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第五話 例えオーガブロスでも、その拳には耐えられそうにない

前回のあらすじ

橋の前にオーガがいるという話を聞いた。

※第一章の主人公たちは西の東京っぽいところにいます。こんな河原や川あったっけ?と思う方がいたらそれっぽいところと思ってください。

 日常が一瞬にして非日常へ変貌し、多くの人々は慌てふためき、様々な手段に出た。あるものはジョブを手に入れ悪事に走り、あるものは家族を守るために戦う。


 だが、その中でも尤もわかりやすいことはとりあえず逃げるという手段だ。そしてこういった時、これまでの経験に沿った動きをとってしまうものは多い。


 その川に掛けられた橋は、駅前に行くためには必ず渡る必要があった。そのため多くの人や車が橋へと集まった。


 だが、この変わりつつある世界はそのような考えの人間に辛辣だ。


 橋の前には2体の鬼が立ち、行く手を遮っていた。それはオーガブロスという魔物だった。食人鬼とも称される魔物、オーガの一種であり、常に兄弟で行動する。


「こ、こんなところで引き下がれるか!」

「こっちだってジョブを手に入れてるんだ。簡単にやられるかよ!」

「私達は魔法で援護するから、皆おねがい!」

「「「「「おお!」」」」」


 魔法系のジョブを手に入れた人々が魔法を行使すると電撃や炎がオーガブロスに降り注いでいった。更に支援系魔法を覚えたものが戦士系のジョブ持ちに強化魔法を施し、思い思いの武器を手にオーガブロスに立ち向かっていく。


「グオオォオォオ!」

「ゴァアアァアア!」


 兄弟のオーガブロスが同時に雄叫びを上げる。兄弟である2体は共鳴というスキルを保持していた。


 雄叫びは相手の足をすくませる効果のあるスキルだ。更にスキルのレベルが上がれば意識を失わせたり衝撃波を生むこともある。共鳴はこの雄叫びの効果を更に引き上げてしまう。 

  

 近くにいた人間たちの多くはその場で意識を失った。オーガブロスは恐らく敢えてそうした。衝撃波生み出すレベルでは吹き飛んでしまうからだ。だが、これであれば餌は近くに転がることになる。


 雄叫びに耐えきった物もいた。精神に多くステータスを振っていた人達だろう。だがそれが幸運だったかは微妙なところだ。


 なぜなら目の前でオーガブロスの食事タイムが始まったからだ。気絶した人々は食欲旺盛なその魔物によって生きたまま貪り食われてしまった。多くの人間は食われた瞬間に意識を取り戻し悲鳴を上げた。


「い、いやだぁ! 食われたくない、死にたくない、ひぎいいいぃい!」

「お願いしますおねがいしますおねがいしますおねが、い、いやぁああぁ!」


 それはまさに地獄絵図であり、その場に来ていた人間の多くはそこで戦意を喪失した。あまりに凄惨な光景に人目をはばからず嘔吐し地面を汚すものも多くいたし、狂ったように笑い続けるものもいた。とっくにその場から逃げ出した物もいる。


「どけぃお前ら! こういう時こそこれの出番だ!」


 そんな中、人々を押しのけ、熊のような男が躍り出た。毛皮のベストを羽織り、手には猟銃を携えている。


「銃? でも、そんなものが通用するのか?」

「俺はこれまでこのフランクスパム12で何頭もの熊を一撃で仕留めきた。しかもジョブにハンターを選んでいる。負ける理由がねぇ!」


 ハンターはハンティングに特化したジョブであり、スキルにも射撃術というものが存在する。射撃強化や爆化といったスキルもあるため猟師との相性は良い。

 

「今なら規制も関係ねぇ! 12ゲージの弾丸をまとめて打ち込んでやる!」


 セミオートモードにし、オーガブロスに狙いを定める。そして男は接近しながら引き金に力を込めた。


 ドン! ドン! ドン! と大砲のような音が断続的に響き渡り、9発の弾丸全てがオーガブロスに命中。小さな爆発も生じ一瞬だが2体の魔物が後方に仰け反る。


 だが――


「馬鹿な、倒れない、だと?」


 そう、倒れなかった。猟師の扱う散弾銃ですらオーガブロスに有効なダメージは与えなかった。

 弾丸が空になり、慌てて装填しようと試みるが、その隙を見逃すほどオーガブロスは甘くはなく。


 一発ずつしか装填出来ない構造も裏目に出たと言えるだろう。新しい弾丸を取り出し、銃に込めようとしたその時には頭が割れた西瓜のように粉々に飛び散っていた。オーガブロスは瓦礫を手で弄んでいた。


 飛び道具に対し飛び道具、つまり投擲でお返しする程度の知識はあったのである。


「どけどけどけいいいぃいい!」


 ハンターのジョブを持った猟師までやられ、残された人々の顔が恐怖に支配されるが、誰かの叫び声とクラクションの音に我に返り、全員が大きく道をあけた。


 そこへ暴走トラックが突っ切り、オーガブロスへ突っ込んでいく。車で強引に進もうと考えるものは他にもいたが、車ではオーガブロスはとても乗り越えられず、運転手ごと叩き潰されたが、今度は大型のトラックだ。


 流石にこれならば、と誰もが期待するが。


「「フンッ!」」


 オーガブロスは兄弟で揃って大型トラックの前に立ち、協力してトラックを受け止めてしまった。多少はオーガブロスの体が後ろに後ずさるが、わずか数十センチであり、そこまででピタリと動きは止まった。


「畜生! 畜生!」


 運転手がアクセルを全開まで踏み込むがタイヤは虚しく空回りするだけ。しかもオーガブロスはなんとトラックを2体で持ち上げてしまった。


「これは……ツープラトンブレンバスター……」


 誰かがそっと呟いた。オーガブロスにその知識があったとは思えないが、結果的にそのような見た目となりトラックが垂直状態まで持ち上がる。


 そして、オーガブロスは示し合わせたように同時にトラックを後ろに叩き落とし、その衝撃で大型トラックは爆発炎上した。


 この時点で残った人々には絶望しか無かった。戦う気力などとっくに消失し、ただ逃げることしか考えられなかった。


 戦った彼らのうち猟師の男の考えは悪くはなかった。だが、それでも決定的に足りてなかったのはLVだった。それはここにいるほぼ全員に言えることでもあった。


 異世界が地球に現れてから、まだそれほど時間が経っていない。そのためステータスを早い段階でとったものであっても、精々LV5に達していればいいといった状況である。


 勿論これは状況によってもことなり閉鎖された空間で大量の魔物を相手にしているような状況ならまた違うだろうが、少なくともここにいる人々はそうであった。


 一方オーガは通常種であってもLV15~18はあり、オーガブロスは更に高い。いま橋の前に鎮座するオーガブロスでLV22である。しかもオーガブロスは兄弟仁義というスキル持ちであり、兄弟で一緒に行動することでステータスはより上昇する。実質オーガブロスはLV25程度の力は有しているのである。


 それほどまでの相手にステータスを授かったばかりの人間が太刀打ちできるわけがない。このLVのオーガブロスを相手するなら集団で立ち向かうにしても最低でも平均LV15程度は欲しいところなのである。


 完全に見誤ったとしか言えない状況。これがゲームであれば全滅したところでやり直せばいい。だがこれは現実。死んでしまってはやり直しはきかない。


 人々は逃げた。恐らくそれが一番賢い選択だ。無理して戦ったところで死に急ぐだけなのは火を見るより明らかだ。


 だが、それもオーガブロスが許したらの話だ。現実はそう甘くはなかった。オーガブロスが雄叫びを上げた。


 それだけで逃げようとした人々は腰が抜け、バタバタと倒れていった。

 しかも、今度は意識まで奪われていない。ただ、体が動かないという状況。その状態で、食われるのを待つ。


 恐怖に耐えきれず自ら死を選ぼうとするものもいたが、体に自由が効かなければそれもかなわない。


 オーガブロスの片割れが一人の女性の前に立った。身重な女性であった。お腹はぽっこりと膨らんでおり隣には夫と思われる男が寄り添い青ざめていた。


「いやぁ、助けてぇ。お腹に赤ちゃんがいるの、お願い……」


 震える声で懇願する。だが、オーガにはそれがご馳走にしか見えなかったことであろう。この母親を食せば漏れなく赤子がついてきて柔らかい肉も味わえる。こんな素晴らしいことはない。


 巨大な手が妊婦へ伸びた。母親を頭からバリバリと食べ、その後に赤子を頂くか、それとも先ず腹を割いて赤子を食し、その後母親を食べてやろうか、もしくは同時か――そんなことを考えていたであろう矢先、目の前からご馳走が消えた。ついでにとなりにいた夫も。


「?」


 オーガブロスの頭に疑問符が浮かんだ。兄弟揃ってだ。なぜなら片割れは夫の方を食べようとしていたからだ。だが、どちらも消えた。忽然とだ。


「大丈夫か?」

「え? あ、あれ? 無事なの?」

「あ、貴方は一体?」

「俺はただの通りすがりの高校生だ」

 

 そういって通りすがりの高校生である京介は立ち上がる。状況を確認し、何かしらの圧力で動けずにいることを悟ると、両手を使ってパンっと打ち鳴らした。


「え? あ、あれ?」

「う、うごける! おい動けるぞ!」

「やった! これで逃げられる!」


 その瞬間、今の今まで腰が抜けて身動き取れずにいた人々が喜びの声を上げ立ち上がり、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「お前たちも早く逃げるといい」

「え? でも、貴方は?」

「俺はこれから、狩りの時間だ」

 

 そういいながら京介が拳を鳴らし、オーガブロスと対峙した。命を救われた夫婦はお礼を述べその場から去っていく。


「グルゥウウ」

「グォォオオ」

「これがオーガか。面妖な生き物だな」


 オーガブロスの目は怒りに満ちていた。目の前のご馳走にありつけなかったことに腹を立てているのだろう。


「お前たちは殺しすぎだ。腹をすかした熊でももう少し遠慮するぞ? とても容認できないな」


 京介が一歩一歩踏みしめるようにオーガブロスへ近づいていく。泣くことも恐れることもなく、堂々とした足取りだ。


 オーガブロスにはどうやらそれが気に食わなかったようだ。再び、揃って全力で雄叫びを上げる。衝撃波さえ生じるほどの叫びだ。先程までいた人間なら軽く吹き飛ばされる程の技だ。


「こんなもので俺が怯えるとでも思っていたのか?」

「「――ッ!?」」


 だが、京介には全く通じていなかった。吹き飛ぶどころか足を止める素振りさえ見せず、気がつけばオーガブロスのすぐ目の前まで迫ってきていた。


「グオオオォオ!」


 オーガブロスの片割れが、京介へと拳を振るった。巨大な拳骨が、この魔物に比べたら圧倒的に小さな人に迫る。


 だが、拳が止まった。ピタリと、動きを止めた。


「こんなものか――」


 京介は片手でオーガの拳を受け止めていた。涼しい顔で、それでいてどこかがっかりしたような顔でもあった。


 思わずオーガブロスがもう一つの手で殴りつける。今度はそれを指一本で受け止めた。オーガブロスの表情が驚愕に染まる。


「つまらんな」

 

 グシャッと拳の潰れる音がした。京介が片方の手を握りつぶしたのだ。オーガよりも圧倒的に小さな手でだ。


「#$%?!&!」


 よくわからない悲鳴に似た言葉の羅列を口にするオーガブロスだったが、それもすぐ沈黙に支配された。


 京介の蹴りで、股ぐらから脳天まで引き裂かれたからである。半々になった片割れが地面に倒れたのを認め、残ったオーガブロスが絶叫した。


 スキルの性質上、オーガブロスは片方が死ねば弱体化する、と判断するのは素人だ。オーガブロスは兄弟愛が強く。それゆえに片割れが死ぬと怒りにまみれ暴走する。

 

 判断力は失われるがLVや戦闘系のステータス値は寧ろ上昇する。

 地面に置いていた棍棒を手に取り、怒りに任せて振り下ろした。怒りの一撃というスキルだ。その威力たるやちょっとしたパレス程度ならば5、6棟纏めて木っ端微塵にしてしまえるほどである。 

 事実、振り下ろされた棍棒の衝撃で大地に一直線の溝ができた。京介を中心に地面も凹んでいる。


 だが、当の本人は全く意に介さず、平然とそこに立っていた。怒りの一撃も左の指一本で受け止めていた。


「こんなものでは全く話にならないな」


 ピンっと棍棒を受け止めた指で弾くと、オーガブロスの手からすっぽぬけはるか上空まで飛んでいった。


 唖然と立ちすくむ存在を前に、京介はその場で正拳突きを放った。拳の届く距離ではなかったがにもかかわらずオーガブロスの胸部に大きな風穴が空き、ヨロヨロと数歩進んだ後に、前のめりに倒れた。京介は動くこともなかった、必要がなかった。倒れてきたオーガブロスの穴を見事通り抜けたからだ。

 

 そしてようやく落下してきた棍棒が最後にオーガブロスの頭を叩き潰した。


 オーガブロスは死んだ。兄弟オーガの脅威は京介の手で無事取り除かれたのである。


「はぁ、はぁ、京介さんったら、本当に早い、ですね」

「お兄ちゃんすごいよぉ」


 ふとみると、息を切らした夏目親子が駆けつけてきていた。


「少し慌てさせてしまったか。だが、障害は排除された。これで先に進める」


 え? と頭を上げた加奈子は、その場に転がるオーガブロスの骸に仰天したという。

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