第十話 覗き見とは趣味が悪い、お仕置きが必要だ
前回のあらすじ
ひゃっはーな若者にお仕置きした。
最後に倒した剛力の絶叫が辺りに鳴り響く。だが、誰も助けるものなどいはしなかった。こうしてステータスやスキルの力を振りかざし人を殺め好き勝手に振るまっていた若者たちは、ステータスを持たない京介の手で返り討ちにされた。
その後は目障りなので全員京介が適当に放り投げた。そこから先どうなるかはこの連中次第だ。
だがきっと大丈夫だろう。彼らにはとても頼りになるステータスがあるのだから。
「よかった! 車は無事みたいです!」
連中は車を弄ってはいたが、どうやら見つけて間もない段階で京介と遭遇したらしい。なので車自体にこれと言った問題はなく、嬉しそうに口にし加奈子はドアを開けた。
車はモトダのオルティナだった。5ドアタイプのミニバンである。スライドタイプのドアはこういう非常時にはありがたい仕様といえるだろう。
「ガソリンは半分ぐらいか……」
車に乗り込み残量を確認するが確かにメモリは半分程度。まだしばらくは大丈夫だろうが変わりゆく世界だ。入れられる時に入れておいた方がいいかもしれない。
「ママ~……家には戻らない?」
「え?」
その時だった、助手席の陽子がどこか不安そうに加奈子に尋ねた。
何か心配事がありそうである。
「クロが心配だよぉ」
「あ、う~ん、でも……」
「そのクロというのは?」
「はい、その、うちで飼ってる猫なんです。この子のすごくかわいがっていたんですが、その子が部屋にいて……」
なるほど、と京介は顎を引き。
「なら、先に部屋に戻ってから学校へ行くのはどうだろう?」
「え? でもいいのですか?」
「構わない。俺は乗せてもらっている身だし、飼い猫は心配だろうしな」
「わ~い! お兄ちゃん大好き」
「もう、この子ってば調子いいんだから。でも、本当にすみません――」
そして先ずは夏目親子の家に立ち寄ることとなった。場所的には車で20分ぐらいのところらしい。
加奈子としては車で乗せる以上にお世話になっている状況な為、申し訳なくも感じたが、こんな状況で母と娘だけで部屋に戻るには不安がある。
京介と一緒に来てくれるのは本当にありがたいという思いであった。
話が決まった後はそのまま地下から地上階まで走らせる。途中ゾンビがいたが、思い切って轢きながら無理やり進んだ。
その内に料金所が近づいてきたわけだが。
「あ、料金……」
「それはもう意味がないだろう。電気が止まってるのだから」
「え? それじゃあゲートは?」
「突き破るしかないだろうね」
京介の言うように精算機は完全に止まっているし電話も通じない。連絡手段がないし、そもそもこんな状況でオペレーターにつながるわけもない。
加奈子は覚悟を決めてアクセルを踏み、見事にゲートを突き破った。背徳感がなかったわけでもないが、同時に映画でみたワンシーンのようであり気分が高揚しているようでもあった。
それから暫く車を走らせる。すると、何かが上空から近づいてくる。
『ギャースギャース!』
「ママ! 空からおっきい鳥さんが!」
「ふむ、鳥というよりは翼竜だな」
「ぷ、プテラノドンじゃないですか! なんでこんな!」
確かに上空で羽ばたいているのはプテラノドンによくにている。ただ、頭にずいぶんと長い角を備えていた。ライドンという名の魔物である。
「何かお角がピカピカ光ってる~」
「電気を集めているようだな」
「そ、そんなどうしましょう」
うろたえる加奈子だが。
「問題ない。少し出るぞ」
「え?」
すると京介が扉を開けて屋根の上に乗り、かと思えば勢いよく跳躍。あっという間に翼竜の群がる高度に到達し。
「八神流捌合拳・覇気旋脚!」
京介は回転しながらの蹴り、いわゆる旋風脚に近い軌跡を描く蹴り技を放った。その後を追うように光を帯びた衝撃波が全方位に広がり、雷を放とうとしていた翼竜の群れを余すこと無く撃墜した。
京介は空中で体勢を整え、宙を蹴り加奈子の運転する車まで戻ってくる。
「翼竜は全て倒しておいた」
「お兄ちゃんすご~い! かっこいい!」
「え~と、本当強いですね。私たち京介さんと知り合えて幸運だったかも……いくら格闘技をやっていると言ってもここまでお強い方はあまりいませんよね?」
「いや、俺の妹もなかなかやるぞ。それと体術と剣術という違いはあるが、俺のクラスメートもかなりの使い手だ」
(世の中にすごい人って一杯いるのね……)
京介の説明に感心する加奈子である。そして障害もなくなったことで安心して自宅に向けて車を走らせるのだった。
◇◆◇
世界は大きく変わった。そのことは人々の精神にも大きく影響を及ぼした。それが正義感や勇気に繋がるならいいのだが、中には悪意にまみれてその力を行使し始める者もいる。
「――また一人、ひひっ」
彼、御堂筋 十志もその一人だった。マンションの一室に引きこもり窓を上げカーテンの隙間から銃口を出しスコープの先に映る朽ちた魔物や人間を見てほくそ笑む。
尤も彼の場合、元々から問題はあった。ガンマニアの彼は密かに手に入れた銃器を部屋に飾り、毎日眺めながらこれでいつか人を撃ち殺せたらなどと考えるような人間だった。
そして、今そのチャンスが到来した。世界が代わり、彼が手に入れたジョブはガンマンだった。銃に関するスキル全てにポイントを振った。そしてこれまでただ飾って眺めるに過ぎなかったライフルを手にし、道行く人々を狙い撃ちしていった。魔物も人間も関係なかった。通り過ぎる車があればタイヤを撃ちパンクさせ出てきたところをヘッドショットで仕留めた。
女も子どもも関係なかった。道には大量の死体が転がっていた。邪魔な車はグレネードランチャーを用いて排除した。
そんなことを繰り返している内に彼のLVは大きく上昇していった。
「俺は無敵だ……」
達成感に包まれていた。FPSというゲームで憂さを晴らすことはよくあったが、現実の方がより興奮できた。尤も現実でありながら、今の彼はゲーム感覚で人を殺めていたわけだが。
「へへ、また一台来やがった……」
スコープを覗き、やってきた車を見る。ミニバンのオルティナだった。このタイプなら親子などで乗っている場合も多いが、案の定車には3人が乗車していた。
「これで、俺の記録に更に3人追加だな。次にLVが上がったら、どんなスキルを取ろうかな――」
あれこれと考える。それすらも楽しい時間だった。これまで成長とは無縁だった御堂筋だが、ステータスのおかげで自分がどれだけ成長出来たかは数字化される。
人や魔物を殺す度にLVが上がりポイントを振り、次第にステータスが上昇していくのがたまらなく心地よく、言いようのない達成感に包まれた。
「さぁ、俺のPSO1で先ずタイヤを撃ち抜き、降りてきたところで頭に鉛玉をくれてやる」
そんなことを呟きながらスナイパーライフルを構え車がポイントを通過するタイミングを図る。だが、車は彼が思っていた地点よりずっと手前で停車した。
なんだろう? と不思議に思っていたら、ドアが開き、後部座席にいた少年が表に出てトコトコと歩いてきた。
何だこいつ? と一瞬疑問に思った御堂筋だが、向こうからノコノコやってくるなら却って好都合だった。
この男を殺してしまえば、残るのは女2人。見るに母と娘と思われ、御堂筋からすれば燃えるシチュエーションでもあった。
母か娘、どちらかを先に殺し、絶望する姿を眺めた後、残った一人にじっくりと目で楽しみながら弾丸を撃ち込んでいく。簡単には殺さず、じわりじわりと苦しむように――その苦しみもがく姿を妄想するだけで丼飯3杯はいける気がした。
だが、先ずは男だ。近づいてきた。狙撃する上で絶好のポイントに、男は足を踏み込んだ。
銃口から火吹きが上がり、7.62mmライフル弾が少年の頭を貫く……筈だった。
「……馬鹿な、間違いなく命中するコースだった筈だ!」
御堂筋が憤る。だが、確かに少年は何食わぬ顔でその場に立っている。
「ゆ、許さねぇ! だったら! 連射だ! 鬼の連射だ!」
御堂筋は怒りに任せて残っている銃弾を全て少年に撃ってやった。だが――それでも少年は倒れなかった。
馬鹿な! と再度呟きスコープを覗く。そこで御堂筋はおかしな物に気がついた。スコープ越しに見えた彼の手は軽く握りしめられており、親指を折りたたむようにして、何かを弾こうとしている。よく見ると、それは彼が撃った銃弾だった。
「はは、ははははははは! アホだコイツ! アホだコイツ! あれかよ、指弾で俺の撃った銃弾を返そうってのかよ! 漫画かよ! アニメかよ! ラノベかよゲームかよ! 中二病まるだしだよこんなのが現実にいたなんて、超うける~!」
少年の行動を笑い飛ばす御堂筋。だが、その時だった。彼の肩口が、何かに撃ち抜かれた。アツッ! と声が漏れる。肩に熱を感じた。そして激しい痛みが襲いかかる。
「な、なんじゃこりゃあああああ!」
両目を見開き叫んでいた。信じられなかった。まさか、本当に指で弾いた銃弾に撃たれるなんて。ありえないと思っていた。経験値を稼ぎ、LVも上げまくった自分があんな奴にやられるなんて。
(どうしようどうしようどうしようどうしよう!)
御堂筋はすっかり混乱していた。こんなこと初めてのことだったからだ。一体この後どうすればいいのか――だが、考えている余裕を与えてくれるほど相手は優しくなかったようであり、再び窓を突き破ってきた弾丸が今度は太ももに命中する。
御堂筋は部屋の中をゴロゴロと転がった。
「ふざけるなふざけるなふざけるな! こんなの人殺しだろ! 許されるのか畜生、い、いてぇ!」
散々ゲーム感覚で人を殺してきた自分のことは棚に上げてよく言えたものである。逆恨みもいいとこだが、御堂筋は止まらなかった。
膝立ちでケースの側に行き、引き出しを開けて手榴弾を一つ取り出した。一個だけ部屋で隠し持っていたものだ。
「スキルで威力を3倍にして投げてやる! それで終わりだ!」
そして窓際に向かい、ピンを抜く。後は相手に向けて放り投げれば爆発に巻き込まれて死亡だ。
そう考え、窓の横から手榴弾を放り投げようとするが、弾丸が再び部屋の天井を捉えた。馬鹿め! と顔を歪める。思いっきり外したな、とほくそ笑み、今まさに手榴弾が投げられると思ったその時、部屋の壁で跳弾した弾丸が、手榴弾を持って振りかぶっている御堂筋の肩を撃ち抜いた。
「ギャッ! い、痛ェ、畜生、あ……」
うめき声を上げる。その時、彼は気がついた。痛みに耐えきれず、思わず手榴弾を握っていたその手を放してしまったことに。
安全ピンは抜かれていた。しかも威力はスキルで3倍に引き上げられている。その手榴弾が落ちるということは――気がついたときには、もう全てが遅かった。
◇◆◇
京介が見ていた窓の内側から、激しい爆発音が鳴り響き、窓のあった部屋が吹き飛ばされた。壁には大きな穴が空き煙がもくもくと立ち込めている。
それを認めた後、京介は戻り、加奈子の運転していた車に再び乗り込んだ。
「凄い爆発があったみたいですけど、何かあったんでしょうか?」
「気にする程じゃない。ただの自業自得だ」
「は、はぁ。判りました。それじゃあ先を急ぎます!」
こうして人知れず京介が驚異を排除したことで、夏目親子はスムーズに車を走らせることが出来たのであった――
車を手に入れました。