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ヒーローなんていない  作者: サク
田舎貴族と本当の私
27/73

ファーストダンス

 

 まずはホスト側であるラディアーチェ侯爵家の女主人と、最も身分の高い殿方とのファーストダンスだ。

 ラディアーチェ侯爵家には今は夫人はいないので、数年前より私がその役を務めている。そして本日の最も身分の高い殿方といえば殿下なので、皆に注視される中、二人で前へと進み出た。


「そういえば殿下、先日はとんだご無礼を……」


 カーテシーついでに謝った私に、殿下はわざとらしくキョトンと首を傾げてくる。


「なんのことかな。心当たりはないが」


 どうやら本当に不問に付してくれるらしい。

 安心したところで引き寄せられ、ホールドを構える。ワルツの始まりと共に、考える間もなく自然とステップを踏み出していた。

 ……思えば殿下とも、ずっとこうして一緒に踊ってきたんだよなぁ。殿下に恥をかかせないために必死で、ときめきなんて感じる暇もなかったけど、今はこうして余裕を持って踊れるくらいには殿下とのダンスは馴染みがある。

 くるくる、くるくる。

 連続スピンのあとはまたステップを変え、回転しながら軽やかにホールを舞い踊る。

 シャンデリアに輝く、鮮やかな赤毛の髪。しなやかな肢体がくりだす優雅なダンスに、うっとりと見惚れる令嬢たち。

 ――以前はそれが、苦手だった。

 殿下に見惚れる令嬢たちも、ダンスが終わるとその令嬢たちに囲まれて行ってしまう殿下も、それになにも言えない私も本当は嫌だった。でも今は、もう嫌だとも感じない。

 いつの間にか自分には関係のないことだと、終わったことになったんだと、今さらながら唐突に気づいてしまった。

 曲の終わりと共に再び殿下と礼を交わし合い、戻ろうと手をとられる。


「セシリオとは大分打ち解けたみたいだな」


 見上げた殿下は、存外穏やかな表情をしていた。


「ええ。そうなんですの」

「こんなことを私が言うのもなんだが、君が新たな居場所を見つけられて、本当に安心したよ」


 そうですね。でも、それだけは殿下に言われたくないですね。それにそれに、まだベラドンナのこととかもあるし、まだ見つけられたとは言い難いですよね、殿下。

 笑顔で複雑な心境を誤魔化していると、これまた兄のそばで、複雑そうな顔をしたセシリオが待っているのが目に入った。

 殿下ともう一度礼を交わす。


「くれぐれも気をつけて、よろしく頼んだよ、ヴィヴィエッタ」


 少しの間、あの吸い込まれそうな瞳に見つめられたが、それからすぐに殿下はほかのご令嬢たちに囲まれて、次のダンスへと向かって行ってしまった。

 兄も期待に目を輝かせているご令嬢、ご夫人方に待ち受けられて、しぶしぶ彼女たちの元へと向かう。

 残された私に、セシリオは近づいてきて手を伸ばした。


「君と一番に踊る名誉が欲しかった」


 打ち消すように手の甲に押し付けられた唇。その感触の余韻を感じながら、ほかの貴族に混じってフロアへと進み出る。


「そうはいかないことは分かってるんだ。でも、君のその可憐な菫の瞳に映るのは、俺だけでいいと願ってしまう」


 恭しい礼とはちぐはぐな、熱く揺らぐようなシルバーグレーの瞳。繊細なガラス細工を扱うかのようにそっと引き寄せられ、体が密着する。

 視線はひたすらに私だけに向けられていて、そしてそのことに取り繕えないほどの強い歓喜が湧き起こってくる。酩酊しているのか疑うほどの高揚感のせいで、少し足取りが覚束ない。

 王都に戻ってから、数えきれないほど練習したダンス。始めは遠慮のあったセシリオも、足を踏んだり踏まれたりしているうちに、体を寄せる方がどれだけマシか学習したのか、自然なホールドをとれるようになった。

 微笑みを崩さず支える彼を見上げる。視線に気付きさらに笑む彼をうっとりと見つめながら、残りわずかな現実逃避をしていた。

 だって……見えてしまったのだ。

 確実に顔を合わせることになるとすでに覚悟はしていたけど、それでも出来れば杞憂であってほしいと願っていた。でも、やっぱりそんなわけにはいかなかった。

 こっちを睨むように見据えているエヴァルド・ダリアの姿が、間違いなくそこにあった。








「ヴィヴィ、大丈夫か?」


 恐らく顔が死んでいたのだろう。心配げに覗き込んでくるセシリオに引き攣り笑いを返す。

 曲の終わりと共に近づいてこようとするエヴァルドをさりげなく避けながら、セシリオと踊り続けることきっちり三曲。

 その後も休むことなく貴族との交流を図っていく。誘ってほしそうな令嬢たちからの視線をブロックしつつ、ラディアーチェ家に縁深い貴族たちに声をかけ、のらりくらりとした会話を交わしながらセシリオを売り込んでいく。それから彼が幾人かの貴族の子息たちと話が弾みだしたのを見計らって、私はそっとその場を辞した。

 一息つこうとして、ふと遠目に兄が必死になにかを訴えようとしているのが目に入った。夜会ではいつも一歩引いたところで斜に構えている兄にしては、珍しく余裕のない様子にどうしたのか向かおうとして。


「愛しい私のヴィヴィエッタ」


 ぞっとするような声音で囁きかけられる。

 咄嗟の衝動を抑え、殊更ゆっくりと、なんでもないかのように心がけて振り向いた先は。

 ―――煌めく銀髪。

 硬質なアンバーの瞳を細めて、エヴァルド・ダリアが立っていた。








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