第十一話 黒猫が俺を呼んでいる。助けてくれと呼んでいる
前回のあらすじ
人知れず狙撃手を倒した。
京介は加奈子の運転する車に乗って、夏目親子の暮らすマンションまでやってきた。8階建てのマンションで5階の503号室が借りてる部屋なようだ。
普段なら駐車場に止めるところだろうが、世界がこんな状況だ。わざわざそんなこともしていられないので、道路にそのまま止めておくことになる。
「あぁ、また……」
悲痛な面持ちで加奈子が呻いた。なぜならマンションの入口前には鹿のような魔物がおり、人の死体をムシャムシャと貪るように食っていたからだ。
おぞましい光景にも思えるが、こんなものは京介達がここまで来る間にいくらでも見られた。最初は気分が悪そうにしていた夏目親子も平気とまではいかないが大分見慣れてしまっている。
「食事中悪いがどいてもらおう」
京介は特に恐れる様子もなく魔物に近づいていった。気がついた鹿の魔物が一旦食べるのを止め、京介に向きを変えた。
そしてその雄々しい角を京介に向けて、弾丸のように飛ばしてきた。この魔物の持つスキルなのだろう。
「なかなかおもしろい技を使うな。だが遅い」
連続発射される角の弾を悠々と避ける京介。遅いと言っても矢速程度の速さではあるのだが、京介からすれば止まっているのと変わらないのだろう。
あっという間に距離を詰め、手刀で魔物の首を刎ねた。それで終わりだった。
「行こう」
「は、はい」
「お兄ちゃん無敵だね!」
京介の強さに常に驚かされる2人。陽子もその実力にすっかり虜だ。
マンションのエレベーターはやはり動かなかった。階段でいくことになる。
「もう、陽子ったら甘えちゃって」
「だって疲れちゃったんだもん」
「京介さん、本当ごめんなさい」
「大丈夫だ。それに5階まで階段で上るのは大変だろう」
エレベーターが使えない以上、自分の足で進む他ないが、陽子はまだ幼い。だから京介が背負い階段を上った。
階段の途中にもやはり魔物はいた。天井からはスライムが落ちてきた。床には手だけの魔物がいた。壁からは目玉が浮かび上がり呪いの言葉を吐きかけてくる。
だがそれらは全て京介の敵ではなかった。スライムが京介の発する圧だけで飛び散り、手だけの魔物はなんなく踏み潰され、目玉は目潰しで死んだ。
勿論これは京介だからこそ出来たことであり。
「あぁ、田中さんまで……」
魔物に殺された遺体が多くあり、加奈子の知っている住人の姿もあった。誰もが京介のように強いわけではない。魔物の犠牲になった人間も大勢いる。
田中は加奈子が捨てていくゴミを勝手に漁る困ったさんだった。
鈴木は夏目親子についてあることないこと言いふらす噂好きの女だった。樹里愛は毎晩のように男を連れ込んでは窓をあけてそういうことをする人で陽子に聞かれないようにするのに苦労をした。
斉藤は断っても断ってもしつこく言い寄ってくるので対応が大変だった。矢崎はしょっちゅうお金を借りにきた。
そんな住人の遺体がごろごろしていた。一癖も二癖もある住人も多かったが、死んでしまったとなると少しは悲しい。
そして5階に到着した京介だったが。
『た、助けてにゃ~! 誰か助けるにゃ~!』
そんな声が5階の部屋から聞こえてきた。察するに503号室のようであり。
「あ、クロの鳴き声」
「うん! ママ、クロが助けを呼んでるよ!」
「え? 助け、確かにちょっと尋常じゃない鳴き方かな……」
「俺が様子を見てこよう」
一旦陽子を下ろし、部屋へと向かう。
「お兄ちゃん! クロを助けて!」
「判った」
「あ、でも京介さん鍵!」
「問題無い」
「え?」
鍵は加奈子が持っていた。だが、京介には関係がなかった。503号室につき、氣を流して鍵を解除した。普通に鍵を開けるよりこっちのほうが早い。
『やめるにゃ~! クロを食べたって美味しくないにゃ~!』
部屋に入ると、夏目親子のペットと思われる黒猫とそれを掴んで今にも食べようとしている大きな猿がいた。色々奇妙な点も多いが、とりあえず京介は猿の方をぶっ飛ばした。
「ギィ!」
殴られ窓際まで飛ばされる。そして猿の手から落ちた黒猫を受け止めた。
『助かったにゃ! もう駄目かと思ったにゃ!』
「そうか良かったな」
『にゃん?』
クロが小首をかしげるが、とりあえず京介は視線を窓際の猿たちへ向ける。猿は全部で3匹いた。今京介がふっ飛ばした大きな猿とそれよりは一回りほど小さい猿が2匹だ。
その3匹が京介を見ながらキ~! キ~! と騒ぎ立てる。
「少しはやるじゃないか。途中にいた馬鹿どもよりは楽しめそうだ」
馬鹿どもとはステータスを手に入れ、欲望の赴くままに振る舞っていた人間のことだろう。
目の前の猿は魔物だ。2匹は戦猿、大きな1匹は猿王である。戦猿でLV22、猿王でLV26だ。
猿王が命じるように鳴いた。すると2匹の戦猿が部屋を縦横無尽に跳ね回る。鋭い爪を伸ばし、十分加速したところで引き裂こうと左右から同時に飛びかかってきた。
「フンッ! フンッ!」
京介は振り子のような軌道の左右のパンチでそれに応じた。爪が届くより遥かに速くパンチが戦猿の顎を砕き、壁に叩きつけられた。もう動くことはない。
「ギィ! ギィ! ギギィ!」
残された猿王が憤る。手と足の爪を伸ばし、跳躍した後、鋭く高速回転し京介に迫った。回転爪撃というスキルだ。勢いがのった車輪の如くであり、振れた瞬間に人間など軽く切り刻まれることだろう。
「フンッ!」
だが、京介は猿王の強烈な回転爪撃を堂々と体のみで受け止めた。爪は京介の五体を捉えるが、背中に芯が一本入ったかのように微動だにせず、とんでもなく硬い壁を相手しているが如く、肉体にも傷一つ付かなかった。
八神流捌合拳は体内の八つの気脈を操作し、絶大的なパワーを発揮する事ができる。気脈を上手く扱えば肉体の強度も上がる。猿王の爪は岩さえも切り刻むほど鋭利だが、それでも京介の肉体を傷つけるに至らなかった。
「グァ……」
回転を止めた猿王は己の両手を見やるが、爪が完全に折れてしまっていた。これではもうどうしようもない。
すると、京介の拳が猿王の胸部に添えられ。
「八神流捌合拳・捌勁衝流撃!」
気脈を操作し、拳に集約させた氣を相手の内側に向けて叩き込む。相手の気脈に一気に衝撃が流れ込み破裂し、猿王は窓の外までふっ飛ばされた。
当然もう息はない。魔物も片付いたところでクロを見る。すると、先に倒していた戦猿から何かを吸い取っていた。
『ふぅ、それにしても助かったにゃん。しかし、こいつ何者にゃん。とんでもない強さにゃん。化物みたいな男にゃん』
「しゃべる猫にそんなことを言われてもな」
『……うん? おかしいにゃ。何か今この男が反応した気がしたにゃん。でもそんなはずないにゃ。普通の人間には念の声なんて聞こえないはずにゃん』
「いや、しっかり聞こえてるぞ」
『にゃん、そうかにゃん。聴こえて、にゃにゃにゃにゃんでにゃーーーー!』
クロはたいそう驚いていた。猫なのに器用に仰け反る程には。
「それで、お前は一体何者なんだ?」
『それはどっちかというとこっちのセリフな気がするにゃんが……とりあえず聞こえるなら先ずはありがとうと言っておくにゃん』
「夏目親子に頼まれたからな。お礼なら飼い主にも言うことだ」
『にゃ! ご主人様を知ってるにゃんか。どうりでにゃん』
「それで、何者だ? もし悪い存在なら――消す」
『にゃにゃ! そんな殺気立つなにゃ! クロは悪い猫じゃないにゃん! ただちょっとだけ他と違うだけにゃん!』
「ちょっとどころではないと思うがな」
『それを言うならお主だって十分おかしいにゃん』
「俺は普通の高校生だ」
『お前みたいな普通の高校生がいてたまるかにゃん!』
クロに激しく突っ込まれる京介である。
「普通だぞ。普通に高校へ通っていた学生だ。武道を嗜んではいるがな」
『嗜むどころでない気がするにゃん。まぁいいにゃん。クロは猫又にゃん。といっても転生体みたいなものにゃん』
「転生体、つまり死んだのか」
『そうにゃん。一度は死んだにゃん。そして転生したにゃん。尤も本来なら転生したと言っても意識の内側で暫く眠り続けている筈だったにゃん』
クロが語りだす。どうやらこの猫は妖の類なようだ。
「でも、世界に異変が起きて、クロも目覚めることになったにゃん。全くもう少し寝ていたかったのに迷惑な話にゃん』
「そうか」
京介は一先ず納得した。特に嘘を言っているようには感じられなかったからだ。
「京介さん、あの、大丈夫ですか?」
「クロ~お兄ちゃん、クロは無事?」
すると、扉の向こう側から夏目親子の声が聴こえてきた。きっと心配になって様子を見に来たのだろう。
「あぁ、もう大丈夫だ」
京介が応じると、夏目親子が部屋に入ってきて、大きな猿の存在に先ず驚いた。
「こんなのが……クロは本当に危なかったのね」
「わ~いクロだ~クロ~!」
『くすぐったいにゃん。全く甘えん坊さんにゃん。ごろにゃ~ん』
お腹を見せてモフられる姿は猫そのものだ。人語を介してなければ普通の猫そのものである。
『お前のことを2人に話していいのか?』
『待つにゃん! まだ内密ににゃん、て! お主何普通に念で話しかけてきてるにゃん!』
『そうは言ってもな。普通に猫に話しかけていても不気味がられるだけだろう』
京介は意外とこういうところはしっかりしていた。
『だからって、普通人間は念では話せないにゃ。やっぱりお前おかしいにゃん』
『随分な言い草だな』
京介からすればこの程度修行一つでどうとでもなる話なのだが。
『ふむ、あ、判ったにゃん! お前この妙なステータスとかいうので色々手に入れたにゃん!』
『不正解だ。ステータスなどとっくに破壊した』
『なんだそうかにゃん……て、破壊したにゃん!』
『破壊した』
『……とことん信じられないやつにゃん。でも、よく視ると確かにないにゃん。こんなこと出来るなんてどう考えても普通じゃないにゃん』
『普通の高校生だが?』
『全国の普通の高校生さんに謝れにゃん』
そんなやり取りをしつつ、クロは猫又であることが秘密な理由を答える。
『意識が戻ったといってもまだ本調子じゃないにゃん。大体力が戻っていたらあんな猿なんかに遅れを取らないにゃん。だから今明かしてもたいしたことないと思われるのが嫌にゃん』
『見えっ張りな猫だな』
『う、うるさいにゃん! とにかく、魔物が沢山いたのは僥倖にゃん。こいつらのエナジーを吸えば力が戻るのが早まるにゃん』
それでさっき、猿の死体から何かを吸い取っていたのかと京介は得心する。
『そうだ。さっきお主がふっ飛ばした猿王の骸のとこにも連れて行って欲しいにゃん。まだ間に合うと思うにゃん』
『善処しよう』
「あの、京介さん。学校に行く前に必要な物を集めておきたいのですが大丈夫ですか?」
クロと念で話していたら加奈子から尋ねられた。一旦念でのやり取りは中断する。ちなみに表向きにはクロはにゃ、とかにゃんと言う鳴き声しか上げていない。
「そうだな……なら、俺はさっきの魔物がしっかり倒されているか確認してくる」
京介の言っている意味を察し、クロが体を起こし京介の肩に飛び乗った。
「うにゃ~ん(さぁ吸いにいくにゃん!)」
「すご~い、クロもう懐いちゃった」
「京介さんは動物にも好かれやすいのですね」
普通に会話したからだったりするが、とにかく京介は一旦クロを乗せたまま、猿王の落ちた場所に向かう。その途中で現れた魔物を倒すと、クロは死体からエナジーを吸い取っていった。
『やっぱり途中の雑魚よりこの猿の方が上質にゃん』
目的の猿王からエナジーを吸い取りクロが言った。より強い魔物ほどエナジーの質も良いらしい。
そして部屋に戻ると夏目親子の支度も整っていた。元々は災害用に準備していた備蓄を持っていくつもりなようで京介も手伝って車に積み込んだ。
「それでは学校に向かいますね」
「学校だ~」
『沢山魔物がいればエナジーも集まるにゃん』
『いないに越したことはないんだろうがな』
こうして一行はあらたに奇妙な猫も加え、学校へと車を走らせるのだが。
「おらおらおらおらおら! 俺ら天下の黒猫団のお通りだ!」
「魔物も警察も怖くないぜ!」
「LVだって15超えだァ!」
前方からやかましい排気音を撒き散らしながら近づいてくるバイクに乗った集団がいた。それぞれに手に斧やチェンソーやツルハシやドリルを握りしめていた、奇声を上げながら蛇行運転を繰り返している。
はた迷惑な連中であり、手に持っている得物には血糊がべったりと張り付いていた。
「何だあのゴミは」
「にゃ~(あんな殺人集団に黒猫と名乗られるのが腹立つにゃん)」
『殺人をしているのか』
『視れば判るにゃん。殺人の称号がついているにゃん』
ステータスは壊してしまったが、最初見た時にそんなものがあったことは覚えている。どうやらクロはそういった物が視えるようだ。そしてそれがついているということはそういうことなのだろう。
「おい! あの車には女が乗ってるぞ!」
「よっしゃ! 男は殺せ! 女はさらってやっちまえ!」
わかりやすい連中だが、どうやら加奈子の運転する車に目をつけたようだ。
「ど、どうしましょう……」
「轢くといい。正当防衛だ」
「え? 正当防衛……そ、そうですね!」
そして加奈子はアクセルを思いっきり踏み込んだ。
「おらおら! やっちま、グべぇ!」
「ごフォ!」
「ベラっちぇ!」
加速した車に、ガンガンガン! と次々跳ね飛ばされた連中はそのまま派手に空中へ飛んでいってしまった。
「うわぁ~お空に飛んでいっちゃったよ~」
『ゴミが片付いたな』
『いいきみにゃん』
「あ、あんなに飛ぶものなのかしら?」
加奈子は驚いているようだが車は京介が氣でコーティングしていたので、あたった時の威力は跳ね上がっていたのである――
ぬこ~。