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ヒーローなんていない  作者: サク
没落殿下と毒の花
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いざ突入

 

「ラヴィラ卿、ここにいたのか。よかった、急用なんだ」


 玄関が開いてラヴィラ卿が顔を見せる。それと同時に畳みかけるようにセシリオはあることないことをまくし立てた。


「ヴィヴィが見つかった。無事だったんだ。だが衰弱している。悪いが早急に休ませてもらえないか」


 丁寧な言葉とは裏腹に、セシリオはいつになく圧を醸し出していて、それはここから一歩も引かないという彼の意思を表していた。


「……。ああ、見つかったのか。よかった……よかったよ、ヴィヴィエッタ。大変な目に遭ったね」


 たぶんセシリオがどこまで把握しているか推し量れないから、どういう態度に出ていいのか模索しているのだろう。白々しいアーダルベルト殿下の言葉に、私も弱々しく微笑み返してみせる。

 せいぜい自分の置かれた立場を目一杯模索するといい。そして気づいたときにはすでに追い詰められたあとなんだってことを後悔するがいい!


「もう一度言うが、一刻も早く休ませたい。部屋を貸してくれ」

「それは……」


 ラヴィラ卿は言い淀むように言葉を切ったが、すぐに取り繕うようにいつもの穏やかな笑みを浮かべた。


「申し訳ないが、モニカも体調が急変していてね。ここじゃなんだから屋敷にでも……」

「私の婚約者は至急休む必要がある、と言っている」


 セシリオがふっと表情を消した。

 それと同時に有無を言わせずに相手を屈伏させるような、なんとも言い難い威圧感が漂う。そんな彼の変化に、アーダルベルト殿下は刹那目を見開いた。


「それとも君は、助けを求めている者を追い返すと?」


 どこか高圧的ともとれるその態度は紛れもなく貴族のそれで、セシリオもこんな表情ができるようになったんだと私は内心驚いていた。


「君の奥方が本当に体調が悪いというのなら、決して迷惑はかけないと誓おう。だが……」


 そのとき、屋敷の奥からか細い声が聞こえてきた。


「アディ……?」


 そしてそれは次第にはっきりと、苛烈になっていった。


「アディ、どこにいるの? アディ? アディ!」


 まるで泣き叫ぶような嗚咽のあと、フラフラと亡霊のようなモニカが姿を現した。そしてモニカと共に香り立つ、甘い甘い“神の涙”の香り。


「モニカ……!」


 思わず声を上げる。モニカは私を目にした途端、これでもかと目を見開くと引き攣れるような叫び声を上げて踵を返した。


「モニカ!」

「待って、モニカ!」


 思わずといったようにラヴィラ男爵も身を翻す。その後ろから私たちも追いかける。二人が逃げ込んだのは、例のモニカの部屋だった。








 モニカは逃げ込んだ先のベッドに潜り込んで、蹲っていた。

 部屋の中には隠しきれない“神の涙”の残り香が充満していて、ベッドサイドテーブルにはまさに今から使われようとしている“神の涙”の器具がセットされている。

 もうどう釈明しようとも、言い逃れできない状況だった。


「君、これはどういうことだ?」


 セシリオの低く抑えられた声が容赦なくラヴィラ男爵を糾弾した。


「これはもしかしなくとも“神の涙”だな? なぜこんなところに“神の涙”がある? なぜここからその香りがする」


 ベッドに潜り込んでしまったモニカをラヴィラ男爵はシーツごと抱えながら、激しく苛むような視線を向けてきた。


「モニカが君に怯えている。ここは一旦引いてくれないか」


 モニカはシーツの中で怯えているようだった。身動ぎした私の手を、セシリオはしっかりと掴んできた。


「聞こえなかったのか、ヴィヴィエッタ? モニカは()()怯えているんだ。早くこの部屋から立ち去ってくれ」

「先に答えろ」


 私を責め立てるようなラヴィラ男爵を遮って、セシリオが鋭い声を出した。


「ヴィヴィの罪悪感を煽って話を逸らそうとするな。これはなんだ、と聞いている」


 ラヴィラ男爵はしばらく黙っていたが、やがてくつくつと笑い始めた。


「なにがおかしい?」

「いや、君も偉くなったものだなと思って」


 ラヴィラ男爵は瞳にちらりと侮蔑したような色を乗せて、それをセシリオへと向けた。


「ついこの間まで田舎の領地で怯えに怯えて閉じ籠もっていた君が、まさかこの私に対してそんな口を利くようになったとはな。君をあそこから救い出し、ヴィヴィエッタという婚約者を充てがってやった恩も忘れたか?」

「悪いが君には恩義など、一切感じてないよ」


 挑発するようなラヴィラ男爵の物言いにも、セシリオは冷静に返す。


「一人きりの殻から抜け出すことができたのも、ヴィヴィエッタという素晴らしい婚約者を得ることができたのも、全ては私たち二人が足掻き続けた、その結果だった。君はそれに付随する成果を横から掻っ攫っていっただけで、私は君のことはただの自分勝手な男だとしか思っていない」


 セシリオの言い分に最初に体裁を崩したのはラヴィラ男爵だった。

 彼は取り繕っていた穏やかな笑みを崩して、虚無に粟立つ冷酷な瞳を覗かせた。


「……言ってくれるじゃないか」

「私はただ事実を述べただけだ」


 セシリオのあくまで冷静な態度は、目の前にある事実をラヴィラ男爵に突きつけようとしている。


「そして今も、私はただ事実を確認しようとしている。ラヴィラ男爵、君は“神の涙”を己の私利私欲のために悪用し、そしてそのことがヴィヴィに暴かれると彼女に手をかけようとした。違うか?」


 虚無を暴かれた紺碧の瞳が、私を見た。









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