感動の再会
翌日、重く疲れの残る体を叱咤して起床する。いつものラヴィラ男爵が動き出すおおよその時間に合わせて、私も準備を整えなければならない。
エーベルかエヴァルドかわからないが、誰かがいつの間にかどこからか女性用の衣類を一通り揃えてきてくれていて、おかげで私は男装で出歩くことを免れた。……しかしぴったりに設えられたこの服、いつの間にか私のサイズを把握されている事実、他にもなにか個人情報が流失していそうでぞっとするな……。
「そう無理に同行しなくとも、ヴィヴィエッタ。まだ休んでいればいいのに」
「それはどういう意味?」
エヴァルドにかけられた言葉を素直に受け取れずにむくれると、彼はいつになく真剣な顔を向けてきた。
「あなたを心配している者は奴だけじゃないということだ。辛いのなら、この先のことはすべて私たちに任せたらいい」
「……それでも私は行くわ。殿下はきっと、私でないと追い詰めることはできないから。それに、」
ちらりとエーベルに視線を遣ると、エーベルはへらりとした笑みを浮かべた。
「万が一のことがあったってあなたが守ってくれるのよね? だって私が生き延びないと、あなた困るものね?」
「君、言うねぇ」
苦笑を浮かべたエーベルは、否定はしなかった。
「ま、その通りだけど。心配しなくても君には傷一つつけさせないよ」
「貴様が出る幕もないがな。ヴィヴィエッタには私がついていれば充分だ」
「……あなたにはあなたに任された仕事があるはずじゃ?」
私よりも証拠探しを優先してくれ。そうチクリと釘を刺すと、エーベルがカラカラと笑い声を上げた。
「だってさ! 君、残念だねぇ! でも本人がそう言うのなら仕方がないさ。大人しく彼女を守る役目は僕に譲るんだね!」
「貴様……!」
エヴァルドがすごい目でエーベルを睨んでいるが、彼はどこ吹く風で私に準備を促してきた。
セシリオと合流するまでの間、手持ち無沙汰な私はエーベルに例の疑問をぶつけてみることにした。
「ねぇ、今のうちに一つ確かめときたいんだけど」
エーベルはなんだか面白そうにカーテンの隙間から窓の外を眺めている。なにを見ているのかと隣から外を眺めるも、とりたてて変わったものもない。誰が歩いているでもない裏路地を、エーベルはただ淡々と見つめている。
私の暇つぶしを兼ねているので答えが返ってくるとも思わず、ただなんとなく尋ねる。
「あのときセシリオに絡んできた女の子と酔っぱらい……あれってあなたが差し向けてきたんじゃないの?」
「んー?」
エーベルはしばらく窓の外を眺めていたが、やがて視線をこっちに向けてきた。
「なんだ、そのこと?」
昨日とは打って変わってきれいに整えられたその容貌。窓から漏れた陽の光にきらりと瞳が輝く。
「あー、あれね……うん、ねぇ、本当に本当のことを知りたい?」
いやなクスクス笑いに思わせぶりな口ぶり。イラッときて右肩を軽く小突くと「あいたっ」とエーベルは大げさに声を上げた。
「君……貴族の令嬢にしてはちょっと横暴だよね。もう少し慎みというか、奥ゆかしさとかないの?」
「それよりも、別に本当のことを知ったって私は揺らがないから、もったいぶらずに教えなさいよ」
「だったら教えてあげるけど、」
エーベルは窓の方から私の方に体の向きを変えてきた。図らずも近くで向き合うような距離。その近さにたじろいで体を反らそうとすると、あっという間に腕を引っ張られて顔を寄せられる。
「半分は仕組んだけど、半分は本当のことなんだよ」
耳元で囁かれた言葉に、一瞬言葉に詰まる。
「身を寄せていた流れの曲芸団の女の子がさ、旅先で出会ったダンス相手に一目惚れしたって言うんだよ。その相手がまぁおきれいな顔をしていて、品のある身のこなしも相まってまるでお貴族様みたいだったって。それでなんとその貴公子様がこの町にいるってなって、今度こそぜひともお近づきになるために協力してほしいって頼まれたのが、あの騒ぎの真相だよ」
エーベルは寄せていた顔を離して、私の顔を観察するように眺めた。
「聞いたって揺らがないんじゃなかったの?」
「揺らいでなんてないわよ」
間髪おかずにぶすくれて言った私に、エーベルがカラカラと笑う。
「なによ、揺るがないからセシリオを信じてあなたを追っかけていけたんでしょ!」
「そうだね、まさか君が婚約者をほっぽりだしてまで目敏く僕を見つけ出すとは思わなかったよ。いい目逸らしのつもりだったんだけどな」
エーベルはそこで急に雰囲気を変えて、まるで甘えるように声を潜め、そっと潜むような怪しい手つきで私の手に手を添えてきた。
「でも逆に言うとさ、これって僕たち、まるで運命に引き寄せられたみたいだよね。僕と君はここでこうして惹かれ合う運命だった。もしかしたら君がこの世に生まれてきた意味は、僕を見つけ出して掬いだしてくれることだったのかもしれないね」
「たしかにあなたの言う通り、私の役目はあなたを見つけ出すことだったのかもね。すべてを白状し、償いをしてもらうためのね! そのためにもやることはちゃんとやってもらうから!」
伸ばされた手を軽くはたき落として凄むと、エーベルは妙な雰囲気をサッとしまい込んでまたカラカラと笑い声を上げた。
「僕、君のそういうところは嫌いじゃないよ」
そうやって笑うエーベルはなんだか純粋に楽しそうだった。そこにいつもの嫌味な嘲笑は含まれていなかった。
「こんなことを言うのも変だけど、立場が違えば君とはいい関係になれたのかもしれない」
「あなたみたいな捻くれたお友だちなんて、ごめんだわ」
私のお友だちになりたければもう少し素直になることね、そう嘯くと、エーベルはそれは残念、とさらに笑い声を上げた。
時間になり、護衛の騎士たちと一緒にセシリオとの待ち合わせの地点まで行く。正確には彼ら二人の姿は見えないのだが、すぐ近くで辺りの警戒をしてくれているとのことだった。
町の中には“警備兵”らしい雇われの傭兵たちの姿はない。きっとまだ私は森の中にいると思われているのだろう。雇われている数はそう多くないのか、幸いにも出払っているようで彼らと出会うことはなかった。
防寒用マントの裾を握りしめる。無意識にスエード素材の暖かな帽子のつばを触って何度も深く被り直していたようで、エーベルに苦笑されながら指摘されてしまった。
待ち合わせ先の町外れの廃屋に着くと、どこからともなくセシリオが現れた。どうやら私たちが来るまで身を隠していたらしい。無事な彼の姿に思わず駆け寄って抱き着く。
「無事にまた会えてよかったっ……」
少し涙声になった私に、エーベルが呆れ声を上げる。
「なに言ってるの。たった一日のことじゃない。そんなまるで誰かに拐われでもしたような……」
「誰のせいでこんな心配性になったのよ!」
前回のときの元凶である誘拐犯に噛みつくと、エーベルはヘラヘラ顔で誤魔化した。まあまあとセシリオに宥められつつも、ラヴィラ男爵の別邸へと促される。
「奴ももう向かっているはずだ。俺たちも急ごう」
頷きを返して、差し出されたセシリオの手を取った。
ラヴィラ男爵の別邸の近く。
手前の道には流浪の旅人の格好をした騎士テスタがぼんやりと雄大な景色を楽しむように佇んでいる。彼は私たちを見ると帽子に手を添え、挨拶をしてきた。
「います」
そのまま目も合わせず、騎士テスタは呟くように囁いてくる。
「ああ」
聞こえるか聞こえないかのわずかなやりとりでセシリオと彼は声を交わしたあと、私たちは自然とそこを通り過ぎた。
言葉少なに歩を進めたセシリオは、やがてラヴィラ男爵の別邸の前に着くと、そこで足を止めた。
「行こう。間に合わなくなる前に」
一言、セシリオは元気づけるようにそう言うと、しっかりと視線を合わせてきた。数秒、二人で見つめ合って、それから互いに頷き合う。
そろりとそばから離れていくエーベルに「よろしくね」と声をかけると、彼は「よろしくされちゃったね」とニヤニヤした笑みを返しながら姿を消した。
一呼吸おいて、呼び鈴に手を伸ばす。
――リンゴーン。
運命の呼び鈴が鳴る。
しばらくの後に姿を見せたラヴィラ男爵は、セシリオの隣でニッコリと微笑んだ私を見て、一瞬ポカンと口を開けた。




