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ヒーローなんていない  作者: サク
没落殿下と毒の花
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待つまでのあいだ

 

 セシリオと離れているあいだ、私たちは隠密の騎士たちのとっている宿に匿ってもらえることになった。

 部屋について早々、みんなに気を遣われていの一番にお湯をいただいた。より小柄な方の騎士テスタが快く着替えを貸してくれたので、ありがたいことに清潔な衣服に着がえることもできた。(本当はエヴァルドが自分の着替えをなにがなんでも押し付けてこようとしたのだが、なんだか大変よくない寒気がして固辞したのだ。)

 浴室から出てくると、今はエヴァルドが偵察に出ているのか、部屋に残った騎士テスタがエーベルの腕の傷を見てくれていた。私のにわか手当てじゃ心細いだろうと彼にも見てもらえないか頼んでいたのだ。


「応急手当としてはいうことなしですよ、ラディアーチェ嬢」


 どうやら及第点はもらえたらしい。彼はエーベルにもう一度傷口を清潔に洗ってくるように伝えると、新しい包帯と傷薬の準備を始めた。

 エーベルがいなくなって二人きりになると、部屋の中にはなんとなく気まずい空気が流れる。

 正直、騎士テスタとは面識がなく、話したこともあまりない。早くエーベルよ戻ってこいなんて思っていると、唐突に騎士テスタに話しかけられた。


「あの、ラディアーチェ嬢」


 どこかおずおずといった様子で切り出してきた彼に、視線を返す。

 鋼色の波打つ髪に、緑の目。どこか気安い様子を醸し出す、エヴァルドの唯一の友だち。


「一つ、あなたに謝らないといけないことがあります」


 改まってそう言われて、こちらも身構える。


「あら、なにかしら?」

「俺はあなたのことを誤解していました」


 エヴァルドの前で見せていた気安い態度とは裏腹に、今はまじめな顔だ。


「俺は今まで、なぜエヴァンがそんなにもあなたに執着するのか、理解できませんでした」


 ……。


「あなたは王子の婚約者ということに夢見てるみたいだったし、正直ほかにも素敵なご令嬢はたくさんいる。なにもわざわざアーダルベルト殿下の婚約者なんかに懸想しなくても、と思っていました」


 ……言ってくれるじゃないの。


「でも今日、あなたとエヴァンの様子を見て、やっとエヴァンの気持ちがわかったような気がします。エヴァンはあなたのその、真っ直ぐなひたむきさにずっと憧れてきたんだろうなって」


 よくも悪くもありのままの本音をぶつけてくる彼を半ば呆れ気味に見やっていると、ふいに柔らかく微笑まれた。


「あなたに向き合ってもらえたエヴァンの嬉しそうな顔といったら。あんな顔は俺も初めて見ました」

「そ、そう……」

「ラディアーチェ嬢、あいつがあんなことをしでかしたにも関わらず、あいつから逃げずに向き合ってくれてありがとうございます」


 べ……べつに向き合いたくて向き合ったわけじゃないけどな。でも、前回のアルファーノ邸ではエヴァルドのおかげでどうにか切り抜けられたわけだし、そのときに本っ当に不器用な奴だけど、どうやら私のことを好きな気持ちは半端なものじゃないらしいってわかったから。


「あいつがあなたのことをずっと想っていたことは紛れもない事実です。そのために起こした行動が間違っていたとしても、あいつの気持ちには嘘偽りはない。今さらその気持ちに応えることは無理だとしても、せめて……」

「なーに僕がいないあいだに口説いてんのさ」


 と、そのときエーベルが傷の洗浄から戻ってきた。


「口説く? 人聞きが悪いな」


 騎士テスタはおちょくるような物言いのエーベルに眉を顰めた。


「俺はただ、今までラディアーチェ嬢と接する機会がなかったから、これを機に……」

「あーあー、君たちがいなかったら今ごろ二人きりでお喋りしてたのは僕だったのになぁ。婚約者殿と完全に合流してしまう前に彼女のことをもっとよく知りたかったのに」

「ん?」


 突然投下されたエーベルのぼやきに、騎士テスタは目を剥いた。


「……は? え?」

「わかんない? 君ちょっとお邪魔虫だって言ってんの」


 悪びれもなく「場所代わって?」と首を傾げたエーベルに、騎士テスタはポカンと口を開ける。

 先に反応したのはタイミングがいいのか悪いのかちょうど帰ってきたエヴァルドだった。


「貴様、なに馴れ馴れしくヴィヴィエッタに近づいている」


 その途端、エーベルは嫌な顔をした。


「ことごとくツイてないな、僕は。もう番犬が帰ってきちゃった」

「誰が番犬だ」


 エヴァルドは冷たい一瞥をエーベルにくれると、彼を押し退けるようにそばに寄ってきた。


「安心してほしい。奴はうまいこと凌いだ」


 奴とはセシリオのことだ。ラヴィラ男爵に疑われずに無事に戻れたと知って、知らずに入っていた肩の力を抜く。もしも……ラヴィラ男爵に疑われてしまったらどうしようと、頭に過ぎらないわけではなかった。


「幸い向こうは口数少ない奴の様子をうまく誤解してくれたようだ。あとは――」


 モニカが起きる時間。その時間にラヴィラ男爵は必ずモニカに会いに行く。


「ここ数日で、奴の動くだいたいの時間はわかっている。ではステファノ、次の見張りを頼む。また夜半過ぎに交代に向かう」

「はいはーい。それじゃあ行ってきますかね、っと」


 ステファノこと騎士テスタは衝撃から立ち直ったのか、軽快な返事をすると、すれ違い様にエヴァルドにこそっと耳打ちした。


「君、この男には用心したほうがいいよ。新たなダークホースが現る、だ」

「言われなくてもとっくにわかっている」


 吐き捨てるようにそう呟いたエヴァルドは、唾棄するような視線をエーベルに向けた。


「生憎と同じ匂いがプンプンするんでな。そんな奴をやすやすと近づけさせるわけなどない」


 肩を竦めるエーベルを尻目に、騎士テスタは密やかな身のこなしで部屋の向こうへと消えていく。残されたエヴァルドが包帯と傷薬を横目に、エーベルにこっちに来いと顎で指し示す。

「げっ」と声に出しながらも、エーベルは大人しく指示に従って近くの椅子へと腰掛けた。








 きびきびと手当てをするエヴァルドと、時折「痛っ」と声を上げるエーベルを尻目に、騎士テスタに用意してもらった便箋をセットする。


「なにをしてるんだ、ヴィヴィエッタは?」


 すぐに手当ては終わったのか、後ろから猫なで声でエヴァルドに覗き込まれた。自分で言うのもなんだけど、私と私以外への態度の落差が酷い。あまりに酷すぎて、もうツッコむ気も起きないくらいだ。


「……。いえ、せっかくだからエーベルとの取り引きを書面に残しておこうと思って」


 覚えている限りの条件をつらつらと書き連ねて、それから後ろのほうで面白くなさそうに不貞腐れているエーベルへと書面を突きつける。


「どう? ほかに付け加えたいこと、ある?」

「んー?」


 エーベルは書面に目を通したあと、「それでいいよ」と首を振った。


「君のこと、信用してみることにしたから」


 まるで丸投げな言葉に、少しは疑ってかかれと呆れの言葉を投げかけたくなる。いかんいかん、本人がいいと言っているんだから余計な茶々は入れずにさっさと締結しよう。


「疲れただろう。今日は早めに休むといい」


 片付けしているとそわそわしているエヴァルドから声をかけられた。どうやらタイミングを見計らっていたらしい。

 今日は本当に色々なことがありすぎて、たしかに疲れた。疲れを通り越してもはやハイになってたまである。


「じゃあ、お言葉に甘えようかしら」


 ベッドを譲られたので、ありがたく借りることにする。なんてったって私はただの貴族の令嬢だ。長時間タフに行動できる彼らのような騎士でもなんでもない。体力バカな二人を尻目にさっさと寝室に引き籠ろうとした私に、エーベルが呆れた声を上げた。


「いくらなんでもちょっと危機感なさすぎじゃない? 僕たちになにかされると思わないの?」

「あなたは私にそういう意味での興味はないでしょう?」


 いかん、あくびが出て止まらない。ようやくありつけた暖かいベッドを目の前に、意識が泥のように溶けようとしている。


「それに、私も信用してみることにしたから」


 エーベルの言葉を揶揄して借りると、こっちを伺っていた二対の目が開かれた。


「それとも扉の前にバリケードを築かなければ、私はここで休むこともできない?」


 前科歴のあるエヴァルドの目を真っ向から覗くと、エヴァルドは少しの間戸惑ったように視線を彷徨わせたあと、ゆるりと首を振った。


「いや……今さら君と君の婚約者の信用を裏切ろうとは思わない。特に今はなおさらこういう事態でもあるわけだから」

「……そう。だから私になにかしてみなさい、せっかく私から得られたわずかな信用もあっという間に地に落ちるってもんよ……」


 虚勢を張る元気もなく、言い捨てるように二人に背を向け寝室に入る。扉の向こうで二人がなにか話していたが、もう聞こえてはこなかった。








 

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