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ヒーローなんていない  作者: サク
田舎貴族と本当の私
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理想と現実の違い

 

 王宮にずっと缶詰状態の父が珍しく帰ってきて、殿下から聞いていた通り婚約解消とロランディ辺境伯との新たな婚約の件を伝えられた後は、比較的穏やかな日々を過ごしていた。

 マナーレッスンも受けなくなったし、殿下のために人脈を築こうと開いていた茶会も、ぱったりやめてしまった。そうなると貴族のしがらみも面倒くさくなってくるもので、繋がりを維持する意味も見出だせず、茶会や夜会への出席も避けるようになっていた。

 非合理的なものを嫌うあの父がなにも言わないということは、出しゃばるなということだと勝手に解釈してやりたいようにやっている。

 今世の生では覚えがないほど静かな日々を、私はなにをするでもなくぼーっとして過ごしていた。








 思えばほんとに、私って人望なかったんだなぁ。

 庭に用意させたテーブルで一人お茶を飲みながら、見事に咲き誇る花々を見るともなしに見る。

 今まで懇意にしていた令嬢、子息達より幾度か手紙は貰ったが、社交辞令的なものしか感じない。きっと茶会や夜会では言いたい放題言われているのだろう。そこに自分のことを心から心配しているような人なんて、誰一人いやしないに違いない。

 こんなとき、自分が嫌われていると思っていた『悪役令嬢』で、でも実は周りから憧れが強すぎて話しかけられないだけだった、そんな居るだけで誰からも好かれるような人徳のある人物だったなら、と想像してしまう。

 自分が鈍感過ぎるだけで社交辞令だと思っていたものが心の底からの讃美だったなら。みんな私が婚約解消したことを心配し、殿下に憤って、そしてそれなら自分がと婚約希望の候補者達が次々と名乗りを上げ――。

 ……でも本当はそうじゃないことくらいわかっている。『殿下の婚約者』たるために、自分の評価は過剰な程気にしていたから、建前に隠された本音を測るために人の機微には注意を払ってきた。そこに『殿下の婚約者』『ラディアーチェ侯爵令嬢』以上の関心はないことくらい、一番自分が知っている。

 今だってラディアーチェ侯爵家と王家との関係を見て動こうと、さぞやどの貴族家も注視していることだろう。

 ラディアーチェ侯爵令嬢は殿下に本当に疎まれたのか、またはなにか別の思惑があったのか。

 ……自分で考えていてなんだが、私ってすごいひねくれてて可愛げがないのも、人望のない原因なのかもしれない。








 ある日のこと、父から共に晩餐をと言われた席でのことだ。


「ヴィヴィエッタ、調子はどうだ?」


 食後のデザートを食べ終えたところで、不意に父に声をかけられた。


「ええ、恙無く」


 背筋を正して父に向き合う。

 あの父が何の理由もなく世間話をするわけがない。


「そうか」


 一つ父は頷くと、物々しく口を開いた。


「ロランディ辺境伯より顔合わせの申し出があった。ただ、お前も知っている通り彼は今領地を離れることができない。辺境領へ来てくれないかという打診だ」


 ふーむ……呼びつけられるなんてあまり心象はよくないが、状況が状況だけに仕方がないか。


「分かりましたわ。準備出来次第向かうことにいたします」


 私の返事に父は少し表情を緩めた。


「お前ならそう言うと思っていた。ついでに辺境領の視察もしてくるといい」


 頷くに留めると、じっと父がこちらを見ているのに気付く。


「……なにか?」

「ヴィヴィエッタ。ロランディ辺境伯は快活な方だ。お前ももっと機知に富んだ楽しい会話ができるよう精進しておくように」


 本人は励ますつもりか微かに口の端をあげているが、どう見ても微笑んでいるようには見えない。『悪役令嬢の父』らしいニヒルな笑みに若干引きながら、感情を出さないよう顔面中の筋肉に力を入れる。

 顔面神経崩壊してんじゃないかってくらい感情表現皆無の、徹底合理主義なお父様にだけは言われたくないわ!








 馬車で何日もかけ、やっと辿り着いたロランディ辺境領は、広大な自然が広がる風光明媚な土地だった。

 ――どこまで行っても緑しかなくて、途中で窓の外を見るのも嫌になったけれど。

 なにはともあれ無事に辺境伯邸に到着したのはいいが、出迎えてくれたのは困り顔の執事だった。


「申し訳ございません、当主は只今北の森での演習に参加しております。あと二週間程はお戻りにならないかと」


 脱力感にふらつきそうになる。


「先触れは出していたはずですが」

「ええ、承っております。ですが、実地での演習は規模も大きく、日程は簡単に変更できませんので……」


 つまり、考慮して来なかったこちらが悪い、と。

 婚約解消された令嬢だと舐められているのをひしひしと感じながら、なんとか笑顔を作り出した。


「それなら、ロランディ様がお戻りになるまで、領地を見て回りたいわ」


 私の言葉に執事は益々渋い顔になる。


「その……それがですね……」

「お前がヴィヴィエッタ・ラディアーチェか!」


 突然聞こえた甲高い声に、反射的に顔を上げた。

 階段の上に立っている二人の少年が、何故か敵意丸出しでこちらを睨み付けていた。あまりの無礼さに眉を顰める。視界の端で執事が天を仰ぐのが見えた。


「……ええ。わたくしがヴィヴィエッタ・ラディアーチェですが」

「俺はお前を母親とは絶対に認めないからな!」

「みとめないからな!」


 言うだけ言って少年たちはくるりと身を翻すと、あっという間に廊下の端に消えてしまった。


「……彼らは?」


 自分でも声が低くなっているのが分かる。父親譲りの感情を消し去った能面顔で尋ねると、執事の顔からさっと色が引いていった。


「あ……あの……当主の子息に、ございます……」

「はぁ?」


 いけない。思わず素の声が出てしまった。


「ロランディ様の……御子息とはどういうことかしら? ロランディ様はたしか、一度も婚姻歴はないはずでは?」

「……事情を説明いたします」


 なにからなにまで想像の斜め上を行く辺境領に、私は早くも自然のなかで育まれるはずだったラブロマンスが遠のいていくのを感じ取った。








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