだろう、扉が開く瞬間に飛び出した
思いっきり殴られて、首輪を付けられて投げられた
「あそこの孤児院のやつはいつも元気だな」
ギャハハと笑いながら、声が遠のいていった
…いつも、か
意識は暗く沈んでいった
◇
10歳になると能力、とか魔法、とか呼ばれる力をさずけられると聞かされてきた
使えるかどうかは別で、能力持ちでさえいれば値段が上がるのだ
希少であれば更に
私も名前だけは教えて貰った
「霊能力」
使い方もやり方もわからない
ただ、希少なだけ
シンプルな魔法使いだったら教えられてきてたから分かるのに
…あ、教えられてきたんだからさずけられる前から使えるか
死にたくないなぁ…まだ、生きていたいなぁ…
さずけられる、といってもせいぜい名前が判明するだけか、急に強くなるような、少しだけ幼かった頃の時の夢が壊れたよ…
ザァザァと雨の音が聞こえてきた
どうやら寝ていたみたい
誰かの…いや、私を殴ったやつの叫び声が聞こえる
…逃げるチャンス?
起きないと
ガバッと身を起こす、ガチャんと首の鎖が音を出す、苦しかった
薄暗い馬車の中、8人位の私と同じ首輪や腕輪をした子供たちがいる
みんな、どこでもないとこを見つめている
ガルゥゥゥッ!!
魔物の声だ、近い…いや、追いかけてきている?
ガラガラと馬車の音
ザァザァと雨の音
ノシノシと走る音、馬ではない、魔物だ、相当でかいか?
集中しろ、暗闇から得られる情報は少ない、首輪のせいで覗き穴も届かない
音を聞け…
生きるんだ
はぁはぁと、息遣い、獣…足音から四足歩行
犬系、足音より重さ、大きさからして狼か?
人の悲鳴
っちぃ!奴隷商め、叫ぶなよ…!
ガシャンと音、馬車が弾む
バキリと音、衝撃
馬車の木箱のようなテント部分が落ちたのだろう
つまりは私たちのいる荷台部分が襲われた
馬車の壁に穴が空く
暗闇に、光
チャンス…!?
ビンっと首輪が邪魔をする
「ぐふっ…」
首輪を何とかしないと…
「ヒギャァァア!」
奴隷商の叫び声
穴から見える外は土と、木…森か?
動いてないのと車輪分の高さもない、地面に投げ出された状態だろう
…この穴、爪の跡だ!?
相当でかい、やばい魔物だ
ガチャガチャと首輪の鎖を引っ張る
やばいやばいやばい
この馬車は魔物にとって餌箱に過ぎない、死ぬ、しぬ!
グルルゥ、と声が聞こえてきた
…奴隷商の声は聞こえない
次は私たちだ
そういう事だろう
ガチャガチャと音を立てるのを止めた
足音が止まり、穴からそれが顔を出した
奴隷商の頭
を咥えたままの狼の頭だ
「ひぅっ…」
小さく悲鳴をあげながら1人の奴隷が立ち上がった
「グアァッ」
バキバキと馬車が爪で破壊されながら、その立ち上がった奴隷は肉塊へと姿を変えた
馬車は壊された、壊れた衝撃で飛び散るように距離が開いた
鎖と木の板付きだけど、動けるようになった
しかし、体は動かない
動いたら血のシミになる気がして
はっはっはっ…
呼吸音が大きく聞こえる、うるさい
少しでもこの狼の機嫌を損ねてみろ、それはイコール死だ
ザァザァと雨は降り続け、体が震え始める
狼は私達を品定めをするように見る
次…次だ、この化け物が次に誰かを殺した瞬間、その瞬間に走るしかない
待ってても殺される、逃げても殺される
でも、わずかでも光のある方に…!
ガウ、という声と共に狼の目の前にいた少年が命を落とした
その前足が、その爪が振り下ろされ、潰れ、弾けた
同時に、走り出す、背を向けて、全力で走る
私と、もう1人
「…!?」
会話をする余裕なんてない
ただ、互いに驚きあう程度だ
ははっ、なんて気が合う女だろうか
狼が動き出した、ズシリと重い足音
私たちに向けて
もう1人の女は枷がなかった、いや、あったのだろうけど、上手く取り払ったのだろう、腕が赤い
私は女より、遅れた、いや、首輪から垂れる鎖と板が邪魔だったのだ
位置的に、私の前を女が走っていることになる
狼はたったの数歩で私の横に並んだ
いや、その巨躯は私たちに並んでいた
女の足が止まった
私を見て、振り返った
何か、呟いている
私は止まれない
私たちの一歩は互いの距離を埋め、間近となった
そのまま
すれ違いになる
女は私の鎖を引っ張った
「ーーーー!」
「がハッ!?」
目の前の狼の顔が消えて、ねずみ色の空が一面に移る
聞きなれない言葉が聞こえた、魔法なのだろうけど…苦しいっ
その瞬間、空を見ながら、上から紫の液体が、下から爪がすれ違う
飛び散った紫の液体は私の肌にもかかった
……あつい…あつい、あついあついあづい!「あづい!!」
肌が焼けるようだった、燃えるようだった、溶けるようだった
ベシャリと地面に背中を打つ
いたいいたいいたいいたい!!
「ギャゥワっ!」
いだい…狼も、声を荒らげた?
毒、女は毒の魔法を使った
手で払った紫の液体がじゅうじゅう音をたてている
手のひらが少しあつかった
何とか立ち上がる
女はクソだけど、毒は有効らしい、狼の爪が襲ってきてない、それを狼にも毒が効いてることにする
「おいっ」
立ち上がり、女を見る、ちらりと見えた狼は地面に顔を擦りつけていた
効いてる!もう1回!
女は頭が無くなっていた
「…ぇ」
すれ違いざまの爪にやられた…のだろう
あは…あはは、お前、
しんじゃいみないじゃん
女の体が膝を着いた、下げる頭はないが、無念そうだと感じた
「ぁは…は」
よろよろと女の体に近寄る
上手く体が動かない
感覚も薄れていく
「お前の毒、凄いなぁ…」
あっちに行ったら、褒めてやろう
名前も知らないし、顔もよく覚えてないけど
女の体を私の体の支えにする
毒が沢山かかったのだろう足はもう感覚が消えてしまった
「ゴワァァア!!」
死神が動き出した
ノシリノシリと
目の前で、私を見下ろしてくる
目は、霞んできたけれど…
「私も、魔法、使いたかったなぁ」
ブシャァ
狼の頭が、ドロドロと溶け始めていた
女の腕が上がり、狼に向けて、毒を放っていた
私が、『女の毒の使い方、外からの使わせ方を知っている私が』毒を撃たせたと本能的に分かった
霊能力…?一瞬、私に女が入ったような気がした、直ぐに消えてしまったが、その一瞬で頭のない女の腕を上げさせ、女の脇腹を『私の体が女の意思で』殴っていたのだ
「ギャゥバァ…グァア…」
ボトリ
何が落ちたか、私の目はかすみ、いや、潰れて見えていなかった
それでも、狼の声は聞こえなくなっていた
続きます
8日に予定です