第六話 私が生徒会長高橋
前回のあらすじ
京介がオーガブロスを倒した。
避難所にも指定されていたその高校では多数の魔物の出現によって生徒にも避難してきた人々にも多数の犠牲者が出ていた。
そんな中、先祖代々伝わる無音流抜刀術の使い手である刀乃 舞はステータスに頼ることなく己の力のみで魔物を倒し続けていた。
とは言え、スキルに頼る気など全くない気でいる舞だが、この先どうすべきかは考える必要がある。
これまでどおり学校に通い勉学に勤しみ並行して部活動や己の剣術に磨きをかける日々の鍛錬――この内、鍛錬だけは自分の気持ち次第なので今後も可能であろうが、残りに関しては厳しいと思わざるを得ない。
魔物が街中に溢れているし、脳内に流れ込んだメッセージをそのまま受け止めるなら地球規模でこの奇怪な現象が引き起こされていることになる。
世界中が同時にパニックに陥っている可能性が高く、下手な災害が霞むほどの危機に見舞われていると思って間違いないだろう。
インターネットも携帯電話も通じない現状では実際にどの程度の被害があるのか知るよしもないが、とにかく現状最も重要視すべきは生き残ることである。
「――舞! おい舞!」
「あ、すみません。ちょっと考え事をしてました」
先輩である面堂の声で思考の海から現実に引き戻される舞。そんな彼女を真剣な眼差しで見つめてきている面堂である。
「全く、お前もたまにぼ~っとしてる時があるよな」
「……ごめんなさい」
「うん、ま、いいや。それより、その舞……こんなときになんなんだけどさ。いや、むしろこんな時だからっていうの?」
「そうですね。確かにこんな時ですからあまり同じ場所にとどまるべきではないでしょう。とにかく、生き残った人を探しましょう」
舞に明らかに何かを言おうとしていた面堂であったが、舞はわりとマイペース?である。そもそも先輩の考えに気づいてすらいないようだが、スタスタと先へ進み始めた。
「ま、待てよ舞!」
「え?」
しかし、面堂によって手首を掴まれ、一旦足を止めた舞が振り返り、声を短く反応した。
「だ、だから、俺はお前を!」
「刀乃! 面堂! 生き残ってたのか。だったらそんなところでぼやぼやしてないでこっちに合流しろ! 死にたいのか!」
再度、舞に何かを伝えようとした面堂だったが、またもや邪魔が入り、くそ! と思わず声を漏らす。
「生徒会長の高橋くん……それに生存者も一緒なようですね。とりあえず合流しますか」
「あ、あぁ……」
視線を地面に這わせながら、力なく答える面堂。そして2人はそのまま高橋と合流した。高橋はこの学校の生徒会長を務めていた男子だ。
舞の中ではしっかりもののイメージがあるが、よくあの人、京介くんと揉めていたな、と思い出す。
京介は舞のクラスメートでもあり、舞が個人的によく知る人物でもあった。
武器と無手という差はあれど、舞のように武に精通しているものであればかなりの有名人だからである。
そして生徒会長と京介が揉める理由もそこにあった。京介は基本真面目に学業に取り組むタイプだが、試合と学業を天秤にかけた場合は試合を選ぶタイプでもあり、それで学校を休むこともあった。
といっても平日に出る試合などはそう多くはなく、出席日数的には問題なかったと思われるが、それでも高橋には気に入らない理由だったようであり、しかも京介はその理由もごまかすこと無く正直に話すタイプなので、それが高橋の機嫌を更に損ねる要因にもなっていた。
一方舞は京介とクラスメートであったが、席も離れていたし話す機会もそう多くはなかった。
ただ一度だけ、道場の代表として出た試合で勝利した時、どうやら何かの用事で来ていたらしい京介が近づいてきて、いい試合だった、と褒めてくれたことがあった。
舞はその時のことが妙に心に残っており、いまでも心が折れそうになった時、その時の京介の言葉を思い出し、励みにしていたりする。
「全くあんたは余計なときに……」
「は? 何を言ってるんだお前は。全くこの大変なときに。とにかく、生存者は一旦2年B組とC組の教室へ向かう! まだ損傷が少ないからな!」
魔物の襲撃によって校内の損傷は激しい。その中でまだ痛みが少ないのが舞や京介の過ごした2階の教室だったようだ。
「よし、みんなとりあえず適当に座ってくれ」
教壇には高橋が立ち全員に席に着くよう促した。一体どのような経緯でそうなったかはわからないが、いつの間にか高橋がこの中のまとめ役となっている。
教室はどうやったか舞には判断のしようがないが、2クラスを1クラスに纏められていた。クラスを隔てていた壁は取っ払われている。
壁を破壊したなどという単純なことではなく、元々一つだったかのような変化だ。
教室には全部で50人ほどが集まっていた。一見するとそれなりに生きのこったかのように思えるが、校内には生徒と教師合わせて800人ほどがいたはずであり、更に避難するためやってきた人もいる。
それらを考えると校内にいた人々は千人は超えていたと思われるが、その殆どが犠牲になったということになる。
「け、結構生存者がいるんだね」
「ばかいえ! たったこれっぽちだろうが。全くグラウンドにも廊下にも死体がゴロゴロ転がっていて臭くてたまったもんじゃないぜ」
「その点に関しては私もまことに残念に思う。私がもっと早く行動に移り、ステータスを振るよう呼びかけていれば、そう思うと非常に残念だ」
「生徒会長のせいじゃありませんよ。それにこの状況でステータスに頼るのを渋るほうがどうかしてる」
「違いねぇ。死にたがりの馬鹿が多くて困るねぇ」
「いや、千堂さん、あんたここの教師なんだろ? 先生がそんなこと言っていいものなのかね?」
「あん? この状況で生徒も教師もあるかよ。てかあんた誰だ?」
体育教師の千堂が生き残った一人を睨む。見たところ学校関係者ではないので、避難してきた人の一人なのだろう。
生き残ったのは何も生徒ばかりではない。教師や外から非難してきたと思われる大人の姿もちらほら確認できる。
とは言え、やはり犠牲者の数があまりに多い。ただ、舞はステータスに頼らなかったことが正しくなかったとは思いたくない。自分がステータスに頼らなかったからというわけではない。
ただ出処のはっきりとしていない力だ。しかも見る限り人類には過ぎた力だ。それを何の検証もないまま受け入れるというのは抵抗があって当然だと思える。
もしかしたら後に何かしらの代償を伴う恐れだって充分あるわけだし、そうなってからでは遅いだろう。
尤もだからといってステータスを受け入れた者を責める気もないし否定する気もないが。
「多くの犠牲者が出たのは確かだが、私たちに必要なことは犠牲者を悔いることではない、今生きることだ。そのためにも今ここに残った全員の協力は必要不可欠だと思う」
「……その生きることってのはわかるがな。なんでお前が仕切ってんだよ?」
ここで千堂から異論が出た。いつの間にかまとめ役となっていた高橋が気に入らないのかもしれない。生徒会長とはいえ相手は生徒で千堂は教師だ。今さっき生徒も教師も関係ないと口にしたばかりだが、やはり教師としてのプライドが許さないのだろう。
「それならやりたいやつがやればいい。ただ、私にはこれまでここで生徒会長をやってきたという自負がある。それに私のジョブはハンニバルだ。軍師系のユニークジョブで今この教室を陣地に指定しているのも私だ。そのおかげである程度魔物がよってくるのを防いでいる。指揮官系のジョブでもある。この条件より優れている者がいるというなら名乗り出るといい」
「……チッ」
しかし、高橋の話を聞いた後舌打ちし千堂はあっさりと身を引いた。他にも特に反対する声は無かった為、高橋は引き続き主導権を握り話を進めていく。
「一応確認だが、今ここにいる皆は既にジョブを取得済みってことでいいのだね? 一応ジョブ名も含めて確認しておきたい」
「あぁ、ジョブを取るのは当然だろ? だれだって死にたくない。だが、なぜそれを教える必要がある?」
「いきのこるためだ。此処から先、あの凶悪な魔物を相手するには全員の協力が不可欠。まして私は指揮官系のジョブだ。全員の能力を活かすためにもどんなジョブなのかスキルや魔法が使えるのかなどを知っておく必要がある。そしてだからこそ最初に自分のジョブを明かしたのだ。判ってもらえたかな? 千堂先生」
「……チッ、俺のジョブはウォリアーだ」
「俺と、こっちのも取ってます。俺がアーチャー、妻がシスターです」
「もちろん俺もだぜ。サムライだ!」
そして次々と高橋に答えていく。聞く限り舞を除いた全員がジョブを取りステ振りを終わらせている。
「最後は刀乃か。何のジョブか教えてもらっても?」
「私にはジョブがありません」
「……は?」
質問には素直に応じる舞。高橋のメガネが若干ずれた。指で直しながら「聞き間違いかな?」とつぶやき。
「もう一度だ。刀乃のジョブはなんだ?」
「ありません。私はジョブも取っていませんしステ振りというのもやっていません」
教室内がざわついた。舞以外の全員がステータスを弄っている状況だ。それゆえに何故? という思いが強いのだろう。
「あ、あはは! 冗談きついぜ舞。会長、舞は冗談を言ってるんですよ。だって俺みましたから。オークを彼女が竹刀で倒しているところを。そんなことジョブがないととても無理だし俺と同じサムライだよきっと」
面堂は軽く笑い飛ばし、舞について自分の考えを述べた。だが、会長の目は冷ややかであり。
「それは面堂が答えることじゃない。私は刀乃に聞いているんだ。それで、本当は何なんだ?」
「何度でもいいますが私はジョブを取っていません。皆さんがやっていることを否定するつもりはありませんが、私はこのステータスというものもジョブも信用していないんです。だからこのステータスを使って何かを得ようなどと考えていないのです」
「な、んだと? 馬鹿な。それなら君はジョブの恩恵も受けず、あのオークを倒したというのか?」
「そういうことになりますね」
信じられない物を見たような目を舞に向ける。そして視線を近くにいる女生徒に向け、頼む、と伝えた。
彼女は生徒会の書紀を務めていた生徒でもある。どこからともなく本が出てきて、書紀は舞を見ながら紙にペンを走らせるが――
「……LV1、ステータス値は全て0。ジョブもなし、確かに彼女の言うとおりです……」
書紀の回答に会長の高橋は驚愕した。通常魔物を倒すなど経験値に繋がる行為を繰り返すことでLVが上がるが、これまでの経緯でジョブがない状態ではそのLVも上がらないことが判っている。
ただし経験値そのものは蓄積されているようで、ジョブを得ない状態でも経験値が溜まっていればジョブを手に入れた後、その分だけLVが上がるといった現象も起きていた。
尤もジョブがなければ魔物とまともに戦えるはずがないというのが高橋やその他大勢が持つ共通認識であり、故にジョブもなくオークを倒したという舞が信じられないといったところなようだが――