第十五話 愚かな教師に制裁を! お前にはその穴がお似合いだ
前回のあらすじ
加奈子に絡む千堂の前に京介が現れた。
千堂と対峙しつつ、京介は抱きかかえていた女と背中にしがみついていた夫を下ろしてあげた。すると後から舞も降ってきてふわりと着地する。
「刀乃、テメェも生きてたのか……」
「おかげさまで。それにしても相変わらずですね」
軽蔑するような目を千堂に向ける。そういえば、と京介は助けた男が言っていた事を思い出す。
「全く、教師の癖に随分と好き勝手に振る舞っているようだな。しかもこの状況で無理やり女性に迫るとは恐れ入ったぞ」
「黙れよ。まったくどいつもこいつも生徒なら教師をもっと敬いやがれ」
吐き捨てるように千堂が言った。生意気な野郎だ、とその目が言っていた。
「そう思ってほしいのなら少しは教師らしい真似をしたらどうだ?」
「……ガキの分際でムカつく野郎だ。俺は元々すかしたテメェが嫌いだったんだよ」
憎々しげに語る。そういえばこの男は何かにつけて京介に文句をつけ、京介だけ校庭を多く走らされたり腕立てや腹筋の回数を増やされたり、重いコンダーラ的なアレを一人で引っ張らされたりしたなと思い出した。尤もそれらはすべてトレーニングの一環として涼しい顔でこなしていた。
そのたびにこの男は面白くなさそうな顔を見せていたが、今思えばそれがこの教師なりの精一杯の嫌がらせだったのかも知れない。
何が理由かは知らないが、その程度には京介は嫌われていたのだろう。尤もこの男にどう思われようが知ったことではないのだが。
「みているだけでムカムカしてくるやつだ。大体、あの化物からどうやって逃げてきやがった?」
「逃げた? 何を言ってる。あの竜もどきならしっかり倒してきたぞ」
「は? で、でたらめ言ってんじゃねぇ! あいつはLV32のワイバーンだぞ! お前なんかに倒せてたまるか!」
堂々と言い放つ京介であったが、千堂は信じられないといった様子で声を荒げた。自分でさえ勝てる気がしなかった相手を、よりにもよって京介が、と苛立たしく思っているのだろう。
「そのLVというのが何なのかわからないが事実だ」
「LVがわからない? ふざけたこと言ってんじゃねぇ! くそ! あの化物を倒すなんざ、一体どんなジョブを手に入れたらそんな真似が出来る!」
「やれやれ二言目にはジョブだステータスだとお前らにはそれしかないのか?」
嘆息する京介はすっかり呆れ顔だ。ステータスに頼らないという選択をした京介らしい考えだろう。
「黙れよ。テメェだって所詮恵まれたジョブに頼ってるだけだろうが」
「知らん。ジョブなんてものは俺は持っていないからな」
「口からでまかせばかりいいやがって。頭やられてるのかてめぇは」
「にゃにゃん(頭が悪いのはお前にゃん)」
腑に落ちないと言った様子の千堂は京介の話などまともに取り合うつもりもないのだろう。そんな様子にクロでさえ呆れ顔だ。
「もういい。とにかくテメェはどけろ! その女は俺と行動をともにすると決めたんだ!」
「こう、言っているがそうなのか?」
「違います! その人が勝手に言ってるだけです! 私は嫌だといいました!」
「だそうだ、残念だったな。それに彼女は今俺と行動を共にしている。素直に諦めることだ」
嫌悪感の混じった瞳で否定する加奈子の様子から大体のことを察し京介が千堂に告げた。
しかし、ぐぎぎ、と歯牙を噛み締め、千堂はしつこく迫った。
「つべこべいわず俺の言うこと聞きやがれ! 女は黙って男の道具として言うこと聞いときゃいいんだよ! こんなになった世界でひ弱な女がどうやって生きていく? 男にたよらなきゃ何も出来ないくせに口答えしてんじゃねぞクソアマが! 俺が飼ってやるといってるんだ! どうせ胸と体しか使いみちのない雌豚の癖に口答え」
「もういいから黙れ」
「グボオオォオオオオ!」
べらべらと自分勝手かつ相手を侮辱するような言葉ばかり並べ立てる千堂の顔面に京介の拳がめり込んだ。衝撃で体が持ち上がり、そのまま校舎へ向けて吹っ飛んでいく。悲鳴を上げ見事な放物線を描きながら千堂が元いた教室の壁に突き刺さったままだったハイネックワイバーンの尻に突き刺さりその勢いのまま突き進み汚物にまみれたまま口から飛び出して壁に叩きつけられた。
空からは今の衝撃で抜けた髪の毛がハラハラと舞い落ちてくる。
「やれやれ季節外れの汚らしい雪だ」
「にゃにゃん(風情も何もあったもんじゃないにゃん)」
降り注ぐ黒い異物を眺めながら京介がこぼす。クロも顔をしかめ、一部始終を見ていた舞がくすりと笑った。
「それにしてもつい教師を殴ってしまったな。これでは退学かもしれん」
「大丈夫です。その前にとっくにあんな男は懲戒免職ですよ」
「そうか? なら良かった」
京介と舞が笑顔で語り合う。尤も退学に関してはこんな状況では有耶無耶になるのは間違いないだろう。
「加奈子さんは大丈夫だったかな?」
「は、はい! おかげさまで。あの、ところでその方は?」
「うん? あぁ、彼女は俺のクラスメートだ。車の中で話した凄腕の剣士でもある刀乃 舞だな」
「貴方が!? 京介さんからとてもお強いと聞いてましたが、女の子なのに凄いんですね……」
加奈子は舞に視線を移し、見たまんまの感想を述べた。今は竹刀も持っておらず、見た目には小柄で可愛らしい美少女だ。ただ、そう言われてみると瞳には何か強い意志が宿っているようにも感じられる。
「いえ、それは買いかぶりすぎです。実際先程も八神が助けてくれなければ危なかったですし」
若干照れくさそうに、それでいて寂しそうに舞が答えた。自分なんてまだまだだな、といった思いが滲み出た返答だった。
「……ちょっといいかな?」
すると、彼らの会話に一人の少年が割って入った。高橋であった。
「うん? 生徒会長か無事だったんだな」
「ああ、それに関してはそこの刀乃さんにお礼を言わないといけないな。君があのワイバーンをひきつけてくれたおかげで逃げることが出来た。本当に感謝する」
「いえ、あの場でそれが出来るのは私だけだと思っただけなので」
「それでも感謝の気持ちは変わらないし、たとえそう思っていても実行できる人は少ないだろう。だが、その、なんだ。君、この八神があの化物を倒したというのは本当なのか?」
「それは本当です。八神がいなかったら私は今頃この場にいないです」
「俺も見ていたから間違いない。あんたには見捨てられたけどな」
妻を校庭に寝かせ様子を見ていた男が会長に噛みついた。高橋は困った顔を見せつつ。
「それに関しては済まなかった。あの場では自分たちの身を守ることで精一杯だったんだ」
「……ふん、もういいさ。結果的にとは言え助かったわけだし」
色々いいたいこともありそうだが、これ以上何を言っても仕方ないと思ったのだろう。それに彼自身もし逆の立場だったら同じことをしただろうと考えているようでもある。
「話の続きだが八神はジョブを手に入れていないと聞いたが本当か?」
「本当だ。間違いない」
「う~ん……あれだけのLVのハイネックワイバーンをジョブもなしで……にわかには信じがたいが」
刀乃らから聞いていたにも関わらず京介に確認した高橋だが、本人から聞いてもやはり半信半疑なようだ。
とはいえ、肝心のハイネックワイバーンは教室に突き刺さったまま微動だにしない。京介が頭を潰したのだから当然だが、高橋もその姿を改めて認め。
「納得する他ないようだな。だが、だからこそ問いたい。八神も刀乃もなぜそこまでステータスやジョブに否定的なんだ? 元から強いお前たちなら間違いなく今より強くなれる。それはもしかしたら現状を打破する突破口に繋がることにもなりえるだろう?」
「それは、さっきもいいましたが私はこのステータスを信用してません。それにステータスに頼ったから強くなれるとは私は思いません」
「……何故だ? 現に私たちでさえステ振りをしジョブを身に着けたら魔物に対抗できる程に強くなれたのだぞ?」
高橋は怪訝な顔で問いを続ける。彼らはジョブに頼らなければ生き残ることが出来なかった。そう考えている。故にステータスへの依存度が高いのだろう。
「上手くは言えませんが、ステータスなどで身につく能力は人の持つ本来の可能性を潰してるように思えます。だから私はこれを信用しません」
「……そうか。八神も考えは同じなのか?」
「うん? 俺はただ気に入らないだけだ」
「いや、気に入らないって、子どもかお前は!」
「だが事実だ。大体どこの馬の骨ともわからん連中が寄越した力など信用するに値しない。そんなものに頼らないことが子どもだというなら俺は子どものままで結構だ」
「な! くっ、ふ、ふん。そうかいよくわかったよ。だけど断言してもいい。確かに君たちの実力は大したものだ。だが、それでもいずれは君たちでも手に負えない敵が現れる。その時にきっと君たちだってステータスに頼ることになるさ」
「残念だがそれはないなありえない」
「それは今自分たちの力だけでどうにかなってるから言えるんだ。いざとなればステータスを振る!」
「そうは言ってもな。壊れたステータスを振るわけにもいかんだろ」
「だから口ではどうとでも……は? いや、八神、今なんと言った?」
「だから壊れたステータスは振れないと言ったんだ」
「ちょ、ちょっと待て! ステータスは、こ、壊れるのか?」
「うん? 壊れるぞ。いや、言い方が悪かったか。正確には壊しただ。俺がこの拳でな」
そう言って握った拳を持ち上げる京介。その回答に高橋ばかりか舞までも驚いた顔を見せるのだった――
京介「普通の高校生ならステータスぐらい壊すだろう」
クロ「だからお前は普通の高校生じゃないにゃ!」