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ヒーローなんていない  作者: サク
田舎貴族と本当の私
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素晴らしきニート生活

 

 あの日、セシリオに早く帰れって言われたけど、私はしれっと居座り続けている。

 あれ以来彼からはどうとも言われてないし、屋敷の使用人は久しぶりの来客にむしろ嬉しそうだし、なーんて自分に言い訳をしつつ。セシリオの「帰れ」発言は、自分の中で完全になかったことにして、私はヴェルデでニートのような生活を満喫していた。

 朝起きたら髪も結わずにワンピースに着替え、簡単な朝食を摂る。

 午前中は大体屋敷の周りをブラブラと散歩することが多い。どこまでも広がる青空をぽけっと眺めたあとは屋敷に戻り、セシリオを見かけたらお茶に誘ったり、庭の手入れをしていたら見守ったり。

 彼が忙しいときは綺麗にしてもらった庭のガゼボで読書をしたり、昼寝をしたりもする。

 もはや現実逃避だ。

 穏やかな時間の中に逃げ込み、完全に現状から目を背けていた。








 考えてみると、セシリオ・ヴェルデも攻略対象者の一人と言われれば、それっぽいんだよなぁ。

 元は公爵家嫡男の、なんだか訳アリの田舎の子爵。着ている服こそ質素だが、髪は艶があってサラサラしているし、目鼻立ちも整っている。

 なにより目を引くのがあの神秘的なシルバーグレーの瞳だ。複雑な輝きを放つその瞳は印象深くて、真っ直ぐに見つめられるとなんともいえない気持ちになる。

 それなりに身なりを整えさえすれば、彼も見目麗しい美青年へと変貌するだろう。さしずめ乙女ゲームのシークレットキャラといったところか?

 だけどニコレッティ嬢をヒロインとするのなら、彼女はセシリオルートへは全くかすりもしていない。もしかして私の知らないところで接触があったかと試しにニコレッティ嬢のことを聞いてみたけど、存在すら知らなかったようで怪訝な顔をされた。

 当然彼のトラウマは癒やされることなく続いていて、結局セシリオはシークレットな存在のまんまだ。

 でもそういう考え方をすると、誰も彼もが攻略キャラのようなそうでもないような気がしてくるし……。それでいうと殿下に貰った釣書の他の婚約者候補、ルチアーノ・リナリディは年下わんこキャラだろうし、イグナシオ・コンティルンはイケおじキャラだろう。セシリオなんて端的に言えばただの田舎者の無口キャラになってしまう。

 結局この世界は乙女ゲームの世界なのか、そうではないのか。私がいくら考えたところで原作がわからない以上、正解なんて出ないのだろう。

 だけど、それでも自分がもろに悪役令嬢の立場である以上、強制的に不幸な目に遭うんじゃないかって、やっぱり心配になってしまうわけで。








 あの不格好な庭はセシリオ自らが剪定しているようで、あれからもちょくちょく彼を庭で見かけることがあった。手伝うことはしないが、本を片手に彼が地道に雑草を抜く姿を眺めるのは、密かな楽しみの一つとなりつつある。

 今日も庭の方を通りかかると日に輝くプラチナブロンドが見えて、ふらりと立ち寄ってみた。


「なにしてるの?」

「花をもらってきたから、植えようかと」


 セシリオはやってきた私をチラリと見ると、あとは気にした様子もなく黙々と作業を続けている。そばには芽が出た球根が沢山転がっていて、本格的に園芸にでも目覚めたのかなぁなんて、呑気なことを思っていた。


「なんの花?」


 セシリオは思い出すように手を止める。少ししてからぽつりと呟いた。


「……クロッカス、というそうだ」


 名前は聞いたこともあるような気がするが、あまりピンとこない。


「どんな花が咲くの?」

「……興味があるのか?」


 今度は完全に顔を上げて、こちらを見上げてくる。

 正直、花自体にそんなに興味はない。ただ彼がそんなにも熱心に植える花がどんな花なのか、少し気になっただけだ。

 言葉に詰まった私に、セシリオはそのシルバーの瞳を珍しく真っ直ぐにぶつけてきた。


「花が咲くにはもうしばらくかかる。またそのころに見に来るといい」


 自分の顔から表情が抜け落ちていくのが分かる。彼の言葉は嬉しくもあったけど、それよりも落胆のほうが大きかった。


「それって、私と婚約してくれるっていうこと?」


 刺々しい言い方をしているのは分かってる。けれどそう聞かずにはいられなかった。

 セシリオはちょっと驚いた顔をして、それからバツが悪そうに視線を逸らす。


「それは……」


 言葉を濁しながら、逸らされた視線。

 なんでだろう。セシリオがそう簡単に応じてくれないことは分かりきったことだった。

 それなのに、なんでこんなに胸が痛むんだろう。


「ごめん……その、あなたに強要したいわけじゃなくて。でも、あなたが私と婚約しないのなら、私はもうここに来ることは許されないと思うから」


 そのころにはもう、私はエヴァルドの餌食になってしまったあとかもしれない。そうでなくても、父の采配で誰かと縁は繋いでいるだろう。ただ利益だけを優先した、何の希望も見出だせない縁を。

 忘れていた現実を突き付けられ、ぐるぐると気持ちが落ち込んでいく。今はちょっと、セシリオの顔を見たくないと思ってしまった。


「……頭、冷やしてくる」


 後退って、身を翻す。すぐに強い力に掴まれて阻まれた。

 立ち上がったセシリオの、土まみれの手に掴まれていた。


「勘違いしないでほしいんだ」


 絞り出すような呻き声だった。


「ごめん。君を傷つけるつもりはなかった。これは俺自身の問題で、どうしても踏み出すことができない。ただそれだけで……」


 土まみれの手から力が抜けて、だらんと落ちていく。

 こんなとき、主人公(モニカ・ニコレッティ)なら気の利いた言葉一つでセシリオを救ってみせるのだろう。

 でも私は、俯くセシリオを見つめるばかりで、なんの言葉もかけることができなかった。私には、どうすればセシリオの心を救えるのかわからなかった。








 と こ ろ が。

 セシリオは夕食の席で、昼間の超シリアス展開などまるでなかったかのように、あっけらかんとした顔で「近々ピクニックにでも行かないか」なんて言い出したのだ。

 私は夕食までの間、一人与えられた客間に籠もってどうしたらセシリオに心を開いてもらえるのか、彼のトラウマを聞き出せるのかを真剣に考えていた。……考え過ぎてこっちまで鬱々としてきたくらいに、だ。

 そんなテンションの激低い状態で構えながら夕食の席へと臨んだのに、当の本人は昼間なにかありましたっけ? ってなくらいの立ち直り様。

 ……なんか重い過去を背負ってそうだったけど、私の勘違いかな?

 そう胡乱気な私の視線を他所に、彼は少しはにかんだ。


「ヴィヴィエッタ、ずっと退屈な思いをさせて悪かった。いい気晴らしになるといいが」

「別に退屈ってわけでもないけど……」


 むしろあなたのトラウマをどう暴くのか考えるのに精一杯だけど。


「そうか? 浮かない表情をしていたから」


 ほう、人が真剣に心配しているのに、退屈しているように見えるとな。ひくり、と引き攣った口元を無理矢理辛うじて笑顔にする。

 でも。


「……せっかくだから、行こうかな」


 その言葉に、セシリオは目を細めて微笑む。

 いつの間にか、昼間の沈んでいた感情は鳴りを潜めていた。……柄にもなく、早くその日にならないかなぁなんて、思ってしまった。








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