第七話 ステ振りした機動隊より、拳一つの方が戦える
前回のあらすじ
高校では高橋がみんなをまとめていた。
日本中が、いや、世界中がパニックに陥っていた。地震は世界全土にわたり、そして同時刻の全く同じタイミングに昼夜問わず世界に魔物が出現し、場所によってはダンジョンに飲み込まれるケースも発生した。
あらゆる通信が不能になり、ライフラインも尽く蹂躙されていく。
それは日本においても例外ではない。走る地下鉄は壁を突き破って出現した巨大な土竜によって破壊され、海を渡るフェリーはサメやイカ型の魔物に襲われた。
そして――西の東京と呼ばれるこの地でも緊急出動した機動隊員と魔物との間で熾烈な戦いが繰り広げられていた。
「隊長! 第八機動部隊、ぜ、全滅です! 全滅しました!」
「くそ! 本部からの応援はまだか!」
「わかりませんよそんなの! インターネットどころか電話も無線も使えなくなってるんですから!」
「くそ! なんなんだよあの化物! 銃弾は弾き返すわ、こっちの盾はベニヤ板みたいに叩き折られるわ!」
「隊長! 頭に何かメッセージが、念話をスキルで取った者がいる模様! ジョブを選んで至急ステ振りとやらをした方がいいと……」
「マジかよ。こんな怪しいもの従うほうがどうかしてるぜ」
「しかし、このままでは、し、死んでしまいます!」
「くそ! 仕方ねぇ。全滅よりはマシだ! 生存者に伝令! いますぐステ振りとやらをしろ! 全員だ!」
こうして生き残った者は言われたとおりジョブを選びステータスを振り分けていく。尤も言われる前に既に終わっているものもいて魔物相手に成果を上げているのもいた。
「ウォオオォオォオオォオオ!」
ステ振りを終え、隊長が雄叫びを上げると周囲の魔物が戸惑い動きを止めた。その隙に一気に距離を詰め警棒を強化して次々に叩き潰していく。
「へへ、どうやら俺のジョブは他の連中と一味違うようだな。これも経験の差ってやつかね?」
ニヤリと口角を吊り上げ隊長が言う。彼が手に入れたジョブはバーバリアンだった。戦闘系の上位に当たるジョブである。多くの人間はファイターなど基本的なジョブから選ぶことが多い。
だが隊長の言うように経験なのが適正なのか、とにかく中にはいきなり上位に当たるジョブやユニークといった特殊なジョブを授かるものもいた。
バーバリアンは雄叫びという戦闘スキルがある。これは叫ぶことで相手を威嚇し一時的に動きを止めることが出来る。スキルのLVを上げさえすれば直接攻撃手段にもなり得るスキルだ。尤もあまりに実力がかけ離れている場合などは通じないこともあるようだが。
そして手に入れてしまえば効果が常時持続するいわゆるパッシブスキルの武器強化、更に気合の一撃は一発の威力を上げる任意発動型つまりアクティブスキルである。
これらを駆使して隊長が次々と群がる魔物を蹴散らしていった。最初はステータスに頼ることを渋っていた隊長も、今ではすっかりステータスの虜だ。
「よっしゃ! レベルが上った! これでまたスキルのLVが上がる。そろそろ新しいスキルを覚えただろうか?」
初めてゲームをプレイする子どものような顔でステータス画面を眺める。世界が危機的状況にも関わらずむしろ彼はワクワクしているようですらあった。
「さぁ、この調子でどんどん魔物を倒してLVを……」
――ズドォオオオォオォオオン!
隊長が次なる獲物を探していたその時、何かが視界を横切りかと思えば轟音が辺り一帯に響き渡った。
「な、なんだ?」
隊長は視界を横切ったそれの後を目で追う。そして、ヒッ、と情けない声を上げた。視界に収まったのはすっかりひき肉とかした部下たちの姿。それに跡形もなくなった駅ビルの姿。
だが、何より隊長の目は、巨大なその怪獣に釘付けとなる。
隊長の頭に先ずトリケラトプスという恐竜の姿が思い浮かんだ。だが、その化物は巨大な角だけではなく、背中に鋭い棘を何本も生やしていた。
何より圧倒的な巨大さ。そして突撃力。まるでロケットエンジンを積んだ鋼鉄の機関車のようだ。
この化物の通った後には轢き潰された車と人々の骸。あまりのことに、脚が震えた。ステ振りを行い調子に乗っていた自分を悔やんだ。
ある程度魔物を撃退したらとっとと撤退すべきだったのだ。この状況なら隊員の生存を優先させたところで誰も文句など言ってくるわけがない。
だが、ついつい熱くなってしまいその判断を怠った。化物は器用に大きな体を旋回させ、隊長にその雄々しい角を向けてきた。
(あ、駄目だこりゃ死ぬわ)
その巨体の突撃によって残された惨状。そこに彼我の実力差を見た。逃げるという手もあったがあの速さで来られたらいくらLVを上げていたと言っても逃げ切れるわけがない。
今の隊長のLVは8だが、目の前の化物は20や30は軽くありそうだ。まともに戦ったところでとても敵う相手じゃない。
「ずいぶんとデカいな。これも魔物というやつか」
「……え?」
その時だった、隊長の男から10数メートル離れた位置に一人の少年が姿をみせた。
驚いたのは、彼が近づいてきた気配を全く感じなかったことだ。これでも機動隊の隊長を任されてきた男だ。修羅場も数多く経験し乗り越えてきたと自負している。
そんな彼が全く気配を感じなかった。そのことに先ず驚いたが、とはいえ、相手はあの化物。突如現れた少年は見たところ学生服でこれといった武器も持っていない。
「何している! すぐに逃げろ! 殺されるぞ!」
そこでつい叫んでしまったのは、警察の機動隊員としての使命感からだったのかもしれない。
だが、少年は聞いているのか聞いていないのか、とにかく隊長の台詞には特に耳を貸す様子もなく。
「かかってくるならこい。相手してやる」
なんとあの化物へ挑発の言葉をぶつけたのだ。魔物が人間の言葉を理解しているのかは定かではないが、魔物の意識が隊長から少年に向いた。
「ブウウウォオオォオオォオ!」
そして角を少年に向けて突撃。巨体が地面を凄まじい勢いで蹴り続け、動きに合わせるように地面が激しく揺れた。土煙が上がり、少年との距離はあっという間に0になる。
まさに暴走する機関車だ。これでは武器も防具も持たない少年の運命など決まったも同然――そう思ったその時、衝撃の波が隊長の全身を飲み込み通り過ぎていった。視界には横切ったばかりの巨大な影がすぐさま逆方向に通り過ぎていく様と、重なる轟音。土砂が噴水のように立ち上り、粉々だった駅ビルの瓦礫がその場から消滅した。
「……は?」
隊長は何がなんだか判らないといった様子だ。ただ一つだけ言えるのは今まで恐怖を覚えていた化物がただの肉片とかしてそこらに散らばっていたという事実だ。
「なんだ見た目だけか。つまらないな――」
そして少年は独り言ち、踵を返し立ち去ろうとする。あまりのことに言葉を失いかけたが、慌てて隊長は少年を呼び止める。
「ま、待ってくれ! あんた、一体どれほどのジョブとスキルを手に入れたら、こんな真似が出来るんだ!」
思わず問うていた。隊長は、きっとこの少年はかなりのLV上げをしていて、ジョブもスキルも自分たちでは考えられないような恵まれた物を得たのだろうとそう判断した。
「――そんなもの何も手に入れちゃいない。それにステータスなんてものは最初に破壊した」
「は、はは、破壊ぃいいぃいいいいいい!?」
驚嘆し、口をあんぐりとあけて佇む隊長へ、ご武運をとだけ言い残し少年は去っていった。
隊長はただその後姿を見送り続けることしか出来なかった。
◇◆◇
「おまたせしたな。とりあえず、これで車を取りに行く弊害はいなくなった。しかし、駅ビルはめちゃくちゃだし、今後何か問題があったときでも電車の使用はやめておいた方が無難かもな」
「え~と……」
京介と一旦行動をともにしていた加奈子が目を点にして戸惑っていた。
勿論京介の非常識な強さを目にしたのは今に始まったことではない。オーガブロスを軽く撃退し橋を渡ってここまできたのだ。
だが、そこで駅ビルに突っ込むあの化物を見た。あれはこれまで見た魔物とは違うと本能的に感じ取った。
当然加奈子も陽子も怖がってしまい駐車場まで取りに行くどころでもなかったので、なら先にあれを排除してくるといって京介が動いたのである。
この行為を危険だと一度は止めた加奈子だが、問題ない、とあまりに自信ありげに言ってきたため、ついついいかせてしまった。
その結果――本当に一撃(といっても母娘には何が起きたのか全く理解できなかったが)で片付けてしまった。
その強さが圧巻すぎて言葉も出なかった加奈子だが。
「お、お兄ちゃんすご~~~~い! テレビに出てくるスーパーヒーローみたーい!」
「うん? そうかな? そこまでのことでもないと思うが」
「ううん、絶対凄いよ! むしろテレビより凄いよ! お兄ちゃん一体何者なの?」
「何者と言われてもな。ちょっと武道を嗜んだだけの普通の高校生だ」
ちょっと武道を嗜んだだけで、普通の高校生がこんなに強いのかしらと思わないでもなかったが。
「そうか京介さんは武道を嗜んでますものね。それなら、これぐらいは、え~と、うん、きっとありえるのね」
結局そういうものだと加奈子は納得することにした。大体よく考えてみたら映画で格闘家が巨大怪獣を倒すなんて日常茶飯事なことであり、珍しくもないことなんだろうと勝手に納得した。
加奈子は娘が魔物に連れ去られそうになった時こそ流石に慌てふためいたが、本来はおっとりとした性格であり細かいことは気にしないのである。
「それじゃあ、車を取りに行くとしますか」
「あ、はい! そこの建物の地下なので――」
そして京介達は車を取りにビルの地下へ向かうのだった。
◇◆◇
「たくよぉ、一体どうなっちまうんだよ俺たち」
「そうは言ってもなぁ。この駐車場もやたら魔物ってのが多いしな」
「エレベーターは動かねぇし。かといって階段にはとんでもねぇのが嫌がるしな」
「この辺りの勝てそうな魔物や人間は狩っちまったもんなぁ」
そんなことを話しているのが、いかにもガラが悪そうな若者たちだった。彼らは車上ねらいのため駐車場まで来ていた。いわゆる車上荒らしである。だが、そこで件の現象に遭遇した。
辺りに魔物が現れ最初こそ恐れもしたが、ジョブを決めステータスを振ることでなんとか生きながらえている。
「大体お前もあっさり殺し過ぎなんだよ。女はもう少し生かしておいても良かっただろうが」
「悪い悪いつい力が入っちまって。でも、それなりに楽しんだだろ?」
そんなことを話す彼らの周りには魔物だけではなく、人の死体も転がっていた。ほぼ裸に近い状態で倒れてる女性の姿もあったが、これまでの話しぶりから察するにやったのは彼らなのだろう。
「もうとっとと適当な車手に入れて出ようぜ」
「だけど、魔物に大分ぶっこわされてるしな」
「なら使えそうなの探そうぜ。もう遊べる相手もいないんだしよ」
「チッ、しゃあねぇな。あぁ、でもどっかに適当な魔物か人間でてくんねぇかな。ぶっ殺せばLV上がるし」
「出来ればいい女もな」
「んだんだ」
そして彼らは駐車場を徘徊し始める、理想の獲物を見つけるために――
悪人にステータスを持たせるとろくなことになりません。