第四話 スキルを手にしても、真の剣には程遠い
前回のあらすじ
ステータスをとって暴れまわっていた少年を懲らしめた。
「おい! そっちにも来ているぞ! 油断するな!」
「うぉ! こいつ、人を、人を食ってるぞ!」
「今更そんなことで騒ぐな馬鹿! さっさと対処しないとお前が餌になるぞ!」
「うぇ~ん、ママ~ママ~」
「泣いてる場合か! あいつらみたいに連れてかれるぞ!」
校舎内には魔物たちが溢れかえり、不気味な唸り声と生徒たちの悲鳴とでまぜこぜになっていた。壁にはもはや誰のものともしれない大量の血液や謎の液体がベットリと張り付き、教室の扉は壁ごと剥がされ、不良が暴れまわったかのように窓ガラスが割れそこかしこに破片が飛び散っている。
廊下には教師や生徒の骸が散乱していた。その中には倒された魔物の死体も散見出来る。すっかり人気のなくなった職員室の一画にゴブリンが集まり、正気を失った女教師相手に生殖行為に勤しんでいた。
校舎では常軌を逸したような非日常が広がっていた。しかも災害時の避難場所に指定されているおかげで街中に出現した魔物の脅威から逃れようと次々と人が押し寄せてくる。
だが、それらは校舎を陣取りかけている魔物からみれば絶好の餌であった。避難のためにやってきた人々は、グラウンドを陣取ったコボルトやリザードマン、そしてオークなどの手で蹂躙されていく。
そんな中、校内では一部の生徒や教師が魔物相手に奮闘していた。彼らの多くに共通しているのはステータスに賭けステ振りを終えていること。
当然それぞれがジョブを選びスキルも習得していた。
「ファイヤーボルト!」
「ギヒィ!」
「パワークラッシュ!」
「ギャン!」
「ブレイクショット!」
「グゥウウウウ――」
ジョブを得てスキルを取った者が果敢に魔物に戦いを挑んでいく。
あるものは手に入れた魔法でゴブリンを焼き、あるものはスキルによる攻撃でコボルトの頭を砕き、あるものは弓を用いたスキルで狼の魔物を纏めて射ぬいた。
「くっ、次から次へと――」
そんな中、一人の少女が一体のオークと睨み合っていた。周囲には彼女の手で返り討ちにあったと思われるゴブリンやコボルトの死体が転がっていた。
目の前のオークは厳つい顔をした巨大な魔物だった。上背は2mを軽くこし、肩幅も広く、何より筋肉量がえげつない。
ゲームなどではブタ顔の魔物であることもあるが、このオークはもっと正当に近いタイプであった。そのため顔はブタよりは人間に近いが、耳は尖っており、髪の毛は有してなかった。
下顎の両端からはニョキッと上に向かって一本ずつ牙が飛び出ている。
だが、人間に近いと言っても言葉は全く通じない。オークにはオークで独自の言語があるようだが、英語や仏語などどれを思い出しても全く似つかない独特なものだ。
一方少女はというと、オークと比べたならあまりに小柄な少女であった。上背は勿論だが全体的に華奢であり、とても凶暴な魔物に太刀打ちできそうにない。
だが、少女はその切れ長の瞳でオークを見据え、腰だめの構えをとった。手には竹刀が握られている。
しかし、オークはその巨体に加え、どこで手に入れたかは不明だが巨大な斧を手にしている。これによりリーチの差は火を見るより明らかだ。
少女が、しかもこのような竹刀一本で相手になるわけがない。その光景を目にしたものならば誰もがきっとそう思うことだろう。
オークが斧を振り上げた。あるいはもしオークによって繁殖する道具とみなされたのならば、少しは命を永らえさせることも可能だったかもしれない。
尤もそれが助かったと言えるかどうかは別問題であろうが――どちらにしてもオークは気まぐれだ。女を見たからと必ずしもそういう行動に出るとは限らず、だからこそ今目の前にいる相手を狩ることに決めたのだろう。
振り上げたオークの右腕が動いた。あとは力を込めて叩き切れば、両断された牝の死体がころがることだろう――そう考えたのであろうが。
「無音流抜刀術・動静流刃――」
その斧が振り下ろされる前に、後ろで纏めた黒髪を靡かせながら、少女がその脇を通り過ぎた。
そしてある程度の距離まで進んだところで、舞い上がっていたセーラー服のスカートが緩やかに落ちた。
少女の竹刀は振り抜かれていた。オークの動きは止まっていた。一拍の沈黙――そして、オークの巨体が前のめりに倒れていった。ズシィィンという重苦しい音を響かせ、倒れた拍子に塵芥が舞い上がった。
――オークを倒しました。
――経験値を……。
少女の頭の中に機械的なアナウンスが流れ込み、煩わしそうに彼女は眉を顰める。
「刀乃! お前、オークを倒すなんて凄いな!」
戦闘が終わると、少女を呼ぶ声が聞こえ、剣道の装備一式を身にまとった何者かがガチャガチャと音を鳴らしながら駆け寄ってきた。
「面堂先輩……」
刀乃がつぶやくと、面堂が面を外し、おう! と笑みを深めた。
「いや、刀乃の事が心配で探してたんだけど、どうやら杞憂だったようだな」
「いえ、気にかけて頂きありがとうございます」
一揖し刀乃がお礼を述べる。面堂は剣道部の先輩で男子部員の主将でもある。そして刀乃は女子の主将だった。
だから知らない相手ではないが、女子と男子は練習も別々であるし、たまには話しかけられもしたがその度に軽く応対する程度の関係でしかない、というのが刀乃の認識だった。
「それにしても、やっぱ刀乃もジョブをとったんだな。オークを相手にできるってことは、何か当たりのジョブが手に入ったのか?」
「え? いえ、私は……」
「ちなみに俺はサムライだ! 何かこういう和風なのもあるんだよ。でも、俺にぴったりだろ?」
「はぁ……」
別に聞いてもいないことをペラペラとよく喋る先輩であった。そういえば前から相手の話を聞かずに自分のことを語りだす人だったなと刀乃は思い出す。
「ギギッ!」
「むっ、ゴブリンか! 舞は危ないから下がっていろ!」
ゴブリンが1体近づいてきているのは刀乃も気がついていた。
何体も倒しており、このゴブリンが他のゴブリンとそれほど変わらない強さなのは気配で何となくわかったが、先輩がこう言うのでとりあえず手は出さずに様子を見た。
何故急に名前である、舞で呼びだしたのかはわからないが、とにかく面堂は迎え撃つ体勢を取り。
「いくぞ! スキル! 三段切り!」
技名を叫ぶと、ゴブリンに向けて高速で面と胴と小手を一回ずつ放った。
余すこと無くゴブリンにヒットし、ゴブリンの胴体がスパッと切れ、片腕が落ち、頭蓋が西瓜のように割れた。
当然息はない。ゴブリンは死んだ。
「う~ん、やっぱゴブリン程度じゃあんまり経験値もらえないよな」
「……先輩今のは?」
「うん? あぁスキルだよ。任意で発動できるスキルだ。すげーだろ? それに俺、切断強化のスキルももっててな。これもスゲーんだよ。ポイント振ると竹刀でも刃物みたいスパスパ切れるんだ」
そんなことを嬉々として話して聞かせる面堂だが、舞には違和感があった。
「あの技は、先輩が動いているんですか?」
奇妙な質問にも思えるが舞には大事なことでもあった。
「うん? なんだ、もしかしてこの手のスキル持ってないのか? 便利だし強力だからとっとくといいぜ。必殺技みたいで格好いいし」
「はぁ……」
「それで、え~と、あぁ技か。う~んなんといったらいいのかな? スキルを発動すると何かイメージが湧いてきて体がそれに合わせるように勝手に動くんだ」
それで得心がいった。なぜならこの面堂という先輩はそこまで剣の腕が立つわけでもない。剣道部にしても市の大会で三回戦まで行ければ上出来といった具合だ。
面堂も個人戦でそこまでの戦績を残したことがない。当然だがそんな彼があんな動き、本来出来るわけがないのだ。
あの三段打ちは動きだけ見れば達人のソレであり、一朝一夕で習得できるものではない。
だが、どうやらスキルというものを手に入れれば、それだけの力があっさり手に入るようである。
だが、舞にはそれが空恐ろしくもあり、スキルという借り物の力で喜ぶ先輩の姿が悲しくもあった。
彼とてこんなことになる前は自分なりに努力をし、強くあろうとひたむきに頑張ってきたはずである。
だが、今はどこの誰がくれたともしれない不気味な力に酔いしれている。それが信じられなくもあった。
舞は1000年の歴史を誇る無音流抜刀術の正統後継者として期待されていた。以前は跡を継ぐのは男のみとされていたが、時代が変わりそのあたりの考えは柔軟になった結果、孫娘の舞に白羽の矢が立った。
尤も舞自身剣術が好きだった為、特に問題としなかったしその自覚もあった。
故に、常人では考えられないような鬼のシゴキにも耐え、日々練習に練習を積み重ねてきた。
ステータスなどに頼らなくてもオークを倒してしまうその剣の腕は、まさに血の滲むような日々の努力の賜物であり誇りでもあった。
それが結果的に、ステータスを拒む理由にもなった。そして面堂の説明を聞きよりその意志は強くなる。
今ここでステータスなどに頼ってしまえばこれまで行ってきた己が努力も、志も、穢されることとなる――そう思えて仕方なかったのである――
◇◆◇
京介達は駅前に向かうための橋が見えるところまでやってきていた。ここに至るまでの短い間ではあったが、既に多くの死体がそこらに転がっていた。
突然現れた魔物に抵抗できなかった人々である。夏目親子などは最初死体を見た時は思わず口を塞いでしまったほどで暫く足を止めざるを得ないこともあった。
魔物に襲われた人々は色々な手で逃げ出そうと試みたようだ。橋を使わず川を渡ろうと考えた物もいたようだが、川も既に魔物の支配領域にあったらしく、無残に食い殺された人の遺骸も何体か流されていた。
世界はあまりにひどい状態に改変されてしまったが、夏目親子はそれでも自分たちはまだ幸運ではないかと考えるようになった。なぜなら京介と知り合うことが出来たから。
曰くステータスを破壊したという少年の強さはあまりに規格外であり、ここに至るまでに現れた魔物も表情一つ崩さず排除していく。その安心感たるや下手な警察や自衛隊よりも頼りになるかも知れない。
「なんだろうなアレは」
そんな中、京介が何かを見ながら口にした。加奈子からはこの距離では判別つかないが、多くの悲鳴がこちらまで届いてきている。
すると慌てた様子で走ってくる中年の男性の姿。明らかにカツラがずれてしまっているが、どうやらそれどころではないらしい。
「何かあったのか?」
「なにかあったかじゃねぇよ! あんたらこっちはどうしようもねぇぞ! 橋の前にオーガって化物がいて渡れねぇんだ! ぶっ殺されちまうよ!」