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ヒーローなんていない  作者: サク
田舎貴族と本当の私
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いざ勝負の場へ


 あの日、殿下と会った日から、セシリオはどことなくぼーっと考え込むことが増えた。

 あなたのそばにいたいだなんて随分恥ずかしいことを言ってしまったけど、その一言ではいそうですねなんて簡単に人を信じられるのなら、今まで人間不信なんて拗らせていないよね。

 自分の中でなにかと葛藤している様子のセシリオを尻目に、セシリオのお披露目を兼ねた夜会の準備は着々と進んでいく。

 実は殿下の話を聞いたあと、この夜会にセシリオを出すかどうかをちょっと悩んだ。

 でもエヴァルド・ダリアのこともあるし、セシリオがこの王都に来ていると知ればむしろアルファーノ公爵から真っ先に反応があるだろう、という方に賭けることにした。

 アルファーノ公爵家に真正面から乗り込んだところで公爵が会ってくれるとは思えないし、ベラドンナに鉢合わせなんて絶対に避けたい。だから、公爵から呼び出してくれるように仕向けたいのだ。

 殿下情報によると、ベラドンナは公爵が屋敷にいるときに限り、たまに一人でどこかへ出かけることがあるという。そのときに公爵がセシリオのために接触を図ってくるはずだと、希望的観測を持って強行することにした。








 夜会までもう幾許もない日。

 庭でお茶をしていると、珍しくセシリオがやってきた。


「ヴィヴィ、ここにいたのか」


 どうやら私を探していたらしい。


「どうしたの?」

「君がいなかったから」


 セシリオは隣に腰掛けると、少し身を乗り出して目を覗き込んできた。


「最近一人でいることが増えた」


 それは、セシリオが悩んでいる様子だったから、そっとしといた方がいいかなと思って。

 そう言いたいのをぐっと堪えて、「そうかな」と首を振る。


「君がいないと身が入らない。君のことばかり気になって……」


 セシリオは睫毛を伏せた。頬に影を落とし、憂いた表情に色気を添える。

 夜会前でナーバスになっているのかな。それにしても……ちょっとドキッとしてしまった。


「ここにいても?」


 縋るような目で見られて、一も二もなく頷く。

 侍女が用意してくれたお茶に口をつけ、それからセシリオはしばらく黙って庭を眺めていた。


「夜会にはエヴァルド殿も来られるんだって?」

「お兄様から聞いたの?」


 ようやく口を開いたセシリオの話題が、エヴァルド・ダリア。ギョッとした内心を隠すように、平然を装う。なんの脈絡もなく言い出すから心構えができていなかった。


「なぜわざわざ招待するのか、つくづくアルフォンソ殿の気がしれない、って思ったが……」


 たしかに、私もわざわざ呼び寄せるような真似をしたお兄様を恨んだよ……。


「でも、君にこれ以上ちょっかいをかけさせないと知らしめるいい機会だと思い直した。ヴィヴィ、腑抜けるのは一旦止めにするよ」


 セシリオが手を伸ばしてくる。膝の上に置いていた手を取られると、そっと握られ、親指で甲を撫でられた。


「奴の入り込む余地なんかないって知らしめてやらないとな。これ以上君の感情を奴に割かせるものか」


 やっと微かに笑みを浮かべたセシリオに、ぎこちない笑みを返す。悔しいが兄の言う通り、セシリオの中で彼への鬱憤が大分溜まっていたみたいだ。これ以上エヴァルド絡みから現実逃避するのは得策でないと思い知る。

 どうやらそろそろここらでエヴァルドと、彼にされたことに向き合わないといけないらしい。……気が重い。








 夜会、当日。


「ヴィヴィ、入るぞ」


 ノックの音と共に入ってきたセシリオに、私は衝撃のあまり崩れ落ちそうになった。

 上質なコートにはアメジストのカフスが留められ、ヴェストは銀糸で刺繍が施してあり、クラヴァットには見事に色の溶けあったアメトリンがついたピンが輝いている。いつもサラサラと揺れている髪は丁寧に横に流されていて、その切れ長の涼やかな美貌が露わになっていた。

 シックな装いも相俟って、どこから見ても完璧な貴公子だ。――こんな美貌をさらけ出していたら、すぐにほかの令嬢たちに掻っ攫われてしまう!


「仮面……仮面はどこかしら……」


 混乱のあまり右往左往し始めた私に、セシリオの着替えを手伝っていた従僕達も困惑しだす。慌てて手渡された派手な羽根飾り付きの仮面を被せようとして、若干引いた顔のセシリオに止められた。


「君がそこまで奇をてらいたいというなら協力はするが……今日は俺の顔を知らしめるのが目的では?」


 それは分かってる、け ど!

 地面に蹲って拳を打ち付けたい気持ちを必死に抑える。

 エヴァルド・ダリアのことを特殊性癖者だと毛嫌いしていたが、私も人のことを言えないかもしれない。着飾ったセシリオはとても美しくて、私はこの繊細で純真な輝きを放つ私の宝物を誰にも傷つけられないように、大事に大事に屋敷の奥深くに仕舞い込んでしまいたいと思ってしまった。


「あぁ、ごめん、セシリオ……」


 なんの脈絡もなく突然呻き出した私に、セシリオはますます引き攣った笑みを浮かべた。


「ヴィヴィ、少し落ち着こう。そうだ、君の姿をよく見せてくれ」


 セシリオの言葉に我に返り、クルリと回ってカーテシーを披露してみせる。


「……よく似合っている」


 だって、私だって今日は気合いを入れてお洒落したんだもの!

 銀色のシルクサテンの布地には、セシリオが身に着けているアメトリンと同じ淡い紫と黄色で刺繍を施してある。その上からシルクオーガンジーをふわりと幾重か重ね、細かいクリスタルを刺繍に合わせて散りばめているのだ。艷やかな黒髪は緩く巻いて、柔らかい編み込みのハーフアップ。その髪にも瞬く星々のように沢山のクリスタルを散らしている。

 セシリオはシルバーグレーの瞳を甘く蕩けさせた。


「ヴィヴィ、あまりに綺麗で言葉がでないよ。今日は一体どれほどの男が君の虜になってしまうのか、心配で気が気じゃない」

「セシリオ、ありがとう」


 うっとりするような賛辞をひねり出してくれたところ悪いが、そんな奴など今までほとんど現れもしなかったから心配しなくても大丈夫。むしろ会場に入ったあとにもっと綺麗なご令嬢方に圧倒されないか、そっちのが心配だ。

 ともかく、せっかく褒めてくれたのでにこりと微笑み返すと、真っ白な手袋に包まれた手が、そろりと私の手を捕まえた。

 それからじっと見つめられながら甲にキスされて、ほんわりと頬が赤らんでいく。


「これがあなたの隣への一歩となるならば、私は躊躇いなく前へと進みましょう。その名誉を得られるために、やっと踏み出せる」


 上目遣いのまま、セシリオは口の片端をくいっと持ち上げて不敵に笑った。


「麗しきラディアーチェ侯爵令嬢のそのそばは、このアルファーノ公爵子息、セシリオ・()()()()()()が必ずや勝ち得ましょう」


 セシリオのやる気が戻ってきたのは良い事だが、それにしても随分な戦闘モードだ。……私も、そろそろ気を引き締めましょうか。

 さて、出陣の時間だ。








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