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ヒーローなんていない  作者: サク
没落殿下と毒の花
43/73

元殿下との再会

 

 客間へと案内されたあと、ラヴィラ男爵は一言断りを入れて一旦退室していった。

 しばらくして戻ってきた彼は自らティーセットを載せたワゴンを押していて、王都にいたころには到底考えられなかったその姿に思わずギョッとする。


「ここはなかなかの財政難でな。ろくなもてなしもできないことを先に詫びさせてくれ」


 そんな私に彼は苦笑を見せたあと、手ずからお茶を入れて差し出してきた。

 こぢんまりとした屋敷にはほとんど人の気配はない。本当に必要最低限の使用人しか雇っていないのだろう。あまりにも異様に静かすぎるここは、いっそ居心地が悪いくらいだ。

 そんな私の気を逸らすかのように、ラヴィラ男爵は他愛もない話を振ってきた。

 王都の様子はどうか。アルファーノ公爵領の再建の目処は。懐かしい昔馴染の様子は、など。そうしてセシリオも交えて王都の現況について、ラヴィラ男爵としばらくの間、穏やかに談笑していた。

 そんな中、私はある一つのことが気になっていた。


「アーダルベルト様、ところで奥方はどちらへ? 一言ご挨拶を申し上げたいのですけれども」


 話の切れたタイミングでそう切り出すと、困ったように彼は眉尻を下げた。


「ああ、すまないね、説明するのが遅れて。実はモニカは体調を崩していてね。ここまでの旅路や急激な環境の変化によるものが原因だとは思うんだが、今は寝込んでいて人前に出られる状況じゃないんだ。失礼だと重々承知しているが、今回はどうか容赦してくれないか」

「それは、まぁ……」


 なんとも言えなくて口を閉じた私に代わって、セシリオが言葉を引き継いでくれた。


「もちろんですとも。さぞやお疲れだったのでしょう。私たちのことは気にせずにゆっくりと休まれてください」

「一刻も早い回復をお祈りいたしますわ」


 なんとかそう続けてチラリとセシリオを見上げる。セシリオからも一瞬頷くように視線をもらって、そのまま後押しされるように、私は完璧な笑顔を貼り付けてラヴィラ男爵へと向けた。


「さて、ではそろそろ部屋のほうへと案内しようか」


 ラヴィラ男爵もそのタイミングで話を切り上げて立ち上がったものだから、私は一瞬の間の妙な態度を気取られなかったことにホッとして、それ以上追及することはしなかった。








 客間に案内されて一人きりになったあと、ぽふりとベッドに腰掛けて窓の外に視線を遣る。

 眼前には白い雪化粧を纏ったローザネラ山脈が傲然と屹立している。その景色を見ていると王都よりも幾段も肌寒い空気が余計に冷やされたような気がして、肩にまとっていたケープを手繰り寄せて胸の前で握り締める。

 ――モニカはもしかして私に会いたくなくて、出てこないのではないのだろうか。

 そんな疑心に締め付けられるような痛みを感じていると、コンコンコンと扉を叩く音がした。続いてセシリオが顔を見せる。


「入っても構わないか」


 それに頷きを返すと、セシリオは中に入ってくる。そして私の様子に眉を顰めた。


「寒いのか」


 セシリオは暖炉に近づくと、火かき棒で炭を掻いて新しい薪を焚べてくれた。それからこっちに近づいてきて、自分の上着まで私に被せようとしてくる。


「違うの、ううん、大丈夫よ」


 ベスト姿になる彼が寒々しく見えて慌てて押し留めるも、セシリオは訝しげな表情を崩さなかった。


「ちょっと……モニカ・ニコレッティのことを考えていて」


 セシリオに驚いた様子はなかった。きっとそうだと踏んだから、わざわざ私の様子を見に来たのだろう。


「いえ、今は違うわね。ラヴィラ男爵夫人……彼女が姿を見せないのは、未だに私に怯えているせいじゃないかって……」

「たとえそうだとしても、ラヴィラ男爵はそうは明言しなかった」


 セシリオの手が伸びてきて、ケープの上から抱き締められる。


「彼が体調不良だと言うのなら、きっとそうなんだろう」


 セシリオの掌は熱かった。

 シルバーの瞳はローザネラ山脈に積もる白銀の雪にも似ているのに、でも凍える私を暖めようとでもするかのように、温かな熱を届けてくれる。


「ヴィヴィ、俺たちは王太子殿下に依頼されて、そしてラヴィラ男爵からの招待を受けてここにやってきた。それになにか不都合があれば、きっと彼は俺たちを受け入れなかっただろうし、あのように歓迎もされなかった。ラヴィラ男爵夫人が姿を現さないのは彼女が体調不良だから、俺はそれ以外の何物でもないと思う」

「セシリオ……」

「君がそう気後れする必要はない。俺たちは請われたからここに来た。ただそれだけだ。それに君は言わなかったか? 彼らなんてどうでもいい。俺と二人っきりの旅行を満喫したいんだ、って」


 どこか拗ねたような雰囲気を感じ取り、まじまじとセシリオの顔を覗き込む。


「もしかして……」


 セシリオが気まずそうに身じろぎする。


「正直に言うと、あの二人のことに君の気持ちを割いてほしくない。君に気にしてほしくないんだ。君が気にかける男は俺一人で充分だと言ったら、君は幻滅するか?」


 しばらくじっと、セシリオの伺うような目を見つめていた。


「いいえ。久しぶりの口説き文句に悔しいけどキュンときたわ」


 そう返すと、セシリオは少し照れたような、いつものいたずらっぽい笑みを見せてくれた。









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― 新着の感想 ―
ここまできて読んだことある話だったと気づくしかも元王子王太子じゃなかったし間違えてた(^_^;)お兄さんいたね。しかも元王子になってさらに破滅の道進んでて本当にこんな人と結婚しなくて済んで良かったよ。
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