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ヒーローなんていない  作者: サク
田舎貴族と本当の私
30/73

―幕間― ある男爵令嬢の回顧

すみません、今後の展開を踏まえ、大幅に改稿しました。



 

 昔から難しいことを考えるのは苦手だった。


「素敵な桃色の髪だね」


 そう褒められればありがとうと笑って返し。


「君の目はまるで青空のようで、吸い込まれそうに綺麗だ」


 そう見惚れられれば嬉しいと見つめ返し。

 そうやって私が笑い返すだけでみんな、仲良く優しくしてくれる。

 なにも難しいことを考えなくても楽しく生きていけるから、考えようとも思ったこともなかった。








 だから初めて第二王子殿下に話しかけられたときも、この人も私の笑顔が見たいのかしらなんて、ただそれだけだった。そのときは他意はなかったのだ。

 初めて登城した日、王城の庭園で、立派な花々が咲き誇る豪奢な庭の向こうから歩み寄ってきたアーダルベルト殿下。


「楽しそうだね。そんなに一生懸命なにを見ているんだい?」


 気安く声をかけられて、見事な赤毛の精悍な顔つきの青年はにこりと微笑みかけてきた。その整った顔つきについポーっと見惚れてしまって、すぐには返事が返せなかった。


「この花? 綺麗だね」


 隣に同じようにしゃがみ込んできて、顔を寄せて香りを嗅ぐ様子がとても様になっている。

 こっちを振り向いてまたにっこり笑ったその姿に、ドキリと胸が高鳴る。

 本物の王子様は絵本の中で知った王子様よりも、もっともっと素敵でかっこいい人だった。

 私は理知的で穏やかで、まさに理想の王子様を体現するような本物の王子様に恋をした。

 二人の仲が深まるのに、そんなに時間はかからなかった。好きという気持ちを隠しもしない私を、アディはすぐにあの穏やかな笑顔で受け入れてくれたから。

 初めて会ったあの庭園は、二人の貴重な逢瀬場所になった。

 アディに会うたび、話すたび、どんどん彼に惹かれていく。その笑顔をもっと見たいと願ってしまう。

 難しいことはなにも考えられない。ただアディと一緒にいられるこの時間が幸せだった。








 そんなある日。


「ああ、こうしてずっと、いつまでもアディと一緒に居られればいいのに」


 夢見がちにうっとりと、思わずそう漏らしてしまうと、アディは私が何気なく言った言葉に反応した。


「そんなに私と一緒にいるのが幸せかい?」

「ええ」


 覗き込んできた深い紺碧の瞳に、微笑みかける。


「アディと過ごす時間はまるで夢のようにふわふわして温かくて、こんなに素晴らしい時間を過ごしたことなんて今までないくらい」

「それは光栄だ」


 アディはフッと笑うと私の髪を撫でて、軽く口づけてきた。


「私も同じ気持ちだよ。これから先も、君と二人きりで誰にも邪魔されずに生きていけるのなら……」

「アディ……」


 でもそれは決して叶うことのない願いだ。

 アディにはすでに婚約者がいて、彼はいずれその人と結婚してしまう。

 今だけの、二人だけの、刹那だからこその大切な逢瀬の時間。

 ――のはずだった。












 いつものアディと待ち合わせをしている庭園。花壇の端に座り込んで風にそよぐ花々を眺めながら、アディが来るのを待っている。

 でも今日は、アディではなくとうとう彼女が来てしまった。


「モニカ・ニコレッティ様」


 目の前には黒髪の令嬢。キッとするどい視線で睨まれている。

 規則に厳しそうな、気難しい雰囲気。私の苦手なタイプだ。


「簡潔にお伝えしますわ。早急に、殿下のお側から離れなさい」

「っ……それは……」


 菫色の瞳はハッとするほど美しいのに、凍てつくぐらいに冴え冴えとした光を放っている。

 明らかに敵意を向けられているのに、見惚れそうになるほど強くて鮮やかな瞳だった。


「いつも庭園で堂々と、まるでわたくしに見せつけるかのようにアーダルベルト殿下とお会いして、あなたご自身の立場をわかっているの?」


 あまりの威圧に喉がキュッと絞られたように詰まって、なにも言葉が出てこない。


「アーダルベルト殿下にいくら媚を売ったところで、殿下の婚約者はこのわたくし。あなたは決して殿下の婚約者にはなれませんの。いい? その頭によーく刻みつけておきなさいな。アーダルベルト殿下の婚約者はこのわたくし、ヴィヴィエッタ・ラディアーチェですの。殿下はあなたのものではないのよ!」


 幼いころから難しいことを考えるのは、苦手だった。

 目の前のアディの婚約者に睨みつけられても、それは変わらない。

 なんの言い訳も浮かばなくて、どうしたらこの場を切り抜けられるのかもわからなくて、そうしたら自然と涙が浮かんでいた。


「わ、私はただ……アディと……」

「アディだなんて、なんて馴れ馴れしいの!」


 その途端、ますます憎々しげに睨めつけられた。


「謝りもせず、己の立場を省みることもせず! ただ言い訳を口に、まるであなたのほうが被害者だとでもいいたげに涙を湛えたりして!」


 目の前の令嬢はまるで堪えきれない激情に支配されたかのように、これでもかと捲し立ててくる。


「そういうおつもりなら、わたくしももう容赦いたしませんわ。あなた、これでラディアーチェ家を本格的に敵に回したのよ。よく覚えておいでなさい。殿下のお隣はこのわたくし、ヴィヴィエッタ・ラディアーチェの居場所ですの。その邪魔をするというならば、あなたをどんな目に遭わせようとも排除するだけですわ!」


 あまりの迫力に怖くて怖くてパニックになって、これ以上なにも聞きたくなくて頭を抱えて蹲る。

 侯爵令嬢はしばらく憤ったように私を見下ろしていたけど、やがて彼女は毅然とした足取りで私の目の前から去っていった。








 半ば放心したように庭の片隅に座り込んでいた私を目にした途端、アディはすぐに駆け寄ってきてくれた。


「モニカ! なにがあった?」

「アディ!」


 両手を広げ私を守るように抱きしめようとするアディの姿に、思わずその腕の中に飛び込む。


「アディ……アディ……あぁ……ごめんなさい、私……」


 脈絡なく泣きじゃくりながらそう口にする私に、アディはいっそう強く抱き締めてくれた。


「落ち着いて、モニカ。駆けつけるのが遅くなってすまなかった。なにがあったのか話してくれないか」


 それから私はなんとか息を整えながら、ラディアーチェ侯爵令嬢がやってきてこれでもかと罵られたことを話した。


「……そうか、ヴィヴィエッタが」


 深く沈む紺碧の瞳は、自身の婚約者に憤っているのか、怒っているのか。そういった感情を読み取れないか伺ったけど、アディがなにを思っているかまではわからなかった。


「すまない、辛い思いをさせたね」


 アディは顔を覗き込む私に気づくと、またぎゅっと抱き締めてきた。


「アディ、でももう大丈夫だわ。だってあなたはこうして私のところにきてくれたもの」

「ああ、モニカ。可愛いモニカ、なんて健気なんだろうね……」


 アディの大きな手が髪を撫ででくる。

 優しいアディ。穏やかなアディ。

 そのアディから与えられる温かい感触に、色々と難しいことが彼方に溶け去っていく。


「心配しなくても私がすべていいように取り計らおう。君はなにも考えず、ただこうして私のそばにいてくれたらいいんだよ」

「アディ……」

「心苦しいが、もうしばらく耐えてくれ。私がきっと、二人きりで過ごせる場所を作ってあげるからね」


 顔を上げた先には、はっとするほどの決意を秘めた紺碧の瞳。その熱を孕んだ瞳から、目が離せない。

 熱い瞳を、吐息を、体温を感じて、ただただ潤む瞳で殿下を見上げた。


「私は君だけを愛してるんだ。君がいればなにもいらない」


 囁かれた声は、一生忘れることはないだろう。


「君だけを……」









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