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ヒーローなんていない  作者: サク
田舎貴族と本当の私
14/73

行動あるのみ

 

 私は今、再び嫌になるほど自然溢れる田舎道の上を馬車に揺られ続けている。

 ここ数日、出発前に殿下と交わした密談について考えていた。

 殿下が敢えてあの三人の釣書を送ってきたのは、多分あの方を選ばせるためだ。殿下から直接その理由を聞いたときは辞退しようかとも思ったけど……。

 お会いしたときの、私を縋るように見つめる紺碧の瞳。


『これはほかでもないヴィヴィエッタにしか頼めないことだ』


 殿下に弱々しくそう言われては、断る選択肢なんか消えてしまう。

 婚約者として、未来の伴侶として支えることはもうできないけれど、せめて信頼たる臣下として、また殿下のお力になることができたら……。

 婚約者の座を降ろされたというのに、未練がましさに自分でも嫌になる。でも、これだけの人物を手放してしまったんだって、ほんのちょっとでも殿下に心残りに思ってもらいたいって打算もあった。

 ほんの欠片でもいいから、殿下の心の中にまだ残っていたい。








 緩やかな丘陵を登っていくと目的地である屋敷が見えてきて、退屈な馬車の旅がようやく終わることにホッとする。

 遠目に見えるのは予想以上に古ぼけた屋敷。元は瀟洒だっただろう建物も今は手入れする者がいないのか、蔦は伸び放題伸びて所々レンガも欠けている。まるでそこだけ時代から取り残されているような侘しさだ。

 くすんだ壁を見上げながら、私は緊張に高鳴る胸を押さえた。


「ようこそおいで下さいました、ラディアーチェ様」


 遠くから馬車がやってくるのが見えていたのか、玄関前にはすでに壮年の男性が立っていて、降り立つと共に綺麗な礼を見せてくれる。


「長旅でお疲れでございましょう。まずはお茶をご用意しております」


 男性は柔らかい笑顔を浮かべて応接間へと案内してくれた。

 知らず入っていた肩の力を抜く。ロランディ辺境領へ訪れたときのことが、思った以上にトラウマになってるらしい。

 通された応接間は掃除こそきちんとされているものの、壁紙やカーテンは色褪せており、明らかに手入れが足りていないと分かる。しかし出されたお茶は渋みも丁度良くコクもあり、茶葉はそこそこでも入れる腕前は確かなものだろうと思える。茶菓子のクッキーもホロリとほどけるような美味しさで、ロランディ邸との扱いの差に遠い目になった。

 ここは随分と質素で王都の屋敷とは比ぶべくもない。でも、この独特の静かで穏やかな雰囲気は……悪くない。

 なんだか張っていた気が抜けそうになる。


「ラディアーチェ様、当主が挨拶に伺いたいそうですが、お通ししてもよろしいでしょうか」


 一息ついたのを見計らって、執事が声をかけてきた。頷くと、執事が扉を開き青年が入ってくる。


「遠路はるばる来ていただいて申し訳ない」


 静かな空間に凛とした声が響く。


「お会いできて光栄です、ヴィヴィエッタ・ラディアーチェ嬢」


 サラサラのプラチナブロンドにシルバーの瞳。切れ長の目は少しとっつきにくさを感じるが、よく見れば繊細な容貌をしている。着ている物はほとんどが生成りの簡素なもので、あまり質が良くは見えなかった。

 色をほとんど纏っていない彼はなんというか……存在が希薄だった。


「こちらこそ、ヴェルデ様」


 殿下に紹介された婚約者候補その三、セシリオ・ヴェルデ。アルファーノ公爵の嫡男でありながら、その継承権を放棄した男。

 じっと見つめ過ぎてしまったのか、彼は戸惑った様子で着席を勧めると自らも腰を降ろした。


「みすぼらしい屋敷でお恥ずかしい限りです。誰も訪ねてくる者もおらず、手入れする余裕もないので……」

「お気になさらず。急な訪問を受け入れていただいて感謝してますわ」


 セシリオは瞼を伏せた。睫毛が長い。女子としてのなにかが負けたような気になる。


「なにもないところですが、ゆっくりと過ごしていってください」


 セシリオは私を部屋まで案内するように指示する。

 今日から私はヴェルデ邸に暫く滞在する。期間は未定。……セシリオを、説得できるまでだ。








 晩餐に現れたセシリオは、長く社交界から身を引いていたと思えないほど会話に卒がなかった。その如才なさはどこかの辺境伯の部下を彷彿とさせる。

 豪華ではないが優しい味わいの料理の数々に舌鼓を打ちながらも、チラリと食事中のセシリオを盗み見る。

 殿下といい、辺境伯の部下といい、私って多分こういう知的な感じに弱いんだろうなぁ。ただ例の優男と違うのは、笑顔がぎこちなくあまり目が合わないことだ。試しにじーっと凝視してみても、彼が気付く様子はない。

 結局晩餐中はどこかお互い手探りな、他愛もない会話をするだけに留まった。

 その後与えられた客室で連れてきた侍女を下がらせた後、私はベッドの中で悩んでいた。

 あからさまに態度には出さないが、セシリオ・ヴェルデは私と婚約する気はなさそうだ。けど、それじゃあ困る。どうにかしてその気になってもらわないといけないんだけど……どうやって?

 真正面からぶつかっても、彼がそう簡単に自分の気持ちを変えるとは思えない。ならいっそ、色仕掛けや泣き落としで迫ってみるか?

 色合いは地味だし目つきもちょっと悪いのを除けば、私の顔はまぁ可愛いっちゃ可愛い。胸もある方だし、いけなくはない気がする。……問題はそのテクニックが皆無なことだ。

 今までは『アーダルベルト殿下の婚約者』に相応しい振る舞いばかりを心がけていて、そんな男心を擽るような仕草や会話術なんて気にしたこともなかった。もちろん前世の知識も空回りしそうなものばかりで、実践に移せそうなものはほとんどない。

 ただ唯一、参考にできそうな人が――。


「モニカ・ニコレッティ……」


 あの晴れた日の空のような瞳にじっと見つめられたら。もの言いたげな潤んだ瞳に見上げられたら。柔らかな唇から紡がれる可憐な声に抗えるだろうか。

 なんだか胸の辺りがモヤモヤしてきて、それ以上ニコレッティ嬢のことを考えるのはやめる。どんなに羨んだって私は私で、ニコレッティ嬢になれるわけじゃない。

 結局いい策は浮かんでこず、夜は静かに更けていった。









読んでいただいてありがとうございます。

やっとこの人を出せました。

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― 新着の感想 ―
ヴィヴィエッタが健気で泣ける 殿下も彼女の気持ちを分かっていて頼んでる気がする(イラッ) こんな頭が良くて中身が外見とギャップがあって可愛らしい、素敵な女性を選ばないなんて。後悔するといいよ。
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