エピローグ
「そんな、そんなバカな! 俺が、サムライのジョブを持った俺が! こんなやつに!」
「だが事実だ。そしてそれが貴様という男の限界だ」
「な、なんだと?」
面堂がギリリ、と歯牙を咬む。瞳に生じた憎しみはより深いものへと変貌していた。
「俺たちがステータスを手に入れた日は一緒のはずだ! なのに、一体てめぇはどれだけLVをあげたってんだ!」
「違う面堂。上げてないんだ」
「上げてないだって?」
高橋会長の言葉に面堂の表情が変わった。戸惑いが感じられる。それは高橋自身、未だ半信半疑といったところであったのだが、今の京介の戦いぶりに納得せざるを得ないといったところなのだろう。
「まさか、舞みたいにジョブを取ってないとでも言うのか……」
「それも違う。京介には、既にステータスがないんだ。彼の言ったとおりなら、京介は自分の手でステータスそのものを破壊している」
「……何いってんだお前?」
高橋を、どこかおかしくなったんじゃないか? と言った目でみやる。面堂にはそれぐらい信じられない話だったのだろう。
だが高橋も、納得していない面堂をおかしいなどとは思えなかった。高橋も最初に聞いた時は京介のそんな言葉、とても信じられなかったからだ。
「くそ! そろいもそろって意味のわからないことばかりいいやがって!」
「事実だけどな」
「にゃん(信じられない話でも本当にゃん)」
「はん、それじゃあ何か? お前はステータスにもスキルにも頼らず、LV15でサムライのジョブ持ちの俺をデコピン一発でふっ飛ばしたというのか?」
「そのとおりだ」
無表情で答える京介。彼に対する興味などは既にかけらもなかった。単純にデコピンと言っても京介は見せたそれは思いっきり加減してのデコピンだったからだ。それでこの体たらくではこの先どれだけやったところでたかが知れている。
「判った! お前はそのデコピンに関係するスキルをもってるんだな! 指弾とかそんなところだろ? それをさも自分の実力のように言うとは卑怯なやつだ」
「にゃ(例えそうだとしても別に卑怯じゃないにゃん)」
「どうとでも好きにとればいい。それで、もう戦うのはやめたのか? くだらんことをべらべら喋っているだけなら俺はもう行くぞ」
「黙れ! 調子にのるなよ! それならお前の指を貰うだけだ!」
再び面堂が距離を詰める。そして突きを放つわけだが、それは明らかに間合いを見誤ったとしか思えない距離からのものであった。
「伸突!」
だが、面堂の放った突きは伸びた。どうやらスキルを行使したようで、突きが倍以上伸び、京介の指を狙ったのである。
「くだらん」
だが、京介は迫る突きをなんとまたもデコピンで止めてみせた。しかもデコピンを突きに合わせただけで、悲鳴を上げ面堂が再びふっ飛ばされたのである。
「くそ、なんでだ! 俺が必死で覚えて鍛えたスキルがなんでこうも!」
よろよろと立ち上がりながら、悔しそうに面堂が叫ぶ。その様子に、京介は鼻を鳴らして答えた。
「必死で覚えて鍛えたスキルか。笑える話だ」
「な、んだと? それはどういう意味だ!」
「言ったとおりの意味だが? どうやらお前は刀乃に好意を寄せているようだが、必死に振り向かせるために成したことが、どこの誰からもわからないようなステータスやスキル頼みだというのだから笑えない冗談だ。そんなもので人の心を動かすことが出来ると本当に思っているのだとしたら愚かなことこの上ない」
京介は蔑むような目を面堂へ向け、はっきりと言い放った。彼の辞書に遠慮なんて言葉は存在しない。
「黙れ! お前だって似たようなものだろうが!」
「やれやれ、お前は頭だけでなく耳も悪いのか? そこの会長が言っていただろう? 俺はステータスなんてものはとっくに破壊している」
「ほざけ! そんなデタラメ誰が信じるか!」
再び迫りながら京介の言葉に耳を傾けること無く、京介は竹刀を振るった。
「これで決めてやる! 三段切り!」
面堂が持つ技で最も威力が高い技だ。面と胴と小手を高速で次々と放つ。順番は本人の意思で変える事ができ、一発でも入ればそこからは連続で攻撃がヒットする。
だがしかし、京介は全く意に介すことなく、三段攻撃を全て躱した上、全ての攻撃へデコピンによるカウンターを決めた。
「はべっ! ごベッ! へヴぇ!」
京介のデコピン三連撃によって派手に宙に舞い、何度も回転しながら、ぐべッ! と地面に落下。胴が砕け実力の差をまざまざと見せつけられることになるが、面堂は立ち上がり、ぜぇぜぇと息を切らしながらもなんとか立ち上がる。だが既にボロボロだ。
「へへっ、効かねぇなあ。お前の攻撃じゃオレの心は折れないぜ! 舞への俺の気持ちはな!」
「面堂……言っちゃ悪いが全然かっこよくないぞ」
「寧ろキモいです……」
憐れむような目を向けつつ高橋が言う。書紀などかなり引いていた。
「もういい加減やめてください先輩」
「俺を心配してくれるのか舞? だが俺は倒れない。防具こそ壊れたがこんなのは飾りだ! 防具が砕けてからこそが本番!」
「にゃ~ん(お前何を言ってるにゃん?)」
面堂の言っていることがさっぱり理解出来ないクロである。
「先輩が無事なのは八神が手を抜いている上で更に手加減をしているからです」
「な! お、おま、何も今それを言わなくてもいいだろ畜生!」
「でも事実ですから……」
「舞さんも結構辛辣ね……」
2人のやり取りを見ながら加奈子が言った。確かに舞は思ったままを言う。
「それもこれも全て八神! てめぇのせいだ! こうなったら本気の本気でお前をぶっ飛ばす!」
「そうか。ならやってみろ」
「抜かせ! おらおらおらおらおらおらおらおろおら!」
面堂が京介に向けて突きを連打する。だが、全く当たることはない。
「馬鹿な! 俺の百烈突が!」
「……これがか? 仕方のないやつだ。ならこれで決めてやろう」
そして京介は再びデコピンの構えを見せ。
――ピンッ! ピンッ! ピンッ! ピンッ! ピンッ! ピンッ! ピンッ! ピンッ! ピンッ! ピンッ! ピンッ! ピンッ! ピンッ! ピンッ! ピンッ! ピンッ! ピンッ! ピンッ!
「ぶぐぉ! うべぇ! えびぃ! ごベッ! はびャ! へにョ! ぞぇッ! ひげぇぇえぇええェ!?」
京介の連続デコピンが次々と面堂の全身に放たれ、そのたびに悲鳴を上げ呻き、そして百発目のデコピンを少し強めに放った為、面堂は弾丸のような飛び方で後方の校舎に突っ込むハメになった。壁が崩壊し、教室を打ち抜き、反対側の壁を突き破り、花壇に突っ込んでそのまま埋まった。
死んでこそいないが暫く動くことはできないだろう。
「一つだけいい忘れていたが俺はお前が刀乃にやったことを許すつもりはない。まぁ、聞こえてはいないだろうがな」
最後に京介はそういい捨てた。表情には出ていないが、京介は刀乃の腕を認めており、同じ志を持った人間だと思っている。
その刀乃を卑怯な手で危険な目に合わせたのだから許せるわけがなかった。
「――ありがとう八神くん」
「俺が勝手にやったことだ気にするな」
舞にお礼を言われるが京介はいつもの感じでサラリと返した。京介からしてみればやりたいようにやっているだけであり、見返りを期待しているわけでもない。
「お兄ちゃんやっぱり凄いんだね!」
「本当に、何度も助けていただいて」
夏目親子からもお礼を言われたが、京介は気にしなくていいと返す。同行している者に危険が及べば助けるのも当然なのである。
「……八神」
「なんだ?」
改めて高橋が声をかけてきた。京介は彼に体を向け、次の言葉を待つ。
「――いろいろ考えたが、君のその力はやはり貴重だ。それに八神も今後のことがあるだろう。一緒に来てくれるよな?」
「断る」
即答であった。
「な、断るだと! なぜだ!」
「俺とお前では考え方が違いすぎる。一緒に行動してもうまくなんかいかないさ」
「それは、決めつけが過ぎるだろう。大体考え方の違いなんてものは誰とでも何かしら起こるものだ。だけどな、こんな状況だ。多少お互いの考え方に違いがあっても協力していかなければ仕方ないだろう?」
しかし京介は首を左右に振り。
「協力を強制しようとしていう時点で俺とは確実に合わん。悪いが俺は自分の思うように動くだけだ」
「くっ……だったら、だったら刀乃はどうだ? 勿論私たちとくるよな?」
「申し訳ないのですがご遠慮致します。私は出来れば八神と行動を共にしたい。許可が貰えるのならですが」
「俺は構わない」
「良かった……かたじけない」
ふたりのやり取りを見ていた高橋はイライラした様子で京介に食いつく。
「そうか。お前は女とだけ行動を共にしたいと、そういう考えなのだな?」
「そんなつもりはないが?」
「ふん、どうだかな。だが一つだけ言わせてもらうぞ。八神、お前はステータスのことを随分と嫌っているようだが、お前がやっていることはお前に力があったからできたことだ。だがな、世の中の人間全てが大きな力をもってるわけじゃない!」
「……そうだろうな。俺の力があるのもそれ相応の鍛錬の賜物だ。それは誰もがやれば出来るものではない。それは刀乃にしても同じだろ」
「ふん、そういうことは判ってるんだな。そして世界が今豹変した。それも事実だ。戦う力を持たないものは、何もしなければ死ぬんだ。そんな状況でステータスやスキルといった力があれば、そりゃ頼るさ。力を使うだろ。それの何が悪い! 生き延びようと考えるなら当然のことだ!」
「そうか。なら好きに使えばいい。俺は自分が気に入らないから壊しただけだ。それを強制するつもなどない。お前と違ってな」
「な、なに!」
高橋は軽くのけぞりながらも、京介に対する不機嫌な感情は変わらない。
「お前は一緒に行動するものにステータスやジョブと言ったものを強制するだろう」
「それは、生き残るために必要だからだ。こういう時に足並みをそろえられないと!」
「そういうところだ。だから俺はお前とは行動を共に出来ない」
「ぐつ……さっきから偉そうに。お前も、さっきまで面堂のことを否定していただろう!」
「そうだ俺はあいつを否定した。あいつが間違っていると判断したからだ」
「は、それはお前がステータスを毛嫌いしているからだろう。結局のところお前だって私と変わらない。自分の考えを押し付けているという意味ではな!」
「そうか、どうやらこれ以上話をしていても無駄なようだな。さっきもいったが考え方が違いすぎる」
京介は3人と1匹を促し踵を返した。高橋ももう引き止めるつもりはないらしいが。
「……高橋、今後もステータスを使うというなら、覚悟と依存は違うんだということは覚えておくんだな」
「……覚悟と、依存だと?」
それだけを言い残し、高橋の前から離れる。あの夫婦にも話を聞くが。
「俺たちは俺たちで今後のことを考えて生きていきます。でも、助けて貰った御恩はわすれませんので!」
「そうか。気をつけてな」
別れを済ませ、新しく加わった刀乃と加奈子の運転する車に乗った。もう学校にいても仕方がないので次の目的地を決めなければいけない。
「私の実家が実は群馬にあって……」
「そうか、なら丁度いい。俺も家が群馬にある。あとは刀乃だな。どこか行きたいところはあるか?」
「群馬なら途中埼玉によってもらうことは可能ですか? 埼玉に自宅兼道場があるので、可能なら愛用の刀を取りに行きたいのですが……」
「はい、埼玉なら途中ですし問題ないです」
「にゃ~ん(クロはどこでも構わないにゃん)」
「埼玉おもしろそ~」
それなら、と京介達は次の目的地を埼玉に定め、そして動き出す。
しかし、埼玉は既に異世界からやってきた帝国の手に落ちていた。自衛隊もすべて悪しき皇帝の手によって壊滅させられ、帝国語を喋ることの出来ないものは人として認められず、家畜としてのみ生きることを許され、尊厳を踏みにじられ、絶望の時を過ごすのみであった。
『帝国の言葉も理解できない下郎共が! 何が地球人だ! お前らは虫以下よ蛆虫どもめ!』
「や、やめてくれ! せめて妻と娘だけでも!」
『ひゃっは~! 何いってるかわかんねぇよウジ虫が!』
「いやぁ、あなた! あなた!」
「お父さん助けて!」
『だから何いってるかわからんと言ってるだろ? どうしても助けて欲しいなら帝国の言葉で助けてくれと言ってみろ。そしたら助けてやるよ!』
「やめてください、ゆるしてください……」
『はっは~ぶひぶひにしか聴こえねぇよ! 助けてくださいも言えねぇのか? この虫けら共ぐべぇえええぇえ!』
「その手を離せ虫けら共」
荒ぶる帝国兵どもに京介の拳が炸裂する。
『て、てめぇ何してやがる!』
「何を言ってるかわからんな。ここは日本だ日本語を話せ」
『ぶひぶひうるせぇ! 喰らえスキル斬鉄剣!』
「なんだこれは?」
京介は斬鉄剣を指2本で受け止め軽々と折ってしまう。
『ば、馬鹿な俺の斬鉄剣が、ぎゃ!』
京介の拳が炸裂し、帝国兵が悲鳴をあげる。
『ひ、ひぃ、助けてください』
「何を言ってるかわからんな。日本語を話せ。さぁ言ってみろ」
耳に手を当て、帝国兵の顔に近づけると、泣きながら兵が訴えた。
『た、たすけてくれ頼む!』
「そうか、もっと殴ってほしいんだな」
『ぐべ! ごべ! ばべっ! も、もうやめ』
「なんだ? 言いたいことがあるならちゃんといえ」
『ぎ、ギャッァアアア!』
「ギャーではわからんな日本語を話せ」
だが、そのときには既に帝国兵は息絶えていた。そしてその場にいる兵どもを容赦なくぶちのめし、京介は皇帝に会いに行く。その傲慢な顔面に鉄拳制裁を喰らわせるために。
しかし、例え帝国から埼玉を救ったとしても、魔境と化した群馬、ゾンビあふれる佐賀、魔王に支配された四国などその行く手を阻むものは多い。だがきっと京介なら、そうステータスなどに頼らずとも最強な京介であれば、いずれこの国を救う筈である。異世界と融合したこの地球で、京介の戦いはこれからも続いてゆく――
一旦完結という形にしております。