第十四話 猫パンチで吹っ飛ぶとは、所詮その程度の実力だ
前回のあらすじ
舞のピンチに京介の飛び蹴り炸裂!
夏目 加奈子の運転する車に乗って、京介は高校へと向かった。目的地に近づくにつれ世界の変化が如実になっていく。
本来なら生徒が勉学に励んでいる時間であろうが今はとてもそんな様子は感じられない。校庭には教師や生徒、それに魔物の骸がそこかしこに転がっていた。
散々たる状況だな、と京介がこぼす。かなりの人間が犠牲になったようだ。車の窓はしまっているというのに血なまぐさい匂いが鼻につく。
「とりあえずこのあたりにいる魔物は轢いて置いたほうがいいだろう」
『サクッととんでもないこというやつにゃん』
「わ、わかりましたやってみます!」
『素直すぎないかにゃん』
『問題ないだろう。途中でやってきた迷惑な連中と同じようなものだ』
そして加奈子は車を見つけて群がってくる魔物を轢きまくっていく。おかげでかなりの魔物を片付けることができたわけだが。
「え? あれって、嘘――竜!?」
その時、加奈子が緊張の声を発した。視線は上空に向けられており、京介も視線を動かした。確かに竜にも見える。だが、サイズは京介の思う竜よりは小型だ。
その竜らしき魔物が、校舎に突っ込んだ。轟音が響き、校舎が揺れ、割れた硝子の破片や石塊が雨のように降ってくる。
「あそこは俺のクラスだな」
「え? そんな……でも、あれじゃあもう――」
『ご主人様の言う通りにゃん。あれはハイネックワイバーンという名前の魔物だったにゃん。LV32もあるにゃん。多分キツいと思うにゃん』
『だが、俺が通っていた高校だ。放っても置けないしな』
「どうやらまだ残ってるのがいるようだ。申し訳ないがちょっと行ってくる」
「え? い、行くって、どこに?」
「……登校さ」
そして京介は無駄のない動きでドアを開け屋根に登り、ジャンプした。まるで背中から羽が生えたような華麗かつ優雅な跳躍。
そのまま一切の迷いなく教室に向けて直進し、教室に飛び込んだ。視界に入ったのは魔物に恐れをなし固まっている男女と妙に首の長い蜥蜴のような頭だった。
蜥蜴の口は開かれていた。大きな顎門がぱっくりと割れ、その先には京介もよく知る少女がいた。
本来こんな相手に遅れを取るわけないが、散らばった竹刀の破片で何となく理解。
彼女、刀乃 舞の腕は確かだが、それも真剣があってこそ。竹刀では実力の一割も発揮できなかったことだろう。
尤もだとしても、ここまで一方的になるとは考えにくく、何か他に理由があるのかもしれないと、そこまで0.0001秒にも満たない僅かな間に考えつつ、京介は八神流捌破拳の蹴りで魔物の頭を粉砕した。
「八神――京介……」
間を白黒させた舞が京介の姿を見上げながら呟く。教室の床に音もなく着地し、3人の姿を確認し。
「どうやら無事なようだな。怪我はないか?」
そう舞に尋ねる。外傷は特になさそうだが念の為だ。
「……私は大丈夫。助けてくれてありがとう」
「何、朝の挨拶みたいなものだ。立てるか?」
「大丈夫」
舞は一人で立ち上がり、スカートの汚れをパンパンっと払いおとした。
「そこの2人……奥さんの方が腰を抜かしたみたいで」
「ふむ、問題は腰だけではなさそうだな」
京介が近づくと、夫の方が一瞬ビクッと震え。
「こ、子どものわりに、凄いんだな。一撃って……何か凄いジョブでも?」
「ジョブ? そんなものは知らんな」
「え? いや知らないって……」
「ひ、ひいっぃぃいい! やめて! こないで! 死ぬ! 皆死んじゃう~~! あぁああぁああ!」
魔物は倒されたが、男の妻の方は落ち着くどころの騒ぎではなかった。心的障害を引き起こしてる可能性もある。
「仕方ないな」
京介は奥さんの状況から一つの判断を下した。両手の人差し指で首を挟むと、パニックを起こしていた彼女が動きを止め、首がガクンっと倒れた。
「な、お、お前一体妻に何をした!」
「落ち着け。暫くの間眠ってもらっているだけだ。この状況じゃその方がまだ危険がすくないからな」
妻に何かされたと勘違いした男が怒鳴り散らすと京介が彼をなだめつつ説明した。実際息はあり、女の表情にも柔らかさが戻ってきている。気脈を操作した結果だ。目が覚めれば精神的にも落ち着くことだろう。
「これからどうします?」
「このままというわけにもいかないな。この魔物の影響で校舎も相当ガタが来ているだろう。避難場所にも向かないだろうし一旦外に出たほうがいい」
「外に……確かに他の連中は俺たちを見捨ててあっさり逃げちゃいましたし、早く出たほうがいいのかもしれませんね」
男が忌々しげに言う。京介はそれでなんとなく察しがついた。
「こっちの遺体は損傷が激しいな。この魔物に食われたってところか」
胴体が半分にちぎれたり、頭だけが転がったりといった遺体を認めつつ京介が言う。死体を見ても動じている様子は一切なくその豪胆さが窺える。
「そいつらは、自業自得ですよ。そこの舞ちゃんに酷いことしようとしたんですから」
「酷いこと?」
「えぇ、しかも率先したのはこの学校の教師だっていうのだから世も末ですよ。それに最初は助けようとしていた剣道少年も結局その子を盾にして我先にと逃げ出すし、世の中狂ってますよ!」
よっぽど鬱憤が溜まっていたのだろう。ぶちまけるように男が叫ぶ。
「どうやら色々大変だったようだな。平気か刀乃?」
「……大丈夫。それより早くでましょう」
「あぁ、そうだな。ならさっさとここから出てしまうか。刀乃はいけそうか?」
「この程度の高さなら問題ない」
「え? 高さって……まさかその壁に空いた穴から出るつもりなのかい?」
「そうだが?」
「いや、そうだがって! 無理無理! こっちは妻が気を失ってるし! 俺だって自信がない!」
「問題ない」
京介は先ず彼の奥さんを抱き上げ、更に腰を落として男に言った。
「ほら、あんたは背中に乗ってくれ」
「え? いや前と後ろで2人って、大丈夫なのか?」
「大丈夫。彼を信じて。私が保証する」
「いや、でも……」
「ぼやぼやしていると校内を徘徊している魔物がやってくるかもしれないわよ」
舞が警告するように告げると慌てた様子で京介の背中にしがみついた。
◇◆◇
(京介さん大丈夫かしら?)
加奈子は車から出て、京介が飛んでいった方向を心配そうな目で眺めていた。
「ママ~まだ出ちゃ駄目なの?」
「駄目よ。お外は危険が一杯だからね」
「え~お兄ちゃんもいないしつまんな~い。それにクロも心配だよ~」
「う~ん、確かにそうなんだけど……」
加奈子が車を止めるなり、クロが器用に窓を開け外に飛び出してしまった。連れ戻そうと思ったのだが、妙にクロのテンションが高い気がしてなんとなくそのままにしてしまっている。
「にゃにゃにゃ!(大量にゃん! エナジーが溢れてるにゃん!)」
そんな夏目親子の気持ちも露知らず、死んだ魔物からのエナジーの回収に勤しむクロであり、その姿を眺めながら加奈子が、やれやれ、と嘆息する。
そして改めて陽子を見るが京介が戻ってくるのを今か今かと待ちわびているようであった。
娘の陽子は随分と京介という少年になついているようだ。
あんなことがあってあまり他人とは距離をとることが多かった娘がここまで心を開くのは珍しいことでもあった。
「お、なんだ車があるじゃねぇか」
「本当だ! これで逃げれる!」
物思いに耽っていると、何者かの声が加奈子の耳に届いた。見るとぞろぞろと生き残りと思われる集団が加奈子のいる方へ歩いてくる。
全員人間なのは間違いないが、鬼気迫る空気に加奈子は多少の恐れを覚えた。
「ちょっと待て皆。そんな全員で怖い顔して向かったら不信感を抱かせるだけだ。一旦止まろう」
そんな中、一人の少年が前に出て、緊張感のある顔つきをした集団を引き止めた。
他の人たちに比べると、この少年は冷静なようであり見ていて安心感もある。京介のこともあり、この場から逃げ出すわけにもいかなかった加奈子からすれば地獄で仏といった心境だった。
「それに車にだって全員が乗れるわけじゃない。この先の事はもっと慎重に考えるべきだ」
「高橋会長のいうとおりです。確かに気持ちはわかりますが落ち着きましょう」
少年の横に寄り添うように立っている眼鏡の少女も高橋の意見に同意なようだ。しっかり者で責任感にあふれているようなそんな印象を受ける。
すると中年の男が前に出て高橋と対峙した。ジャージ姿の男性だった。おでこ周りの毛が寂しくなってきている男だ。体つきは随分と逞しい。
「……あぁ、そうだな。言ってることはわかった。だったらこの学校で唯一生き残った教師として俺が話をつけてやるよ」
「は? おい、勝手な真似は」
「うるせぇ、いいからお前はどいてろ!」
ジャージの男が高橋を押しのけ前に出てきた。教師と言っていたが風貌からいかにも体育教師といった様相である。
「よぉ姉ちゃん。俺はこの学校で体育教師をしている千堂だ。まぁこの状況じゃ教師もクソもねぇがな」
見た目どおりね、と加奈子は思ったが口には出さなかった。千堂は挨拶するなり加奈子の体を上から下まで舐めるようにねっとりと見てきた。
ぞわぞわとした悪寒を覚える。この男を見ているとおぞましい記憶がよみがえるようだった。
「へへ、あんたいい女じゃねぇか。よし、あんたは今度から俺と行動しろ」
しかもこの男、突如わけのわからないことを加奈子に告げてくる。
「……え? あの、ちょっとおっしゃってる意味がわからないのですが……」
「あん? なんたあんた。乳ばかりデカいくせに頭は空っぽなのか? この俺様がお前を守ってやるから言うことを聞けってそう言ってんだよ」
「ちょ、千堂! あんた何いってんだ!」
「千堂先生だろが! 目上を敬うのを忘れんなボケェ!」
高橋がくっと短く呻いた。表情には戸惑いが見える。突然の彼の暴走に狼狽えているようだ。
「お前はいつまでリーダー気取ってるつもりだ? お前が役立たずなのはさっきあのワイバーンとかいうのが攻め込んできた時点でバレてんだよ! お前なんかに従っていてもろくなことは起きないからな。こっからは俺の勝手にさせてもらうぜ」
「なんてことを……」
「おい千堂! だからって抜け駆けはないだろ!」
「ふん、なら俺とやり合うか? LV13でウォリアーの俺に勝てるやつがこんなかにいるのか?」
その数字がどれほどのものなのかは加奈子には理解できなかった。ただ、だれも口を出さないあたりこの千堂の強さというのは破格なものらしい。
「高橋、お前はどうよ? LVだけなら俺よりも高かったよな? 尤もお前は指揮官系だ。単独での戦闘力は大したことない」
高橋の顔が歪んだ。どうやら図星らしい。
「ま、そういうことだ。見ての通りこのなかで1番頼りになるのは俺だ。従っておいて損はないと思うぜ?」
「……おことわりします」
「あん?」
「今、私には一緒に行動している人がいます。それに貴方のような人は娘も怖がります」
「娘だぁ?」
千堂が車に目を向ける。中では陽子が怯えた顔で様子を窺っていた。
「ふん、安心しろ俺は教師だ。子どもの扱いにはなれてる」
「そうはみえません。とにかくお断りです」
「は、強情な女だ。ま、そういうところがそそられるんだけどな。それで、その行動をともにしている相手ってのはどこにいるんだよ?」
「……クラスの様子を見に行っているので今はいません」
「は? クラスだ? 一体どこだよ?」
「あの化物が突撃した教室です」
加奈子の視線の先に千堂が顔を向ける。そして、吹き出した。
「ぷっ、はは! 何だその馬鹿は! そんなの自殺と一緒だろうが。駄目だそりゃ、もうとっくにくたばってるぜ。だれがどうやってあそこまで行ったかはしらねぇが諦めるんだな」
「私はそうは思いません。あの方は強いですから」
「は! 何が強いだ! あんなところに自分から向かうなんてどう考えても馬鹿のやることだろう。ふん、まぁいい。お前のことは俺が精々可愛がってやるからさっさと車に乗って移動するぞ」
「嫌だ、やめてください!」
「黙れや! 俺がおとなしくしてたらつけあがりや」
「にゃにゃん!(ご主人様に何するにゃん!)」
「ぶふぉおぉおお!」
加奈子の腕を掴み強引に従わせようとする千堂に、飛び込んできたクロの猫パンチがヒットした。千堂が横に転がり、クロは加奈子の前に立った。
「え? クロ?」
「にゃんにゃん(ご主人様には指一本振れさせないにゃん)」
「くそ! この糞猫が!」
だが、千堂はわりと頑丈だった。いや、まだクロの力が戻ってないと言うべきか。
「お母さんをいじめるな! それにクロの悪口を言うな!」
「あん、なんだとこのクソガキ! 揃いも揃って俺をコケにしやがって! 自殺願望のある馬鹿の代わりに俺が可愛がってやろうと言ってんのによ!」
「誰が馬鹿だ」
その時、頭上から声が聞こえた。それは加奈子にとって、そして車の中の陽子にとってもとても安心できる声の持ち主。
「にゃん(これでもう安心にゃん)」
猫又のクロでさえも一目置く、そんな彼、京介が千堂と加奈子の間に颯爽とと着地した。
「な、テメェ、京介、生きてたのか!」
「うん? 誰かと思えば千堂教諭か。それにしても生きてたのかとはまた随分とご挨拶だな――」
にゃ~にゃ~(ぬこパンチこそパワー!)