夜会の始まり
我がラディアーチェ侯爵家主催の夜会が始まった。幾多ものシャンデリアが照らし出す豪華絢爛な大広間へ、続々と招待客が入ってくる。
余談だが、このシャンデリアの灯り一つ一つは蝋燭ではあるものの、この蝋燭が前世の記憶じゃ信じられないほどに高性能だ。スイッチでつけたり消したりできて、普通に何年も使える。……それ、蛍光灯じゃ……?
ちなみに厨房も立派なキッチンストーブ等が置いてあり、アンティーク感溢れる風情ある光景なのだが、実はポチッとボタンで火力調整できる。前世の家電並みに便利だ。
だがなによりも違和感ありまくりなのが、それがこの世の常識であるとでもいうように、当たり前のように駆使しているお仕着せ姿の使用人たちだ。
このようにどうでもいいところでゲームの世界らしいご都合主義が垣間見えてくる。そんなところでご都合主義を出してくるなら、私の婚約解消騒動にもっと生かしてほしかった。
さて余談はこのくらいで終わりにして、夜会の方にいい加減集中しよう。
招待客へ声をかけると、皆隣に立っているセシリオが気になるのか、チラチラと伺ってくる。
反応はまずまずだが、一方で若い令嬢方は隣に私がいるにも関わらず、うっとりとセシリオに見惚れていくのでちょっと気が気でない。
余裕ぶった笑みで見送りながらも、握りしめた扇がビキビキと音を立てる。
そんな招待客たちを目で追うセシリオの反応が気になった。
「聞いてはいたが、本当にきらびやかだな」
彼は優雅に笑みを浮かべながら、視線は物珍しそうにあちこちに動かしている。
密かに詰めていた息を吐いた。
セシリオは招待客に見惚れるというよりかは、名前と顔を一致させるのに真剣で、それどころじゃない様子だ。
そんな彼をサポートしながらも挨拶を続けていると、一人の令嬢が微笑みながら話しかけてきた。
「ヴィヴィエッタ様、ごきげんよう。今夜はお招きいただいて感謝いたしますわ」
「アリアンナ様、こちらこそ来ていただいて嬉しいわ」
美しい金髪に翠眼、レンティス伯爵家令嬢アリアンナだ。これぞ美人という容貌で、以前は勝手に劣等感を抱いていた。
でも彼女は分の弁え方が上手くて、実は一番付き合いやすい方。見ていて目の保養になるし、会話は楽だし、彼女のお茶会は唯一好きだった。
「そちらは……」
「セシリオ・ヴェルデです」
アリアンナはその途端、すーっと笑みを消して、その透き通るような視線でセシリオを眺めた。
「まぁ……ヴェルデ子爵様、そちらに並び立つということは、この方がどなたかご存知の上でのことですの?」
のっけからの意図の読めない質問に、セシリオは微かに眉を寄せる。
心なしかアリアンナの声が低い。
「ヴィヴィエッタ様、ご無礼をお許しくださいませ。でもわたくし、黙っていられませんわ」
アリアンナは一度礼を執ると、顔を上げたときにはがらりと雰囲気が変わっていた。貴族然とした、高貴な彼女の凍てつくような眼差しがセシリオに注がれる。
「ヴェルデ様、このお方はラディアーチェ侯爵令嬢ヴィヴィエッタ様、長年アーダルベルト殿下の婚約者として務めを果たされたお方です。ヴィヴィエッタ様は殿下を支えるために並々ならぬ努力を惜しまず続けられた、まさに見本となるに相応しい令嬢の中のご令嬢ですわ。それを今まで義務を碌に果たしてこなかったあなたのような方が婚約者を名乗るなど、烏滸がましいにも程があると思いますの。このお方はあなたがそこに立っていいようなお方ではありませんことよ」
息を呑む。
えっこれは、もしかしてアリアンナ……憤っているのか? でもなぜ彼女が?
そもそもアリアンナはどの令嬢よりも貴族というものを分かっていて、それを踏まえた上で立ち回れる賢い人だ。その誰よりも貴族然としたあのアリアンナが、どうして自身に関係ない事に要らぬ口を出してくる?
いつもの優雅な微笑みはどこへやら、まるで手を引けと言わんばかりにセシリオを鋭く見上げるアリアンナ。慌てて弁明しようと口を開いた私を制して、セシリオは一歩前に出た。
「レンティス嬢、あなたの仰ることは尤もですね」
不安を込めた視線を送るが、わずかに微笑み返されるだけで彼が引く様子はない。
「たしかに今の私では、ラディアーチェ侯爵令嬢の隣に立つには不相応でしょうね。彼女が令嬢としていかに聡明で洗練されているのか、共に過ごした時間の中でもそれは充分に伝わってきました」
……。
なにやらバトっているところ申し訳ないんだが、今あなたたちが話しているのは、ヴィヴィエッタ・ラディアーチェで間違いないんですよね?
私に対しての賛辞にしては些か立派すぎる語句ばかり並べ立てられて、ちょっと気恥ずかしくなる。
「私はヴィヴィエッタと出会い、彼女を知り、その心に触れました。その愛に触れ、笑顔をもらい、いつの間にか私の孤独は癒されていた。ヴィヴィエッタは私の前に現れてくれた、ただ一人、唯一のお方なのです。私はヴィヴィエッタに出会って強く思いました。このお方を今度は私が支えたい、いや、支えるのは私以外にあり得ないと」
こっぱずかしいくらいに真っ直ぐなセシリオの言葉が突き刺さる。
そんなの……そっくりそのまま返したい。私の心のひび割れを癒していったのは、ほかでもないセシリオの優しさだ。
「今はまだ相応しくないかもしれませんが、私はこの役目を誰にも譲るつもりはありません。私は私のヴィヴィを守るために、必ずや変わってみせます。ですからレンティス嬢にもその目で確かめていただきたい。もしもそれでも私がヴィヴィエッタに相応しい紳士へとなれなければ、そのときはどんな叱責も甘んじて受け止めましょう」
レンティス嬢はしばらくセシリオを見つめていたが、やがて再び頭を下げた。今度はセシリオに対してだ。
「差し出がましいことを申しました。お詫びいたしますわ」
さっと顔を上げたアリアンナの目から険が消えたのを確認してホッとする。
「アリアンナ様、それでは楽しんでくださいませ」
すかさずこのやり取りはなかったことにしよう、そう意図を込めて声をかけると、彼女はようやくいつもの艷やかな笑みを浮かべて去っていった。
「びっくりしたー……」
「俺もびっくりした」
その割にはセシリオはのほほんと笑っている。
「風当たりは強いだろうとは思っていたが、まさか早々に突っかかられるとは思ってもいなかった」
「それにあんなこと言うから、ヒヤヒヤして心臓が持たないかと思った」
心臓が持たなかったのは、ほかにも要因があるのだが、これは言わないでおこう。
「でも、友だち思いじゃないか。君のためにああまで言ってくれるなんて」
「……ともだち」
アリアンナは、友だちなのだろうか。私に友だちなんて呼べる人なんて、いないと思っていた。
そりゃアリアンナとは爵位や年が近いこともあって、昔から交流はあった。でも当たり障りのない貴族の付き合いだ。彼女は頭が良くて己の領分を弁えていたし、お互い必要以上に深く踏み込んだことは無かった。だからそれ以上の感慨など持たれているなんて思ったこともない。
貴族だからと決めつけて、色眼鏡で斜に見ていたのは、自分の方だったのだろうか。
「ラディアーチェ嬢」
向こうからアーダルベルト殿下が歩いて来るのが見えて、二人揃ってお辞儀する。
「君は……もしかして」
殿下はセシリオを見て微かに眉を寄せる。公の場ではセシリオが王都に来て初めての対面なので、久しぶりに会ったという体裁をとらなければならないのは分かる。
が、にしても殿下があまりにも自然に驚いているので、当事者の私でさえ騙されそうになった。
「殿下、ご無沙汰しております。セシリオです」
「やっぱりか! これは驚いた。元気にしていたか?」
「ええ、この通り息災にしておりました」
殿下とセシリオは一連のやり取りを続けている。
セシリオはアルファーノ公爵家にいたときに、公爵について登城し、殿下の遊び相手をしていたらしい。そんなセシリオに対して、久しぶりに会えた喜びを表す殿下の演技派っぷりに舌を巻いていると、その吸い込まれそうな紺碧の瞳が、こっちを向いた。
「ラディアーチェ嬢、あなたの元気な姿を見られて安心したよ」
一瞬考え込んで、療養して王都を離れていたことになっていたことを思い出した。
「お気遣いありがとうございます。こうして夜会へと参加できるくらいには、もう調子もいいですの」
「それは良かった。……それにしても、今日はまた一段と美しいな」
精悍な美貌をふわりと緩ませて、微笑みかけてくれる。
「そのようなドレス姿は初めて見るが……とても良く似合っているよ」
不覚にも、少しドキリとしてしまった。
いつも夜会のときは必ず綺麗だと褒めてくださってはいたが、その“いつも”と違う褒め言葉に、認めたくないけど嬉しいと思ってしまう。
そんな動揺を悟られたのか、くいっととられていた手を引かれ、恐る恐る見上げた先にはニッコリと笑顔を披露するセシリオ。
「いつもと違うほど私のために着飾ってくれて嬉しいよ、ヴィヴィ」
耳元で囁かれてまたもだもだと悶え転がりそうになる。
「仲がいいのは素晴らしいことだが、これ以上見せつけられるのはできれば勘弁願いたいな」
楽団の演奏が止まり、ホールの中央を空けようと貴族たちが端へ下がっていく。
「それではラディアーチェ嬢、まずは一曲お相手を」
優雅に礼をした殿下にカーテシーで返して、伸ばされた手をとった。




