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ヒーローなんていない  作者: サク
没落殿下と毒の花
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様子のおかしいセシリオ

久々の更新となりましたのに、読んでいただけてとても嬉しかったです!ありがとうございます!

ここまで足を運んでくださった皆様方に感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 来たときのようには力が出ないのか、ケガをしたエーベルの歩みは遅かった。


「おそらくセシリオは私を捜しに来てくれているはず。入れ違いにならなければいいんだけど……」


 おまけに森歩きなんて慣れていない侯爵令嬢の私にとっても、獣道をかきわけながら進まなければならないのは相当に辛く苦痛だった。


「まずはあなたのことを説明しないと。おそらくラヴィラ男爵が自分に都合のいいように捏造しているでしょうから、誤解を解くところからはじめるとして……」


 エーベルと取り引きを成立させたといっても、契約書などはなにも交わしていない。いつ彼が考えを翻すか。

 こんな事態になっても飄々とした態度を崩さないエーベルにそんなうっすらとした不安を抱えながらも、その不安をかき消すように、独り言のように言葉を発し続ける。

 そのほとんどがセシリオの心配や今なにをしているかなど、エーベルにとっては興味もない話だったからか、返事は返ってこなかったけど、そうやって歩いていると急にエーベルは立ち止まって、唇に手を当ててきた。


「黙って」


 かすかな声で囁かれて、文句を呑みこむ。私にはなにも聞こえないけど、彼にはなにかが聞こえるらしい。


「困ったな」


 全然そうは見えない声音で、エーベルは呟いた。


「僕たち、よっぽど彼から嫌われているみたいだね」


 エーベルがそう言った途端、ヒュンと風がしなる音と共に目にも見えない速さで矢が飛んできた。幸いにもかすりもせずに近くの草むらの中へと落ちる。

 ヒェッと驚きに身を竦ませる私に、エーベルが含み笑いをする。


「君たちが来るってなったときにさ、万が一のことがあったらいけないからって、あのあのぼんぼんの坊ちゃんから臨時の()()()を雇っておくように言われてたんだよね。それがまさか、僕にも刃が向くなんてね!」


 そう言うが早いが、エーベルはサッと私を抱えて森の中を走り出した。


「……っていうかっ! 動けるなら最初からさっさと動いてほしかったんだけど!」

「もう少しだけ二人きりで過ごしたかったからさ! 君のこともっと知りたかったんだ!」


 軽口に怒る余裕もない。時折ヒュンヒュンと矢の飛んでくる音が聞こえるも、エーベルの軽い身のこなしのほうが間一髪素早いようだった。


「ほんとにすごい体力ね! やる気さえあれば騎士にでもなんにでもなれそう!」

「なに言ってんの、さっき取り決めたでしょ。僕は……」


 唐突に森が開け、平地に出た。エーベルは言いかけた言葉を切って小さく舌打ちをする。と同時にかするように矢が立て続けにニ、三本飛んでくる。


「君、ちょっとここで待っててよ」


 エーベルは私を降ろすと、せっかく縫合して庇っていた左手を解すように動かし始めた。


「なにするつもり?」


 こんなところで置いていかれたらたまらない。思わず縋るように服の裾を掴むと、鼻で笑われる。


「なにって、やられる前にやるんだよ」

「やめなさいよ、これから罪を雪ぐってときに」

「だったらどうするの?」


 ギラリと光ったシトリンの目が真っ向から睨めつけてくる。


「このままじゃ、罪を贖うどころかその前にすべて終わっておじゃんだよ?」

「だからって……」


 そう言った瞬間、一本の矢が私の頬を掠っていった。唐突に頬に走っていった薄い傷跡に、滲む血。抑えた指先に移る赤い血に、さっと意識が冷えていく。あとから遅れてやってきた恐怖に唇が震えると、エーベルの目つきが変わった。


「ほらね、言わんこっちゃない」


 覚悟を決めたエーベルの目は、驚くほどに容赦がない。


「所詮生きるためにはやるかやられるかなんだよね。まぁ甘ちゃんの君は黙ってそこで待ってればいいからさ。心配しなくても、悪いことはすべて僕が肩代わりしてあげるって!」


 それでも留めようとした瞬間、断続的に続いていた矢が唐突に止んだ。それからかすかに聞こえてくる、私を呼ぶ声。


「セシリオだわ!」


 歓喜に思わず飛び上がる。

 やっぱりセシリオは私を捜しに来てくれた。絶対に来てくれるって信じていたけど、それでも本当にセシリオが来てくれたってだけで安堵で泣きそうになるくらいには、彼の存在は大きかった。


「セシリオ! セシリオー!」


 嬉しさのあまり、大声でセシリオの名前を呼ぶ。エーベルにたしなめられた気もするけど、セシリオの存在しかもう頭にない。

 しばらくして、私の声が聞こえたのかそうでないのか。馬の駆る音がしてきて、ほどなくして馬に乗ったセシリオが姿を現した。


「セシリオ!!」


 嬉しさのあまり彼に手を振ろうとして、様子がおかしいことに気がついた。

 馬の首を翻したセシリオはこっちに狙いを定め、利き手で腰の剣を抜いた。表情はごっそりと抜け落ちていて、その酷薄さはまるで前アルファーノ公爵を彷彿とさせて……そんな姿、今まで見たことがない。


「おまえか」


 いっそ冷たく澄んだ声は、切り裂くように鋭い。


「おまえが、ヴィヴィを……!」


 セシリオは再び馬を駆った。駆け出してきた馬上から剣で狙うのは、エーベルだ。


「セ、セシリオ! ちょっと待って! これには事情があってっ!!」


 精一杯の声で叫ぶけど、セシリオに届いた様子もなく、彼は剣を片手に恐ろしいほどの無表情でこっちに突進してくる。

 あれこれ考えている時間はない。このままではせっかくの取り引きがダメになってしまう……!


「セシリオ! 止まって!!」


 秒で判断した私の脳が導き出した答えは、セシリオを信じてエーベルを庇うというものだった。

 あっと言う間にセシリオが迫ってくる。そして――。








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