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ヒーローなんていない  作者: サク
没落殿下と毒の花
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こぼれた本音

 

「……って、素直に教えるわけないじゃん」


 エーベルは呆れたような声を上げた。


「そもそも、それを知ってどうするわけ? それがなにか君に関係でもあるの? なんの目的であろうと、僕が()()を狙っていたことには変わりないよ」

「もしもあなたがなにか事情があってこれを狙っていたのだとしたら、それはどうして? あなたはなんのためにこんな危険を冒してこれを手に入れようとしたの?」

「ねぇ、人の話聞いてた?」


 呆れたようなエーベルは声を上げる。


「だいたいさ、君はさ、そうやって遠慮もなにもなく人の事情に首を突っ込む癖、改めたほうがいいと思うよ。背負う覚悟もないのに首を突っ込まれたほうはたまったもんじゃないよ」

「そうね。でも他人だからこそ、気軽に聞ける話もあると思わない?」


 エーベルはため息をついたあと目を閉じた。キラリと輝くシトリンの目が閉じられると、彼が案外と疲れた顔をしているのに気づく。

 ――私だってまったくの覚悟もなにもなくこんなことを問いただしているわけではない。

 私を咄嗟に庇ったエーベル。彼が時折見せる仄暗い表情。そしておそらく乙女ゲームの隠しキャラだと思われる立ち位置から、きっと彼がそうせざるを得ない事情があるのではないかと踏んだのだ。

 そしてその推測はおそらく間違ってはいなかった。


「……僕だって、本当はこんなものに興味はない。ただ……」


 どこか吐き捨てるように、エーベルはそう言った。


「これがないと、あの人は生きていけない体にされたから……」


 開いたエーベルの目が、遠くを見つめる。それをなにを言うこともなく見つめる。

 もしかしたら身の上話でも聞けるかも、とも思ったけど、それ以上のことはエーベルは話してくれなかった。


「……だからってこのまま君に詳しく話すわけないけどね。なにを期待してるのか知らないけどさ!」

「べっ……っつにいいけどね! 全部話してくれなくたって! 私だってあなたのプライベートなことすべてにいちいち頭を突っ込むつもりはありませーん! ただ、」


 見つめ返すと、エーベルは問い返すように首を傾げた。


「要は()()が必要でなくなればいいんでしょ?」


 エーベルが眉を寄せる。


「そのためにはなにが要るの?」


 エーベルはますますわけがわからないというように皺を深める。


「……なにが、って」

「あなたは本当は、どういう助けがほしかったの?」


 エーベルは息を呑んだ。初めてその目からおちゃらけたような色が消える。


「誰が必要としているのか知らないけど、それがあなたの恋人だろうと、肉親だろうと親しい友人だろうとそんなことは私にとってはどうでもいい。私が聞きたいのは、その人はなんのために“神の涙”を欲しているの? お金のため? それとも……」


 ゴクリと喉が鳴る。ここで間違えたら終わりだ。どこかそんな気持ちで凝視してくるエーベルと向き合う。


「もしかして“神の涙”に囚われているの?」


 エーベルはなにも答えなかった。だけど私は自分が賭けに勝ったことを確信した。


「その人はおそらく、“神の涙”に依存しているのね?」


 エーベルは呑んだ息を吐き出すように、かすかに息を漏らした。

 本当にこれ以上は本気で拒絶されるかもしれない。でも意外なことに、エーベルは言葉を続けてきた。


「……ああ、そうだよ。僕が気づいたときにはもう遅かった。まんまと嵌められたんだ。あれがなければとうに生きられない体にされてしまっていた」


 長い沈黙のあと、そう呟くようにこぼしたエーベルの声は沈んでいた。


「最初はなんとか脱しようって、もう止めようってがんばってはいたんだよ。でも、やっぱり負けちゃうんだ。どうしようもない無力感にどうしても抗えないときがある。そんなとき、あの人はいつもあのまがい物の魔力に縋るしかなくなる」


 だから僕には未だにあれが必要なんだ。

 エーベルの頑なな声が、そう物語っていた。


「わずかに市場に流通している“あれ”は、正直すごく希少で高価だ。ほしいからってすぐに手に入るような代物じゃない。それに商人たちもバカじゃない。ズブズブに依存しているのがバレると、途端に値を吊り上げてくる。だからって無けりゃあの人が救われない。それで僕はやがて直接手に入れる方法はないか考え始めた」


 エーベルは手を広げ、肩を竦める。傷に響いたのか、痛そうに顔を歪めた。


「色々と失敗もした。痛い目にも遭った。けど行き着くところまで行き着いて、それがあの女の所で……そして今はここまで辿り着いた、ってわけさ」

「そう、だったのね」

「それに……それとは別に、とある理由で今まで以上に大量の“あれ”が必要でもあるんだけど、」


 理由はわからないが、急にエーベルの声が低くなって背筋がぞっとした。彼は薄らと笑みを浮かべたが、その笑みの種類が今までのものとは別ものであることは一目瞭然だった。


「そのためにはあの国の流通量だけじゃ、とてもじゃないけど足りない。だから()()に近づく必要があったんだ」


 エーベルのいやな薄ら笑いから無理やりに目を逸らす。

 重ね重ね乙女ゲームのシークレットキャラっぽいとは思っていたが、これではまるで本当にシークレットキャラのようだ。よくある陰謀を阻止できると攻略できる系のやつ。


「ねぇ、こんなことを聞いてどうするの? かわいそうな僕に同情でもしてくれるの? だったら今回のことは見逃してくれない? 取り上げたその書類も返してよ。そしたら君を無事にセシリオの元へと返してあげるからさ」

「……」


 エーベルにどういう事情があろうとも、同情して見逃すことなどできるはずもない。私はあくまでこの件に対する真実と、それらに関するラヴィラ男爵の真意を暴きたいのだ。


「ね? どう? 黙ってないでなんとか言ってよ」


 見定めるようなシトリンの目に焦点を合わせる。

今思いついたことを言葉にするには勇気がいったが、私には現状これしか打開策が浮かばない。ある種の緊張感を孕んで口を開く。


「一つ、提案なんだけど……まずは私の話を聞いてくれる? アーベントロートのしがない王位継承権もちさん?」


 気を失っている間についでに懐に隠されていたシグネットリングを見たことを示唆して言うと、エーベルはこれでもかと目をまんまるに見開いたあと、突然爆笑しだした。









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