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ヒーローなんていない  作者: サク
田舎貴族と本当の私
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殿下の意外な対応

 

 ニコレッティ嬢の頬を引っ叩いていてから一週間後。


「ああ……行きたくない……」


 私は自室で溜息をつきながら登城の準備をしていた。今日はアーダルベルト殿下より茶会の招待があったのだ。

 十中八九先日のことを言われる。

 いつもは殿下に会えると思うといても立ってもいられないが、今日ばかりは気が重かった。


「お嬢様、お時間でございます」


 ノックの音と共に家令の声がする。

 壁際に下がり完璧な礼をするメイドたちに見送られ、私は渋々自室を後にした。








 アーダルベルト殿下はいつもと変わらぬ穏やかさで、庭園の四阿に現れた。立ち上がり淑女の礼をとった私を目で制して、自身もテーブルへとつく。

 私は内心何を言われるのかビクビクしながら、カップへと口をつけた。


「……ヴィヴィエッタ」


 聞こえきた殿下の声は、思っていたより凪いでいた。


「あなたに謝らなければならないことがある」


 カップを持つ手が震えないよう、力を込める。


「婚約を、解消してほしい」


 ヒュッと、微かに喉が鳴る。殿下を見る勇気が出ず、カップの中の赤橙色に目を凝らした。


「もちろんあなたに責はないから、不利のないよう手筈は整えるつもりだ。それでラディアーチェ侯爵も了承している。あなたの今後だが、あなたさえよければロランディ辺境伯が貰い受けたいと言っている。あなたなら知っていると思うが、領地はまぁ辺境だが、テオは――」

「アーダルベルト殿下」


 私は言い逃れするように言葉を重ねる殿下を遮って、視線を上げた。


「謹んでお受けいたしますわ」


 それ以上は口を噤み、なんとも言えない顔をしてしまった殿下に礼をとり、先に席を立つ非礼を詫びて退出する。

 アーダルベルト殿下との最後の茶会は、呆気なく終わった。








 帰りの馬車の中で、私は抜け殻みたいに呆然としていた。

 殿下にはもっと詰られるかと思っていた。

 私は殿下の婚約者だったが、それにしてもニコレッティ嬢には随分苛烈に当たったものだ。時には家名を振りかざして圧力をかけたりもしたのだが、それについてはこの処分をもって相殺するということか。

 ……正直、ニコレッティ嬢にした様々な嫌がらせについて、私は後悔はしていなかった。

 たしかに道徳的観念からいうと人としてどうかと言われるだろうが、だって彼女は私の婚約者に横から手を出してきたのだ。――婚約者を取られそうになっているのに、黙って手をこまねいていられるだろうか。

 私は私なりに彼女と戦った。抗議した。

 ただそれが、そのやり方が、他人から見ると『悪役』に見えるんだろうな、と。……そういう手段を選ぶところも、それを悪いと思っていないところも、私の人望のない所以なんだろうが……。








 さて、殿下が用意してくださった新たな婚約者候補、ロランディ辺境領、テオドーロ・ロランディ。彼とは社交シーズン中の夜会で何度か顔を合わせたことがある。

 ハニーブロンドの明るい髪に、曇り空のようなシルバーブルーの瞳。快活な方だが辺境を預かるだけあってその体躯は逞しい。

 王都にいる繊細な貴公子たちとはまた違ったワイルドさに、彼との一夜を望む貴婦人は多いが、結婚相手としてはダントツに人気がない。

 ロランディ辺境領は国(ざかい)にあり、領地の七割が森林という自然に恵まれた土地だ。……というか自然しかない。

 辺境伯自身も国境防衛というその役目柄、邸を空けることが多く、夫人となるならば男勝りに領地を切り盛りできるような剛胆な人でないとやっていけないだろう。

 そのような所に、娯楽に溢れた王都で暮らすか弱きご婦人方が耐えられるだろうか。……私でも耐えられる気がしない。

 結局、殿下にとっては体のいい厄介払いができるし、ロランディ伯にとっては後継ぎを残すための夫人を迎えられる。更に父も納得したということは、ラディアーチェ家にとって第二王子との血縁関係よりも勝るメリットを示されたに違いない。

 この話は私が納得しようとしまいと既に決まった話だったのだ。

 ――窓の外を見慣れた景色が通りすぎる。ともするとぼやけそうになる景色を、奥歯を噛み締めることで何度も堰き止める。

 いっそ殿下が悪役令嬢ものの物語に出てきたような、お馬鹿でどうしようもない王子だったら。夜会なんかで婚約破棄宣言をするような愚か者ならば、ラディアーチェ家の総力をもって最後までしがみつけたんじゃないか。

 こうなった今でも、未練がましく無いたらればを考えてしまう。……だけどアーダルベルト殿下は恋に落ちても冷静で、腐っても彼は王族で、そしてどこまでも国を思う人だった。

 彼は見事な手腕でもって、ヴィヴィエッタ(自身の駒)の最も有効な使い道を、最適な場所に配置したのだ。








 私は、殿下の婚約者であることが誇りだった。

 これから先、誰よりもおそばで殿下の役に立ち、誰よりも殿下を支えるのは自分だと信じて疑ってもいなかった。例え殿下が親愛以上の情を抱いていなかったとしても、殿下の信頼は誰よりも私にある。

 そう思っていたのに。

 いつも穏やかな笑みしか浮かべない殿下が、あの日桃色の髪の少女と笑い声をあげながら談笑する姿を見て初めて、私は自分の信じていた全てが崩れ去っていくような恐怖を味わった。

 だが、まぁ不幸中の幸いというのか。殿下には(ちょびっとだけだが)感謝してないこともない。

 破棄ではなく、穏便に婚約解消とし、新たな婚約者もハゲちらかったジジイや油ぎった親父なんかじゃなく、ワイルド系イケメンときた。遊び慣れたロランディ伯じゃ望み薄いが、もしかしたら大自然を背景に壮大なラブロマンスが待っているかもしれない。

 転生前に読んだであろうおぼろげな悪役令嬢と辺境伯との恋物語を思い出しながら、私は新たな婚約者、テオドーロ・ロランディへと思いを馳せるのであった。








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