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ヒーローなんていない  作者: サク
田舎貴族と本当の私
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夜会での邂逅

 

 帰ってきた私を出迎えたのは、意外にも帰宅していた父だった。


「ただいま戻りました」


 玄関ホールに佇んでいた父は私を一瞥すると、軽く頷き、身を翻す。それが執務室へ来いということだと分かっている私は、溜息を一つ吐いた。








「ロランディ辺境領はどうだった?」


 執務室に着いた途端、前置きもなしに尋ねられて思わず肩が跳ねる。訝しげに眉を動かした父に悟られないよう笑みを浮かべると、私も単刀直入に聞くことにした。


「コルネリオ・ロランディ、エドモンド・ロランディ。この二人はロランディ辺境伯の実子ですの?」


 父は無表情に頷いた。

 やはり父は知っていたのだ。


「平民に産ませたと聞き及んでおりますが」

「表に出してはいないが、邸の離れに囲っている様子ではほぼ妾のようなものだろう」


 引き攣りそうな表情筋を叱咤する。


「お父様、ロランディ伯はどうやら二人の子息のうちどちらかに跡を継がせるおつもりのようですの」

「……なに?」

「それにわたくし、酷い侮辱も受けましたのよ。どうやらロランディ辺境伯では虚実入り混じって伝わってしまっているようですわ」

「ふむ……」


 父の眼光が鋭いものになる。


「ヴィヴィエッタ。実は二週間後の王宮での夜会にお前も呼ばれている。良い機会だ、(第二王子)は潔癖のきらいがあるし、そこで少し“相談”してみたらどうだ? 働きかけてはみるが、あとはお前次第だな」


 黙って頭を下げる私に、幾分柔らかい父の声が落ちてきた。


「噂の方はこちらでも調べてみよう。なに、()()()()()と言いだしたのは殿下の方だ。事実は正しく認識してもらわなければな」


 父が追いやるように軽く手を振ったので、これ以上の問答は無駄だと大人しく下がることにする。

 愛人や妾を持つことが当たり前の世界観だが、正妻がいるのに庶子の子を跡継ぎにすることはあまりない。言わずもがな正妻と揉めて厄介なお家騒動に発展するからだ。それなのにロランディ伯は二人いる庶子のうちどちらかを跡継ぎにすると既に宣言している。

 この場合、私とは白い結婚を貫きますよ、と宣言されてるのも同じだ。これは一度婚約解消された女だからと、こちらに瑕疵があるものと甘く見られているに違いない。

 アーダルベルト殿下は言った。

 ()()()()()()と。

 なら、私は私の正当な権利を主張するまでだ。――しかし、穏便に婚約解消できたと思ったのも束の間、まさか新たな婚約候補先でこんな屈辱的な扱いを受けるとは思いもしなかった。

 ……ていうか、ここ本当に乙女ゲームの世界観だよね? 『悪役令嬢』って、こんな地味で目立たない感じで没落していていく?

 そりゃ処刑とか追放とかもちろん勘弁なんだけど、『ヒロイン』や『攻略対象』にも歯牙にもかけられていない感じだし、こんな貴族的で分かりにくい没落エンドに入るのも……なんか微妙じゃない?








 ということで、二週間後。

 私は久しぶりに気合を入れて念入りに準備をし、王宮の舞踏会へと足を運んでいた。

 少しでも『悪役令嬢』のイメージを払拭すべく、パステルブルーの生地にレースをあしらった、明るいドレスを選ぶ。アクセサリーもパールを合わせ、野暮ったい黒髪もアップにしてできるだけ明るく、控えめに、穏やかにを心がけて。

 ニコレッティ嬢に会ったときにどんなリアクションを取られるかだけが不安要素だったが、そこは抜け目のないアーダルベルト殿下を信じるしかない。

 ちなみにエスコート? 誰もいませんが。気安く頼めるような子息の知り合いもいないし、こんなところでつくづく人望のなさを感じる。

 チラチラと向けられる視線に精一杯平静を装いながら、私は会場へ一歩踏み出した。

 まずは陛下と王太子殿下へのご挨拶を済ませ、表向きの理由だった体調不良での療養から戻ってきたとのことで気遣う言葉を頂く。

 アーダルベルト殿下の婚約者だったときは気安く接して下さったお二方だが、今やただの侯爵令嬢となった私には形式的な言葉しかかけられず、こんなところで婚約が解消されたことを改めて認識させられてしまう。

 だが、感傷に浸っている暇はない。次なる目的はアーダルベルト殿下だ。遠目に見えた殿下はニコレッティ嬢と共に囲まれているが、幸いなことに私と目が合った殿下はニコリと微笑んで下さった。

 ――殿下の方も、なんの瑕疵もなくニコレッティ嬢と婚約することをアピールしたいもんな。

 つくづく冷静で頭の回るお方だ。自ら歩み寄ってくる殿下に礼をとろうと立ち止まったところで。


「ヴィヴィエッタ・ラディアーチェ嬢」


 男らしい艶のあるバリトンボイスに呼び止められた。

 なにもかもうまくいかないタイミングの悪さに、頭が痛くなる。このまま無視して殿下の元へ駆け寄りたい気持ちを抑えながら、ゆっくりと振り向く。

 私を呼び止めたのは体格のいいイケメンだった。

 高い身長に鍛え上げられた体躯。ハニーブロンドは丁寧に後ろに撫で付けられ、シルバーブルーの瞳は甘く細められている。


「ああ、良かった。領地ではすれ違いになったようでお会いできなかったから」


 男らしい節ばった手に手を取られる。

 そのまま流れるような動作で甲に口付けされた。


「お久しぶりです、ラディアーチェ嬢。会いたかった」


 殿下に“相談”する前に厄介な奴に捕まってしまった。

 テオドーロ・ロランディ。

 今まさに私の微妙な没落の元凶が、目の前にいた。









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