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ヒーローなんていない  作者: サク
田舎貴族と本当の私
9/73

殿下に相談

 

「歩けそうですか?」


 手を差し伸べてきたジェラルドから目を背けながら、軽く頷く。


「バルコニーまで行きましょう。そこでテオ様が待っているはずです」


 ジェラルドは穏やかに微笑んで、ゆっくりと歩き出した。

 ――彼が恐ろしい。

 全てを受け入れてくれそうな優しい微笑みを浮かべているのに、その心は私を心配しているわけではない。

 彼はただ、私にロランディ辺境領へと嫁いできてほしいだけ。


「ああ、居た」


 安心したようなジェラルドの声に顔を上げると、バルコニーから上背のある男性――テオドーロ・ロランディがこちらを見下ろしていた。


「これはまた……なにがあった?」


 ロランディ伯は足早に駆け寄ってくると、私の頭からつま先まで視線を走らせ、思いっきり顔を顰めた。


「テオ様、詳しいことは後でです。今はとりあえずラディアーチェ嬢を……」

「それは私が手配しよう」


 新たに聞こえてきた凛とした声。

 ロランディ伯は思わずといった様子で舌打ちすると、小さな声で口汚く罵った。


「テオ、これは一体どういうことだ?」


 バルコニーに入ってきたのはアーダルベルト殿下と、その腕に抱かれたニコレッティ嬢だった。








 人目につかないよう控室へと運ばれ、身嗜みを整えてもらって、ようやく人心地つくことができてため息を漏らす。

 次いで案内してもらった部屋には先ほどの面子――アーダルベルト殿下にニコレッティ嬢、ロランディ辺境伯にジェラルド――が勢揃いしていて、状況の説明はあらかた終わっているようだった。


「ラディアーチェ嬢、楽にしてくれ」


 殿下の言葉に頭を上げると、極力ニコレッティ嬢と目を合わせないよう、出来るだけ目を伏せてソファへと腰掛ける。

 ふわふわと揺れる桃色の髪に、透けるような肌に輝くスカイブルーの瞳。目を奪われずにはいられない、可愛らしい美少女。彼女の何気ない仕草一つ一つが可愛らしく、微笑ましい。

 アーダルベルト殿下にぴったりと寄り添う姿は本当に仲睦まじく、直視出来なかった。

 現実を突きつけられなくても、心の底では分かっていたのかもしれない。彼女の透き通るような美貌も、控えめで可愛らしい性格も、殿下へ寄り添うその心も、なにもかも勝てやしない。

 本当はただ彼女が羨ましくて、妬んでいたのだと。


「大変な目に遭ったな。大丈夫か?」


 殿下の声にハッとする。

 その声に心配そうな色を見つけて、それを嬉しいと感じてしまう私は、まだ余計な感情を捨てきれてないようだ。


「怖い思いをしただろう。まさかエヴァルド・ダリアがあのような暴挙に出るとは思ってもいなかった。……ラディアーチェ嬢、念のための確認なんだが、庭園へと降りたのは自らの意志ではなかったのだな?」


 その言葉に衝撃が走った。

 ……確かに公爵家次男で王太子付近衛騎士、その上顔面偏差値も高いエヴァルド・ダリアと婚約解消直後のヴィヴィエッタ・ラディアーチェ。私が次の相手探しに躍起になって、あることないこと言っていると思われていてもおかしくはない、か。

 殿下は確認のためとは言っているが、それでも信用がないことに胸の奥がずきりと痛んだ。


「アーダルベルト殿下」


 無理に口角を上げて微笑みかける。


「あのような仕打ちを受けて、そのせいでダリア様と結婚せねばならないというのなら、わたくしは自ら修道院へ向かいますわ」

 そんなことをすれば父が黙ってないだろうけどな。

 ニコレッティ嬢の視線を受けて、殿下は慌てるように取り繕った。


「すまない。酷なことを聞いてしまった。もちろん疑ってなどいないが念のためだ、分かってくれ。あなたがこれ以上被害に遭わないように私も尽力することを誓おう。ただ、彼は兄の近衛騎士であり、ダリア公爵家の者だ。表立って処分を下すのは難しいと思ってほしい」


 それははなから期待していない。こちらは格下の侯爵家だし、目撃者のジェラルドに至っては子爵家である。

 諸々考えると向こうがこれ以上関わってこないのであれば、私としてはこのまま静観しておきたいところだ。

 だけどあれだけで済むとは思えないほどマジな雰囲気だったのが、恐ろしいんだよなぁ……。

 ――今はそれよりも、だ。

 思いきって視線を上げ、殿下の深い紺碧の瞳を見つめる。殿下の瞳は相変わらず冬の夜空のように澄んだ輝きを湛えている。ふと、いつも見つめられると吸い込まれそうで目が離せなかったのを思い出した。


「殿下、ダリア様のことは一旦置いておきましょう。わたくしが一刻も早く次の婚約者を見つけることができれば、取りあえずは安心でしょうから」


 深い瞳がホッとしたように笑む。

 殿下はきっと、この婚約解消したばかりの微妙な時期に、必要以上に貴族間に波を立てたくないに違いない。そう思った私の読みは当たったようだ。


「それよりも殿下……わたくし、ロランディ辺境領で大変悲しい目に遭いましたのよ?」


 目の端で当事者二人が表情を強張らせるのが窺えた。

 ごめんなさいね、でもわたくし、泣き寝入りするようなか弱い令嬢じゃないもんで。


「ロランディ辺境伯のご子息より、王子に捨てられた女、と誹りを受けましたの。殿下、()()()()()()()()()と、そう仰いましたわよね?」


 シンと部屋の中が静まる。

 一拍置いて、冴え冴えとした殿下の視線がロランディ伯に突き刺さった。


「どういうことだ?」


 口を歪めた辺境伯は一瞬、私をギロリと睨みつけたけど、あとはそっぽを向いて何も言わない。どうやら黙秘権を行使することにしたようだ。

 その態度がどこかのバカ息子を彷彿とさせますな!

 殿下は溜息をつくと、視線をジェラルドに回した。


「バルトリ、説明しろ」


 感情のない静かな声に、ジェラルド・バルトリは観念したかのように天井を向き、慌てて殿下へと釈明し始めた。








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